オーストラリア・シドニー版
現代用語の基礎知識(キーワード)
アボリジニ編(その2)
★Native Title(先住権)
先住民族が本来的に有していた権利ということですが、具体的には土地使用権のことを言うようです(titleとは土地の権利のこと)。土地の法規制については、民族ごとに土地の「使い方」が違うので、当然にルールも違うわけですが、アボリジニの人達の場合(数百の部族があるので一括りにしていうのはイケナイのだけど)、原野を走り、動植物を採取し、あるいは祭礼などのセレモニーをするという使い方が一般的だと言われます。土地の私的所有を認めて、デベロッパーが抵当権設定のうえ地上げして再開発して、そこをビル建てて、テナントとして貸し出して儲ける、、、という、西欧近代社会流の「土地の使い方」とはちょっと違うわけですね。
で、今日のオーストラリアで、アボリジニの人達は、4万年続いた先祖伝来の土地利用をすることが出来るかどうか問題になります。で、基本的には「出来る」と。彼らには、その権利があるのだということで、その権利のことをネィティヴ・タイトルと称しています。これにまつわる問題は多々あります(後述)。
★Mabo Decision(マーボ判決)
ネィティブ・タイトルというのは何時ごろから言われだしたのかというと、意外と最近のことで、画期的なターニングポイントとなったのが、1992年に連邦最高裁(High Court)で下された、マーボ事件判決だったりします。
この判決の画期的なことは、多分に法理論的なことなのかもしれないけど、それまでの”terra nullius”(誰もいない空白の土地という意味)という理屈をひっくり返したところにあるのでしょう。つまり、ヨーロッパ人が最初にやってきたとき、オーストラリアはもぬけの空だった、誰も住んでなかったor特に固有の土地権をもってる人はいなかった。だから、最初に発見/占有したもの勝ちであり、(日本物権法でいう「無主物先占」のようなものでしょう)最初にオーストラリアにやってきた移民達がその土地を所有するのは「適法」だというわけです。
しかしマーボ判決によって、この御都合主義的な理屈は否定されてしまった。つまりヨーロッパ人が最初に来たとき既に人はいたし、その人達はそれぞれ土地を占有使用していた、そしてその末裔たる現在のアボリジニの人達には固有の土地利用権があるのだ、Native Titleというものがあるのだ、ということを言ったわけです。そうなると、当然のことながら、現在のオーストラリア人の土地利用権はどうなるんか?という厄介な問題が出てきたわけです。
このネィティブタイトルという権利の具体的内容は何なのか?というと、「各部族の伝統的使用方法」という以外に細かに決めようがなく、またこの権利の及ぶ範囲はどこまでなのか?誰がネィティブタイトル保持者になるのかどうやって決めるのか、現在の権利とどう調整するのか?これもよく分からない。理念的にはこういう権利はあって当然と観念されるのですが、それを具体化する作業でいろいろ難しい問題が出てくるのでありましょう。
そこで、この判決を受けて、Native Title Act.という法律が制定され(Act.というのは法律の意味ですね)、1993年に可決、翌94年1月から施行されています。内容的には「ネィティブタイトルという権利はある」「だからといってそれまでの土地使用権がなくなってしまうものではない」「今後の方針(ネィティブタイトル保持者であるいう提訴がなされた場合の決定の仕方の大綱)」など非常に基本的な事柄を定めたもので、ありとあらゆる場合を想定して細かに決めたものではないとされているようです。
ちなみにエアーズロックは(正式名称はUlulu)、観光用に登れるようになってますが、あそこもアボリジニの人の「聖地」になってるので、アボリジニの人は決して登らない。そこを見も知らぬ観光客が土足でズンズン歩いているのだから心穏やかでいられるわけもないでしょう。日本でいえば伊勢神宮とか法隆寺の本堂のお釈迦さんの顔の上を外国人観光客が土足で踏んでるようなものでしょう。だもんで立入禁止/登山禁止にすべきだということは万年懸案の議題になってるそうです。かといって、そこまで徹底すると地元の観光収入が激減する。そこで、アボリジニの人達といろいろ話し合って、「ここはアボリジニの聖地ですので、それなりの敬意を払いましょう、なるべく登らないようにしましょう」という立札を立てたり、ガイドさんがその旨申し伝えたりしてるという、いろいろ譲歩しあったりしているわけです(アボリジニの人達も観光事業に参画して経済的自立を図るなど、現場ではいろいろ頑張ってるようです)。
このように一応法律は定めたものの、それでこの悩ましい問題が一挙に解決するわけもない。そんななかで、後述のWik判決というのが出て、これが今日に至るまで連日ニュースを賑わせているわけです。
★Wik Decision(Wik判決)
