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今週の1枚(2012/10/29)



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Essay 591:部族社会と互換性

「国家」は本当に必要なのか?

 写真は、定番のタウンホールだけど、時計台がちょっとヘンです。絵になってます。

 市の広報サイトのTown Hall Upgradeに説明されていますが、大がかりな補修工事の最中です。第一期工事(内装、2年間)は約40億円の予算で終了し、いよいよ外装の第二期工事(約9億円、20か月)が始まってます。その際、単に布で囲われているだけでは寂しいということで、サイズなど完璧に模写した絵を掲げておくという。よく考えるよな(そしてやるよな)って感じですが、右に製作ビデオがあります。なるほど、結構な手間暇をかけてやっているのですね。


はじめに


 ESSAY 557/「みんな」の極大化と極小化〜でもちょっと触れましたが、いま、極端に大きくなっていくベクトル(超巨大グローバル企業)と、極端に小さくなっていくベクトル(孤族の時代)という真逆のベクトルが同時進行しているというケッタイな時代になっていると思います。

 上の拙文では、「うつ」やメンタルに関連して、「みんなと一緒」と同調して心の安定を図ろうにも、その「みんな」である中間層がどんどんやせ細って、薄らいで、拠り所がなくなっていくので心が薄ら寒いという話でした。

 今回は、国家とか社会とか集団とか、ややシステム的な話をします。
 書いてるうちに長くなりそうなので、最初に要点を書いておきます。

 極大化⇔極小化という二つのベクトルに引き裂かれた現代において、「こうなったらいいな」「こうなるんじゃないかな」という未来社会は、国家よりもはるかに小さな、しかしある程度経済的に自立できる程度の規模をもった中小集団がゆるやかに連合していくような部族社会化ではないか?これが一点。

 これらの部族社会を構成する核にあるものは様々です。それは価値観であったり、趣味性であったり、文化であったりするだろうけど、要はそれぞれの集団が「個性」を持ち、その個性を中核にして存続している集団です。

 第二に、全世界レベルに広がりつつある僕らの経済圏や生活圏を律するのは、いまや巨大でハードな統治機構ではなく、異なる者同士が、それでもツーカーで行き来しうる「互換性」ではなかろうか。この互換性を満たすシステムやプロトコルが整備されていけばいくほど、それだけ各集団は心おきなくその個性を深めることが出来る。世の中はどんどん自由に、面白くなる。

 そうなってきた場合、今の「国家」の位置づけはどうなるか?です。なんか、帯に短したすきに長しという中途半端な存在になっていくのではないか。というか、すでにそうなってきている。にも関わらず、相変わらず国家単位で物事を考えている時代錯誤があるのではないか。もうちょい柔軟にやっていってもいいのではないか。19世紀国家と21世紀型国家とでは、なにがそんなに違うのか。

 例えば、脱原発という話があります。今、原発からニューエネルギーにシフトしたとしても、風力、地熱、、いずれにせよ発電量はしれています。しかし、人口数万程度の中集団が一つの「部族」を作る場合、それだけの生活と産業をまかなう発電だったら地場発電で可能ではないか。全国レベルの送電ネットワークなんか必要なのか?

 一方で、電気の規格については可能な限り統一しておいた方がいい。Aという集落で使えた家電製品がBに行くと使えないというのでは困る。未だに日本では東西で50/60キロヘルツの差があり引越の際に問題になっている。ちなみに、この種の日本の東西の互換性問題は、畳のサイズが違うとか色々あります。世界レベルでの電気問題は、ご存知の110V〜240Vの電圧差であったり、コンセントのプラグの形状が違うという面倒臭い問題があります。ここでは互換性がない。しかし、最近のWiFiなどの無線送受信のプロトコルは世界共通化している(のかな)ので、日本のPCやスマホをそのままオーストラリアにもっていっても、大した設定変更をしなくてもWiFiが利用できる。ここでは互換性がかなり整っている。

 ヨーロッパ各国がEUという互換性を認めつつ、通貨についてはイギリスポンドだけ仲間に入らないとか、ビザなしで通行できるシェンゲン協定はまた別に定めるように、異なる組織、異なる国家間においても、必要に応じてその互換性を整備することは可能ですし、現にそうなっている。それは無数の領域で無数に協議して決めればいい。運転免許にしても、大学の単位にしても、年金の払い込み実績にしても。グローバル化が進み、そして将来においてさらに進むとするならば世界レベルで相互乗り入れ可能な範囲が増えてくるわけで、そこで求められるのは互換性の整備と保障でしょう。

 そしてそれら互換性が整っていくならば、さて国家というのは果たして何をするためにあるのか?

