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Essay 989:50歳をもってスタートラインとし、それまでは全て「準備」

 〜「30歳になると○」とかいう年齢歳時記は、それを裏付ける実質あってこその話であり、実質が崩壊した現在、ゼロから自分で設計すべき。
 〜「仕事」ではなく「教材」


2021年05月09日
 写真はハーバーブリッジですが、主役はDNAの二重螺旋のような秋の絹雲



 先週のエッセイ(ウサギとカメのやつ)は、ひさしぶりに会心の出来でした。自分的には、直近百本のなかでは一番良く書けたと、ほこほこと自己満足してます。あなたはどう感じるかは知らないけど、自分的にはそう。テーマの広がりと、深さ、それを小難しく書くのではなく、へらへら笑いながら読める語り口の平易さ、ほにゃらら〜と読み終えたときには知らないうちに何かがインストールされている感じとか。

 あれで満足しちゃったんで、ここ当分なにも書かなくてもいいやって感じにもなってて、今週はどうしようかな?というところですが、まあ、でも、書いてみよう。

 ネタも、先週やったズームでの相談案件から抜粋という安直なやつで。とはいいつつ、これはちょっと言っておきたいということを(特に20-30代の人に向けて)。


 要旨は簡単で、タイトルの通り、50歳くらいを起点にものを考えるといいよってことです。50という数字に深い意味はなく、別に40でも60でもいいんだけど、平均寿命が仮に90歳だとするなら、50くらいに起点をもってくるとペース配分がしやすい。

 この発想をさらに展開すると、

・50歳からいよいよ本格的にスタートするのだから、49歳までのあれこれは全部「準備活動」だと思うべし、であり、

 また、それまでの仕事はいわゆる「仕事」として捉えるのではなく、50歳からの本番に備えて自分を鍛えるための「教材」であると思うといい。
 その心は、何をしたかではなく、何を学んだかが大事だということである。

 ちなみに年齢呪縛から逃れるためには、50歳で一旦年齢カウントをゼロリセットして、60歳なら10歳だと思うくらいでもいい。

 問題は、なぜそんなケッタイな考え方をする必要があるのか?ですよね。それをこれから書きましょう。

終身ルートが見えない時代

 年齢にまつわるイメージがあります。このくらいの年齢には老後で悠々自適で、盆栽とかやりながら、孫にお年玉をあげて〜とかいうイメージは、その前提となる社会経済的なシステムがあってこそです。

 昭和中期の昔は、普通の会社勤めしてれば、たとえばサザエさんの波平さんくらいの感じで、都内にマイホームも建てられるし、子供も何人も立派に育てられるし、老後の心配もほとんどなくやっていけるという感じでした。

 もっともリアルに実情をトレースしていくと、必ずしもそれが事実というわけではない。だって、昭和時代でさえ、流行語として「蒸発(行方不明になること)」「脱サラ」「肩たたき」「家庭内暴力」「家庭崩壊」「熟年離婚」などが登場し、流行ってましたからね。だから皆が皆、そんなサザエさん状態になるわけではない。だけど、イメージとしてはそういうのがあったし、実際にそういう人も沢山いたし、それを支えるだけの社会経済システムがありました。

 つまり、誰でも普通にそれなりの職(英語でいえばディーセント(decent)なジョブ)に就けた、労働環境もモーレツではあったかもしれないけど非人道的なほどではなかった、その給与と退職金で一生の経費が稼ぎ出せた、おおむね年功序列で給与が上がっていった、年金などの国家システムも100払って300貰うというくらいのお得な感じだった=昭和35-41年までの年金掛け金はわずか月100円(35歳以上だと150円)だった、親の介護などについてもそれほど大変ではなかった(昭和40年時の平均寿命は67歳)、、、などなど。

 このような社会&経済的な実質がガッチシあったから、生涯の人生設計も出来たし、それが絵に描いた餅にならずにも済んだというケースが多い。

 何が言いたいかというと、実質あってこそのモデル理論であり、人生計画であり、そして年齢感覚であるということです。60歳になればこんな感じ〜というイメージは、誰もがそうなれるだけの社会の実質があってこそであると。

 したがって実質が変わればモデルも変わるべきなのは理の当然

 しかし、これに取って代わるだけの優秀な新しいモデルがまだ出来ていません。普通に考えたら無理だもんね(笑)。でも、新しいモデル感覚や、新しい年齢感覚が出来ないまま、旧態依然とした年齢感覚で考えてしまっているところが問題なわけです。そんな成り立たないモデル、ありえない感覚でモノ考えていてどうするの?です。

