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青木大介さんの5年後のワーホリ体験記+PLUS
 補充質問 +ワーホリ後の近況 + 写真集

 体験談の「三大豪華付録」です。

 @恒例のツッコミ補充質問と回答
 Aワーホリのあと今に至る近況
 B改めて提供していただいたワーホリ中の写真、です。

第一部:補充質問と回答

補充質問01

 現在も英語の勉強はしていますか?ビジネスその他で使うことはありますか?「その他」というのは、ネットでも英文記事を読んだりするなども含みます。

 仕事では、申し訳程度に英語を使うことがあります。忘れたころにやってきます。だからというわけではありませんが、今でも英語の勉強は続けています。英字新聞の定期購読と通勤中の英語音声を聞くことがメインです。

ただし、まだ英語「を」勉強していて、英語「で」勉強するレベルには達していないと思います。

先は長いです・・・。

補充質問02

 将来的に英語を活かした仕事をしたいという意欲は、まあゼロではないとは思いますが、欲求レベルを1〜10くらいにするとどのくらいですか?
これは、思うに英語力が役に立ったというよりも、英語力をつける過程で否応なく身につけた人間力や賢さがむしろ役に立ってるという感じがするのですが、いかがでしょうか?という質問でもあります。

難しいところですが、欲求レベルは5です。

もし、「英語を活かした仕事をしたいか?」という質問にYes or Noで答えるならYesです。ただし、「英語を活かせる仕事でないとイヤか?」と言われたらNoです。理由は、「英語は自分の構成要素の一つに過ぎない」からです。だから1〜10の中間をとって5としました。

僕がやりたいのは、「何らかの形で自分の能力・経験・特性を活かせる仕事」です。その一つがたまたま英語(レベルとしては不十分ですが)であるというだけです。「英語を活かせる仕事」に限定してしまうと、選択肢が狭くなってしまってしまいます。本末転倒です。自分がこれまでやってきたことを活かせれば、それが英語でなくても、全然問題ありません。

まさに第三部で書いたことですが、英語が多少は出来ることよりも、むしろ「言語はコミュニケーションの手段に過ぎないと身にしみて分かっていることの方が、英語力なんかより、(敢えて「なんか」といってしまった(^_^))はるかに大事だと思います。

余談ですが、日本人が、なかなか英語が出来るようにならない一因は、英語は道具だと分かっていないこと、そして、その道具を使って何をするのかが明確になっていなからだと、僕は思っています。

ちゃんと調べたわけではないですが、日本人が英語をやる理由の多くは、「やらないとヤバそうだから」である気がします。「英語が出来ないとこんなに悲惨」というイメージの広告や雑誌の特集はよく見かけるのに「英語が出来るとこんないいことがあります。」といったは少ない・・と思うのは僕だけでしょうか。こういう「脅し」は、現状ではまずいと思わせる(危険な現在位置から移動させる)のには有効でも、ゴールに向かって走り続けさせるには不十分と思います。

そのゴールだって、「出来るとカッコいい」や「世界をまたにかける国際人」といった超曖昧なイメージだったりしませんか?(英語が出来るようになるには、散々恥をかかないといけないんだから、どこがカッコいいのだ?(^_^))

ゴールが曖昧なまま、手段である英語の勉強が目的化してしまう・・・。しかもその英語の勉強は思っていた以上に辛い・・・。これでは出来るようにならなくて当然だと思います。

そういう僕自身が「手段の目的化」を思いっきりしていました。そのおかげで「英語は通じても気持ちは通じない」という体験をしました。幸い、その過ちに気がつかせてもらいました。そして、その後の社会人生活を得て「手段の目的化をするべからず」を、語学以外のことにも応用できるようになりました。

これが「英語力をつける過程で否応なく身につけた人間力や賢さ」ではないでしょうか(「賢さ」という美しい表現には恐縮してしまいますが・・・。)。
なので「英語力をつける過程で否応なく身につけた人間力や賢さがむしろ役に立ってるか?」という質問に対しての答えは「Yes」です。

だからこそ、「英語を活かした仕事をしたい」とは思っても「英語を活かせる仕事でないとイヤ」とは思わないわけです。


補充質問03

オーストラリアに「行った甲斐」論ですが、「もし行ってなかったら(あのまま就職していたら)」どうなっていたと思いますか?
しょせんはパラレルワールド話なので正確なことなど望むべくもないのですが、「うまくすればこうなっていたかもしれないが、最悪こうなっていたかもしれない」など、雑駁な感想はいかがでしょうか?


