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今週の1枚(09.06.15)





ESSAY 415 : 世界史から現代社会へ(76) 中国(2) 誰が一番エラいの?〜中国の権力メカニズム




 写真は、まあ、説明するまでもないですね。シドニーのアイコン、オペラハウスとハーバーブリッジです。が、この写真は本物でしょうか?合成して作ったニセモノでしょうか。なぜかというと、こんなところにビーチなんかあったっけ?ということです。実は本物で、実際にこんなところに砂浜があるんです。小さいけど。嘘だと思ったら自分で行って確認してみてください。僕も発見して、「おお、こんなところに!」と思ってしまった。まあ、大したことではないんだけどさ。





 現代中国シリーズの2回目です。

 今回は中国という国家制度の仕組み、権力機構のメカニズムを考えてみたいと思います。
 興味の原点になったのは、中国って、○○「主席」、○○「首相」、○○「総書記」、○○「委員長」とか肩書きが別々な人間があれこれ登場して、いったい誰が一番エラいの?と昔から不思議だったことです。それに、”エライ”ということと”実権”とは別問題だったりしますよね。日本の歴史でも、エラさそのものでは天皇が一番エラかったけど、実権を持ってるのは将軍(征夷大将軍)だったりしました。しかし、まあ、この種の組織の複雑さ肩書の交錯は人間社会の通例のようで、例えば僕らの中学校時代の部活なんかでも似たようなケースはありましたね。「部長」と「主将」と「キャプテン」とで誰が一番エラいんだとか。

 ということで、中国の国家システムを調べてみたんですけど、組織が膨大すぎて挫折しました。複雑すぎ。まあ、考えてみれば科挙の国ですからねー。2000年前から巨大な官僚機構を持ってた国が、さらに共産主義という超官僚国家になってるわけですから、さくっとシンプルな組織になってるわけはないです。

 しかし、それだけではなく、読んでるうちに頭が混乱してくる要因がもう一つあります。それは、中国の場合共産党の一党独裁ですから、共産党内部の組織機構と国家の組織機構がそっくりオーバーラップするという二重構造になってるということです。順次説明します。


共産党組織と国家組織の二重構造

 まず共産党ですが、共産党内部の最高権力機関は、5年に一度の総会、全国代表者会議(党大会)です。ここでリーダーやスタッフが選ばれ、彼らが権力を担うようになるわけです。日本の国会で総理大臣を指名したり、株主総会で取締役を決めたり、生徒総会で生徒会長を決めたりするようなものです。で、選ばれた人々が中央委員会というものを組織し、そのリーダーが総書記になると。中央委員会の下に執行機関である中央政治局というのが置かれ、そこの各委員会で政治実務の根本を取り決める。以下、日本における省庁や地方自治体のような下部組織に降りていく。党大会が日本でいえば国会に該当し、内閣に相当する部分が中央委員会と中央政治局と二階建てになっているのですが、ここまでは、まあ、わかります。

 日本と違うのは、軍(人民解放軍)という存在です。日本にも自衛隊という、誰が見ても立派な"軍隊”があるのですが、日本の場合は(欧米諸国も同じ)、軍は総理大臣の率いる内閣や大統領府の一部局に過ぎません。軍に大きな権力や発言権を与えず、いわゆる文民統制(シビリアン・コントロール)が厳しく働いています。中国の場合は、中央委員会の下に中央政治局と軍隊とが並立しています。ほとんど内閣と同格の力を持っているわけで、シビリアンコントロールという意味では徹底されていません。それだけ軍の存在感が強いということであり、またそれだけ力による統治を必要としているということでしょう。それは共産主義という統制の強い国家システムから出てくるのでしょうし、13億以上という途方もない規模の集団を仕切るという実践的必要性もまたあるのでしょう。