不安定要素:年金

 で、将来ですけど、単純に考えていけば破綻しますよねー。毎年20万近くも年金払わされて、それも何十年も払わされて、それで出るのはたかだか月6.5万。現状でこれだから将来はもっと少なくなる可能性は高い。しかもむしり取られるお金は増える一方です。このコロナ騒ぎの渦中で、今話題になってますけど、「高齢者の医療負担二倍法案」がでているくらいです。将来状況は改善するのか、日本が、皆が、ウハウハ金が儲かって笑いが止まらなくなるのか?というと、それも難しい。

 ま、そのへんはリアルタイムに日本に住んでる人のほうが切実に知っておられるでしょうから、多くは書きませんけど、要するにサザエさん(波平さんやマスオさん)的なのは難しいですよ。そもそも普通に正社員になれるかどうかすら保障されてないのに、20代後半には係長、30代で課長、40代で部長、50代で役付〜とかいう出世魚とかやれる人がどれだけいるのだ、また、やれたところで会社そのものが消滅してしまうかもしれない。

上がつかえている

 なんせですね、上がつかえているのですよ。
 僕が弁護士になったのは、まだ昭和の末期の頃ですが(地上げとかやってた頃)、その当時ですら、同期の弁護士と話してて、当時所属してた大阪弁護士会の会長の順番が回ってくるのは、94歳とかだったかな?詳しい数字は忘れましたが、おおむねそんな感じだったんですよね。1年に一期下がってくるんだけど、年によっては一期で二人やるから、それほど下がらん。まあ、誰もそんなもん(会長)なんかなる気なかったのでどうでも良かったんですけど、それでも「上が死ぬほどつかえてる」感はあったですよ。1980年代ですらそれですからね。

 あ、ちなみに、誰もが弁護士会長になりたいってもんじゃないです。てか、そんなのはレア。それは、中高生の全員が生徒会長になりたいとか思わない、よほど奇特な奴でないとならないという感じと似てます。あなたは生徒会長になりたかったですか?なっても別にいいことないしねー。そういえばテレビ出演なんかも同じです。弁護士会広報から出演依頼が回ってくるのですけど、皆で必死で逃げ回ってましたもんね。なんとなく広報委員になってしまった人が、誰もいかないから仕方無しに本人が行くみたいな感じで。テレビで人気が出ても、本業的にはなんのプラスにもなりませんから(むしろ妙な客が事務所がやってきたりする頻度が増えて、マイナス)。

会社の消長

 あと会社の消長ですけど、これから先、今まで以上に外資によって知らない間に吸収されていく場面が増えるでしょう。ちょうど今、パソコン(ノートも)壊れつつあって、買い替え模索中なんですけど、そこで知ったことがあります。何を今更って話なんですけど、中国のLenovoってメーカーがあるんですけど、そこでThinkPadというノートパソコン出してて、あれ?これIBMのブランドじゃないの?なんでレノボが出してるの?と思ったら、IBM(のパソコン部門)はレノボに買収されていたのですね。それも20年近く前(2004年)に。それどころか、日本のNECや富士通のパソコン部門もレノボに買収されている。ほんでもって、Think Pad自体は、日本の大和研究所(神奈川県大和市に作られ、今は横浜)がIBM時代からずっと研究開発しており、且つ製造拠点として日本のレノボ米沢事業所が作られたのだけど、この米沢はもともと戦時中から米沢製作所として設立稼働していたものです。83年からはNECのパソコンを作り、そして今はレノボのThink Padを作っているという。

 へえ、そうなんだ、知らなんだってことですけど、今の時代、どこの国のどこの会社とか言ってる事自体がナンセンスなんだなーって、今更ながらですけど感じました。レノボのThink Padは、資本や経営だけで考えれば中国製パソコンともいえるし、ブランドからすればアメリカIBMのパソコンとも言えるし、研究開発製造という実質を考えれば、日本製のパソコンとも言えるわけですよね。

 車のメーカーもそうだけど、どんどん買収やら、相互乗り入れやら、車体や部品のシェアやらやってるのがここ数十年の、そして将来における大企業の動向なのでしょう。これを個人ライフでいえば、一つの会社に入ったからといって、その会社がどうなるかは、全くわからない、ということですよね。

 整理すれば、
 まずそういった安定的な会社に安定的な立場で入れるかどうかがわからない、
 入ったところでその会社内部で安定的なポジショニングを続けられるかがわからない、
 そして会社自体が数十年後まで同じ状況、同じ感じで存在してるとは限らない。
 この3点をすべてクリアできるのは、そりゃあ勿論いるでしょうけど、しかし限られている。少なくとも標準モデルにはできないでしょう。