考えられるのは、以下の2つです。

(1).無難に生きていた。
(2).「自信」を持てないまま、どこかで壁にぶち当たっていた。

まず、(1)に関してです。

元々、僕は「安全・安心・安定」の三大「安」の大好きな典型的な日本人でした。もしあの時、オーストラリアに行かなかったら、その延長線上で、無難に生きていたと思います。失敗する可能性が低いこと、または失敗してもそれほど痛い目に合わないことしか挑戦しなかったと思います。

それが、必ずしも悪いこととは思えません。失敗が許されない状況なら、リスクが低い選択肢を選ぶのが賢いと思います。常にリスクの高い方を選ぶのがいいとも思いません。ですが、本当にやりたいことがリスクの高いことだったらどうするんだ?という問題があります。

以前の僕だったら、そういう時に挑戦しなかったと思います。でも、オーストラリアに行ったことによって、挑戦しようと思える、そのための方法を考える、少なくとも、挑戦する選択肢を頭から排除しないで考えることが出来るようになりました。

次に(2)に関してです。これは大学生の時の時点で予想していました。「今の自分には”自信”が無い、今のままで社会に出て大丈夫だろうか」と思っていました。だから「自信をつけたい」とワーホリにいくことに決めたわけです。もし自信を持てないまま、社会に出ていたら、どこかで壁にぶつかっていたと思います。


補充質問04

 同じく第三部(甲斐論)ですが、書かれてはいないのですが、第一、第二の議論が出来ること、つまり問題の本質を取り違えて頑張るとか、人間力とか未熟さとか、凹んだときの対処の方法とか、心構えとか、そのあたりも変わったと思うのですが。

 凹んだときの対処の方法については、凹んだことに凹まないことだと思います。
 どうも僕は、英語が通じなかった時に、通じなかったことそのものだけでなく、それによって自分が凹んだことにも凹んでいた気がします。

きっと「ハードな状況でも凹まない自分」を演じたかったのでしょう。

凹んでしまう弱い自分を受け入れて、少しづつでも強くなるにはどうすればいいのか考えればいいと思います。そして、そもそも凹んで当たり前くらいに思っていればいいと思います。さらに「凹むくらい難しいことに挑戦したことを褒めてあげる」くらいでも良いかもしれません。

「問題の本質を取り違えて頑張ること」に関しては、「何が手段で何が目的か」を考えると、ある程度は解決できると思います。まさにAで書いたことですね。

「人間の未熟さ」に関しては、まだまだ未熟なので何とも言えないのですが、謙虚になって学ぶ姿勢ではないでしょうか。なんだか話がだんだん哲学的になってきましたが(^_^)。


補充質問05

今後はどういう方向に生きていきたいですか?
その場合のポイントは進路とかベクトルでしょうか、それとも「歩き方」という抽象的「やり方論」(どの方向にするにせよ自分の納得を大事にしたいとか)に重きが置かれる感じですか?

 ここで田村さんの仰る「進路やベクトル」は、例えば「通訳になる」とか「講師になる」などの「どの職業(何らかの職業に就かないと生活する資金を得られないという意味で)を選択するか」という意味でしょうか。仮にそうだとすると、重視するのは「やり方論」です。

どの進路を選択するかは、あくまでも手段です。

余談ですが、出来れば直感的に興味があったり、しっくりくる手段の方がいいです。例えば、目的地が大阪だとします。なんとなく、空路よりは陸路の方が、少しづつ変化していく風景を見れていいなぁと思ったとします。その場合、同じ大阪にたどり着けるなら陸路を選びます。でも、仮に陸路では大阪に行けないとしたら(そんなことはないでしょうが)空路を選びます。手段のために、目的を変えたりはしません