 ちなみに軍の存在感が強い国家は別に中国だけではなく、中国以上に軍隊の力が強い国はゴロゴロあります。これまで見てきた中南米やら、中央アジアなどもそうですが、世界平均でいえばそっちの方が遙かに多いでしょう。アメリカだってかなり軍部の力は強い筈ですよね。産軍官複合体とかいってるくらいだし。その意味でいえば、中国の場合はまだ政治本体が軍隊を押さえきってると言えるでしょう。軍部の独走に政府が引きずられるという感じではないし、ケ小平も軍部の力を背景に権力を維持していたというわけでもないです。日本の場合はさらに軍部(自衛隊)の力は弱く、防衛省の一存で首相のクビが飛ぶなんてことはないです。しかし、軍の存在感が薄いことは、日本にとっては非常に良いことだと思います。

 これまでずーっと世界の歴史や政治を見てきましたけど、軍隊が祖国を守る場合よりも、軍隊が祖国を滅ぼす場合の方がずっと多いですもん。軍事力というのは分りやすい力の世界ですから、これでガンガンやってるのは生理的に気持ち良いのですが(国民も盛り上がるし)、馬鹿力だけでやっていけるほど世界は甘くないです。暴力団の世界だってそうです。駆け引き、戦略、頭が必要。つまり高度な政治力と外交力が必要。政治力よりも軍事力が勝ってしまった国は必ずといっていいくらいポシャります。ナポレオンにせよ、チスドイツにせよ、秦の始皇帝にせよ、そして戦時中の日本にせよ、枚挙にいとまがないです。みんな一代でポシャってしまい、そのあと祖国はドツボに叩き落とされてます。まあ、中南米やパキスタンなど、腐敗同族政権よりは軍事クーデターの方がまだしも民主的であるという国もありますけど。でも、イギリスやドイツのビスマルクなどは強力無敵な軍隊を持ちながら、尚もそれを上回る政治力・外交力を持ってたからポシャらずに済んでいたという点は忘れてはならないと思います。

 さて、中国の話に戻りますが、これまで述べた組織機構は、共産党の組織です。中国という国家の組織ではない。国家組織としては、まず全国人民代表大会(全人代)があり、これが日本における国会に相当します。立法や予算の承認などをします。この代表大会の参加者=日本における国会議員に相当する人民代表の数ですが、なんと3000人近くいます。もっとも日本と違って一院制(参議院はない)ですし、人口も日本の10倍以上いることを考えればまだまだスリムな組織なのかもしれません。そうはいっても大所帯の議員3000人集団ですから、日常的には幾つかの委員会に分かれで仕事をします。このあたりは日本の国会と同じで、もっとも中枢部分を司るのが常務委員会であり、その下に各種専門委員会があります。

 一方日本の内閣に相当するのが国務院と呼ばれる組織で、ここが行政の執行をします。国務院のリーダーは国務院総理で、内閣総理大臣に相当します。日本のマスコミで、中国の○○”首相”と紹介されるのはこの国務院総理です。2009年現在、中国の総理は温家宝首相です。ではこの首相=国務院総理はどうやって選ばれるのかと言えば、国家主席が任命し、全国人民体表大会で承認されることになってます。やれやれ、ここでまた国家主席といういかにもエラそうなポストが出てきてしまいましたね。

 中国における国家主席は首相に対する大統領に相当するようなポストであり(英語ではプレジデントと訳される)、中国の最高権力者になります。全人代によって選ばれます。全人代が国家主席を選び、国家主席が国務院総理を任命するという関係ですね。ところでこの国家主席ですが、もともとは国家の最高権力者を意味していたのですが、文化大革命の際に廃止され、ケ小平時代に復活しました。しかし、日本の天皇やオーストラリアのGG(ガバーナーゼネラル=女王の代理人)のように儀礼的な国家元首に過ぎませんでした。ケ小平が自分が実権を握って切り盛りする際、うるさい同輩や長老を斥ける意味で使ったからとも言われています。位は高いが実権は無いという、ありがちなパターンですね。”華やかな閑職”。昔の日本では「位(くらい)打ち」とか言いましたっけ。ところが(第二次)天安門事件において当時の主席楊尚昆が戒厳令を発令してからは、単なるお飾りではなく実際の実力者がこのポストに就くようになりました。実際には共産党の総書記がこのポストを兼任しています。現在では胡錦涛が国家主席になっており、中国の最高権力者になってます。