そして健康問題

 それに加えて、健康問題がきますね。
 なんか最近、よく早死する人の話を聞きます。芸能人とか、有名人とか、え、もう?って感じで死んでたり、あるいはすごい若いのにあっという間にいっちゃったり。これが延々続いてきた環境汚染などの因果関係は知りませんけど、なんか印象としては目立つ。

 そういえば、こちらの新聞に男性の精子の数が激減していて、この調子で単純に考えると、2045年には精子がゼロになってしまう、またペニスのサイズも縮小してきている、という記事がありました。Are chemicals shrinking penises and sperm counts? Here's what the evidence says。アメリカの疫学者(epidemiologist)のShanna Swan教授が、最近出した著書「Countdown」に書いているそうです。

 健康は自分の問題だけではなく、家族の問題も含みます。
 つまり超必死こいて、ありえない幸運にめぐまれて、安定的な職につけて、仕事も充実してってやってても、ある日、親が倒れて、いれる施設がない、特養とかいったら入所時点で1億円以上はかかるから、いくら稼いでいたとしてもそんなの無理、他に頼る人もいない、結局、介護離職になってしまう。もう時限爆弾みたいなもので、思わぬときにドカーンとくる。国がばっちり面倒見ててくれるから大船に乗った気に、、なんて全然なれないですしね。大船どころか、笹舟というか、難破船というか、そもそも船なんかねーよみたいな状況もあるでしょう。

 人生設計を考える場合、さらに撹乱要素(ワイルドカード)として考えておくべきは、例えば子供がひきこもったとか、配偶者が鬱になって新興宗教に入って全財産寄付しようとしてるとか等の「変異株」的なヴァージョンです。

 あれこれ何を言ってるのだ?といえば、要するに、今の時代、年齢とか人生モデルなんか無いよ、無いって考えた方がいいよってことです。

 じゃあ、どうすんの?ですけど、別に考え方としては簡単だと思います。
 使えもしないお仕着せの年齢モデルなら、そんなもん全部捨て去って、ゼロから自前で作ってしまえばいいだけですよ。


ゼロから自作

発想の転換

 まず「ここからここまで」の範囲設定でいえば、図々しく平均寿命以上生きると仮定して90歳。
 90歳までのペース配分をどうするか?ですよね。

 そうすると、だいたい真ん中あたりにくるのが50歳だから、そのあたりを起点にするとバランスが良いのではないかと。

 50を境に前半と後半を比べてみるに、50歳過ぎてからの後半戦が大変で、だからこれこそが本番だと置く。日に日に体力も落ちるし、病気にもなるし、稼ぐにしても職も少ないしでハンデが大きい。それだけに高度なマネジメント能力が必要になりますからね。

 なので、50歳までの前半戦で、そのための資源を貯めておくわけです。資源といっても資金じゃないですよ。人間的な経験、スキル、能力、感受性、メンタル耐性、言うならばありとあらゆる人間力です。いろいろなスペックを増やしておくこともそうだし、自分自身を強化することもそうだし、劣化をいかに防ぐかもそうです。

 これまでの年齢歳時記は、アリとキリギリスのアリパターンで、老後になったら生活能力ゼロに近いと仮定して、老後に入るまでに貯めるだけ貯めてそれに備えるというものです。それは一理あるようで、上で述べたように破綻してると思う。くりかえしになりますが、老後になるまで2000万貯めろとか実際問題無理な人のフォローがない、2000万の前提には国の保障が手厚いという話だけど、それも怪しい。そもそも長生きリスクで終期が確定しないリスクはあり、予想外の出費や破綻については無防備。さらに資産保全について、これから数十年資産バブルが弾けない保障はない。

 結局老後になっても働かざるを得ず、高齢者の就業人口は増えてます。65歳以上、人口の28.7%に 4人に1人が就業というのは去年(2020年)の9月の話です。「2019年の65歳以上の就業者数は18年より30万人増の892万人で過去最高」だと。

 ならば、老後になっても稼ぐ、稼げる、やりくり出来るようなモデルにすべきだし、その難易度からしてそちらを本番に考えるくらいで良い。それは稼げるとか、生計が立つとかということを超えて、人生の楽しさのピークがむしろ後半にシフトするくらいの感じです。

 今20-30代の人からしたら、目標でいえば、50歳になった時点でも、うれしいとついスキップしてしまうくらいで合格!です(笑)。

 つまりそのくらい心身ともにハリがあること。楽しいことを楽しい!って感じるみずみずしい感受性が衰えていない。衰えるどころか、年とともに一層敏感で豊かになること。また、おし!と決めたら、だーっと一直線に走っていけるくらいの身体能力。