どの進路(=手段)を選んだとしても、重視するのはやり方論です。自分のやり方で生きていくことが、「目的」なのだと思います。そしてそのやり方論の一つはまさに田村さんが例に挙げた「自分の納得を大事にする」です。
その他は以下です。

・何らかの形で自分の能力・経験・特性を活かす。
・周りに何かしらのプラスを産む。

「自分の納得を大事」に関しては、絵やデザインをやっていたことと関係していると思います。他人様が褒めてくれても、自分が納得できないといい気がしません。逆に、自分が納得行くと、他人様が褒めてくれなかったりします。自分が納得して、他人も褒めてくれるのが理想ですが、なかなかそういう経験少ないです(^_^)。

「自分の能力・経験・特性を活かす」に関しては、単純に今まで自分がやってきたことが役にたったら嬉しいからだと思います。また、誰がやっても同じことをやるより、自分にしか出来ないことをやる方が、やりがいがある気がします。

「何かしらのプラスを産む」に関しては、分かりやすく言うと「他人に感謝される」ことなどですね。何をしても、誰からも何のリアクションも無いのはむなしいです。趣味だったらそれでもいいかもしれませんが、仕事であるなら、世の中(・・・が大げさなら自分の周り)に何らかの良い影響を与えたいです。

この3つが実現できれば、進路やベクトルがどれかということには、あまりこだわりません。

・・・これで答えになっていますでしょうか。


補充質問06

冒頭で書かれたコンプレックスや社会にでる不安は克服されましたか、あるいは「海外修業」は果たされましたか?どう果たされましたか?あるいは「果たされた」というよりも、そもそもそういう問題の捉え方をしなくなったという変化もあるかもしれません。そのあたりフランクに語ってみるとどんな感じでしょう?

 コンプレックスや不安はある程度は解消されました。大変なことでも、出来ない理由を考えるのではなく、どうすれば出来るか考えることが出来るようになりました。少なくとも、卑屈な考え方をしなくなりました。今になってみれば、僕がコンプレックスや不安を抱いていたのは、卑屈さが原因だったと思います。「自分にはどうせ無理だろう」などと考えたりしていましたから。

そして、コンプレックスや不安は、別に完全に解消しなくてもいいと思える様になりました。だから「ある程度は解消」で充分です。誰だって、程度の差はあれコンプレックスや不安はあると思います。大事なのは、どうやってそれらと付き合っていくかだと思います。

自分のコンプレックスの正体が卑屈さだと気がついたこと。コンプレックスがあること自体は悪いことではないと思えたことが、大きな収穫です。

そして「海外修行」に関しては、まだまだです。「コンプレックス克服」という意味では果たされたと言ってもいいですが、もっと色々やってみたいです。オーストラリア一国だけでも、これだけ面白いのだから、ここで終わったら勿体無いです。

ただ、「海外」という言葉の使い方を誤っていたと思います。僕のオリジナルの表現ではないですが、「海外という名の国は無い」からです。僕がしていたのは「オーストラリア(のワーホリ)修行」です。だから、次は「メキシコの語学留学修行」や「モザンビークでの起業修行」かもしれません。



第二部:ワーホリ後の近況

 現在、故郷の神奈川県茅ケ崎市を離れ、東京で一人暮らしをしています。
いつの間にか一人暮らしも約3年半(2010年4月〜)です。

炊事・洗濯・掃除などなどを自分でやるのは面倒ですが、その分すべての「決定権」が自分にあるのがいいですね。東京の居心地は良くないですが(なぜこんなトコでオリンピックをやるのだ?)自分の城、(あるいは「独立国」?)の居心地はなかなかです。

実家だと、家事をやる必要がない分ラクですが、決定権をいくらか奪われ「あれをやれ」「これはやるな」と「行政命令」が下ります。

この実家と一人暮らしの違いは、いわゆる一般的なエージェントとAPLaCの違いに似ている気がします。一般的エージェントはあれもこれもやってくれる(と謳っている)けど、自分の力で出来るようにはならないし、自分の裁量で出来る範囲が限られる(利用したこと無いので想像ですよ、別に恨みはないですし(^_^))。

