文章ばっかだと味気ないので、息抜きに写真をつけておきます。DarlinghurstのCafe Organismってとこ
1.好意的な評価しか出回ってないこと
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その学校が出しているパンフレットやWEBでは、当然自分の学校の素晴らしさを強調するでしょう。当たり前のことです。
では、エージェントさん等サードパーティが紹介している内容はどうかというと、これも自ずと制約はあります。僕自身、取材して書いてるから分かるのですが、いろいろ熱心に説明してくれたり、スタッフの熱意も伝わってくるような学校だと(多くはそうだが)、仮に欠点があったとしても、なんか悪くてよう書けないという心理があります。出来るだけ良いところを見つけて書いてあげようと。また、エージェントとしては、学校は大事な「商品」でもあるわけですから、経営上の理由からも「ここはちょっと、、」などと書けるわけもない。
僕はわりとアケスケに書いてる方だと思いますが、それでもかなり限界を感じてます。面と向って説明するなら、もっともっと言えるのですけど、公開のHPでは書けないし、書けるはずがない。下手に書いたら営業妨害にもなるし、その学校との良好な関係も崩れてしまう。難しいんですよ、的確に述べるというのは。不可能だと言ってもいい。
そのジレンマがあって、僕の場合はHPに学校をズラリと並べてリストアップすることが出来ないでいます。シドニーの学校は60校以上あるんだから、枯れ木も山も賑わいとばかりにズラリと並べれば「在庫豊富」感も出るのでしょうが、出すとなればそれなりにコメントをしなきゃいけない。しかし、いい加減なことも書けないし、かといって正直に「とりあえず遊び半分に行くならこの程度でいい」なんてことも書けない。だからといってあまり露骨に沈黙しているとリストに載ってない学校はダメなのかという裏読みもされちゃうし、そういうものでもないし、、、そのあたりが未だに割り切れずにいます。
評価や論評というのは、ネガティブな評価も同時に存在して初めて意味があります。ゆとり教育の通信簿みたいに、皆頑張った、順位をつけちゃダメとかやってたら適正な評論は出来ません。ということで、当たりさわりのない紹介文の一字一句を子細に検討してもほとんど意味ないです。あの紹介文だって、かなり苦し紛れに書いてたりするものもあるし。
2.平均化
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語学学校というのは、煎じ詰めればテナント借りて生徒集めて授業やってるだけなので、同じと言ってしまえば同じです。それでも自ずと個性の差というのはあるのですが、それを一校づつ的確に取り出し、しかも上の制約によってエブリワンハッピーに書くのは非常に難しいです。したがってどうしても
評価や描写の「平均化」=似たり寄ったり的な表現=が起きます。
立地/交通の便
例えば学校がシティにあれば、
どこであれ「交通の便が良い」と書きます。大体シドニーの学校で交通の便が悪い学校というのが例外的で、シティになくても、最寄り駅から徒歩5分以内でしょう。なぜなら都市計画法の関係で、ある程度便利なところ(商業指定地域)でなければ学校が入る商業ビルの開発許可が下りませんから。
人気
「人気の学校」というのもピピ!という訴求力を持ちますが、
人気が高いということは日本人比率が高いということでもあります。日本人だけではなく全ての国籍に人気があるのならば、改まって「人気」などと言うまでもなく
単純に総生徒数の問題でしょう。
また「人気」といっても
「入口人気」と「出口人気」があります。入口人気は申込者が多いかどうかの問題で、出口人気は卒業生の満足度の問題です。僕らエージェントが扱うのはもっぱら「入口」です。行った人達がどれだけ満足しているかの「出口」は案外と分からない。
でもね、
入口人気だけなら意味ないんですよ。意地悪な言い方をすれば
皆が行くけど皆がスカを引いているということだって可能性としてはあるわけです。前評判が高くて、映画館での興行では大当たりだったけど、映画そのものの出来としてはダメダメだったとか、ありうるわけです。
では出口人気はどうやって調べるのかといえば、例えば卒業生のクチコミ評価などですが、これがまたクセモノなのは後述します。口コミの怖さですね(他の商品やレストランのレビューで大体免疫はついてると思いますけど)。
ちなみに
体験談、
動画館やら、
FBやらオフやらの掲示板でもお分かりのように、
APLaCは卒業後の皆との接触が異様なくらい濃密です。だからフィードバックも多く、他のところに比べて出口人気はかなりよくわかる方でそしょう。しかし、それとて100%完璧なんてことはなく、そのあたりは常に(さりげに)心がけてます。その人の英語レベルと性格とリアルタイムの学校の状況とを照らし合わせて「多分、こんな感じかな?」とか。
締め切り間近!
