空腹絶倒 (その3)
麻婆豆腐の巻
97年8月13日
マーボー豆腐は、オーストラリアに来て比較的早い時期にトライした一品である。
しかし、シドニーに来るはるか以前、貧乏下宿生をやってた頃にも、マーボー豆腐はよく作っていたのであった。理由は簡単、楽チンで、安く(これが大事)、腹いっぱいになるからである(これも大事)。
当時、愛用の一品は、丸美屋の「麻婆豆腐の素」であった。味も悪くないし、挽き肉まで入っているという簡便さもさることながら、1パックに2食分ついてるという経済性はポイントが高かった。
さて、当地シドニーでも、丸美屋の麻婆豆腐の素は売っているのであるが、それを利用しただけならば話はそこで終ってしまう。このようなインスタント系を使うことなく、麻婆豆腐を作る事はできないものだろうか?話はそこから始まる。
麻婆豆腐のレシピーに入る前に、豆腐それ自体の話をしよう。
当地シドニーでも豆腐は売っている。それもそこらへんのスーパーで売っているのだ。日本のものよりもやや小振りではあるが、一丁1ドル前後で売っているから、それほど高くもない(図参照)。絹ごしも木綿もある。silken、firmなどという。
通常の豆腐の他にあまり見掛けないデザート用の豆腐も売っている。チャイナタウンなどに行くと、豆腐だけで十種類以上ある。「日本豆腐」と銘打たれているものもある(真っ赤なパーケージとか、あまり日本製らしくない雰囲気ではあるが。味は上記の普通の豆腐と特に違いはない)。
豆腐は、別に日本の専売特許でもないのだろう。そうでなければ、そもそも中華料理に麻婆豆腐なんかある筈がないし、豆腐を使った料理は、中国だけでなく、ベトナム、タイからインドネシアまで広がっている。多くは厚揚げを炒め物にしていたりする。
では「TOFU」というのは何語なのだろうか。だいたい「豆腐」という漢字も、日本語として妙である。誰かが言っていたが、「豆腐」と「納豆」は逆にすべきだと。「豆を納めて(型取って)作るのが豆腐」「豆を腐らして作るのが納豆」なのだから、アベコベではないかという。傾聴に値する説ではあるが、それはともかく、中国語において「腐」という文字には実は別の意味がありそうな気もするし、純然たる大和言葉で「豆」は「とう」ではなく「まめ」と発音したような気もするし。しかし本来の語源と、それが英語圏社会に取り入られていく過程とはまた違うような気もするし。ようわからん。
ところで、健康食品などを扱う店では、もっと高い豆腐も売っているが、別に上記の「普及版」で十分だと思う。また、「そもそも豆腐というものは旅をさせてはならない」云々とかいうのを聞いたこともあるが、そこまで愛着があり、そのコダワリを貫きたいのであれば、一つだけ良い方法がある。いますぐチケットを買って日本に行く事だ。僕はそこまでのコダワリはない。
ただ、こちらの豆腐は防腐剤がバリバリ入っているのか、賞味期限が2ヵ月くらいと異常に長い。最初は、「げ、なんか、不自然そう」とタジログものはあるのだが、次第に気にならなくなる。それにこちらの賞味期限はいい加減で、まだ期限まで1ヵ月くらい余して、あっさり腐ったりもする。思いのほか早く腐ってしまった豆腐を見つめながら、「やっぱり防腐剤は入ってないのかな」「まったくいい加減な表示だ」などなど、様々な想いが胸を去来する。
麻婆豆腐に話を移そう。
麻婆豆腐を作ろうと思ったのは、日本から持ってきた簡単な料理の本に作り方が書いてあったからである。結果的には、本に書いてあるレシピーは殆ど無視して適当にトライしているのであるが、ベーシックな部分は非常に参考になった。
麻婆豆腐の「構造」は、@スープ、A豆腐という単純なものである。豆腐は適当な大きさに切ってブチ込めばそれで足りるから、問題はスープである。どうやってあのトロリとした濃厚なスープを作るかである。「トロリ」部分は片栗粉を入れればそれでいいから、いよいよ話の核心は「味付け」に絞られることになる。
で、料理本が参考になったのは、熱した中華鍋に「薬味(ニンニク、生姜、葱などのミジン切り)」「挽き肉」「中国系調味料」を炒め、その後に水を入れるという部分であった。で、中国系調味料というのは、豆板醤(トウバンジャン)とか豆鼓(タイチ)とかそこらへんのものである。要するに、薬味とそこらへんのワケわからん中華系調味料をグチャグチャ入れて炒め、ザーと水を入れ、豆腐をブチ込み、最後に片栗でトロミをつけるということである。
簡単である。いや、入れるものを列記したら、ニンニク、生姜、葱、挽き肉、豆板醤、辣豆鼓、蒜蓉豆鼓醤、スープストック、醤油、酒、塩、胡椒、片栗粉などなど異様に面倒臭く見えるであろうが、大事なのは「そんなに神経質にならんでもいい」ということである。極端な話、上記のうち半分を入れ忘れてもそれほど大勢に影響はないのだ。いろいろ入れてみて味を見ながら適当に調節すればいい。
一応経験的に「これを入れるとこう違う」というものを言ってみます。
まず薬味、ニンニク、生姜については、別に入れんでもいい。入れた方が何となく「精力付きそう」だったり、何となく元気な味になりそうな気がするからです。一遍、コロッと入れるのを忘れたことがあったが、食べ終る頃まで入れ忘れたのに気付かなかった。
