堀江沙代さん & Govindaさん オーストラリア→オーストリアへの"火の鳥"LOVE
撮影日:2011年06月18日
愛知県出身の堀江沙代さん、2007年、大学三年時にワーホリにて渡豪。
体験談(236頁以降)+メール もいただいています。
右の写真はワーホリ時のもの(ビビリながらラウンドに旅立つ前に撮影)→
来た当初の堀江さんの悩みは御多聞に洩れず「お金」。バイトに励むがあまり冷雨の中を一人で歩き回って肺炎をこじらせるなど、根性があるというか不器用というか、どこにでもいる愛すべきワーホリの一人でした。しかし、1年間のラウンドを終えて帰ってきたときは、素敵な彼氏を伴っており、彼女の課題はお金なんかよりもっと大きなものになっていました。
ラウンド先のバッパーで知り合ったオーストリア人(”ラリア”ではない)Govinda君と恋に落ち、残る2か月のワーホリ期間を彼と旅をし、さて帰国という段になって、「これからどうする?」問題が出てきます。ある意味、出会いをされた皆さんにとっては普遍的な悩みでしょう。
とりあえず帰国した堀江さんは大学に復学、求職活動をし、見事地元の大手メーカーに就職。仕事も法務部で英語を使うもので(帰国時にはTOEICも900点に伸びてたし)、大変だけど楽しく、充実していといいます。
が、その楽しい仕事を2年も経たずに退職したのは、ひとえに、その間ずっとなされたいた彼の求愛活動のタマモノでした。就職と結婚(それも国際結婚)を同時に目の前に突きつけられた堀江さんは、「あ”〜!!」となります。そりゃなるわな。しかし、2年間の超遠距離恋愛における地道な彼の説得が徐々に彼女の心を一つにしていきます。
いまどき「国際結婚」など珍しくもないし、APLaCの卒業生でも国際結婚をしている人は優に十指に余るし、特に国際都市のシドニーではそちらの方がメジャーなくらいで、特に「国際結婚」なんてジャンルが意識されることもないです。そして、このクリップも「珍しいから」載せようと思ったのではありません。
かといって、国際結婚ってオトギ話のように、夢のように語られるけど、現実はそんなもんじゃないよというギャップ論を言いたいわけでもない。そんなの人それぞれだし。
じゃあ何か?というと、逆にすっごく普遍的な「愛のかたち」や「人間のありかた」があるからです。数万年前から人類がやっていた普遍的なイトナミ。「この地球のどこかで伴侶と巡り会い、二人で生活を築いていく」ということ。まるで「火の鳥」みたいな普遍的な形です。
旅先で出合った二人が意気投合して、恋に落ちて、、というのはよくある話です。しかし、それぞれが日本と欧州に帰国したあと2年間も続き、しかも一方が他方にほぼ連日電話をしつづけ、、というのは凄い。「押しの一手」とはいうけど、2年は出来ないよ。よほど何か確信がなければ。だから、よくぞそこまで「この人だ!」と思い定めることが出来たものだと。
また、決意された堀江さんにしても、その後の人生は全く知らないオーストリア。英語すら通じず、ゼロからまたドイツ語(オーストリア風の)をやらねばならない。先のことなど全く分からない恐さという意味では、普通のワーホリやラウンドの比ではないです。
堀江さんとは、ワーホリに来る前からメールのやりとりをしていますが、至って普通の学生さんでした。就活にそなえて渡豪期間も最初から半年だけと区切るという(最初はそんなこと言ってたんですよね)。もともと地元LOVE度が高い愛知県出身で、そのなかでも地元愛が強い、どちらかといえば保守的な堀江さんは、日本人の中でも日本人度の高い人、つまりはあなたと同じ普通の人です。ワーホリ体験談(メール編)でも「WH始める前、オーストラリアにいた頃の自分は本当に傲慢で子供で自分勝手で恩知らずで、それすらわかってない人間でした」など、「そ、そこまで言わんでも」というくらい自省癖も強い、いい意味でも悪い意味でも普通の日本人です。その「普通の人」である堀江さんが、旅先で恋をし、後先見ずに(見てるけど)英語も通じない国に行き、しかも婚前に二人で世界一周貧乏旅行をしているというぶっ飛んだことをやっているという。
これらは、ある意味では常識外れのハードシップと言えるのですが、なんでこんなことが出来るのか?といえば、理由はこの上なくシンプルです。「その人が好きだから」。「愛」という人類普遍の原理でしょう。ほんと、それだけしかないです。このおはなしは、いわば「普遍」が「普通」を乗り越えるおはなしなのかもしれません。やっぱ「火の鳥」は強いよ、と。
編集作業をしていて思ったのですが、やたら二人で見つめ合ってる時間が長い。付き合ってもう4年目、世界旅行を始めて数か月目だというのに、見てて微笑ましいくらいに初々しい。ばーっと見てたら、単にカップルがイチャイチャしてるだけって感じなんだけど(^_^)、ちゃんと見れば小さな画面からもオーラは感じられると思います。尺の関係で、見つめ合うシーンはバサバサカットしちゃいましたけど、本当はそのシーンだけでも十分なのかもしれないな。
彼氏(ゴヴィンダ君)も一緒にやったので、会話は英語と日本語のチャンポンです。
なれそめ〜What makes her so special?