実現可能

 これは実現可能ですよ。

 僕自身、年齢モデルにまだ縛られていた部分もあったんですけど、実際に自分がその年になってみると、なんだ思ったほど老けないじゃないか、つか、何がどう変わったかもわからんくらいです。確かに、怪我の回復とか、筋トレの効果とか、そこらへんは10-20代の全盛期に比べたら、数倍以上の時間がかかりますよ。だけど、時間かかるなら、かければいいだけで、到達点そのものは頂上の数メートルは変わるけど、おおむね変わらん。

 これも考え方、レトリック次第なんだけど、例えば60歳で、生まれてからもう60年も経過したと考えると、いつ死んでも不思議ではないような、もうヨボヨボのダメダメになっていそうな感じもするんだけど、平均90歳で死ぬと仮定すれば、「あと30年持つ」わけでしょ?50歳だったら「あと40年ももつ」のですよ。昔は平均寿命が50かそこら、昭和でも60-70歳くらいなんだから、「あと40年持つ」とすれば、昔の10-30代くらいなんですよ。耐用年数が飛躍的に伸びているから、「買い替えの時期(死ぬ時期)」までが長く、したがって中間的な年齢感覚も変わる。自分の実感でいえば、そこそこメンテすれば、50歳でも、自分の20歳時とタメ張れる感じはしますね。てか、自分の20歳のときは、栄養も悪く、生活も乱れてたからもっとヘナチョコだったと思うわ。

 なんとなくイメージとしては、20代くらいの頂点からすーっと間断なく高度が下がっていくような図式を思うんだけど、意外とそうではないよな。人にもよるけど(もちろん)、頂点が8000メートルのヒマラヤなら、60代でも7000メートルはいける、そんなに目立って落ちないよ。死ぬ最後の数年間でいっきに落ちる感じ。僕だって、コールズのカート集めのバイトやって、10時間やったときは3-4万歩も歩いてやったけど、それって59とか60歳の頃ですからね。二十歳そこそこのインド人やネパール人と一緒に。

 よく考えたら、職人さんの仕事現場とか、70過ぎてもバリバリやってる人なんか普通にいるし、若いやつがへばってる横で、涼しい顔で、「おいさ」とかこなしてるしね。武道でも高齢の師範は、現役バリバリには劣るかもしれないけど、それでも強いですよね。16-7歳くらいにやってた柔道部でも、顧問やOBの60代以上のおっさんが教えてくれたんだけど、組んでみてまるで勝てる気がしない。てか3秒と立ってられない。どんだけ強いのか見当もつかない。まあ、コツとか慣れとかもあるんだろうけど、意外とそんなにヘタれないです。

 ただし、メンテをしないと30代になる前からもうヤバくなりますよ。
 つまり、年齢による差よりも、個人による差の方がはるかに激しいです。

 個人による差の方が年齢よりも激しいなら、それはつまり、「やり方次第」ってことでしょう?工夫の余地が大ありです。

80過ぎてもJKできる

 精神的な部分でもそうです。
 僕も年をとったら自然と趣味が変わって、和服なんか着て、縁側で渋茶を啜りながら羊羹でも食べてるのかと思いきや、20代の頃と全然変わらん。食の好みも変わらんし、着てるものも変わらんわ、髪型も変わらんわ、喋り方も変わらんわ、要するに何も変わらん。こんなに変わらないと、なにか人格的に問題があるかのようでカッコ悪い気がするくらい変わらない。あなただって多分、そうかもよ。

 80代以上のジジババとかよくよく見てると、実は全然年寄りではないのがわかります。おばあちゃんの一団がきゃいきゃいいって温泉旅行とかいって、車両のなかでまたきゃいきゃいやってますけど、あれ、ビジュアル的にはばーちゃんだけど、行動特性とか、活発に喋って笑ってる感じでいえば、女子高生がダベってるのと変わらないじゃんって思ったのですよ。そうか、80過ぎてもJK出来るんだってことですよね。

 ジーちゃん達の会話だって、よく聞いてたら、「ばーか、だからおめーはダメなんだよ」とかケラケラ笑いながら言い合ってて、これもビジュアル抜きにしたら、男子高校生の放課後のダベリと一緒ですよね。

 魂は年を取らないといいますが、魂が経年性劣化をしないならば、楽しさを感じる感性も、また楽しいとおもう時間も、別に年をとったから減るというものではない道理です。むしろ楽しいと感じるツボが増やしたり、深めたりできるのだから、年を取るほうが楽しくならなければ嘘だとも言える。