 これはコンピューターの歴史でも同じで、かつてはIBMがエクセレントカンパニーで、洋服ダンスを数十個並べたような巨大スーパーコンピュターを企業に売りまくってた。しかし、そんなクソ大きなコンピューターでなくても、企業の普通の会計処理くらいだったらデスクトップのPCをネットワーク連結すれば良くなった。Googleの膨大な検索システムも、要はPCを百万単位で連結しているだけのことで、連結と互換性さえうまくいけば、なにも馬鹿でかいものなど要らないということです。

 これが言いたいことの要旨です。
 とりあえずこれだけ思いついてるわけで、あとはおいおい考えていくということです。

サイズ別グルーピング

 上の話をわかりやすくするために、人間集団をサイズ的に一元化して並べてみました。
 左が極大、右が極小。真ん中あたりに国家を置きました。
 (マウスを乗せるともう少し大きくなります)。


国家よりも大きなグループ

 国家よりも大きなグルーピングは、まず東西冷戦のような思想体制、自由主義VS社会主義のような。あるいは、昨今のようにキリスト教国家群(主として欧米)VSイスラム教国家群。はたまた先進国VS発展途上国のように、世界の国々を大きく小数のグループに分けることですね。

 あとは端的にエリア。これはASEANとかEUとかの地域ブロックです。

 次に国家よりも大きな集団になりうるのが民族です。
 例えばアラブ民族のように同じ民族が複数の国家にまたがって存在する場合がそうです。あるいはアイルランド共和国と北アイルランド(イギリス)のように同じ島、同じ民族なんだけど国が違うという。韓国と北朝鮮もそうだし、台湾と中国もそう。

 このあたり国家=民族になってる日本人としては一番理解しにくいところですが、国家と民族がイコールになっているケースはレアです。というか、そんな例は皆無でしょう。日本だって他民族が帰化して日本国籍を取得する道はあるし、その逆に遺伝子的には日本人でも他国籍になる人も沢山います。

 一つの国家に複数の民族がひしめきあっているケースも多いです。オーストラリアなんか200民族以上だし、その種の話はむしろ「普通」。メイン民族と少数民族という構図は、例えばロシアや中国の辺境民族や、日本だってアイヌや琉球は違うといえます。スペインのバスク地方、イラク北方のクルド族、この種の話はいくらでもある。勢力が拮抗する複数の民族が一つの国をなしている場合もあります。かつて四分五裂したユーゴスラビアもそうですし、アメリカだって白人(という"民族"はいないけど)VS黒人という、必ずしも絶対多数VS少数という図式にならない場合も多い。

 民族がまとまっていないケースも多々あります。華僑、印僑、ユダヤ人などなど。世界中の多くのエリアで活動し、それぞれの国家に属しているけど、民族的なネットワークもまたあるという。

 このように民族と国家は、単に範囲の広狭だけではなく、根本的に全く次元を異にする概念だと思われます。

 次に国家以上のひろがりを持ちうる存在としては、言うまでもなく企業活動があります。
 マクドナルドにせよ、アップルにせよ、トヨタにせよ、世界中に活動範囲を広げ、それぞれの国家体制の下で商売をしていますが、トータルとしての存在は個々の国家を越えたところにあります。

 ただし企業の全てがそんなに巨大なわけではなく、というか、そんなものは例外で、多くは国家よりも小さなサイズとして活動し、海外支店を設けたとしても付加的なものに過ぎないでしょう。そこらへんの八百屋さんだって税金対策上に株式会社組織にしてたりするわけだし、全く個人営業でやってても(例えば僕のAPLaCのように、あるいは芸人さんや作家さんのように)会社組織にする人はいますから、企業=家族、個人というケースだってある。このように企業というのは、孫悟空の如意棒のように極小から極大までバリエーションがあります。

国家よりも小さなグループ

 まず極小に「個人」。これは簡単ですよね。
 これに付加して、両親、子供、兄弟姉妹などの「家族」グループがあり、恋人や配偶者という"準"家族でもありつつ、家族そのものの真核細胞のようなユニットがあります。さらに"家族同様"のつきあいをする親友とか。

 さて、そこから国家(の下部構成ユニットである都道府県&市町村)までの間に「中間集団」があると思います。僕らが肉体感覚で「社会」として認識できる最も典型的な一群です。