「人気」と並んで興味を惹く「締め切り間近!」という文言も、J-SHINEとかケンブリッジなどの特殊なコースだったらまだしも、ゼネラルコースだったら普通はまずそんなことないです。
むしろ、あってはならない。
もしそうやって人数制限をしているのだとしたら、それは単純に学校のキャパが小さいということで、十分なクラス分けができているのか?という学校の基本機能に疑問があります。第一、入ってきた学生がどのクラスになるかなんて初日のレベルチェックをして初めて分かることであり、それ以前の段階で制限をかけているということは、全般的にオーバーキャパである疑いがあります。
学校の人数&キャパというのは総キャパの8−9割くらいに自然と留まるのが適正で、そうでなければ生徒のレベルに応じたクラス編入が出来なくなる恐れがあります。つまり本来はレベル4が適正なんだけど、すでに満杯だからレベル3に入ってもらうとか、そういう場当たり的な人数合わせが行われるかもしれないし、実際そういう事例はわりとあります。毎週入学する学生達のレベルがキレイに平均で散らばってくれたらいいですけど、偶然あるレベルに異様に集中するということも確率的にはありうるのです。クラス分けは学校経営で一番難しいところでもあり、ある程度のガタピシは不可避的に生じます。だからこそ、それを防ぐためにどれくらいのキャパ余裕をもっているか、です。
優秀な講師陣
「優秀な講師陣」なんても同じで、オーストラリアで英語教師は掃いて捨てるほどいますし、就職は非常に難しいです。ある程度名の通った学校に就職しようと思えば、大学卒どころか大学院卒も珍しくないし、最低でも海外生活数年以上のキャリアがないとダメくらいの条件を出します。したがって、言ってしまえば誰でも「優秀」っちゃ優秀なんです。しかし、その中でもさらに差があるはずで、それをこそ知りたい。
ところで、オーストラリアの教師は、労働法上の基準で等級が定められ、キャリアと実力によって等級認定がなされ、最低賃金が法律で決まってます。もし全教師の名前とこの等級を情報公開してくれたならば、ある程度客観的にわかるけど、そういうことは普通しません。また仮にそれをしたところで、その業界の等級と皆さんが感じる「良い先生」というのが比例するかどうかの保証もないです(けっこう違ったりもします)。
ただ、西欧人の仕事観からして評価はギャラのみで決まりますから、良い給料を払えば良い教師は雇えます。そのあたりはメチャクチャドライです。浪花節では働いてくれない。だから授業料×生徒数と、テナント料、スタッフの数、営業経費などを差し引いて、、、という経営外観から逆算していくしかなく、そうなると、授業料が高いところの方が良い教師である比率は高いという、
別に考えなくても分かるような基準しか出てきませんし、またそれで事実上大体合ってます。授業料が安いくせに「優秀な教師陣」というのは経済原理に反しているので、辻褄を合わせようとしたら、とんでもなくビルがボロいとか、採算が合わないから実は倒産寸前ですとか(実際よく潰れたりもする)、なんかないといけない筈です。だからといって「講師陣の質には若干疑問が残るが」なんて書き方も出来ませんし、そんなの見たことないでしょう?
それにそもそも
僕らエージェントだって、オーストラリア中の全ての教師を知ってるわけでもないし(顔見知りは何人か居るけど)、全ての先生の授業を受けたわけでもないです。だから本当のところは正直言って分るわけないですよー。それに教師の方だって、毎週のように誰かが転職(学校を変える)してるわけで、さらにリアルタイムに分かるわけがない。
かくしてどの学校の紹介を見ても、似たり寄ったりの書き方になってしまって、読んでるうちに記憶が曖昧になるという。つまりは
「平均化」が起きます。
2-2.誇張化
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そして、その真反対の鏡像現象があります。
些細な特徴を大々的に書くという「誇張化」です。これは平均化と表裏をなしていて、
あまりにも似たり寄ったりの紹介文だと問題なので、なんとかしてその学校だけの特徴を探そうとします。
ユニークなイベント
例えば、その学校がちょこっとユニークな教授法や、ユニークなイベントをやってると、それっとばかりに書くわけですよ。でも、
実際に通い出したら、そんな特徴はあんまり関係ないです。イベントだって、数ヶ月に一回程度だったら、結局一度も体験しないで終ることだってあるし、体験したとしてもわずか1日かそこらで、それほどのことでもない。
ユニークなシステム
学校内で母国語を喋っちゃダメという、いわゆるEnglish Only Policyも、こんなことはどの学校でも気をつけています。いちいち「校則」という形で掲げるか、口頭で言うか、廊下に張り紙していくかの程度の差はあっても。でも、こういった校則を設けたからといってどれだけの実効性があるかです。校則はあるけど誰も守ってないなら意味がないですし、
規則を生かすも殺すも人次第ですよ。かといってそれに守らせるために、トイレやエレベーターに監視カメラを設置するわけもないし。逆にやる気があったら、そんな校則なくたって誰も喋らないし、こと日本語に関して言えば日本人率が限りなくゼロの学校に行けば、喋りたくても喋る相手がいません。だからこの問題は結局後述の「学生の質」ややる気の問題に帰着すると思います。