APLaCは、代わりにやってくれるわけではないけど(代わりにやってくれと思う人は海外に向いてないと思う)自分でやる力が身に付くし、自分の裁量でやることを決められる。もしかしたらAPLaC卒業生って自家暮らしより一人ぐらいが多いのかな?と勝手に思ったりもします。

仕事は、WEBデザイナーを1年やった後、転職し、現在の仕事は4年ほど続けています。
今の仕事はIT系で、データセンターに勤務しています。

「データセンター」と言っても分らない人が多いと思うので、簡単にご説明をします。
データセンターというのは固有名詞ではなく、一般名詞です。ざっくり言えば、「図書館」や「発電所」みたいに施設の名前です。

何のための施設かと言うと、企業や自治体の(別に個人でもいいですが、費用が高いと思う)サーバーをはじめとしたIT機器を預かる施設です。

勿論、ただ預かるだけではありません。
そこらへんに無造作にサーバーを置くわけはなく、ラックと呼ばれる電話ボックスくらいのサイズの箱に収納されます。

「サーバーなんぞ別に自社におけばいいじゃん?」と思われる方、いい質問ですね。
勿論、データセンターに機器を預けるメリットは沢山あります。

第一に自家発電機を持っているところが多く、万が一の停電になっても対応できます(東日本大震災の際、にわかに注目されました)。

第二に、空調設備が整っています。
サーバー様に最適な温度の環境を常にお届け出来ます(人間には最適ではないけど)。冷房代は馬鹿にならない出費だと思うので、贅沢な空調設備をシェア出来る(勿論、いろんな会社が利用するので)メリットは意外と大きいと思います。

第三にセキュリティです。一般的にデータセンターに入るには、事前に身分を明らかにして利用者として登録が必要です。
さらに、実際に建物に入る際には本人確認が行われます。指紋認証が必要な場合もあります。

第四にデータセンターの常駐スタッフが、定期・不定期で預かっている機器に関して、点検・設定などの作業を行うことが出来ます。この作業の範囲はデータセンターによってかなり異なります。

第五に高品質のネットワーク回線を利用できることが多いです。

まとめると、設備投資へのコストの削減とリスクヘッジですね。
お客さんによっては、自社ビルとデータセンターの両方にサーバーを置く場合もあります(片方をバックアップとする)。

この会社は外国人が多いです。公用語は日本語で、皆とても流暢です。
オーストラリア時代は自分が外国人として受け入れてもらう立場でした。
今は自分が外国人を受け入れる立場です。
両方経験するというのはなかなか貴重な経験です。

2013/08/06撮影
広島の原爆記念日の灯篭流しにて

 ←田村注:失礼ながら、この近況写真を見たときに吹き出してしまいました。
 絵柄として、いかにも「怪しい人」的な雰囲気で、いかがわしい霊感商売に手を染めているふうな。

 しかし、考えてみれば、原爆記念日の広島です。
 「平和」という文字も、その想いのシリアスさや真摯さには納得です。
 よくよく見れば、顔つきも少年ぽさが消えて、しっかり大人びているし、ふざけているのではないのも分かる。決して笑いをとる写真でない。佇まいも、「平和式典に参列した某ロックアーティスト」って言われたら「ああ、いかにも」って素直に納得するでしょう。

 すごくシリアスで、ある意味ではカッコいいくらいなんだけど、にもかかわらず、何も知らずにぱっと見ると笑ってしまうという。なんででしょうね?多分意図してやっているわけではないという、オーガニックな巧まざる面白さが笑いをツボを押してしまうのかもしれません。
 




第三部:ラウンド写真集と解説

Coober Pedy (南オーストラリア州)

Coober Pedy

まるで西部劇にでも出てきそうな風景で「異空間」という言葉がぴったりの町。
ダーウィンから南に向けて同じAPLaCの石原くんを含む4人で車で旅をしてきて、エアーズロックで石原くんを見送って3人になった後、アデレードに向かう途中に立ち寄りました。