 「最高権力者が国家主席になる」という説明、わかりにくいと思います。そう、そこがトリッキーなところで、なにも国家主席になったから最高権力者になるのではなく、最高権力者がこのポストに就くのです。つまりこのポストは権力の源泉ではない。じゃあ、中国の権力の源はなにかというと、突き詰めていえば共産党総書記でしょう。

   はい、ここがややこしいのですが、中国の場合、中国共産党の組織図と国家の組織図が二重構造になってるわけですね。中国で出世しようと思ったら、共産党の大幹部に出世すればいいわけです。そうすれば党内の役職に応じて国家組織におけるしかるべきポストが与えられるというわけです。共産党内部においてウラの権力機構があり、それに対応してオモテの官職があるという感じですね。

 こんな二重構造、端的にムダじゃん、って思ってしまいがちですが、日本だって同じ事をやってますし、大体の人間集団は似たような構造を持ってたりします。日本の場合は、国家組織の役職をオモテだとすれば、ウラは自民党の役職になります。自民党で天下を取れば日本という国のリーダーになれるという構造です。まあ、今度の総選挙で政権交代すれば違いますが、今までのところはそうです。日本では一般に”総理総裁”といったりしますが、”総理”というは正式な日本国の役職(内閣総理大臣)ですが、”総裁”というのは自由民主党という私的なグループにおけるリーダーの地位に過ぎません。しかし、自民党総裁選挙が事実上日本という国の総理大臣を決めたりしているわけですよね。だから、中国と同じっちゃ同じです。政党政治ってそーゆーもんでしょう。



中国共産党とはなにか?

 ただ、中国の場合、共産党の一党独裁であり、憲法でも共産党の役割について書かれてあり、日本の政党のように私的な存在ではない。いわば一種の国家機関のようなものであり、だとしたら二重構造のムダ性も高い筈でしょう。そもそも中国における中国共産党というのはどういう存在なのか、中国人って全員共産党員じゃないの?中国において"国民”であることと、”共産党員”であることは何がどう違うの?共産党優位なのが明らかだったら、なんで皆さん入党しないの?という疑問がムクムクと湧いてきます。

 中国共産党の党員数は7400万人前後、当然のことながら世界最大の政党です。しかし、中国の人口は13億人以上だから、共産党員は17-8人に一人でしかないです。加入率6%弱。共産党員じゃない中国人の方が圧倒的に多いのですね。なんで皆入党しないんだ?どうやったら入党できるのでしょうか?レンタルDVDの会員になるような感じじゃダメなのでしょうか?、、、というとこれがダメ。そんなに甘いものじゃないようです。あなたが中国に生まれ、立身出世を望み、共産党に入ろうとします。どうしたらいいかというと、まず学業優秀とかスポーツや技芸の突出した成績を残すなどエリートであることが必要。「ふむ、こいつは」と眼がとまると選抜されて共産党青年団に加入が許され、さらにそこでの活動実績によって推薦によって正式に党員になれます。限られたエリートだけが入党を許されるということですが、まあ、でも17-8人に一人くらいだったらクラスに1−2人程度ですから、そんな別に甲子園で優勝しなきゃいけないとかそこまでハードルは厳しくないでしょう。まあ、そこそこ使えそう、そこそこ優秀くらいでいいのでしょう。

 ところで中国人にとって共産党に入党するってどんな感じなんでしょうねー。歴史とか組織図とかそういうマクロな話ではなく、もっとイチ個人のレベルでどういう存在なのかを知りたいです。例えば、息子が共産党に入党が認められたら両親は喜んで赤飯を炊くのか(赤飯はないか)、とか。ネットでかなり検索したのですが、このあたりの血肉となりそうなレベルの情報が全くといっていいほどありませんでした。そのこと自体が驚きというか、不思議な気もします。