まずはなれそめ。一人で東海岸をラウンドしていた堀江さんは、とあるバッパーにチェックインするため、バス停から「迎えに来て」と電話をし、その電話を受けて迎えに行ったのが、たまたま同じ宿泊客でもありフリアコで宿の仕事をしていた彼でした。物語はここから始まります。
アジア人が彼女しかおらず、また閑散とした時期だったこともあり、唯一の話相手であった二人は、とりあえず会話を始め、そして急速に意気投合していきます。ただの良い旅友達がいつしかスペシャルな存在になるわけだけど、それってどんな経過だったのですか、「自然に、徐々にって感じ?(naturally, gradually?)と聞くと、"quickly"と堀江さんが答え、さらに彼が"sparkling"とお茶目に答えます。かなり急速にって感じみたいです。
さて、その後結婚にまでいる長い道のりですが、「なんでそんなに惹かれたの?」という難しい問いに、堀江さんは”Just because, he was trying very hard"ということで、彼の熱心さに徐々に感動を覚えていき、最初は彼主導で進んでいったことが分かります。
彼の確信は揺るぎないです。彼に限らず、ヨーロピアン(あるいは日本人以外?)の場合、この種の直感力や確信力がケタ外れに強い例を良く聞きます。よくそこまで自分の直感に確信を持てるもんだなと。そこで、なぜ彼はそこまで確信が持てたのかということをちょっと聞いてみました。
クリップの後半は、彼の確信ぶりがわかります。"calling evryday"(2年間毎日電話してたよ)とサラリといい、 彼女はそれほどまでにスペシャルな存在だったのか?という問いに、力強く"Yes"と答えます。この強さ、タメライのなさが凄いなと。"very decisive"(断固たる決断力)と言ってますが、"the only thing I'm sure about it"(それについてだけは確信があったよ=確信があったのはそれだけだよ)というのは名言かもしれません。「好きだ」というただ一点にしか確信はないけど、その一点だけ確信があればそれで良いのだという。「こんなにも他人を身近に感じたことはない」"I didn't get close to anyone else"
最後に、彼女のキャラクターのどこがそんなに良かったのか、例えばインテリジェントであるとか、優しいとか、誠実であるとかという問いに頷きながら、"very challenging"と付け加えてくれました。堀江さんの、何事にもひたむきにチャレンジする姿勢、頑張る姿勢が、彼の琴線にヒットしたようです。
帰国後2年間の猛チャージ-「なんで来るの?」「あ”〜、うるさい」ってときもあった
このクリップは、堀江さんの心情変化です。
本人を前にしながらもかーなり正直に言っててくれて面白いんですよね。
とりあえずは好みのタイプだったそうですが、だからといってそこまで将来を考えたわけではない堀江さん(まあ、そうだよな)は、堀江さんの帰国に伴い、日本に来るという彼の申し出を「え?なんで来るの?」と意外に思うくらいでした。その後も毎日電話してくれるのはありがたいんだけど、就活はあるし、仕事はあるしで、だー!っとぶち切れて喧嘩、、というのが2年も続いたという。
2年後になり、彼の思いが通じたというか、そんなにまでして愛してくれる存在というのは、もしかしたらとても貴重なことかもしれないと思い始める。でもそれまでは「ずっと、うるさいなーって思ってた」(^_^)。
しかし、再び彼の話になりますが、そこまでの断固たる決断力を発揮したら、もう一生分の決断力を使い果たしてしまったんじゃないの?と(もともと素では優柔不断な二人らしい)と聞いたら笑ってましたね。で、堀江さんが、「今度は私が決断する番ね"Now it's my turn to decide"といい、"But, you can't say NO. I'm the one to decide"(でも私の決めたことにNOと言っちゃダメよ。決めるのは私だから)。
逡巡と葛藤、Sweet but Boring home
とはいえ、そんな純愛路線一本で現実のあれこれが廻って行くはずもなく、常識的な日本人である堀江さんは、逡巡と葛藤の日々に悩みます。僕もその頃にメールをいただいたりしました。
