現代用語の基礎知識（キーワード）
★Pauline Hanson
ポーリン・ハンソン。無所属(independent)選出の連邦下院の女性議員。96年の議会での最初の演説(meiden speech)以来、台風の目のような存在。
もともとはリベラルパーティ（自由党）のクィーンズランド州 Ipswitch選挙区（ブリスベンの西方）の公認候補だったのだが、アボリジニ政策を批判する発言をしたため人種差別のクレームを懸念したリベラルパーティは彼女を公認から外す。しかし、無所属候補として当選。
どうして議員一年生の彼女がここまで注目されているかというと、今まで「言っちゃイケナイこと」をガンガン言うからである。例えば、「アボリジニの人々は今尚劣悪な環境を強いられているのだから、援助や和解の労を惜しむべきではない」という主論調に対し「アボリジニはこの国で最も優遇されている。不公平だ」と言い、「国際外交はアジア中心主義でいき、移民の受け入れについてはいやしくも人種国籍で差別すべきではない」という論調に対して、「この国は今にアジア人達に呑み込まれてしまう。これ以上のアジア化やアジア移民は止めるべきである」と述べる。他にも「徴兵制復活」「国連脱退」など「政策」は色々あるが、要するに「捨て去った筈の白豪主義の復活主義者」と見られており、さらに進んで「反国際化主義」の、鎖国というか尊王攘夷みたいなものでしょうか。
ドイツのネオナチにせよ、アメリカにせよ、日本にせよ、どの国にも右翼、極右翼政治勢力はいるが、オーストラリアには比較的少なかった。だから、遂に出てきたというところでしょうか。しかも、一笑に付されるどころか、世論調査によれば一時過半数をこえる共感者を獲得したりしてるから、えらい騒ぎになってます。Hansonism、Hansonistという新語も登場してるくらいだし、「ポーリンハンソン・ジョーク」という一連のジョークネタまであるようです（あんまり秀逸なのはない＝というかこれまで「言っちゃいけない」というフラストレーションを感じてた人でないと、ジョークでその不満を開放する快感を味わえないから面白くないのかもしれない）。
但し彼女の論説の「支持者」にもかなりの温度差があるようで、クィーンズランド州あたりの熱烈支持者層もいる反面、「これまでの過剰規制的なPolitically Correctは行き過ぎであり、タブーを設けず堂々と議論することは必要だ」という部分（これはこれでそうだと思う）だけで共感してる人、党利党略で動いたり、複雑なことばかり言う既成政党に嫌気が射して、「ハッキリ分かりやすい意見をいう政治家は歓迎だ」という部分で共感してる人、今まで誰もビビって言わなかったタブーをたった一人で堂々と打ち破った「勇気ある」政治家、など様々なようである。
また、「台風の目」というのも、「ポーリンハンソンネタ」というのは、「言っちゃイケナイことを言う」という意味で刺激的だから、とにかく面白い、視聴率が上がるということでマスコミも過剰反応して、より騒ぎをかきたててるキライもある（と思う）。実際、離婚した昔のダンナのインタビュー記事やら、資産がなんぼあってとかゴシップネタ的なものも多い。彼女が立候補するまでFish and Chips shop（オーストラリアではありふれた軽食屋、日本でいえば持ち帰り弁当屋みたいなもの）を経営していたということを知らないオーストラリア人はいないかもしれない。
とにかく目立つ、分かりやすいということでは群を抜いた政治家であり（どうでもいいことかもしれないが、この人、一度見たら忘れないくらい顔が悪魔的で恐いのでそれが又ハマってたりする）、大衆の身勝手を助長するような、どこかにスケープゴートを拵えて攻撃して耳障りのいいことを言う（ポピュリスト）でもあるから、当然それなりの人気を得ても不思議ではない。反面、知識人層、財界層などからは強烈に反発される。昨年のアメリカ大統領予備選挙におけるタカ派パット・ブキャナン候補のようなものでしょう。そういえば、太平洋戦争当時の日本の大政翼賛会の国会は全員がポーリンハンソンだったのかもしれない。
ある種国論を二分するどころか、国を分けるのではないかというくらい、彼我の見解に隔たりがあり、事柄はポーリンハンソン議員個人がどうしたいう部分にはなく、彼女はパンドラの蓋を開け続けてるだけなのかもしれない。実際、言ってる内容には事実的根拠が薄弱ないし明白に虚偽だったり、ことさらに悪意にもとづく表現をしたりするので、プロの政治家としては三流と言われているが（僕も議論の内容以前にそう思う）、いわゆる支持者もそれを百も承知で、「確かにオツムは弱そうだけど、他にこんなにスッパリ言ってくれる候補はいない」ということで支持してるという話も聞く。だから問題は彼女自身にあるのではなく、彼女が落選しても第二、第三の似たような議員が出てくることは予想される。