 ちょっと横道にそれますが、インターネットは確かに便利なツールで世界中の情報が検索できるのですが、これって過大評価してはならないと思います。ネットというのは、ある意味びっくりするくらい知的レベルの底が浅い。「ちょっと囓る」程度の情報はあるけど、そこから一歩深めようとすると、もうまるで無力に近い。やっぱちゃんと書籍や論文を漁らないとダメなんでしょうね。判例なんかも全然検索できないし。これじゃあ確かにネットばっかりやってると馬鹿になるよなー。あと、中国について検索してると、やたら中国を敵視し罵倒しまくってるサイトやブログがありますが、何なんでしょうね、あれ。中国共産党についても、諸悪の根源、恐怖のカルト集団みたいに書いてる人が多いけど、7400万人のカルト教団ってありうるの?いわゆるファッショ的な思想統制をいいたいのだと思いますが、金儲けに走り汚職に走って年間15万人も処分されている昨今の中国共産党が、そんなカルト教団であるわけはないと思いますね。人間存在のリアリティからして、そんなにシンプルではないと思います。

 まあ、確かに共産思想教育やら何やらカルトっぽいカルチャーは濃厚にあると思いますよ。でも、僕が思うに、中国人における共産党というのは立身出世のための登竜門であり、エリートへの道でしょ。表向きはあれこれ教義やらなんやら唱えているけど、実質は現世利益でしょ。個人レベルになればなるほど現世利益でしょ。もし真剣に共産主義が素晴らしいと思う人間だけが共産党に入るのだったら、誰が見ても資本主義バリバリな中国の現状を打破したいとか思うんじゃない?だから共産主義とかいうのも「言ってるだけ」でしょ。そんな思想に強いパワーはないだろうと思う。

 これってどこの世界にもある話です。大学は最高学府として学問を修めるところですが、今の日本で学業を成就するために大学に行ってる人なんか何%いるの?ほとんどが就職に有利とかいう現世利益でしょ。勉強する気なんかないでしょ。司法試験のために勉強するとかいっても、別に法学が好きで好きでたまらないからやってるというよりは、試験に合格して安定高収入の良い生活ややりがいのある仕事をしたいという現世利益でしょ。日本最大の宗教系組織である創価学会がありますが、僕の知り合いも何人も信者の人がいますが、皆さん全然普通の人々ですし、また個人事業をやってる人は信仰がどうのというよりは異業種交流やビジネスチャンス的なメリットがあるから入ってるというケースが多いです。偏差値が高いという理由だけで志望した大学にはいって、そこがたまたまミッション系で信仰系の授業があってそれに参加したからといって、その人がキリスト教に入信したわけではないのと一緒。

 だから中国において共産党に入るというのは、日本の日常に置き換えていえば、そうですねー、17-8人に一人という率から考えてみて、日本全国どこの地方にもある、「地元では有名な進学校・名門高校に入る」くらいの感じなんじゃないかなあ、、って気がするのですね。クラスで1−2人しか入れないという。そのあたりを確認したくて調べてみたのだけど、日本語レベルのサイトでは殆ど載ってませんでした。うーむ、やっぱ中国語を勉強して中国語のサイトで調べるしかないのかな。中国について何年も暮して、中国人の友達も沢山いて、よく知っておられる方は沢山いらっしゃると思うのですが、そのあたりの血となり肉となる情報をどうぞ発信してくださいませ。

 ところで、中国というのは共産党の一党独裁だと思っていたら、実は中国には共産党以外の政党もあります。知らなかったのですが、完全に合法な政党です。一応書きだしてみると、 中国国民党革命委員会、中国民主同盟、中国民主建国会、中国民主促進会、中国農工民主党、中国致公党、九三学社、台湾民主自治同盟です。結構あります。これらの政党は民主党派と呼ばれていて、中国国法体系においても存在が許される合法政党です。とはいっても実権は共産党にあり、これはまず揺るぎません。実質的には一党独裁状態なんだけど、一応他の政党もあるという形態をヘゲモニー政党制、衛星政党制とかいうらしいです。

 これらの政党が単独で政権を奪取することは、まあ100%無いと言っても過言ではないでしょうが、じゃあ何のためにあるの?中国も「一応民主的にやってまっせ」ということをアピールするためのデコレーションのような政党なのかというと、そうでもない。調べてみたら、どの政党も歴史は古く、国共内戦のあと共産党が中華人民共和国を建国したときから存在しています。その際に毛沢東に協力したシンパ集団がそのまま存立を許され、今日に至るという感じでしょうか。それでもそれぞれ数万人規模の党員がおり、中国致公党の副主席の万鋼が2007年に政府の閣僚になったりしています。