彼を生涯の伴侶として思い定めることは、いわば前半戦であり、後半戦は日本という環境、あるいは常識環境からの離脱です。これには手こずったようですね。
特に日本に帰国した当初は、海外生活の緊張の反動で、「日本いいな」「お家っていいな」と思いますし、もともとそう思ってた堀江さんは尚のこと強くそう思ったといいます。"Home, Sweet Home"です。が、"Sweet"であることは同時に"Boring"(退屈)でもありうるという矛盾が出てきます。
日本も地元も大好きだけど、「一生このままでいいのか?」という。これが原点問題への回帰で、もし本当にそこまで好きだったら最初から海外になんか行かなかっただろうと。それを行ったというのは、やはり地元だけでは満たされない何かがあるのだろうと。ここは本当に悩んだようです。もう2年間たっぷりと悩んだ、と。
最後の部分は、世界一周旅行をしている現在の感想ですが、最初の2か月くらいは、こんなことをしている事への何とはなしの後ろめたさを感じて、「私はこんなに頑張ってる感」を出そうとしていたそうです。そのあたりが典型的な日本人というか、言わんとすることは分かります。でも、そういった肩の力も段々と抜けてきて、今はシンプルに楽しいなと思えるようになったと。
オーストリアでの新生活
最後に、オーストリアでの新生活の抱負ですが、ぶっちゃけ、これといった展望があるわけでもないです。
でも、こういうときは先のことをあまり考えてはイケナイと思いますよね。妙に考えすぎると決断の優先順位が狂うから。とはいいながら、「オーストリアかあ」ということで、オーストリア話が続きました。オーストリアの田舎の方に住むらしいのですが、考えてみればオーストリアというのは、べートーベンやモーツアルトが活躍した花の都ウィーンを擁し、ヨーロッパ文化の精髄を多く含み、ゆえに古城が多く、美しい国です。
既に今年2月から2か月間はオーストリアに住んだ堀江さんは、現地在住の日本人の先輩二人も見つけているそうです。永住権はすぐにはとれないけど、結婚したら働けるから働きたいと。さて、何をやるか?ですが、ワーホリの原点に戻ってジャパレスは?というと、田舎過ぎてジャパレスが無いそうです。じゃあ、自分で開業すれば?と無責任なことを焚きつける僕ですが、「いなり寿司なら受けるかも、、」と。横で大のいなり寿司ファンになったゴビちゃんが(日本語の会話なのにしっかり理解してて)、満面の笑みと共にOKサインをだしてます。「あれならフレッシュ・フィッシュも必要ないし」と、海のないオーストリアならではアドバイス(?)も。
ゴヴィンダ氏が真面目な顔で語るには、オーストリア企業で日本進出を考えているところはあろうし(Austlian comapies step on to expand into Japanese Market)、そこで日本語や日本文化を知ってることはスキルになると。そう、日本人が海外に出たときに一番スキルになるのは「日本リテラシー」ですよね。「日本に精通している」ことが一番の武器になる。英語なんか出来ても何の武器にもならない(あれは最低条件)。でも、実際あれだけの文化の蓄積のある所だから、幾らでもチャンスはあるような気もします。割愛したけど、隣国のスイスのチョコメーカーLindtはオーストラリアで成功しているし(実際美味しいし)、日本にも出店しているし、あのレベルの文化的付加価値をもった企業は他にもあるんじゃないかとか、そんなことも話してました。あと、これも割愛したけど、日本の面白いビジネスカルチャー(名刺授受のリチュラル(儀式)、"席次”概念がエレベーターやタクシーにもあるとか)の話。
世界一周が終ったら今度はハネムーンね、ヨーロッパ周辺を二人でゆっくり旅したいねとか言ってます。
"You can do anything, if you want to"と最後に声をかけてますが、あれは社交辞令でも根拠のない励ましでもなく、これだけのことが出来た二人なら、まあ、大抵のことは出来るだろうと思うからです。だってさ、幾ら仕事がハードだと言ったって、2年間うるさがられながら毎日国際電話は出来ないですよ。あなたは出来ますか?
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