前述のマーボ判決(あるいはその後制定された法律)で触れられなかった未解決の問題として、国有地を放牧事業のために貸している場合(Pastoral Lease)、その権利とネィティブタイトルとの関係はどうなるのか?という領域があります。従来、放牧リース権という権利がある場合は、ネィティブタイトルは認められないと考えられていたようですが、これをひっくり返して、放牧のための土地利用権が設定されているからといって直ちにネィティブタイトルを消滅させるものではないのだ、この両者は両立しうるのだ(co-exist)、としたのが連邦最高裁のWik判決。1996年12月23日、クリスマス直前に、判事7人中4対3の僅差で下されました。以後大問題になってます。
何が大問題になるのかというと、まずクィーンズランド州を中心にして、多くの放牧事業者がこの判決を不服とした。彼らにしてみれば、自分が放牧をしている土地は完全に自分のものとしていたい、最初に借り受けるとき政府はそう言ってたじゃないか、何をいまさらアボリジニと共存せなならんのかということなのでしょう。これはかなり強硬な反発であり、連邦政府は直ちに放牧土地権を100%完全なものと認める法整備をなすべきだと激しく突き上げているわけです。なんせ、国土の42%がこの種の放牧地ということもあり、事柄はエアーズロックを登山禁止にするかどうかという問題よりもデカい。
これに背中を押されるような格好で、州政府や連邦政府も、ネィティブタイトルの消滅を目的にした法整備をしようとしますが、今度は当然のことながらアボリジニ側も黙ってはいないわけです。せっかく最高裁で勝ち取った権利をそう易々と譲り渡せるものかと。
この対立が激しくなると、今まで少しづつ積み上げてきた和解の努力も水泡に帰してしまう。対応に苦慮した連邦政府は、折衷案(ネィティブタイトルは完全に消滅するわけではないが、限定する)を出して法制化しようとしています。この内容をまとめたのが10ケ条からなる案なので、10 points planと呼ばれています。その詳細は、かなり法技術的なものも含むようで、僕も正確に理解できてるわけではないのですが、大事なのは折衷案であるだけに、両者から「断固拒否」と言われてしまっているという状況でしょう。
これ、イマイチ分かりにくい事件なのですが、一つには「オーストラリアの放牧」やら「アボリジニの伝統的土地使用」と言われても具体的にうまくイメージが湧かないこと。もう一つは、「何をそんなに騒ぐのか?」という部分で、法律でもまた今回の判決においても、放牧事業を遂行する限りにおいては、ネィティブタイトルといえどもそれを邪魔することは出来ない、つまり放牧権が常にネィティブタイトルに優先することになっているようです。
「じゃあ、別にいいじゃないか」という気もするのですが、一方では放牧権の内容もそれほど明確ではなく、なにをもって「Pastoral/放牧」と言うかというレベルで揉めたりするのかもしれないし(余った土地で野菜作るのはダメとか)、将来的に放牧以外の事業をしようとするとネィティブタイトルとバッティングするからイヤなのかなとか、権利の価値が下がるのを恐れているのかなとか。また、ネィティブタイトルといっても、四六時中占拠してるものでもなく、儀式のときに通過するとかそんな程度じゃないのか?といか、こっちの農地の広さはケタ違いに広いから、数キロ先でちょこっと儀式してても実害ないじゃないか?という気もする反面、いつなんどき現れてどういう使い方をするのかわからないのが不安というのかもしれないし、その際にいちいち使用方法を協議するのが鬱陶しいということかもしれない。もしかしたら「ただ単純にアボリジニの人達がキライだから」かもしれないし、「アボリジニばっかり政府から多額の補助を貰っててズルい、逆差別だ」という鬱積した不満が刺激されてるからかもしれないし、ここらへんよう分からんですし、あまり立ち入って解説しているものも少ないです。
ともあれ、農村部(田舎のことを単純に"bush"と言ったりもしますが)、そのブッシュの意向は強硬だったりします。板挟みになってるのが州&連邦政府、特にクィーンズランド州政府と、連邦政府レベルでは連立与党のパートナーであるナショナル・パーティー(国民党)。ナショナルは、ブッシュが地盤で、相棒のリベラルパーティー(自由党)よりも政治的には保守的。クィーンズランド州あたりの選出のナショナル議員としては地元の突き上げを激しく食らっているわけですが、総合的にバランスを取ろうとするリベラルパーティーによってその意向は中々通らない(議員数ではリベラルの方がずっと多い)。先日も、ナショナルの議員達が、ジョンハワード首相に10ポイントプランの見直しを迫ったわけですが、すげなく拒絶されてたりします。
ちなみに、連立維持のために(ナショナルがリベラルに合わせるために)、ツライ思いをしているのはこれが最初ではない。昨年も、銃規制法案を可決しようとして、これに反対する支持基盤である地元ブッシュの人々を説得するため大汗かいたのもナショナルパーティ。ナショナル支持者としては、せっかくレイバーに代わって政権を取ったというのに、リベラルに押されてちっともイイコトがないじゃないかという不満も結構たまってるようで、党首のTim Fisher(副首相でもある)氏は、万年苦しい板挟み状態が続いているわけです。そんなこんなもあって、与党側は支持票を、お気楽に過激なことを言うPuline Hansonあたりに奪われたりもするわけですね。