 とはいえ政治の実権は圧倒的に共産党によって握られており、事実上の一党独裁といって良いでしょう。そして、中国における共産党とは何かといえば、エリートの巨大な母体集団なのでしょう。もうハッキリいって、共産主義がどうしたとかいう思想性なんかそんなに無いと思います。なまじ共産主義とか言ってるから話が見えなくなるのであって、要するに政財各界のエリートグループですね。日本の場合ここまでわかりやすい一枚岩の集団はないのですが、例えば地方社会や地元の”名士”が加入しているロータリークラブや、その予備軍の商工会議所青年部であるとか、公務員試験をパスしたキャリアであるとか、中々入会は認められないけど、入ってしまえばそこは権力者・実力者のクラブであり、権力者とお友達になれ、出世の階段を上りやすいような存在なのでしょう。日本では各業界によってバラバラ、地方によってバラバラなのですが、中国の場合は共産党という分りやすい一大グループがあると。

 ということで、中国で権力を握りたかったらまず共産党へ入れ、そこで出世しろということになります。そして共産党内で大幹部、リーダになればなるほど、それに相応した国家組織のポストが得られるということですね。段々分ってきたのですが、「共産党が国家をリード(独裁)する」のであって、共産党=国家なのではないのですね。「東大出身者が日本国を支配する(してないけど)」のと同じ文脈で、あくまで共産党と国家は別物であり、人民の中から選ばれた優秀な人材集団である共産党が中国という国家システムを動かすということです。レトリックでいえば「人民が国家を動かす」ように、人民=共産党という図式なのでしょう。

 「中国共産党は近々崩壊する」とか書いてあるサイトが幾つかありましたけど、崩壊しないと思いますね。あれだけ広大な国において、全国津々浦々で若い優秀な人材をスカウトするネットワーク機関であり、また若いときから実務経験を積ませて出世させていくエリート養成学校でもあるわけでしょ。機能としては十分効果的だと思いますから、このシステムそのものが崩壊するってことはないような気がします。可能性があるとしたら、共産党以外の何かに変質することでしょう。変質というか、共産主義という看板を段々下ろしていって、より実際的に機能に即したネーミングや組織作りが行われることでしょうか。


人民解放軍

 中国の軍隊である人民解放軍について若干補足しておきます。

 まずは、衝撃(?)の事実を。今の今まで、あれって中国の国軍、つまりアメリカにおけるアメリカ軍、日本の自衛隊と同じような存在だと思ってたのですが、実はこれが違うのですね。人民解放軍は共産党が持っている軍隊であって、国家としての中華人民共和国が持っている軍隊ではないのです。いわば私兵です。総兵力224万人、ものすごい私兵もあったもんです。

 もっとも、憲法上、国防は共産党の人民解放軍が担当すると書かれているので、その意味では国軍と呼んでもよいのですが、所属それ自体はあくまで共産党。国家ではないです。人民解放軍を指揮命令できるのは、前の方で述べた共産党の中央軍事委員会です。

 同じ社会主義であるロシア革命の場合、最初「赤軍」と呼んでいたプライベートな軍隊は、後に正式に国軍(ソ連軍)として改組されたのですが、中国の場合は別々のままです。なんで別のままなのかな〜って思うに、軍隊という強大な暴力装置は、人民(の代表である共産党)の手に握らないといけないという発想、一言でいえば「気分はまだ革命」なのでしょうね。タテマエであれなんであれ、そういうことなのでしょう。共産党が一党支配するために大事な暴力装置であるからこそ、国軍にしないで党軍のままにすると。

 とは言いながらも国家レベルで軍を管理する部局は国家中央軍事委員会というところです。これと、共産党中央軍事委員会の関係はどうなってるの?というと、殆どメンバーは一緒であり、同じ組織に二枚の看板を出してるだけって感じだそうです。だから、党と国家は別なんだけど、理念的には確かにそうなんだけど、実際問題殆ど同じって局面も多々あるということですね。

 中国における軍隊の存在は結構重く、中央政治局(内閣的存在)とほぼ同格の存在として扱われていることは、最初の部分でちょっと書きました。それだけに軍の最高司令官=共産党中央軍事委員会主席の地位も高いです。そして、歴代、国家主席が軍事委員会主席をも兼務するという形になっています。


で、結局誰が一番エライのか?