暑かったですが、地下ホテルの天然の涼しさには驚きました。

Kings Canyon (ノーザン・テリトリー)

Kings Canyon

先述した石原くんを含めた4人の旅で立ち寄ったキング・スキャニオン。

90度の断崖絶壁をすぐ足元に見ながら歩くのは、かなりの迫力です。しかもそれが見渡す限り、360度広がっています。

グレートオーシャンロードの様に、海側(片側)が断崖絶壁の風景は比較的気軽に見れると思いますが、(大都市は海に近いのが多いし)このように360度の断崖絶壁はちょっと足を延ばさないと見れないと思うのでラウンドしてるならDon`t miss it !!

こういうところこそ、急かされるツアーじゃなくて、自分のペースで歩きたいものです。

Kakadu national park (ノーザン・テリトリー)

Kakadu national park



ここも4人の旅で。二日間費やしました。余裕があればもう一日欲しかったです。

広大な敷地内(四国と同じくらい)を点在する見どころを車で爆走しました。

Kakadu national park


見どころ→見どころの移動が大変でもあるのですが、それが逆に楽しかったりもします。
爆走していることで「俺たち冒険してるぜ」感が演出されるのでしょう。

まぁそれはある程度、距離感がイカれていないと出来ないかもしれません。
数日の旅行だとそうなるのは厳しいと思うので、繰り返しますがラウンドはいいですよと(^^)。

LitchField national park(ノーザン・テリトリー) 

LitchField national park

ここもまた4人の旅にて。ダーウィンを出てから最初の目的地。
カカドゥに比べると(あくまでも比べると)小規模な国立公園などで爆走(暴走?)ラリーの楽しみはあまりないですが、その分のんびりと大自然を堪能できます。

機会があればぜひカカドゥと合わせて訪れてほしところです。


Purnululu National Park(西オーストラリア州)

Purnululu National Park


後述するドイツ人の相棒と別れた直後、ダーウィンにたどり着く前に訪れました。

ヘリから撮った写真です。
記憶している限りでは、ヘリに乗ったのは初めてです。


Nitmiluk national park(ノーザンテリトリー)

Nitmiluk national park

カカドゥ、リッチフィールド、そしてこのニトミルク国立公園を合わせてダーウィン近郊の三大国立公園らしいのですが、
確かにどれも個性があって、可能なら全て行ってほしいところです。

このニトミルク国立公園は、カカドゥ、リッチフィールドと違って個人で訪れました。(彼らと解散した後)
川下りのクルーズに参加した後、ふらふらと散策しました。

Karijini national park(西オーストラリア州)

Karijini national park


他の人の話を聞くと「ラウンドした中でナンバー1!」という人もいるカリジニ国立公園です。

ラウンド中に立ち寄るにしても不便な位置にあります。
間違っても日本からのパックツアーでは訪れないでしょう。(エアーズロックの方が近くに空港があるからはるかに便利)

前評判が良かったので僕は期待していましたが、なかなかラウンドの女神は意地悪です(^^)。

ここは、帰国前にもAPLaCノートにも書いたドイツ人の相棒との旅(パース〜ブルーム)で来ました。

重複しますが、その相棒とはタスマニアで出会いました。意気投合し、「もし再会できて、ルートが同じなら旅をしようか」と言って別れました。無事にパースで再会し、ダーウィンまで旅をすることにしましたがそこから先が全然「無事」ではありませんでした。

四六時中一緒に車で旅していると(寝るのも車中)相手の悪いところや考え方の違いが気になり出します。
これは当時のノートには書いていませんがその当時の僕は人間としてイマチュアでした。
おかげで、ことあるごとに揉めるようになります。このカリジニ国立公園にたどり着いたことにはかなり危険水域に入っていました。

僕は数日間滞在してもいいと思っていましたが、相棒は帰国日が迫っていたため、1日のみの滞在でした。(そのくらい事前に話し合っておけって)

揉めた印象が強すぎて、このカリジニ公園の印象が希薄になっていますが、それでもよいところでした。
だからこそ余計に惜しいです。機会があれば、また行きたいところです。