老後ゼロ秒の姉川さん

 先日、Artarmonの駅裏の日本食材の姉川商店の姉川さんがお亡くなりになりました。享年79歳?だったのかな。シドニーの隠れた有名人で、多くの人に慕われてて、お店には献花が山のように積まれ、ご葬儀には数百人が参加したとか。姉川のおばちゃん、ほんとーによく働いていて、昔の日本人がそのままタイムカプセルで現代にやってきた(昔に移住してきた日本人はその時代のまま止まる、僕もそうだが)感じで、いつ行ってもいるし、昔の日本商店のように、気さくに話しかけ、商品知識も豊富で、食べ方や料理の仕方を教えてくれるし、なによりも現代ではありえないくらい融通がきく。量が多すぎて悩んでいると、じゃあといってビリビリと包装を破って小分けして売ってくれたり、なんにも言わなくても端数はオマケしてくれたり。昔の日本の個人商店は大体そうだったんですけどね。料理教室通うまでもなく、魚屋さんや八百屋さんがいろいろ教えてくれた。

 そんな姉川さんですが、伝え聞いた話では、なんでも深夜に仕事中、パソコンの前で突っ伏してなくなっていたそうです。聞いた話なので本当かどうかは知らないけど、でも直前までピキピキやってたし、ぽっくりに近い。でも、いいなー、理想だなーって言ってて。なんつっても「老後ゼロ秒」ですからね。死ぬ瞬間まで現役バリバリ。それも自分の店という自己実現のカタマリみたいなことをやっていて。自営業の醍醐味はここですよね。うまくやれば老後ゼロにできる。自分の意欲次第で労働時間も、環境も調節できるし、最後まで自分のペースで仕事が出来る。そこまでいくと、それはもはや世間でいう「仕事」という概念を越えてきますよね。僕のAPLaCもそうだけど、超えるくらいになってくると楽しいですね。

 でも、まあ、79歳は若いなー。昔は79歳だったらいいじゃないかと思ったけど、自分が年取ってくると、まだ若いじゃんとか思うわ(笑)。本人だって納得してないような気もするね。「あら、あたし、なに死んでんのかしら、やだ、死んでる場合じゃないわよ。早くお店開けなきゃ」とかうろうろしてそうな気がする。僕もあやかりたいですね。エッセイ書きながら突っ伏して死んでるとか、いいよね。

 だもんで、思うんですけど、人生充実させていったら、老後なんか無いんだと思います。いわゆる老後を悠々自適でっていうけど、それが成功して、楽しい日々を送ってる人がいたら、多分、本人はそれを「老後」だとは思ってないと思う。単に第二部というか、そういうカウントすらしないだろう。それは、本当に渦中にあるときは、自分がいま「青春してる」とは思わないと同じことだと思う。老後であれ青春であれ、あんなのはちょっと離れて見てる奴が勝手に貼ってるレッテルでしかないのだと。

自分もそう

 年齢的なことでいえば、APLaC生同士が結構気が合うんだってことを発見してから、これは面白いなってことで、紹介したり、引き合わせるようにしたり、掲示板つくり、A僑だとか、オフとか、そして今度はオンラインサロンとかやるわけですけど、あれをやり始めたのは2015年とか16年とかそこらへんですよ。つまり、僕が55-56歳の頃ですよ。

 大体、何度も書いてるけど高校のとき40歳で死ぬと仮定して、それまでやりたいことは全部やるでやってたら、37歳くらいでやり尽くした感があって、あとは余生。ちょうどこのエッセイの前のシドニー雑記帳の最後くらいです。それからは第二部的に今までやってるわけですけど、前にも書いたけど、何をするにせよ50歳過ぎてからの方が面白いです。

 だから50歳過ぎてからが本番だよってのは、僕の偽らざる実感でもあるわけです。
 50過ぎてからどこがどう良いのか、なぜ良いと感じられるのかは、過去のエッセイ880:50歳という登山口で書いたので、くりかえしません。

 なので、50歳がスターというのは、何も奇をてらって言い張ってるわけではなく、自分の体験を省みると、どうもそんな感じがするな、そう考えたほうが自然だなということです。

 

悩み多き前半戦について


年齢モデルを捨てること 

 まず第一に、年齢モデルを捨てることです。気にしないこと。
 例えば、「いい年して」とかいう一連の構文、「40にもなって定職にもつかないでブラブラして」とか、その種のやつです。よく耳にするけど、自分ではそう思うな、と。

 その種の、人生歳時記みたいな、3月になったらひな祭りをやるみたいに、20代で結婚して、30になる前に出産して、マイホームをゲットして、、とかいうのは、昔の話です。今でもそれでやれる人はそれでやればいいですけど、誰もが出来るような状況ではない。そんな尺度で物を考えていても仕方がないし、落ち込むばっかで生産性もない。