 これはあらゆるバリエーションのグループを想定しているので一概には言えませんが、とりあえずは自分の勤める「職場社会」がありますよね。類似するものとしては学生さんの場合の「学校社会」なんかもあるでしょう。次に地域コミュニティがあります。町内会とか、マンションの自治会とか、PTAとか。さらにもっとフレキシブルな趣味系のサークルがあります。 釣り仲間とかですね。でも「趣味」で括る必要もなく、同窓的な仲間であったり、ママ友/女子会であったり、いきつけの飲み屋の「いつもの面々」であったり、、、、

 これをもう少し機能面、組織面を整えていけば、ロータリークラブになったり、教会や檀家仲間になったり、○○被害者の会になったり、異業種交流的なサークルであったり、いわゆる広義のNPOのような集団があります。

 孤族と化し、原子分解された寂しい個々人が、再び「自分らしい人生」を生きるための受け皿になるには、国家というのは異様にデカすぎます。「国家運営に参画して居場所をみつけ、自己実現」なんてことは、国会議員周辺でもないと中々現実味がないか、徴兵制度でお国のために死にましょうみたいな胡散臭い話にもなる。いずれにせよ僕ら個々人の「人生のツール」としては、国家はデカすぎて使いにくいし、またそういう「使い方」を予定しているわけでもない。

 やはり、もっと小さな趣味集団の方がいい。完全オーガニックで食の健康を第一に考える部族社会がある一方で、マリンスポーツばっかりやってる部族があり、受験キャリアの総本山の少林寺みたいな部族があり、、、と、自分の人生スタイルを濃厚に投影できる「場」が必要だと思うのですね。それらはエリア的に重複しても構わないし、一人で幾つも重複加入してもいい。高校の部活みたいなものです。

 国家の下には都道府県&市町村という小振りの組織がありますが、これもエリア・人工的に輪切りにしただけの話で、「テイスト」がない。人生を乗っけて、居場所をみつけて、、、ってものでもない。高校の部活の比喩でいえば、1年A組とかB組という「クラス」は、学校(行政)上の管理都合によって区分けされただけの集団であって、そりゃ年単位で一緒にいれば情も湧くし、同窓会をやろうって感じにもなるかもしれないけど、もともとが自由選択・参加のものではない。やっぱ面白いのはクラブ活動で、野球の好きな奴は野球部に入るとか、自分の趣味嗜好で居場所を決めるという方が馴染みやすい。

 そこはやり方次第だけど、今までだって、似たようなことは職業とか身分とかでやっていた。日立グループだったら日立村があったりしたわけだし、官僚だったら官舎文化があったり。愛知県挙母(ころも)市はトヨタの本社があることから豊田市になったし、天理教の本拠地は天理市になっている。農業・牧畜業ユートピアを実践している山岸会なんかもそうですね。いろいろ批判はあるし、村上春樹の「1Q84」のモデルっぽい部分もあるけど(だよね)、世界展開してて、シドニーでもタマゴが買えたと記憶してるけど。でも、こういうのって珍しくないんですよね。日本ではあんまり知られてないけど、アメリカにはアーミッシュという昔ながらの生活様式を頑固に守ってる集団がいますし、ハリソンフォード主演の映画のモチーフにもなってます。

 それをもっともっと自由にカジュアルな形でやる。なにも市町村に取って代わる必要はないし、宗教とか企業とかである必要もない。そういうカッチリした形にすることに意味があるわけではなく、本質は面白いか面白くないかです。最近(てかかなり昔からだけど)、NPOが世界的にも注目されていますが、概念そのものは珍しくも何ともない公益社団法人です。しかしこの種の公益法人といえば、従来は端的にいって天下りの温床組織が多かった。だから事業仕分けでも数千の公益法人が対象になっている。要するに「上からのNPO」であって、そこでは公益に奉仕するかどうかという事と同時に、関連業界や官僚が美味しい思いが出来るかどうかがポイントだった。官製でやろうとすると大体そうなるよね。今のNPOは「下からのNPO」で「同好(攻)の士」が集まって「なんかやる」。それも場合によっては人生乗っけるくらいのコミットメントでやるという。