コラム:学校で日本語を喋らない事よりも、ネットで日本語読まない方がよっぽど大事
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僕個人の意見としては、「校内で日本語」云々と英語力上昇とは、殆どなんの関係もないと思います。
学校内で日本語喋らなければ英語が上手くなるというほど英語は甘いものではないというのが一つ。
第二に、そこまでして日本語を避けるならまず最初にやるべきは「ネットで日本語読むな」です。日本語問題は、せっかく作りかけている英語脳を日本語脳に引き戻してしまう点ですが、これは喋るよりも読む方がダメージがデカいです。なぜなら、口語言語よりも文章言語の方が言語の複雑性やレベルが高く、日本語文章を読もうと思えば日本語脳をフルに立ち上げてしまうからです。また熱心に読み込んでしまえば、廊下でちょこっと会話している時間よりも遙かに長時間接することになります。
第三に学校以外の時間はどうか?です。日本人同士と暮らし、日本語が飛び交うバイト先にいたら、いくら学校で日本語を我慢してもその効能は薄い。逆に、シェアから何から全てが英語環境だったら、せめて学校くらいで日本語喋らないと発狂しそうになるでしょう。もの凄いフラストレーション溜まるし。人間というのは何かを強く思ったり感じたりしたら、それを誰かに言って吐き出さないと精神平衡がおかしくなります。愚痴でもなんでもひとしきりぶちまけるとスッキリするのはそのせいです。僕も来た当初はそうでした。毎日が新発見の連続だから、頭がパンクしそうになる。長距離ランナーにとって何よりもスタミナ配分が重要であるように、語学学習のように長期戦の場合、何よりもメンタル管理が重要です。しんどかったり、苦しかったりしたら勉強してるような気がするのは錯覚ですし、それは勉強のやり方がヘタクソだとすら言えます。同じメニューをこなすにしても、いかに楽に、ストレス少なくやるかです。その方が結局、長く、多く出来る。
第四に、校内で飛び交う日本語がムカつく本当の原因は、「日本語を喋っているから」ではなく、「喋ってる人&内容にムカつくから」という場合が多いと思います。くだらないゴシップ話や、子供みたいな自己中視点で得々と喋られていると、「お前、真面目にやる気あるんか」と言いたくなるという。シリアスにやろうと思っているあなたこそ、そういう感情に襲われるでしょう。自分が我慢して勉強しているときほどそう思う。でも、それは日本語の問題ではなく、人の好悪の問題でしょう。だからそれは後述の「4.学生の質」問題です。同じ日本語会話でも内容がハイレベルだったら、ムカつくどころから刺激になるでしょう。例えば、いかにしてローカル仕事を得たかその体験談やコツ、上級者の超真剣でユニークな英語勉強法などは幾ら日本語で語られてもモチベーション上昇にこそなれ、腹は立たないと思います。
第五に、英語でも喋ってもフラストレーション発散が出来る程度に英語力がある人は、逆に日本語を落とさないようにしてください。あまりにも英語環境だと日本語能力が落ちます。これ、意外と盲点ですけど、しっかり落ちますよ。現地在住十数年の日本人でも、あまりにも日常で日本語を使わないので、たまに日本語を使うと、寒い日に「今日は、けっこう”冷たい”ですよね」とか口走って(先に頭で"cold"を思いそれから日本語直訳する)「○○さん、終ってますよ」という実例もあります。日本語になると異様に要領の悪い説明の仕方になったり、漢字ボコボコ忘れたり。日本人が日本語ヘタでどうする?です。
余談ながら大事なコトだから書きますが、あなたが将来海外で働きたいと真剣に思っているなら、あなたの武器は(盤石な手に職スキルを別にすれば)「日本語(&日本文化リテラシー)」です。「日本市場や日本人顧客に抜群の能力を発揮する」という点です。英語なんか出来て当たり前だから何の武器にもなりません。それは日本で就職する際の履歴書の特技欄に「日本語」と書くようなものです。じゃあなんで英語をやるのか?といえば、武器になる日本語を「売るため」です。海外での就活、当然のように行われる英文でのエントリー、英語での面接、職場での日々の英会話など、英語ができなきゃ武器になる日本語が売れないからです。
ということで、ある程度上級者になったら意識的に日本語力維持・上昇に気を使ってください。「謹啓 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます」などの最低限の礼法に則った日本語ライティング能力は死守してください。二カ国語を喋る人をバイ・リンガルと言いますが、外国語を習得しているうちに母国語もダメになり、結局どっちもダメというのをセミ・リンガルというそうで、よくあるパターンですので、気をつけてください。
閑話休題。でも、書く側としては「日本語厳禁」などのポリシーは
非常に書きやすいんです。ということで、「特徴のための特徴」みたいなことが大々的にフィーチャーされる傾向があります。これは編集など文筆系の仕事をされていた人にはよくお分かりかと思います。
国籍割合