 以前から「統計数値上、オーストラリアに入ってくる移民のなかでアジア系移民の率は問題にならないくらい低い（圧倒的に多くの移民はイギリスやニュージーランドからくる）ので、彼女のアジア脅威論は根拠がない」と言われていたが、これを意識したのか、先日ポーリンハンソンは、「アジア系移民は一旦ニュージーランドに行き、そこで市民権を取得してから大挙してオーストラリアに押し寄せてきている。でも統計上はニュージーランド系移民になるのでカウントされないというトリックがあるのだ」と発言。 これも、早々に「何の根拠のないデマ」と一笑に付されている。このマンガは彼女のデタラメな言説を風刺したものでしょう。無知な国民に「彼らは南極から氷に乗ってやってくる。私はこの目で見た」とムチャクチャを説いているポーリンハンソンの図。 なお、頭にかぶっているマスクは、おそらくはアメリカの人種差別団体ＫＫＫになぞらえているのでしょう。 |
無所属議員だった彼女も、自ら"One Nation Party"を旗揚げして次回選挙に臨むという。彼女の登場で頭が痛いのは、彼女をクビにした与党リベラルパーティである。もともと前レイバー政権を「地に足の付かない理想論だ」「もっと普通のオーストラリア人の意見を代弁する」ということで大勝利をおさめたわけだけに、外交も貿易も考えず、無責任にもっとカゲキな意見を吐く人間が出てくれば、相対的に生ぬるいことを言ってるように見え、影が薄くなってしまう。実際、彼女が新党旗揚げを言ったときの世論調査では25％もの支持があったが、その支持層はリベラル・ナショナル与党連合から出ている。つまり票を食われてしまっている（レイバー支持率はさほど変わらず）。
彼女の最初の演説のとき、全国から批判の嵐が起きたが、ジョン・ハワード首相は、政府として公式にその見解に反対すべきだという意見を退け、「あんな取るに足らない意見にいちいち反論したら却って相手の格をあげることになるから黙殺。あんなものは一過性のもので、半年もすれば消えてなくなる」という態度を取った。これが裏目に出て、「弱腰」批判を招くわ、「半分は自分もそう思っているのだろう（彼にも昔差別的発言をしたことがあるという前科がある）」「明確に否定して選挙で不利になることを恐れたのだろう」という憶測を呼ぶわ、挙句には予想に反して１年たっても騒ぎはおさまらないので、遂には議会で明白に否定する旨のスピーチをする羽目になった。で、これがまた"too late, too little"（遅きに失する上に十分ではない）という批判を招き、最近の調査では「リーダーシップに欠ける」という意見が多数にのぼったという。
先日（97年5月）、来年の移民数計画が発表されたが、昨年に続いて移民数枠の減少であり、しかも「家族呼び寄せビザ」という主として中国系などアジア系が多数を占める枠を6000名から1000名まで激減する（その分技術移住を増やす）などであった。この発表にあたり、政府は「これはポーリンハンソンの影響とは全く無関係で、純粋に経済的理由によるもの（呼び寄せられた高齢移住者に多くの福祉費用を支弁してるのは財政難の折苦しいから）」と言明しているが、こんなことをイチイチ「弁解」してるところが苦しいところなのでしょう。ポーリンハンソンを明確に敵視したら、相当数の選挙民を敵に廻し先のレイバーの末路と同じだし、かといってあんな差別的主張に賛同するわけにはいかないし、いいとこ取りをしてると煮え切らない態度に映るという。かなりやりにくそうです。
 そのあたりの事情を皮肉ったマンガ。新党One Nationを掲げズンズン歩くポーリンハンソンと、後方で情けなくマントの裾を持っているのが、ジョンハワード首相。 |
97年4月頃、“The Truth"という本が出版され、作者不詳ではあれど、彼女の政治信条を述べたもので彼女自身「これを私の見解と思ってもらっていい」と述べている。そのなかの一節に、「アボリジニは人食い人種だった」という記述があり物議をかもした。これに対しては早速「人類史上、人食習慣は全然珍しくなく、ことさらにアボリジニを貶めようとする悪意に満ちた記述」という反応が多かった。が、別のコラムを読むと、この本の見所はそんなスキャンダラスな部分ではなく、本質的なゼノフォビア（外国人恐怖症）のパラノイア的症状にあり、それを明確に読み取れるとしてあった。