 そういうのをもっとおおっぴらに認めていけばいいんだろうなって思うのですよ。まあ「認める」とかいうお上的な作業に意味があるのではなく、川の流れのような自然現象としてそうなっていくだろうと。世界の状況は、資源も限界、経済発展も限界という感じなので、イケイケ拡大による自己実現というのは無理っぽいでしょう。給料が右肩上がりに際限なく上がっていくというなら、それはそれでもいいですよ。ここしばらくは発展途上国の離陸で何とかなっても無限には続かない。てか、ある程度進んだ時点でいずれ頭打ちになるのは見えている。そこで得られた富を公平に分配するシステムはまだ無いし、それどころか逆に企業は儲かっても、国も国民も潤わないというイヤなパターンが出てきている。先進国では既に職の不安も、老後の不安もかなり現実のものになってきている。

 じゃあどうするのか?結局、「今あるもの」や素材をより有効に再配置し、気持ち良く納得のいくように作り替えていこうって流れになるのではないかな。もう少し、個々人の趣味嗜好・性向にあったことをやって、それで生計も老後も成り立つようなやり方を皆で手探りながらも作っていこうという。そういった流れを見据えて(見て見ぬ振りをするのではなく)、追認し、足りないところは整備していく。

 だいたい人間ひとり一生生計を立てられる程度の経済規模というのは、せいぜい数万人くらいあったら何とかなる。もちろん業種によるけど、限界集落のように数百人くらいじゃ成り立たない。限界集落という概念は人数ではなく、高齢化率で決めるらしいけど、今の日本に少なくとも2000はあると言われている。そして、限界集落を再生させる営みも行われており、篠山市の集落丸山などが成功例として紹介されています。経営もNPO法人化している。

 ただ、数千数万の集落がそれぞれ勝手な基準でバラバラにやられたら、凸凹が激しすぎてしまって、世界中に流通不能なタコツボが増えるだけになる。強烈な個性や運営理念は大事なところだから残すにしても、差し障りのない範囲で相互乗り入れが可能なように整備する。その整備のひとつが、世界レベルでの互換性の拡充だと思うのです。早い話が、世界中のどこで計っても1メールの長さは同じであるとか、赤信号は止まれの意味であるとか。

 どっかの集落が初等教育やら、発電やら、食品の生産販売などをするとして、そこでの規格や安全基準はどうするかです。そこで何もかも官製のものを押しつけたり買わせたりするのではなく、その集団の主導性のもとにやらせる。でもこれだけはやれとか、このレベルは満たせとという、透明で共通の基準を設けていくことです。今の私学だって、私鉄だって原理は同じでしょう。一定の基準さえクリアすれば実行者が民間であっても構わない。

 これを世界レベルで詰めていくことです。移民国家オーストラリアでは、永住権の条件としてキャリア(職歴経験)が重視されていますが、ナイジェリアで左官工だった人はオーストラリア的にどの程度に評価すべきか、ボリビアで不動産鑑定士だった人は?ルクセンブルグで銀行員だった人は?と、世界中のあらゆるエリアのあらゆる仕事という膨大なマトリクスで互換性評価をするシステムを整えています。関連業界が資格査定のための組織を作っているわけですね。一見気が遠くなりそうな作業だけど、現にやっているわけです。どっかで不都合があったら「うまいやり方」で断線部分を結んでいく。一昔前にくらべたら、そういうことが出来るような世の中になりつつあります。

 さて、このように互換性が整っていったら、はて、国家という中間団体はいるんか?という気もします。まあ、要るんだろうし、せっかくあるんだから使わないのは勿体ないけど、今までとは違った「国家の使い方」があるだろうと思うのです。

 僕らは国家なんてあって当たり前。それはもう太陽とか海みたいなもので、否定しようも否定できない断固たる実在なのだ、とか思いがちですが、そんなん錯覚でしょ。そもそも「国家」って何よ?です。

 以下それを考えてみました。
 ここから先は歴史の雑談みたいなものです。興味とヒマがある人だけどうぞ。

国家とは何か?

3分間日本史

   僕らが思っているような国家像は、いわゆる近代的国家といわれるものですが、そんなに古いものではないです。「くに」と呼ばれる人間集団・地域集団は、太古の昔からありましたけど、全然いまの国家とは違います。本当の意味で現在のような国家像がスタンダード化したのは、いいとこ第二次大戦後の直近70年くらいの話だろうし、それより前に遡っても19正規の帝国主義的なものくらいでしょう。ここで3分間でお手軽に日本史を振り返ってみましょう。