Exmouth(西オーストラリア州)

Exmouth


ジンベイザメが見られるというエクスマウス。
残念ながら僕が行ったのはその時期ではありませんでした。
ここもドイツ人の相棒と訪れました。

ちなみに「オーストラリアで一番きれいだったと思う海は?」と聞かれたら「エスぺランス」というのが僕の答えです。
その後も飽きるほど美しいビーチを見続け、この頃には完全に慣れてしまって(なんて贅沢な)このエクスマウスの海には特に感動はしませんでした。

「エスぺランスが一番」と思ったのは順番も影響しているのでしょうか。
今見直してもみると、このエクスマウスもとてもきれいです(^^)。
それどころか、色の鮮やかさ、透明感、砂浜の白さ、人があまりいない貸切感(人が多すぎると興ざめしてしまう)
どれをとっても遜色ないです。

Shel Beach (西オーストラリア州)

ShelBeach


ここもドイツ人の相棒と。砂の代わりに貝があるというシェルビーチ。
事前に聞いていましたが、現地に行って「やっぱり貝だ!」いう当たり前の印象。
でもこれ実際に見てみるとかなり面白いですよ。

Monky Mia (西オーストラリア州)

Monky Mia


ここもドイツ人の相棒と。
野生のイルカが見れて、僕は無邪気に大はしゃぎですが、相棒は「屋外水族館。飼いならされているイルカが海にいるだけ。なにこの人工的な感じ」と吐き捨ててました(^^)。

Kalbarri national park(西オーストラリア州)

Kalbarri national park


ここもドイツ人の相棒と。
相棒は「神様が皆のための自然なのに、なんでそれで商売(入園料)するんだ?」とご立腹でした。
勉強になります(^^)。

Bunbury(西オーストラリア州)

Bunbury

「西オーストラリアではパースの次に大きい町」と誰かが言っていたのですが(本当かどうかは不明)休日にコールズが閉まっていたり大きいかどういうかは別にして便利ではない町。
(オーストラリアらしいと言えばそれまでですが)
後述するペンバートンでセカンドの権利を得て、北へと旅を再開した矢先に訪れた町です。

今考えて見ると、自然の中で働く→資金がたまったら旅の繰り返しってなんて贅沢なくらいでしょう(^^)。

可能なら、5,6年かけて世界規模でやってみたいものです。

Pemberton(西オーストラリア州)

Pemberton


数か月間ファームで働き、セカンドワーホリの権利を得た思い出の町・ペンバートン。
休日に、友人とこの線路を歩きました。
まるで映画「Stand by me」です。
今振り返ってみてつくづく思います。
本当に貴重な時間だったなと。

Grampians national park/Great Ocean Road (ビクトリア州)

Grampians national park
Great Ocean Road


グレートオーシャンロードとこのグランピアンズがセットになったメルボルン→アデレードへの移動も兼ねた(往復ではなく、出発地と目的地が違う)ツアーにて。


雄大な風景ですが、それ以上に印象的だったのはツアーのメンバー。
20人以上の参加者で、アジア人は僕だけで、それ以外は全員ヨーロッパ系でした。

日本人が自分だけというのは経験していましたが、これだけの人数でアジア人が自分だけというのはこの時が始めてでした。

比較的ラウンド初期だったため、全く会話についていけず「世界レベル」を身をもって知りました。

でも、本当に世界に出ていくのはこういうことですし、非常に勉強になりました。

Townsville (クイーンズランド州)

Townsville

西オーストラリアとノーザンテリトリーの印象が強すぎて、僕の中では印象が薄いクイーンズランド。
それまでは頻繁に止まっていたのに、クイーンズランドでは大分はしょりながら移動していました。
どうも「西に比べると便利だから後からの短期旅行でも来れる」と思っていました。

この町もケアンズに行く途中の中継地点として訪れただけです。

でも写真でみるとけっこうきれいな町です。
オーストラリアの町全般に言えると思いますが、海や川の「青」と、森や公園の「緑」と人工物が調和してて
とてもきれいです。こんなこと言うとますます東京の印象が悪くなりますが(^^)。

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