すわなち、97年4月29日ＳＭＨ新聞のGerard Henderson氏によるコラムによると、彼女が本当の敵として恐れているのは、今日のグローバリゼーションであり、新世界秩序であり、それを推進させようとしている"they"であり”system"であると。この本によると、『オーストラリアは現在、国際的謀略とそれを支持するオーストラリア国内のエリート達、国際主義者によって牛耳られている。新しい世界秩序で台頭するニューエリート達は、それを政治力経済力で国民に押し付けるのみならず、思想的にも洗脳しようとしている。それは、経済のグローバリゼーションであり、国際主義という新興宗教であり、マルチカルチャリズムであり、フェミニズムであり、反白人人種差別であり、アジアナイゼーション（アジア化）である。このような陰謀が着々と進行しつつあるなかで、マルチカルチャリズムの名の下、アジア系移民は大挙して国を呑みつくし、また国際経済化の自殺的進展により、国内は二分され、人種的軋轢が激化し、ついには白人国家オーストラリアは目茶苦茶にされてしまうのだ』となっているそうです。
たしかにマルチカルチャリズムにせよ、アジア化にせよ、国際化にせよ、それで直接潤うのは、国際的活動をしている財界エリートであり、一般庶民はメガコンペティションの影響でリストラの嵐にあい、生活は苦しくなる一方(もっとも物価が安くなったりなどのメリットもあるけど）。自分達だけで平和でぬくぬく暮らしていた昔が懐かしいと思うのも、一面無理からぬところでしょう。でも、これ「ヤダ」といっても時代の流れでどうしようもない。ＮＯと言い続けるならば、オーストラリアを鎖国しちゃうしかない。その意味でハンソン議員が「国連脱退」などをも言うのはそれなりに筋が通ってはいる。しかし、その結果どうなるかというと、食糧鉱物資源の輸出、観光、教育産業というオーストラリア経済を支えているドル箱財源を失い、国内大企業のほとんどに外国資本が入っていることから、超失業国家になるだろう。幸い資源には事欠かないから餓死することはないにせよ、食ってそんだけの国家になる。自殺行為。
だから、アジアと太いパイプをもってビジネスを展開している財界からは、「大迷惑」「ええ加減にせんかい」という反発も強い。観光連盟の会長も、早い段階から、記者会見でマイクをつかんで、ヒステリックに「ポーリンハンソン、シャラップ！！」って言ってたくらいで。彼らにしてみれば、時代の流れについていけない「しょせん負け組」の連中が、後先考えずに国を滅ぼすような暴挙をしてる、そんな連中と心中してたまるかというところでしょうか。
ハンソン支持者は、地方にいくほど高く、シドニーやメルボルンなど最も国際化している大都市では低い。ハンソン自身アジア人の知り合いがいるのかというと、かつて一度自分の店でマレーシアかどっかの留学生をバイトで雇っただけという程度で、全然アジアのことなんか知らないようです。つまり、国際化の洗礼を受けてる地域は、比較的当たり前のようにそれを受け流せるが、それを体験したこと少ない地域ほどビビるという傾向がどうもあるようで、興味深いところです。
ＵＴＳ（シドニー工科大学）の学生掲示板。左手薄緑色と右手青色のビラが、反ハンソン集会の呼びかけ。右の青いビラは、ポーリンハンソンがＮＳＷ州で初めて行う遊説先（ニューカッスル）に抗議に乗り込もうという内容。圧縮しちゃったので読めないのですが、「ポーリンハンソンの無知と人種差別にキミは反対か？今週の金曜、ポーリンハンソンはニューカッスルで遊説をする！彼女の移民とアボリジニへの攻撃に対して皆で抗議しに行かないか？／反ハンソン集会／5月30日金曜日午後2時30分、セントラルステーションのバス発着所に集合。専用バスでニューカッスルへ、、etc」と書かれております。  翌5月31日の新聞の一面。ニューカッスルの遊説先で乱闘騒ぎなったことが報告されています。「支持者1200人、抗議する者4000人、警官隊350人。これのどこが"One Nation"なのか？」という見出しで、一人よがりの国家主義を振り回して、"One Nation"という新党を作って、結局社会を分断して乱しているのはアンタじゃないのか？という皮肉が篭められているのでしょう。 |
この一連の騒ぎを「国辱」ものとして憤慨しているオーストラリア人も多く、これまで高い理念を掲げて頑張ってきた努力を水の泡にするものとしての反発も相当根強い。また、海外在住オーストラリア人から「みっともないから、あの馬鹿を何とかしてくれ」という悲鳴のような声もあがっているやに聞きます。これは、まあ、国内の政治家がドアホなことを言って、海外在住日本人が肩身の狭い思いをして（どころかブン殴られたりして）恨み骨髄という構図と似ている。どこの国も同じだなあと。特にアボリジニに対する攻撃的姿勢は、国連人権委など国際社会からの批判を招くし、来るべきシドニー2000年オリンピックでのアフリカ諸国のボイコットを招くぞという懸念も指摘されている。