 大昔の採取生活や初期の農耕生活の頃は、「くに」なんかないです。せいぜいが今の村のような「集落」でしかない。それが農業技術の発達とともに余剰人員を生みます。10人必死に働いて10人分の食糧を作るのが精一杯の段階では、食糧獲得に全精力が使い果たされるわけですが、うまいやり方が開発されて、5人働けばあとの5人は仕事しなくても良くなるようになり、5人の余剰人員が出てきます。だったら、10人平等に50%の楽の仕事をすれば良さそうなんだけど、人間というのは差別とか階級が大好きだから、集団内部で「働かなくても良い人」が出てきたりする。その余剰人員の中から、外敵から村を守る自警団が整備され、ひいては専門的な軍事集団になり、さらによその村への略奪を始める。かくして、集落間の喧嘩が起き、徐々にその地方を束ねる豪族が出てきます。ヤンキーみたいなもので、最初は数人のヤンキーがつるんでいる不良グループだけだったのが、学校レベルでアタマを張る奴が出てきて、さらにそのエリアを締める元締めのような大番長がでてきて、やがて他のエリアの勢力と激突して、、という感じですね。

 日本の場合は、伝説のヤマタイ国が出来た頃には、相当大きな集団になっていたのでしょう。その”国家”の役割は何かというと、第一に農耕という生産集団であり、第二に戦闘集団だったでしょう。農業が発展するほどに、生産は楽になり、その分だけ第二の軍事性に意味が出てくる。そうなると、国=軍団になり、生産部門(農民)はそれを養うための裏方に廻り、さらには強力な特権階級に奉仕するためだけの家畜並の奴隷階級化していく。ローマ帝国のように、征服された部族の民衆は奴隷階級として下部に組み込まれてしんどい仕事をさせられたってのは古代日本でもどこでもあったでしょう。ちなみに「戸籍」というのが、本来的には権力者のための財産(家畜)目録みたいなものであるというのはその意味ですね。

 奈良時代の豪族連合のような初期においては、リーダー格の天皇家並ぶ勢いの蘇我氏がいました。ライバルの物部氏を滅ぼし、崇峻天皇すらも殺し、実質的な覇権を握ります。が、天皇家没落の危機に天才青年・聖徳太子が出現し、推古天皇とともに皇室の実権を維持していたけど、太子没後は再び蘇我氏が実権を握る。それをひっくり返したのが大化の改新クーデターであり、主役の二人の若者が後の日本史の二大権力の源泉になります。すなわち天皇家の中大兄皇子(天智天皇)と藤原氏の祖先になった中臣鎌足。

 その後、最新の海外(中国)経営モデルを斬新に取り入れた「律令国家」と呼ばれる国家システムが作られます。「法律」と「命令」でガンジガラメにする、絶対的な中央集権体制です。そこにおける国家とは、過酷な租税徴収機関です。租庸調の数々な税を課し、防人なんて徴兵制度も取る。奈良から平安時代になるにつれ、中央にいる一握りの特権階級貴族が、全国津々浦々に縄張り=荘園を持ち、全国の日本人を支配し、収奪し、自分らは都で優雅に遊んでた。政治の実権は、天皇家から徐々に藤原氏に移行するけど、「政治」といっても民百姓から吸い上げてるだけだから、そんなに深刻な政治闘争が起きているわけでもない。地方の反乱が起きて(将門とか純友とか)、制圧されて、、、って感じ。

 ここまでが上代とよばれる時代で、以後、武家の勃興による中世封建制度が始まります。封建とか中世とかいうのも、日本史と西欧史では違うのですが(ESSAY 332:キリスト教について(6)〜中世封建社会のリアリズムにちょっと触れました)、日本史の場合、武士の勃興はマルクス主義革命みたいなものです。汗水垂らして自分で切り開いた水田の収穫物を、遠く離れた貴族共に収奪されていくという構造に、だんだん皆腹が立っていったわけです。食い詰めて村から逃げてきた人々は、当時未開の東国(関東)に流れ、そこで新田開発をした。しかし作ったそばから収穫物を持って行かれるから「いい加減にせんかい!」という反旗を翻した。「生産手段と生産物の奪回」「労働疎外の変革」という意味でマルクス主義的ですね。農民が武装し、武士の原型になります(坂東武者)。その先駆けになったのが平将門ですが、これは志半ばにして挫折しますが、やがて古臭い貴族荘園システムを打破し、新しい武力による支配の時代になります。