 そこで冒頭の疑問、誰が一番エライのか?ですが、歴代の人事をみたらわかると思います。

 第一世代と呼ばれる建国世代では、ダントツの毛沢東が神様のようにエラかったわけですが、その頃の人事は、共産党総書記=毛沢東、国家主席=毛沢東、中央軍事委員会主席=毛沢東と毛沢東が独占し、毛沢東の片腕として行政実務に携わる国務院総理に周恩来が就いていました。党を押さえ、軍部も押さえた人間が国家主席になり、ナンバー2を総理(首相)として実務に就かせるという。

 文革後は華国鋒が中継ぎリリーフのように数年やったあと、ケ小平の第二世代に移ります。このケ小平時代が権力の所在と肩書がバラバラになる時代です。ケ小平は中央軍事委員会主席のほかは政治協商会議主席という商業系のポストについているだけで、総書記は胡耀邦、総理は趙紫陽でした。しかし、明らかに実権はケ小平にありました。この時期、実権とポストがズレており、肩書をみただけでは誰が本当に一番偉いのかわかりません。ある意味日本みたいですね。

 ケ小平が軍事委員会主席を降りたのは89年で、以後胡耀邦総書記、趙紫陽首相、江沢民軍事委員会主席となります。が、実際にはケ小平のカリスマ支配下にあり、92年にいわゆる南巡講話と呼ばれる経済発展方針を発表すると、当時の政府の方針もそっちのけで国内外は雪崩を打ってケ小平路線に動きましたからね、偉大なじーさんでした。江沢民が実質的に第三世代として実権を握るのは、ケ小平が死去した97年以降でしょう。その頃には江沢民は共産党総書記と軍事員会主席を兼務しており、堂々たる国家の最高権力者になってました。首相は朱鎔基。2003年以降、現在の第四世代の胡錦涛総書記、温家宝首相体制になります。江沢民はしばらく軍部のドンに居続けたのですが、やがて胡錦涛が軍部をも支配します。

 こうしてみるとですね、結局ポスト名だけからでは誰が一番エライかよう分らんということです。特にケ小平の晩年は、無冠の帝王というか院政というか、表向きは一線から退いてはいるものの、結局この人が最高実力者であったわけで、ポストと実質権力の所在は完全に乖離しちゃってます。まあ、でも、大雑把な目安で言えば、共産党を握ってる奴は強い、軍を握ってる奴も強い、ということです。そして、総理はえてして最高権力者ではなく、しっかり実務をやるという感じです。胡錦涛が党総書記&軍を司り、温家宝が首相をやるという現在の体制は、まさにそのまんまです。

 しかし、こういう役職と権力のズレはなにもケ小平が悪いわけでもなく、また中国が特殊だからというわけでもないでしょう。日本だって首相が一番エライという感じではないし、ロシアだって大統領の任期が終わったプーチンが今度は首相をやってますが、そうなると首相の方が大統領よりも実質的にはエライ感じですもんね。だからポストどうこうではなく、人なのでしょうね。この種の話は世界にはありふれているし、僕らの日常にもありふれています。中小企業の社長でも、偉そうに振る舞ってるんだけど、結局一番エライのは社長の奥さんだったりします。

 というわけで中国の権力機構・メカニズムを解剖する!と書き始めたわけですが、結論は「ようわからん」というか、別に中国とか共産党独裁だからといってそんなに特殊なことはなく、本質的な部分はあんまり変わらないということだと思います。ま、人間のやることですからねー、そんなに変わりがあるはずがないでしょう、と。