 もっと恐いのは、これで順風満帆に進んでる〜とか調子こくことです。それで進めたらいいけど、一歩間違えて、事故やら、介護やら、会社倒産やらでパーになったときに、立て直しの戦略も気力もなくなってしまう。だから仮にそれでやっていたとしても、数あるシナリオの中のone of themに過ぎないと思ってるといいです。もっとも、それが出来ている人は、もともと用意周到な人も多いから、言われなくてもそう思ってるとは思いますし、むしろ積極果敢に転換を狙ってたりする人もいるでしょう(どっかの時点で地方移住とか)。

 とりあえずは焦るな、という点に尽きますね。

 「あらゆる失敗は、突き詰めれば自滅である」とも言われますが、焦るとろくなことにならない。ダメだという意識が強すぎるがゆえに、なんでもいいから正社員とかやってみたり、うまくいかないと鬱になってみたり。

 年齢的なことを考えるならば、「やべえ、50まであと10年しかないし、それまでにコレとアレをもっと強化せねば」みたいな感じで思えば良いのではないかと。

結局は自分次第だと思えるだけの経験

 例えばですねー、50歳過ぎたら、そんなに仕事も選べないという現実があったとします。そうしたら、仕事なんか選ばなくてもやっていけるだけのタフな自分を50までに作るべきです。また、ステイタスの低いマックジョブみたいな仕事であっても、それをやってるから自分はダメだとは思わないだけのメンタル、そのメンタルを支えられる実績(過去にこれだけやってきたとか)。

 僕自身、なんでも出来るようになろー!というのが目標で、だからコールズだろうが、Uberだろうがやってます。

 それにですね、社会経験が増えてくると、その仕事にどういう意味付けをするか、どういう喜びを感じ取るかは、ひとえにやってる本人次第なんだなってのが分かってきますよ。仕事それ自体に客観的な価値があるというよりは、その仕事にどういう価値を吹き込むかはやってる人次第です。それは、ぼったくりの藪医者もいれば、常に患者に寄り添ってくれる医師もいる。出世と金しか興味のない教師もいれば、生徒達の兄貴分や師匠として慕われている人もいる。

 さきに年齢が問題ではなく個性が問題と言いましたが、仕事でも同じで、仕事という型が問題なのではなく、これも個人が問題なのですよ。行き着くところは自分自身。

 ただ、本当にそう思えるようになるためには、いろいろ一通りの経験が必要だとは思います。自分でやってみて、なるほどねーって実感しないとなかなか分からんと思う。また、その意味では、どっかで一つくらいハイステイタスな仕事をするのもいいです。「こんなもんか」と思うために。自分では無理なら、その近辺にいるといいです。医者や弁護士になるのが無理なら、医者の近くのパラメディカルや事務系やら、弁護士事務所の職員やら。そうすると、意外と大したことないなって幻滅感とともに実態がわかるでしょう。本当に尊敬できる人もいる反面、ゲス野郎もいるわけで、なるほどねーって思ってくださいな。

全部役に立つ

 その意味でいえば何をやっても役には立ちます。
 正社員だろうが、派遣だろうが、ブラックだろうがホワイトだろうが、バイトだろうが、ボランティアだろうが、やればやるだけ見えてくるものがあります。ステレオ立体感効果というか、系統の違うことを増やしていくほどに見えてくると思います。

 また、ダメダメ時期は絶対必要で、この時期に得るものが多いですからね。
 こんなもん誰がやっても周期的になんかあるに決まってるんだから、その乗り切りかた、しのぎ方、戦い方、逃げ出し方、慣れれば慣れるほど「はいはい、またこれねー」って事務的に処理できるようになります。一回目はきゃー!でムンクの叫び状態でも、要は「慣れ」ですからね。

 それがわかれば、事前の対処も出来るし、予防もできる。賢くなれる。人生の資源の無駄を防げる。無駄に消耗しなくなれば、それだけ健康年齢も増強できるし、50歳でスキップできる。

 このあたりは、何をどうすればよいかではなく、やることなんかなんでもいい、バラエティが広ければ広いほど良いのであり、問題は、何を学んだか、ですよね。

 これは、ワーホリを1年やった人なら、言わなくてもピンとくると思う。何をやったかではなくて、それで何を感じたか、視野は広くなったか、人の理解は深まったか、人間関係の付き合い方のバリエショーンは増えたか、ダメ時期の乗り越え方を覚えたか、、、、つまりはなにを学んだかが大事で、具体的な対象なんかなんでもいいし、またそれが成功しようが失敗しようがどうでもいい。むしろ失敗したときの方が実りが大きい。