学生の国籍割合や日本人比率ですが、これがまたアテにならんです。学校側の「公称」というのもありますが、こんなの時期時期によってかなり変わります。問題になるのは日本人比率ほか、同一国籍が50%を越えるような場合だけでしょう。つまり国籍が偏りすぎているという「排除の論理」としては使えるけど、国籍がバラエティに富んでるからという積極的なプラス要因としては使いにくいです。
国籍はバラけていればいいというものではなく、上級・ヨーロピアン VS 初級・アジア勢という
基本的な二極分化がどれだけクッキリしているか、あるいは中和されているかが一つのポイントでしょう。ヨーロピアンが半分くらいいても、ケンブリッジコースなど上級クラスをとってられたら、殆ど実際的には接点なく、自分のクラスは日本人しか居ないってこともあります。
また、
全体のレベル構成のバランスという視点もあります。初級〜中級までが充実してクラス数が多く、上級、EAP、ケンブリッジになると非常に少なくなるのか、どのレベルも比較的均等にあるのか、あるいは上級の方がむしろ充実しているのかという差です。
これもどれが一概に良いのか言えませんし、プラスもマイナスもあります。例えば初級方面が充実していると仲間が多くて居心地は良さげなんだけど、上級者が少ないのでそのビギナーのぬるま湯世界で安住しやすいというリスクもあります。上級者が多いとやっぱり良い刺激を受けます。が、これも過ぎると肩身が狭くて「居場所なし」感になるかもしれず。そのあたりは見ないとわからないでしょうね。それに大きな学校だとよくキャンパスがわかれていたりするのですが、ワーホリ(非学生ビザ)はこっちで上級者はこっちと分類している場合もあり、そうなるとトータルのバランスは良くても、自分の日常生活では初級者ばっかりの生温かい環境になってしまうかもしれないです。
さらに後述のように質の問題があり、日本人以外だったらいいかというと、チャラチャラ夜遊びしてるヨーロピアンや南米系ばっかりだったら居ない方がマシだったりもするわけです。どれだけ真剣にやっててくれるかが問題なんだけど、その
シリアス度を測るバロメーターはない。
また同じ日本人でも頑張ってる人が多い学校もあれば、単に友達つくりに来ているだけのカジュアル系が多い学校もあり、単に「数」だけでものを見ていると外します。だから、
国籍が豊かでも「だからどうした?」って部分もあるわけです。でもそんな細かい、しかも毎週変わるようなデーターがいちいち入手できるべくもない。これって現物を見ればそこそこ分かるんだけど、データーだけで見抜くのはほぼ不可能でしょう。
というわけで、こうやってイッコイッコ潰していけば、本当に判断の根拠になるようなデーター等は無いといっても過言ではないです。かつて半年間にわたってネットを巡回して目を皿のようにして読みふけり、ノート一冊びっしり書き込んで研究してきた人がいましたが、実際に見学したらそういったものとは全く無関係に決めてました。だって
目の前にある現実が全てなんだもん。
幾らデーターがそうなってようが、目の前の現実がそうじゃなかったら何の意味もないでしょう。
なお一応見学の際にパンフレットももらうけど、一生懸命作ってくださる学校さんには悪いんですけど、誰もほとんど読まないですね。もともと学校とか会社などの「人間集団」というのはパンフやデーターにしにくいんですよ。あなたも、母校や勤務先の美しいパンフレットを見たら「どこだ、ここ?」と違和感を覚えたことがあると思うのですよ。あるいは、今からあなたの家族についてのパンフレットを作りましょうとか言われたら、途方に暮れるでしょう?なんかよそ行き仕立ての、嘘くさくも麗々しいものになってしまったりしがちでしょう。リアルな感触を媒体に載せるというのはかなり難しいです。不可能かもしれない。
3.コースやサービスの多彩さ
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英語学校の基本は、ゼネラル、IELTS(進学)、そしてケンブリッジの御三家がメインで、それだけ見てたらいいです。別の箇所でも書いたので簡単に済ませますが、これ以外にコースを設定してもいいのは、学生総数が200-300人以上の学校くらいでしょう。なぜかというと、各コースに十分なゆとりをもってレベル分け・クラス分けをしようとすれば、そのくらいの頭数が必要ですし、そのラインをクリアしている学校はシドニーの中でも数がかなり限られてきます。
一方、学校で何かのコースを開設しようと思ったら、「希望人数が整ってから」という
パックツアーの最少催行人員みたいな制約がかかります。希望者一人に教師一人、教室一つあてがっていたら経営的には大損です。パンフレットに書かれている「多彩なコース」は、「もし希望者が多くて経営的にペイするなら」という条件付きだと思っていた方がいいです。絶対母数が少ない学校で、
そんな変わったコースを希望する人数がどれだけいるか?です。これはビジネス学校でも同じで、日本で申し込んだのはいいけど、いざ着いたら規定人数に達してないのでそのコース自体が中止されたというケースも実例としてあります。