過去掲載分
ESSAY 327/キリスト教について
ESSAY 328/キリスト教について(その2)〜原始キリスト教とローマ帝国
ESSAY 329/キリスト教について(その3)〜新約聖書の”謎”
ESSAY 330/キリスト教+西欧史(その4)〜ゲルマン民族大移動
ESSAY 331/キリスト教+西欧史(その5)〜東西教会の亀裂
ESSAY 332/キリスト教+西欧史(その6)〜中世封建社会のリアリズム
ESSAY 333/キリスト教+西欧史(その7)〜「調教」としての宗教、思想、原理
ESSAY 334/キリスト教+西欧史(その8)〜カノッサの屈辱と十字軍
ESSAY 335/キリスト教+西欧史(その9)〜十字軍の背景〜歴史の連続性について
ESSAY 336/キリスト教+西欧史(その10)〜百年戦争 〜イギリスとフランスの微妙な関係
ESSAY 337/キリスト教+西欧史(その11)〜ルネサンス
ESSAY 338/キリスト教+西欧史(その12)〜大航海時代
ESSAY 339/キリスト教+西欧史(その13)〜宗教改革
ESSAY 341/キリスト教+西欧史(その14)〜カルヴァンとイギリス国教会
ESSAY 342/キリスト教+西欧史(その15)〜イエズス会とスペイン異端審問
ESSAY 343/西欧史から世界史へ(その16)〜絶対王政の背景/「太陽の沈まない国」スペイン
ESSAY 344/西欧史から世界史へ(その17)〜「オランダの世紀」とイギリス"The Golden Age"
ESSAY 345/西欧史から世界史へ(その18) フランス絶対王政/カトリーヌからルイ14世まで
ESSAY 346/西欧史から世界史へ(その19)〜ドイツ30年戦争 第0次世界大戦
ESSAY 347/西欧史から世界史へ(その20)〜プロイセンとオーストリア〜宿命のライバル フリードリッヒ2世とマリア・テレジア
ESSAY 348/西欧史から世界史へ(その21)〜ロシアとポーランド 両国の歴史一気通観
ESSAY 349/西欧史から世界史へ(その22)〜イギリス ピューリタン革命と名誉革命
ESSAY 350/西欧史から世界史へ(その23)〜フランス革命
ESSAY 352/西欧史から世界史へ(その24)〜ナポレオン
ESSAY 353/西欧史から世界史へ(その25)〜植民地支配とアメリカの誕生
ESSAY 355/西欧史から世界史へ(その26) 〜産業革命と資本主義の勃興
ESSAY 356/西欧史から世界史へ(その27) 〜歴史の踊り場 ウィーン体制とその動揺
ESSAY 357/西欧史から世界史へ(その28) 〜7月革命、2月革命、諸国民の春、そして社会主義思想
ESSAY 359/西欧史から世界史へ(その29) 〜”理想の家庭”ビクトリア女王と”鉄血宰相”ビスマルク
ESSAY 364/西欧史から世界史へ(その30) 〜”イタリア 2700年の歴史一気通観
ESSAY 365/西欧史から世界史へ(その31) 〜ロシアの南下、オスマントルコ、そして西欧列強
ESSAY 366/西欧史から世界史へ(その32) 〜アメリカの独立と展開 〜ワシントンから南北戦争まで
ESSAY 367/西欧史から世界史へ(その33) 〜世界大戦前夜(1) 帝国主義と西欧列強の国情
ESSAY 368/西欧史から世界史へ(その34) 〜世界大戦前夜(2)  中東、アフリカ、インド、アジア諸国の情勢
ESSAY 369/西欧史から世界史へ(その35) 〜第一次世界大戦
ESSAY 370/西欧史から世界史へ(その36) 〜ベルサイユ体制
ESSAY 371/西欧史から世界史へ(その37) 〜ヒトラーとナチスドイツの台頭
ESSAY 372/西欧史から世界史へ(その38) 〜世界大恐慌とイタリア、ファシズム
ESSAY 373/西欧史から世界史へ(その39) 〜日本と中国 満州事変から日中戦争
ESSAY 374/西欧史から世界史へ(その40) 〜世界史の大きな流れ=イジメられっ子のリベンジストーリー
ESSAY 375/西欧史から世界史へ(その41) 〜第二次世界大戦(1) ヨーロッパ戦線
ESSAY 376/西欧史から世界史へ(その42) 〜第二次世界大戦(2) 太平洋戦争
ESSAY 377/西欧史から世界史へ(その43) 〜戦後世界と東西冷戦