 ワーホリや留学、ひっくるめて海外ひとりぼっち修行がいいのは、すごーく大事なこと、人生上ものすごく資産価値のある体験を、そうとは気づかないまま学べてしまうからです。1年で10年分に匹敵するというのは、日本でこれだけ学ぼうと思うと、海外にくらべて展開が遅いし、クソ雑音が多いので、ピュアな学びが消えてしまうからです。

複数の視座をもつこと 

 常に、最低でも3つの視点から考えるといいですよー。
 例えばとある仕事なり資格にチャレンジしようとかと思う場合、そのメリットを多角的に見る。世の中の物事は立体であるから、平面的に考えると、オートマチックに失敗しますもんねー。

 例えばズーム相談で話していたのか、介護関係の方向はどうかって話でした。

 介護系の仕事といえば、賃金安いわ重労働だわ、職場環境もよくないわ、だからありえなーいみたいになるかしらんけど、それは平面的な見方でしょ。

 僕自身がやるとしたら、こう考えることは可能です。
 一つには、現場のリアルを知るという意味。現時点での介護福祉の現場はどうなってるのか?それを知ることは、将来的な親の介護、ひいては自分自身が介護して貰う場合の備えて貴重な指針になる。また、ジャーナリスティックな意味だけではなく、より実戦的な裏情報が欲しい。例えば、当該地区では、ケアマネージャーの権限が強く、この人に睨まれたらロクな施設を廻してもらえないとか、そういうことはあるのか。なにが構造的な問題で、なにが個人資質的な問題(この人がいるから良く/悪くなっている)などなど、本当に必要なのは現場のカンドコロです。それを知ることは、しょーもない施設に数千万払って大損ぶっこく危険を事前に回避できるわけで、その価値はでかい。そして、そういう話は絶対に表に出てこないから、自分が現場に行く以外に得られない。

 2つ目は、あらゆる現場仕事に共通することだけど、やってることに意味を感じやすい。カート集めだろうが、デリバリーだろうが、自分がやることで確実に何かが良くなるわけですよ。とっちらかったカートがビシッと揃っていたら誰だって気持ちいいし、目に見えて向上するのでやってて楽しい。デリバリーだって、些細なことだけ一つ配達すれば一つ達成感がある。ところが、複雑な机上の仕事になると、これって本当に意味あんのか?ってことも多い。どうかしたら詐欺商法の片棒担いでるだけで、知らないうちに自分も悪党の一味になってるだけとか、困ってる人の願いを却下し、不幸に突き落とすほど評価されるみたいなことをしてると心が荒む。現場系のメリットはそれが少ない。

 介護の場合でも、お世話をしていくことは確実にその人の何かを良くするわけで、その因果関係は明確であるから、やってることに迷いはない。もっとも、それも適正な量、適正なマメジメントでやってこその話で、不当に過重な仕事を、いい加減なマネジメントでふられたらブチ切れますけどね。

 3つ目は、これまで何も資格やキャリアがない、バイトに毛が生えたくらいの派遣経験しかないなら、一つ経歴と呼べるもの、資格と呼べるものを作っておくのも手であること。それが現実に高収入に結びつかなくても良い。武道で有段者になるとか、大会で優勝するとか、それでメシ食っていける人はほとんどいないんだけど、そういうキャリアや資格は、自分を支える主観的な柱になる。「私もまんざら捨てたもんではない」という、小さいながらも一本の柱になるという主観的な価値。

 4つ目は、段階を踏んで考えていくこと。まず介護のイロハを学び、どういう症状のどういう人の何を介護する場合、どことどこを注意すべきか、なぜそうするのかという基本知識は知っておいて損はない。それを知ることで世の中の見方も変わる。バリアフリーを謳っている施設などを見ても、形だけで全然機能してないところがあれば、口先だけだなって分かるし、よく出来てたら、なるほどここは信頼できそうだと判断できる。

 それ以上に、ある程度キャリアを積んでいけば、他の仕事をしながら補助的に、ピンポイントに的にやることは可能なのかどうかを模索し、仕事の幅を広げる。あるいは、そこでの経験を生かして、もっと広げたり高めたりする。例えば、一定レベルから先は、これは本格的に看護師資格を取ったほうがいいと思ってやるとか。その地域で顔なじみが増えていけば、訪問介護なんかの場合も融通をきかせてもらいやすいとか、そのあたりの展望。さらに介護の一歩手前、お年寄りの健康維持のあれこれとかステージをさかのぼって、あれこれ提言をしたり、実践したりというNPOなり組織なりを作るとか。あるいは、理系的素養がある人は、介護器具を見て、「このベアリング、もっと良くなるんじゃないか」「この素材はチタニウムにしたほうがかなり軽量化できるし、今は価格も安くなってるし」とかそっちの開発方面にいくとか。