それと厳しい言い方をするなら、日本人学生の圧倒的大多数は基本のゼネラル止まりで卒業でしょう。IELTSやケンブリッジまで行ける人すら、ほんの一握りです。そしてゼネラルから卒業できないなら、ゼネラルやるのが一番いいです。ただし、長期留学などで飽きてきたので、ちょこっとだけ気分転換にビジネスコースやホスピタリティをやる、というのはアリです。しかし、気分転換が必要になるくらいの長期(半年以上)を一気に申し込むのは、避けた方がいいです(実力が上がってきたら、将来展望も出来るし、学校に求めるものも変わってくるから)。
あと就職のお手伝いとか、インターンシップとか、RSAとか学校さんも色々なサービスを提供していますが、これも決め手に欠けます。なぜなら、
現地に来れば全部バラで取れますから。就職関係については、結局は履歴書の書き方/添削に尽きると思うのですが、これは通ってる学校の先生にやってもらえば済む話です。シェアメイトのオージーにやってもらった人もいます。インターンは、これを専門に扱ってる会社があり、学校経由でそこに外注に出すケースが多い。RSAやバリスタ系は、
プラスアルファでも書いたように、もともとが半日程度のコースですし、幾らでも教室はあります。別にディスるつもりはなく、そういうサービスはあることは悪いことではないですが、そこを決め手に学校を選ぶよりも、もっと本体的な部分に注目されたらいいと思います。
4.学生の質(やる気&タイプ)
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「真面目な学生が多い」とよく表現されるところですが、これが一番厄介です。
一応誰だって真面目に勉強する気でいます。そうでなければ安くもない授業料を払うわけがないですから。問題はそのシリアス度の高低です。超真剣に、もう生きるか死ぬかくらいの気合でやってるか、とりあえず皆が行くから自分も行く程度の気持ちなのか。
今通ってる学校がイヤだという不満は、僕がお世話した人からはあんまり来ないけど(事前に徹底的に見学して、デメリットも全て教えてから入学するから)、人づてに相談を受けることはあります。その場合の一番大きな不満は、
7割が学生の質であり、3割が教師やスタッフの質です。ほとんどが人的な問題ですね。実例で言えば、多少日本語を学校で喋るくらいだったらいいけど、ほとんどのべつまくなしで、しかも授業中でも日本語の私語ばかりで学級崩壊状態とか。8時半始まりでクラスに行っても誰も来ず(教師すら来ない)、10分遅れでやってきた教師とマンツーマンで授業やって(それは良い)、あと30分くらいしてから三々五々集まり、結局昼になっても半分しか来ない。午後になって遊びに行く待ち合わせ場所として学校にタムロしてるとか。まあ、本当にそうかどうかは現場を見てないので分かりませんが、その人の主観にはそう映っているということです。
しかし、学生の「やる気」も、白黒クッキリ二極化しているわけではなく、やる気偏差値80から30までグラデーションをなしています。問題はそのトータルの値であり、且つ自分が入るレベルの状況です。あなたがシリアスラーナーで真面目な学校に行きたいと思っている場合、
一番邪魔な存在になるのは、おそらく不真面目な日本人の存在でしょう。校内でぺちゃくちゃ日本語を喋られると、日本語だけに全部意味が分かってしまうし、また言ってる内容もあなたから見たら甘ったれてたりして、それがまたムカつくという。韓国人同士が韓国語でベタベタされてもムカつきますが、まだ意味が分からないだけマシです。同じようにヨーロピアン同志が固まっていても、今度はムカつくというよりは不思議と眩しく見えたりもします(^_^)。すごい差別なんだけど、でも現実問題として同じ日本人の質というのは結構大事でしょう。
さらに日本人の質といっても、単に勉強を必死でやるかどうかという視点だけではないです。波長の差、タイプの差というのがあります。日本人と一括りにしてもその所属する部族は数限りなくあります。お嬢系もギャル系もヤンキー系もエリート系も体育会系も文化系もガテン系も、、、別に何が良くて何がダメってことはないのですが、誰しも自分にとっての
人間環境的な快/不快のレシピーというのはあるでしょう。
学校によって入って来る日本人のタイプが違う傾向がありますから、そのあたりがどう適合するかです。これは見学に行くと結構わかりますよ。「ああ、はいはい、なるほどね」って。
それだけに、僕が学校紹介のカウンセリングをやるときは、学校の説明以上に、その人がどういう人かという点に力を入れます。通り一遍のことではなく、未知の環境に入っていくときに引っ込み思案で中々進めないタイプ(時間がかかる)のか、すぐに進めるんだけど楽しくなると勉強しなくなるタイプなのか。マイウェイで行きたいタイプなので、あまり同調圧力の高いところは鬱陶しく感じるとか。そして、もっと大事なのは「どうなりたいのか」です。打たれ弱い部分があるから、ここを直したいとか、これまで真面目に勉強というのをやってこなかったので、それをやれる人間になりたいとか。そのあたりのマッチングに一番気を使いますし、それを全部お伝えします。
しかし、こんな学生の質などデーターで見ても分からないでしょう。ただ、
「日本人が少ない学校の矛盾」でも述べましたが、平均的な日本人を自負するあなたがネット巡回してて「おお」と思うような学校は、同じように「おお」と思ってる人が何千人も居るはずです。かくして類友になる。
コラム:「やる気」とは?