ESSAY 379/西欧史から世界史へ(その44) 〜冷戦中期の変容 第三世界、文化大革命、キューバ危機
ESSAY 380/西欧史から世界史へ(その45) 〜冷戦の転換点 フルシチョフとケネディ
ESSAY 381/西欧史から世界史へ(その46) 〜冷戦体制の閉塞  ベトナム戦争とプラハの春
ESSAY 382/西欧史から世界史へ(その47) 〜欧州の葛藤と復権
ESSAY 383/西欧史から世界史へ(その48) 〜ニクソンの時代 〜中国国交樹立とドルショック
ESSAY 384/西欧史から世界史へ(その49) 〜ソ連の停滞とアフガニスタン侵攻、イラン革命
ESSAY 385/西欧史から世界史へ(その50) 冷戦終焉〜レーガンとゴルバチョフ
ESSAY 387/西欧史から世界史へ(その51) 東欧革命〜ピクニック事件、連帯、ビロード革命、ユーゴスラビア
ESSAY 388/世界史から現代社会へ(その52) 中東はなぜああなっているのか? イスラエル建国から湾岸戦争まで
ESSAY 389/世界史から現代社会へ(その53) 中南米〜ブラジル
ESSAY 390/世界史から現代社会へ(その54) 中南米(2)〜アルゼンチン、チリ、ペルー
ESSAY 391/世界史から現代社会へ(その55) 中南米(3)〜ボリビア、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル
ESSAY 392/世界史から現代社会へ(その56) 中南米(4)〜中米〜グァテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ベリーズ、メキシコ
ESSAY 393/世界史から現代社会へ(その57) 中南米(5)〜カリブ海諸国〜キューバ、ジャマイカ、ハイチ、ドミニカ共和国、プエルトリコ、グレナダ
ESSAY 394/世界史から現代社会へ(その58) 閑話休題:日本人がイメージする"宗教”概念は狭すぎること & インド序章:ヒンドゥー教とはなにか?
ESSAY 395/世界史から現代社会へ(その59) インド(1) アーリア人概念、カースト制度について
ESSAY 396/世界史から現代社会へ(その60) インド(2) ヒンドゥー教 VS イスラム教の対立 〜なぜ1000年間なかった対立が急に起きるようになったのか?
ESSAY 397/世界史から現代社会へ(その61) インド(3) 独立後のインドの歩み 〜80年代の袋小路まで
ESSAY 398/世界史から現代社会へ(その62) インド(4) インド経済の現在
ESSAY 399/世界史から現代社会へ(その63) インド(5) 日本との関係ほか、インドについてのあれこれ
ESSAY 401/世界史から現代社会へ(その64) パキスタン
ESSAY 402/世界史から現代社会へ(その65) バングラデシュ
ESSAY 403/世界史から現代社会へ(その66) スリランカ
ESSAY 404/世界史から現代社会へ(その67) アフガニスタン
ESSAY 405/世界史から現代社会へ(その68) シルクロードの国々・中央アジア〜カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギスタン、タジキスタン
ESSAY 406/世界史から現代社会へ(その69) 現代ロシア(1)  混沌と腐敗の90年代と新興財閥オリガルヒ
ESSAY 407/世界史から現代社会へ(その70) 現代ロシア(2)  発展の2000年代とプーチン大統領
ESSAY 408/世界史から現代社会へ(その71) 現代ロシア(3)  チェチェン紛争の迷宮
ESSAY 410/世界史から現代社会へ(その72) 現代ロシア(4)  チェチェン紛争の迷宮(2)
ESSAY 411/世界史から現代社会へ(その73) 現代ロシア(5) 王道のロシア文学
ESSAY 412/世界史から現代社会へ(その74)  現代ロシア(6) 北方領土
ESSAY 413/世界史から現代社会へ(その75)  中国(1)  ケ小平と改革開放経済


文責:田村




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