今後の動向ですが、難問山積。下院(House of Representatives)では与党が圧倒的に過半数を占めていますが、上院(Senate)では僅差で過半数に届かない(無所属議員=Brian Harradineがキャスティングボードを握っているとされる)。そもそも下院が絶対多数といっても、前述のとおり連立内の足並みの乱れも予想されるし、上院ではどっち転ぶかわからない。首尾よく上院も通過して法制定になったとしても、今度はアボリジニ側から山ほど訴訟が起こされるだろう。さらに、規定によってネィティブタイトル消滅という場合、連邦憲法Section51にのっとり補償しなきゃいけないから、その膨大な費用負担をどうするのかという問題もある。
もっと恐いのは国際社会でツマはじきにあうこと。人権保護の趨勢のもと、国連人権委員会からも「オーストラリアのアボリジニ問題」は目をつけられているだけに、いやしくも最高裁で認められた先住民族の権利をさっさと立法で削ってしまうようなことになれば、いろいろなバックラッシュも受けるでありましょう。数年前にアパルトヘイトが終わった南アフリカを世界が注目し、祝福しているなか、いかにも時代に逆行することをやってるように見える。だいたい、どの国も他人の国に対しては厳しい注文をつけますから(オーストラリアも東南アジア各国に人権重視の意見をしているし)。既にアボリジニ側は、アフリカなど他のブラックカントリーに支持を求めているし、下手したらシドニーオリンピック開催にボイコットその他の汚点がつくやもしれないという。
付帯情報ですが、オーストラリアにおけるもうひとつの政治勢力、すなわち自然環境保護団体ですが、これはアボリジニ側に立ってるようです。考えてみれば、4万年暮らしても環境を破壊しないアボリジニのライフスタイルは、環境保護の達人とも言えるやもしれず、心情的にも環境団体はアボリジニ側に近いとも言える。戦略的にも、ネィティブタイトルという歯止めが掛かってるかぎり、そうそう乱開発はしにくいだろうから、そういった側面もあるのではないかと推察します。
同じく、国民各層に多数いるリベラル派、モラル重視派は、アボリジニにシンパシーを感じているので、アボリジニ支持の傾向があろうかと思います。また、見方を変えれば、「粗暴で差別的なブッシュの連中("redneck"などこの種のスラングは結構ある)」vs「現場を知らないでキレイゴトいう都会の俗物」という構図もあるのかなという気もしますね。これはアボリジニ問題だけではなく、アジア系移民がどうしたとか議論にも背景としてあるような気がする。あくまで個人的な感想ですけど、(よう知らんけど)アメリカの東部と南部みたいな関係なのでしょうか(アメリカの南部を、「昔ながらの黒人差別的な」というニュアンスで"deep south"というらしいですが、これを文字ったのかクィーンズランド州あたりを"deep north"と言っているのを読んだことがあります)。
また同じように、世代別に見ると、一般に高齢者層と若年層とでは、高齢者層の方が反アボリジニ的立場の人が多いようです。世論調査なんかでも大体この傾向は見られるようですが、この傾向はアボリジニ問題だけでなく、アジア系移民の是非やポーリンハンソン支持についても同様。一説によると、古い世代はその昔の「アボリジニ=半分原始人、アジア=不衛生な後進国」という世界観というか教育というか、それがインプリンティングされてて中々そこから抜け出せない。個人的にアボリジニやアジア人と付き合っていけば「そんなことはないんだ」というのが分かって修正がきくけど、そういう経験の乏しい人は、いつまでも時代遅れの現状認識(というか偏見)をひきずってしまう。反面若い人達の中では「アボリジニ=自然に対して底知れない叡智をもつスゴイ人達、アジア=リッチでパワフル」という現状認識を持ってる人も多いといいます(どっちにしても例外はありますけど)。まあ、これは、日本でもどこの国でも同じなんでしょう。新しい情報を仕入れていかない限り、いつまでも更新されないホームページみたいな人もおるということでしょう。
余談ですが、こうしてみると世界というのは繋がっているもので、この放牧地で生産される牛肉の大きな消費者群は、ダイエーあたりでオージビーフを買ってる日本のアナタだったりするわけです。これで日本で不買運動が起きたり、日本政府が「経済措置」なんかをチラつかせる(実際にやらんでもチラつかせるだけ)で、かなり強烈なプレッシャーになるでしょう。なんぼ放牧しても買ってくれる人がおらんかったらオシマイですから(牛肉だけでなく、ネィティブタイトルと衝突するのは鉱山も同じで、またオーストラリア資源輸出の最大の得意先であるのも日本。はたまた観光産業も図式は同じ)。そこまでいかんでも多少なりとも日本のマスコミでこの問題が取り上げられたら、結構こっちはビビると思います。ハンソン騒ぎに関して、去年日本のNHKの9時のニュースでちらっと取り上げられたらしいのですが、その「日本のニュースで出た」という事が、こっちではニュースになってるくらいですから(こっちのニュース番組内で紹介される日本のHNKの画面(ややこしいな)を見るというのは、えらく妙な感じがしますな)。
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