最初は誰でも「やる気」はあります。でも段々低下していきます。なんでもそう。
ゆえに本当のポイントは、いかに「やる気」を低下させないか、いかに日々「やる気」を生み出し続けるかです。それは環境であり、どうやってその環境をつくりあげるかでしょう。
「くそお、英語やらなきゃ!」ってモチベーションは、楽しくそう思う場合もあるけど、悔しくて辛い場合の方が多い。英語が通じなくて悔しい思いを毎日してたら、毎日「くそお」と思うわけで、モチベーションは毎日生み出される。でも、それが辛くて、日本人同士暮らしていけば、その辛さは軽減されるけど、やる気もそれだけ減るわけですね。これは理屈だけではなく、現実にそうなってます。
ならば、さらに進んで、どうやって苦痛少なく地元の英語環境に切り込んでいけるかがポイントになります。これは技術の問題でかなりカタがつきますので、それは一括パックで集中的に教えます。簡単に言えば、例えばシェア探しに慣れて、「すごーく(英語で)喋りやすいシェアメイト」を見つけることです。これだと苦痛少なく英語に接するので、メンタル的には一番楽なモチベーション創造になるでしょう。他にも地元のスポーツチームに入るとか、いくらでも手はあります。問題はその入っていき方なんだけど、そこはちょっとコツがいります。
こういった複雑な質の問題をどうやって見抜くかは、ネットどころか、実際に見学に行ってもかなりの洞察力を必要とします。
以上、「やる気」というのは難しい問題で、判定するのもかなりの鑑定眼が必要だし、それを紹介文で的確に書けるか、さらにその紹介文からどれだけ推察出来るかというと、殆ど不可能だと思います。これも1と同じで、
「やる気のない学生がチラホラ目立つが」なんて紹介文には間違っても書けないですしね。とりあえず学校に行ってる、とりあえずお金払って申し込んでいるというだけでも「やる気のある学生」という表現もできますし、論者がどの程度の基準で語っているかです。
5.アテにならないクチコミ
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これがまたアテになるようで、アテにならないです。人の感じ方なんか千差万別ですから。
普通、どんな語学学校に入っても主観的にはそこそこ満足されると思います。僕だってシドニー大学付属で、今だったらとてもオススメはできないけど、通ってる当時は「ええわー」って他愛なく思ってましたもん。そこしか知らなければそれが全てですからね。
なんでハッピーに感じるかといえば、これは年齢が上がれば上がるほどそうだと思うのだけど、学校的なスチュエーションが久しぶりで、まずそれだけで楽しいです。仕事のプレッシャーから解放されて、責任もなく、机並べて学んでればいいんだから天国みたいもんです。それに、日本人率が70%だって30%はガイジンがいるわけだし、それだけでも日本の生活からしたらエキサイティングです。とにかく比べる対象が「日本にいた頃の生活」だから、どんな学校だってそこそこは楽しくないと嘘です。
しかし、ここで学校選択という意味でいえば、「学校だ(日本ではない)」というだけで満足しちゃうようなレベルでのコメントではなく、本当に欲しいのは、他校との比較におけるコメントなんだけど、そんな二校も三校も通って比較できる人はマレです。また通ったとしても、初期と後期とでは自分自身が変わってるから視点も自然に変わってくる。
日本人の傾向としてハッピーなときはあまり人に言いませんよね。なんか自慢してるみたいだし、気が引ける。逆に話が盛り上がるのはお得意「不幸ネタ」だったりするわけで、どうしてもネガティブ系の話ばかりが流通する傾向がある。かくして、学校が"Tetimonial"(証言、推薦)としてあげている生徒達は、いかに素晴らしい学校かを熱く語り、どっかの掲示板ではいかに悲惨かを熱く語る人がいたりして、どっちが本当かよくわからんということになるわけです。
大体において語学学校で十分の収穫をあげている人は、さらに前に進んでハードな局面に身を置いて戦ってる筈です。ラウンドだったり、大学だったり、永住権獲得や職探しだったり。普通はそれにかかりきりで過去を振り返ってる余裕なんかないでしょう。あなたは、自分が卒業した学校(大学でも小学校でも)の評価を、どっかの掲示板で書き込んだことがありますか?
千差万別でいえば教師の評判もそうで、 自分が通ってるときも、僕からみたらいい先生だと思っていても、駄目だと文句ばっかり行ってる学生達も多かったですね。何がそんなに不満なのかわからんし、聞いても筋の通った不満だとは思えなかった。それに「クラスが楽しいかどうか」が基準になりがちだけど、「楽しきゃそれでいいんか?」という視点もあるんですよ。メチャクチャ楽しいけど英語が伸びないんだったら意味ないという意見もあるわけです。技術の向上というのは基本的には修行なんだし、体育会系の名門校の練習風景であったり板前修業であったり、やってる最中は地獄以外の何物でもなかったりするわけです。地味なこともやらなきゃ伸びないです。でも、片や楽しいときが一番学習効率が高まることも事実であり、この矛盾する要素をどうみるかです。超難しいですよ、この判定は。
ということでクチコミもあんまりアテにしない方がいいです。確かにしょーもない先生も沢山いるんだけど、同時にしょーもない学生も沢山います。本当なら「なぜそう思ったのか」「この証言はどれだけ信用できるのか」をチェックしないと恐くて採用しにくい。あの学校はダメだと激しくいいながらも、よくよく聞いてみると「友達も皆そう言ってる」程度の根拠だったり。だいたい「皆」とか小学生みたいなことを言いだした時点で微妙な話になっていくのですね。「皆って誰よ?」って低次元の話になりがち。
クチコミをどれだけ信じるかはあなたの判断次第だけど、他人の言うことを聞いて失敗しても、その他人は責任取ってくれないです。だからこの問題を一言で表現しようすれば、「まあ、色んなこと言う人がいますからね〜」という、毒にも薬にもならない結論になります。
Marrickvilleの"Two Chaps"というCafe
6.スチューデントサービス