葱は香りを出すというが、どっちかというと、緑色のネギがちらほらしていた方が彩りがあってカッコ良く見えるというルックス重視の理由の方がデカい。なお、彩りだけを出したかったら、最後に刻みネギをもう一度入れるといい。最初に炒めた分は焦げて緑色が消えるから。
挽き肉:なんでもよろし。ほんとうは豚なのだろうが、牛でもいい。なにしろ、中国系スパイスが強烈なので微妙な味の違いなどかき消されてしまうから。量も少しでいい。
豆板醤:これは辛いです。辛みを出すためにいれます。入れすぎるとシンドイですわ。
辣豆鼓(Black Bean Chili):これが一番、麻婆豆腐の味の基本になりそうです。ビンの蓋を開けて匂いを嗅ぐだけで、「あ、麻婆豆腐だ」という香りがします。だから、早い話、これだけあればいいとも言える。
蒜蓉豆鼓醤(Black Bean Garlic Sauce):これも麻婆系の香りがしますが、要するにこの香りってBlack bean系の香りみたいです。前述の辣豆鼓がBlack Beanソースにチリが入ってるだけ、こっちはニンニクが入ってるだけの話です。だから、薬味を入れ忘れてもここらへんで補充出来るし、ここらへんを入れ忘れても可なわけです。殆ど重複してるわけなのでしょう。でも、蒜蓉豆鼓醤は蓋を開けると、ほのかに懐かしい香りがします。なにかなと考えてたら「江戸むらさき」「ごはんですよ」の香りだったりします。これを入れると、僕にとっては、ちょっと落ち着く感じになります(錯覚かもしれんけど)。
ちなみに上記三品は、麻婆豆腐に限らず、中華風炒め物をするときに使用すると、そこそこ雰囲気出ますので、あれこれトライしてみてください。
スープストック(ダシの素)は、これも本ダシからワケわからん中華系のエビ出し風なのまでありますが、オーソドックスなチキンストックが一番いいみたいです。別に入れなくてもいいようですが、なんとなく味がしっくりこないので僕は入れてますけど。
醤油、酒は、味をちょっと日本風に引き寄せたり、マイルドにしたり、ここらへんも好み。特に必要があるわけでもないです。塩、胡椒も、ほとんどやる必要ないです。
片栗粉:お好みのトロミがつくまで。お椀に溶いてから入れるのが常道と言われてます。直接入れると溶けきれなくて所々ダンゴ状態になるからとか。でも、僕は、面倒臭いときはそのまま振り掛けちゃうけど(結構溶けるけど)。
最後に麻婆豆腐の三大メリット(簡単、安い、多い)を復習しておこう。
簡単度であるが、あれこれ中華系調味料を出してくるのが面倒臭い程度で、覚えてしまえば作るのに5分掛からない。中華鍋一つで間に合うし。また「取り返しのつかない失敗」というものがありえない。最初入れる調味料が少なすぎたとしても後から入れれば何とかなる。唯一失敗としては、全てに渡って量を入れすぎてムチャクチャ濃い味になってしまったときである。これも水を増やすとか対応方法はあるが、豆板醤を入れすぎて死ぬほど辛くなってしまった場合は、「本来こういう味なのだ」「本格的中華風」とか自分を騙しながら食べてください。それさえミスらなきゃ、まあ、何とかなるでしょう。但し「素晴らしく美味しい」ようにしようと思ったら、各スパイスの微妙な関係など10年くらい掛かりそう。
経済性ですが。豆腐が1ドルでしょ。中華系調味料なんか、上記の3品を一度に全部揃えても5ドル前後で済むんじゃないかな。一回に使う量なんか、20セント位と違いますか?だから、その他の物も含めて3ドルあったらお釣がくるでしょ。
量の多さですが、豆腐1丁で2〜4人前いけますが、ゴハンをよそって上からかけてマーボー丼にすると、食は進むし、丼3杯も食べればお腹いっぱいになるでしょ。
PS: ところで、これまで書いてきた麻婆豆腐の味は、どうも「日本風」麻婆豆腐のような気がします。もっと本格的な中華料理の麻婆豆腐は、「ラー油の上に豆腐が浮いてる」状態だとかいう話を聞いたことがありますし(ほんとかどうか知らんけど)、実際、シドニーのAshfieldという中国系が多い街で食べた麻婆豆腐は、スープもかなりサラサラしてて、辛く、日本風のものとは全然違いました(その店は何でも美味しいので、腕が悪いわけではなく、やはりもともとが違うのでしょう)。
PS2:中華系調味料に、その名も「麻婆醤」という「麻婆豆腐の素」みたいな物が登場したのを発見して(随分前だけど)、試してみたことあります。が、「え?これ、麻婆豆腐なの?」という味でありまして、その後使ってはおりません(上記写真の右から3番目に控えめに写っています)。
PS3:中華系調味料は、チャイナタウンのスーパーマーケット(バーリントンなど)に行けば、唸りをあげて置いてあります。いろいろ挑戦してますが、やってもやっても未知の物は減らない。買ったはいいが、どういうスチュエーションでどう使うのかさっぱり見当も付かないものもあり、楽しいっす。
(田村)
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