ただ、グローバリゼーションの世界的進展で、当然世界のあらゆる国家社会で勝ち組と負け組が出てくるでしょう。「国際化なんかしなくていい」という強烈なアゲインストが働き、それは偏狭なナショナリズムと繋がり、どこも緊張が出てくるだろうなと思います。アメリカなんかも、人種を理由とした殺害などのヘイトクライムが起ってるというし（週刊「エコノミスト」97年5月27日号の矢部武氏のレポートが詳しい）。日本でも、国際化の洗礼をうけて、それでワリ食う人（失業したり）も出てくるだろうから、似たような動きになっていくのではなかろうか？クライ予想になってしまうのだけど。
個人的に興味深いのは、彼女の熱烈な支持層の言説を聞いていると、一つの共通するレトリックがあるということです。何かというと、"vast majority of Australian（圧倒的大多数のオーストラリア人）""ordinary Australian（普通のオーストラリア人）""most of us（我々の大多数）"という言葉が頻繁に出てくることです。「皆がそう思っているのだ」ということが、そのまま彼女の正当性の根拠付けになっていて、それ以外には見るべき理論的支柱はない（あっても前述のとおりすぐにバレる嘘だったりする）。逆に言えば、事実認識においても、論理性においても、経済的合理性においても、いずれも根拠貧弱でありながらも、それでも感情的には納得がいかないという場合、そういう人達が持ち出すのは「なあ、皆、そうだよな？」という「数の力」なのではないか。これ、国籍を問わず、規模を問わず、そういう傾向ってあるような気がします。
しかし、冷静にみて、彼らがいうほど彼らの仲間は「圧倒的大多数」というわけではない。それどころかゴリゴリの盲目的支持者は「圧倒的少数」と言ってもいいと思います。その他は心情的に分からんでもないという賛成派、確かに一理あるという派、既成政党への批判派、常日頃不満が鬱積しててこれを機会に不満を表明しようか的賛成派、庶民の代表みたいに親しみやすさを感じるから賛成派などなど、必ずしも政策的に全面支持でもないというこれらの人々を「支持者」としてカウントするかどうかで随分数字も変わってくるでしょう。一方では、大衆の不満を巧みに扇動して権力の座についたヒトラーになぞらえて危険視する向きもありますが、どっちかと言えば、コアなファンに囲まれているうちにどんどん過激度がエスカレートして、いよいよ本番となったらあっさりポシャッた（米大統領予備選の）ブキャナン的に方向にいくんじゃないかなと思いますが。
追記
ESSAY１１９／Lakemba & 新聞記事から（ハンソン収監、アン・コールター、ブータン）
いっときのポーリンハンソンブームにすぐに終焉を迎えました。末路は哀れなもので、ついに2003年には刑務所に収監されてしまいました。ブームに沸いたのは最初の選挙だけで、あとはその場限りの勢いだけの政党で、ろくすっぽ政策もないし、言ってることもいい加減なデタラメであることが徐々に知れ渡ってきたこと、より単純には国民が「飽きた」のでしょう。次の選挙ではあえなく落選。その際、選挙法違反（政党公認の条件とされる党員人数の捏造によって政党助成金など公費支給を受けた）によって有罪判決が出て、執行猶予もつかず、いきなり刑期３年の実刑判決になりました。
ESSAY ２３７／新聞記事の順番とクロヌラ暴動
2005年の暮れ、シドニーの南の静かなビーチであるクロヌラで、レバノン系など中東系の若者と、ヨーロピアン系オージーとの間で暴動まがいの乱闘騒ぎが起きました。ぱっと見た目には、日本の湘南で年中行事のように繰り広げられているサーファーVS暴走族みたいな感じですが（ビーチの縄張り争い）、人種的なものが入ってきて、さらに遠因はなにかというと、世界テロやらイラク戦争の影響も入ってきてるし、さらには僕らアジア人にはピンとこない歴史的な欧州VS中東の因縁＝キリスト教VSイスラム教という聖地エルサレムの争奪戦やら十字軍やら、、、ってあたりも大きな構図、彼らの心象風景には入ってきてるのかもしれません。それはまた、ちょっと前のフランス暴動なんかと似たような構図があったりします。そのあたりの考察を少し。
ESSAY１１５／雅量〜tolerance
オーストラリアの他者に対する寛容性（tolerance)の高さについての考察
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