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これはホームステイのクレーム処理がいかに親身で迅速であるかとか、その他学校や生活でのよろず相談に乗ってくれるかどうかです。基本的には、中級以下のレベル(TOEICで800点以下)だったら日本人カウンセラーが居た方がいいです。英語で微妙な相談なんか出来ませんから。
でも、日本人カウンセラーがいたらそれで良いってものではなく、さらに複数の視点からフルイにかけます。まず人間的な相性が合うかどうか。フレンドリーなのも「営業用スマイル」でそうしているのか、地でそうなのか。さらに生徒の注文を受けたカウンセラーから進言を、学校中枢部がどれだけ真剣に聞くかどうか。なかには単純にカスタマーサービス的に、「苦情の矛先」「訴え仏」として各国スタッフを雇ってるだけという場合もあり、相談には乗ってくれるけど物事が進捗しないってこともあります。その人が学校内でどれだけの権力を持ってるかですね。もっと言えば定着率。1年を経ずしてころころとメンバーが替わる学校もあり、まあ居心地があんまり良くないのでしょうか。
このあたりは見学するときのチェックポイントです。だけどネットで調べてそこまで分かるか?というと、これは厳しいでしょう。
それにジレンマになるのは、日本人比率が少ないと日本人カウンセラーがいないのですね。雇う意味に乏しいからです。
7.データーに表われないもの
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これが一番大事なんですけど、それこそ雰囲気とか、空気感という、曖昧なものです。
華やかでいいんだけど、なんかチャラチャラしてる感じがするとか、野暮ったくて地味なんだけど妙に居心地がいいとか、ピカピカで設備も整ってるんだけどそれが逆に人口的で冷たく思えたり、、、感じ方はさまざまです。しかし、毎日通う所なだけにそれが一番モノをいいます。
選ぶことって結局そういうことだと思います。「大人」であるあなたにはわかると思います。恋人や友達にせよ、賃貸マンションにせよ、職場にせよ。どうしてそこにしたのか、どうしてそれが良いのか?って、説明できないことの方が多くないですか。選ぶ前にさんざん条件を掲げておきながら、結局、その条件のどれにもひっかかってないけど、それが一番気に入ったという。逆に、賃貸物件なんか典型的だけど、駅から近いわ、料金もお手頃だわ、広さも申し分ないわ、下にコンビニまであって便利だわって、喜び勇んで見に行ったら、実は、、、という。実は部屋の窓を開けたらそこが一面墓地だったとか、一階のコンビニが便利だと思ったら、夜になるとガラの悪そうなのが十数人常時タムロしてて恐かったとか。そんな分かりやすい理由だけではなく、「なんとなくイヤ」というのはあります。「なんか、こう、ジメ〜っとしてる感じがして、うらびれた気分になるというか、住んでて楽しくなさそうな、、」とか。
何やら無責任なことを書いてるようですけど、選ぶということを真剣に真剣に考えていけばいくほど「理屈」で選ばない方がいいと思います。人はそれぞれ自分だけの波長を持っていて、その波長としっくり来るかどうかです。ほんと、そうとしか言いようがないです。
学校は毎日通うところですし、自分の最初の居場所でもあるわけですから、食べ物でいえばゴハンみたいなものです。オカズではない。どんなオカズも毎日食べたら飽きます。だから、学校を選ぶにしても、オカズ的な部分で選ぶべきではなく、ゴハン部分で選ぶべきです。ところがゴハンくらい形容しがたいものはないです。白くて〜、あんまり味がなくて〜って(笑)。かくして一番表現しにくい、データーに上がって来にくい部分が、一番大事だという、そこがジレンマです。
8.結局、値段で決めてしまう落とし穴
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それでも頑張ってネットショッピングをしようとするなら、一番分かりやすい指標になるのは料金です。これはデジタルですから、とっても明瞭、分かりやすいです。だから、結局、値段を基軸にして、高すぎず、安すぎずのお手頃値段で、そこそこ良さげな特徴が書いてあるのを選ぶ、、というパターンになりがちです。
しかし、値段というのは品質に対応して初めて意味を持つもので、値段から逆に品質を類推するのは本末転倒でもあります。ある程度はあたってるだろうけど、それでもタイプの差までは分りません。同じ高品質でも、ロールスロイスとフェラーリではタイプが違う。
皆さんが最終決断するときに、いつもアドバイスするのは、「料金が全部同じだったらどこがいい?」「全部無料でいけるとしたらどこ?」ということです。まず料金という枠を外してみて絶対的なベストを考えてもらう。仮にそれがAという学校で料金も高く380ドルしたします。次点候補がBという学校で350ドルだとしたら、AとBの差は30ドル。そこで、その質の差は30ドル余計に払ってでも買うだけの価値があるかないかと。難しいようですが、これが出来ないのならば、結局のところ、質の差を理解していないということでしょう。
このように費用対効果=コストパフォーマンスを詰めて考えていかずに、単純に自分のフトコロ具合だけで決めてたら外します。納得できない学校に我慢して通い続けて、それで学習効率が上がるとも思いにくいですしね。トータル予算が絶対なら、質をキープして週数を減らした方がまだしもマシだと思います。いずれにせよ、安い学校といっても合算すればかなりの額になりますから、それだけのお金を運とかバクチ的に遣っていいのか?って気はします。大学進学だって、授業料だけでは選ばなかったと思うのですが。まあ、そこは個々人のやり方ですけど。
あとは、折々のスペシャル料金とか奨学金とか(呼び名は色々あるが要するに割り引き)の有無とかも関係しますが、これも最終的には値段の問題に帰着するでしょう。なお、エージェントと割引料金の関係については、これは話が複雑&微妙(表では書きにくい)ので、個別に聴いてくださいな。そう大した話ではないが。
9.エージェントで選ぶ