 要は、やってる仕事にどんな価値を見出すか、いかにそれを構造的に理解するか、そして広げていけるかである。それが出来る人が、いわゆる仕事が出来る人であり、それが出来なかったら、結局は使われて終わりになってしまうわけで、いい修行になるよね。

 5つ目は、単純に需要の問題としては、今後さらに高齢化は進むのだから、需要それ自体はある。日本でもオーストラリアでもそれは同じ。いよいよ人手がなくなると、優遇条件も出てくるかもしれないが、逆に炭鉱夫のようにひたすらこき使われるだけかもしれない、そこは決め打ちできない。でも「動き」はある。実際、企業ビジネス的にいっても、ベネッセが参入したり、イオン、ローソン、大和ハウスなども参入している。やりようによっては展開のできる業界でもある。悲惨かもしれないが、チャンスもある。

全ては個人の問題に還元される

 ま、いずれにせよそういう複数の視座をもってみないと、現場でこき使われて、そんで終わりになってしまう。これはどんな業界、どんな仕事でも同じこと。

 その仕事に価値を吹き込むのは自分だし、その仕事を基軸にどう展開させていくのか、その采配を振るのも自分。その采配をふるにせよ、広く経済全体を見通してないとできないし、なぜそうなるのかというビジネス構造などについての理解もいるし、情報感度も高くないといけない。それもこれも自分次第。

 いずれにせよ、仕事を「教材」にして、どう自分が成長して、50歳に向けて準備を進めていくのか、と思えばいいんじゃないの?ということですね。いろいろやっていくなかで、自分はどんな人なのかも見えてくるし、意外と自分に向いている領域が発見されたりもするかもしれないし、どんどんクリアに、どんどん融通無礙にしていけばよいと思います。


 大体ですねー 「やりがいがあって」「楽しくて」「心と身体が楽チンで」「ものすごい高収入」の仕事なんかあるわけがないです。そんなもんがあるなら、教えてくれよ、です(笑)。仮にあったとしても数年同じことをしてくれば飽きてきますしね。

 大事なのはレシピーだと思うのですよ。「このくらい面白さを追求すると、このくらい収入が減る」とかいう関係。このくらいつまらなさを我慢するとこのくらい収入が増えるとか。このくらい高収入とステイタスを目指すと、このくらいのコストと疲労がかかるとか。そのへんのカンドコロを身体で覚えて下さい。

 ワーホリのラウンドでは、これを知らないうちに覚えますよ。最初は金が無いから、必死にファーム探して頑張るんだけど、ある程度溜まってくると、もう金はいいかなって感じになって、ファームをやめて旅を続けるでしょ。慣れるに従って融通無礙になる。面白さ、楽しさと生計とのバランスを取るのが上手になっていく。本当の意味での資産というのは、この体感マネジメント感覚だと思います。

 そういえばずっと前に、高収入のトレーダーとか、死ぬほど忙しい激務なんだけど、稼げるうちに一気に稼いで、もう30代かそこらでリタイアして、田舎の農場を買って自家製ビールを飲むのが楽しみとかいう話を聞いたことがあります。あれも、楽しさのピークを後ろにもっていく、前半部は資金稼ぎとか割り切ってる部分では似たところがあります。超エリートだった人が、スピンアウトして、NPO立ち上げたり、有機栽培のパン屋さんをやったり、収入的には数十分の一になるんだけど、それが出来るのは、いろいろ体験して本当の意味での収支勘定が出来るようになったからだと思います。世間では「出家した」「悟った」かのように言われがちだけど、そうではないよ。ものすご〜く生臭くゼニカネ考えても、その方がトータルでは得だという、より高度な計算ができるようになったと僕には思える。自分自身がそうだから。

 ともあれ、昔の年齢歳時記みたいな、あんな旧石器時代みたいな遺物でモノ考えてるヒマがあったら、体力、気力、知識、経験、企画力、実行力をいかに50歳のスタート時点でマックスにもっていけるか、いかにそれを維持できるか、それを考えたほうがいいよということです。

 僕は今年で61歳になりますが、まだ11歳ですからねー。きゃぴきゃぴですよ。上を見れば20代、30代で山登って楽しんでる先輩、どうかしたら50代の大先輩もいて、まだまだですよね。






文責:田村


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