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エージェントの選び方になるかもしれないんだけど、どういうエージェントを選ぶかによって、どういう学校に行くかが大体決まってくる法則があると思います。
まあ他所さんのところはよう知らないのですが、自分の経験や、漏れ伝え聞く話によれば、エージェントによってお気に入りの学校というのがあります。これは単純な好き嫌いではなく、クライアントの意向にも関係します。例えば、とにかく激安!系を探しているクライアントが多いエージェントだったら、どうしても激安!系の学校と取引が多くなるでしょうし、そっちに特化していくわけです。逆に、とにかく「ブランド第一」「世間体第一」ってクライアントが多いエージェントは、値段が高いブランド校を紹介した方がお客さんも喜ぶわけですな。
まあ実際には、そういった明確な区分けはなく、どんなニーズにもお答えしますってスタンスでやるでしょうが、自然とユーザーの傾向やら偏りは出てくると思います。例えばサイトに「最安値!」と巨大フォントで書いていれば、自然と激安系のお客の比率が増えるだろうし、ビザ取りに特化していくところもあるかもしれません。ビジネスというのはCS(顧客満足)を第一にすべきであり、お客さんがそれを望むならそれに答えるべきであり、ある意味、当たり前のことだと思います。
ところで、少なくともこのAPLaCに関しては他のところと「全然違う」ってイメージを持つ人が多いようで、わかりやすいと思います。ウチの場合は、やる気と質重視、そしてコスパ重視です。逆に言えば「安ければいんだ」「ブランド信仰」については重視してません。お金を出す実質的な価値があるかどうか「だけ」しか考えてないのは、まあ、読めばわかると思います。
10.通学において融通がきく
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これはかなり上級編であり、実際にカウンセリングで言うことですけど、
通い始めてから事情や気分が変わったときにどれだけ変更できるか?(キャンセルしてもお金は戻ってこないので、コースの内容を修正していく)。
あるいは、昼間のコースからイブニングに移れるか。
ブレイクは取れるか。
そのあたりの相談を日本語で親身にやってくれるか、
などなど、そのあたりが実際の現場では意外と重要だったりします。だけど、それはカタログではまず載ってないです。まあ、載せようがないというか。
11.長期滞在志向系(永住や海外就活)の高度な戦略
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ただの留学やWHではなく、将来的にオーストラリアに移住、あるいはその前提としての就活(就労ビザ)などお考えの場合は、もう一段複雑になります。
ひとつは、ホリデーブレイクの入れ方があります。学校によってマチマチなのですが、何週か通うと何週ブレイクを入れられるという決まりがあり、仮に12週通うと4週ホリデーがもらえる。ということは、12週の予算で16週いられることになる。さらに学生ビザの規定によって終了後4週間滞在できるけど、一定以上の週数になると8週になるとか、いろいろあるわけです。
また昼間のコースと夜のコースとの使い分け(それは昼間にローカルに就労できるかどうかにもかかわる)、そしてインターンシップを就労ビザへの第一歩として使えるかどうか、そのあたりの話もあります。ここまでくると、概説的に述べるのは難しいですし、もうカタログレベルの話ではないので、また個別に聴いて下さい。
家族でやってくるとか、お子さんを連れてくるとかいうのも同じことです。それなりに「やり方」というのもあるので。
最後に
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でも、まあ、誰が何を言おうが、百万人が反対しようが、料金が高かろうが安かろうが、自分の「母校」になるべき学校ですから、「ここが好き!」って学校に出会われることをお祈りします。
とは言うものの、祈ってるだけでなんとかなった試しはないから(笑)、より積極的に改善しようと思うなら、「いい学校」に出あうという受け身ではなく、自分から「いい学校にする」くらいの気構えでいるといいです。学校の本質は人間集団であり、人間集団の個性を決めるのは個々のメンツであり、一人でも気を吐いている人がいたり、ムードメイカーがいたら、やっぱり変わってくるのですよ。
また人間関係の良好・不調によって90%以上の印象が決まるなら、良い人間関係を作っていけば良い方向に向かうのは自明の理です。なんとなく受け身で授業を受けるだけではなく、ちょっと他の生徒に話しかけてみるとか、先生にも質問してみる、質問以外の雑談をしてみる。どっかで趣味が一致して盛り上がったりしたら、それだけでかなり感じは変わります。
これは学校の「選び方」とは違うんだけど、でも「選び方」の次は「使い方」がくるのであって、ある意味、この2つ(「選ぶ」と「使いこなす」)は、相互補完の関係にあります。全く使いこなせなかったら、どんなところ選んでも不毛でしょうし、使いこなしが上手だったら、選択の幅は広がるし、さらに使い方まで考えて選べるからより深く選べます。
通学が始まったあとに色々悩まれると思います。なかなか伸びないとか、体調がすぐれないとか、気分的にダウナーになるとか。これは、エージェント選びにも関わりますが、そういうときに、どんな些細なことでもいいから、気楽に話せる人(学校のカウンセラーでも、エージェントでも)がいるかどうかが実際にはかなり大きなポイントになると思います。
僕もエージェントやってますけど、学校選びのお手伝いもさることながら、「その後」の方がむしろ本番だと自分でも思ってます。実際、本当に皆さん悩まれますから。勉強のやり方でも「本当にこれでいいのか?」とか、それは不安になるものです。その点、持続的なサポートがあるかどうか、その人の波長が自分に合うかどうかが、実は一番大きな決め手になるかもしれません。
→次に行く(選び方 Part 1 ロケーション)