 平氏の勃興は、武家が貴族社会を覆したエポックメイキングな出来事でしたが、貴族システムのまま藤原氏の席に平氏が座り、天皇を傀儡として日本を支配するというわけですから、革命ではなくクーデータ止まりでしょう。「革命」になるのは源頼朝以降の鎌倉政権以降です。京都から遠く離れた湘南を首都にし、質実な武家政権を樹立します。そこでの合言葉は「一所懸命」。武家連中の政治的欲求は原理的にはただ一つ。「自分が耕した土地を自分のモノとして認めてくれ!」という。それを要約したのが「一所懸命」。自分の田んぼを必死に守るという。「一生懸命」とは字が似てるけど意味が違いますよね。

 さて、日本の中世武家政権においては、必然的に封建社会になります。封建社会とは、前述の回でもやりましたけど、「土地を分け与えることを中核とする政治人事システム」です。語源は中国古典「春秋左氏伝」で、「皇帝が土地を諸侯に分け与え、領有統治させること(封土を分けて諸侯を建てる)」という意味。したがって、封建社会はゴリゴリの中央集権国家ではなく、地方分権国家です。現在の日本は、明治期の中央集権がまだ色濃く残っており、その意味では封建時代よりもその前の上代律令国家にむしろ近いと思われます。いずれにせよ、中世封建社会においては、政権の中央にある「将軍」の役目は、傘下に入ってくる有力武家に対して「あそこは確かにあなたの土地だよ」と公的に認可することです。所有権の公的認可権こそが鎌倉・室町の日本の中世政権の本質でしょう。

 ここでも一般市民(領民)は、分け与えられ認可される土地に付着した財産として扱われます。ほんと、人間扱いされてないのですね。「加賀百万石」といわれるように、その土地に○○万石と付されるのは、それだけの生産力があり、それだけの資産価値があるということです。そして、100万石の米を生産する「人員付」で取引されているわけで、僕ら庶民は、相変わらず家畜扱いです。土地にデフォルトにくっついてくる、パソコンを買うと同梱で入ってるACアダプターのような存在が僕らの一般市民であるという。

 いくら口先で「天下万民のため」と言おうが、領土内の治山治水工事をし、「仕置き」と呼ばれる紛争解決裁判をしようが、その経済的本質は「資産のメンテナンス」でしかない。家畜の世話というか、果樹園の樹木に肥料を与えたり、剪定したりするのと変わらない。なぜなら果樹が実ったら、当たり前のように収奪していってしまうんだから。今の感覚でいうと、信じられないくらいひどい話なんですが、だから、今の国家観なんか「つい最近出来たばかり」のものだということです。

 戦国時代のあたりから中世から近世になります。商業経済が盛んになり、科学技術も進展し、西欧ではルネサンスが興り、大航海時代になっていきます。日本でも信長があのまま天下取って仕切ってたら、西欧と同じかそれ以上の近代国家にしていったのでしょうが、中世保守的な価値観のままの徳川の天下になったので、なんだかヘンテコな江戸時代260年になります。政治システム的には中世封建のままなんだけど、経済的には西欧並の近代国家の下地を揃えていったという。

 黒船がきて明治維新になって、一気にこれまでの遅れを取り返すために極端な近代化が進みます。再び、強力な中央集権国家が登場します。ここでいう「近代国家」や19世紀型国家とは何かというと、これまで国内での喧嘩で政治が決まっていたのに対し、国際的に外国と喧嘩してその国の運命(経済力とか生活水準)が決まるという図式です。内ゲバではなく外ゲバになるという。戦闘力の単位としての「国家」です。

 僕らの一般市民の立場は、ここでも国家の所有物(天皇の赤子)でしかなかった。身分制度の廃止や四民平等になったとはいっても、完全民主主義になってはおらず、立憲君主主義だから、とどのつまりは君主の財産としての市民です。ゆえに市民とは呼ばれず「臣民」と呼ばれた。思いっきり被支配者であり、相変わらずの家畜&奴隷のようなものです。その証拠に、赤紙一枚で拒否の自由もなく戦場に送られた。国家の一存で生命すら奪われて文句の一つも言えないんだったら、やっぱり家畜レベルの扱いじゃないのか?

 とりあえず現在の国家観になるのが戦後からでしょう。「国家は一般市民のためにある」という啓蒙時代以来の当たり前の原則が当たり前に確認されてからです。「国民の生活が第一」という長ったらしい名前の政党がありますが、でも、これ正論ですし、原点です。そうではない国家があったら、それは「国家」ではないです。国家という仮面をかぶった詐欺集団のようなものでしょう。

 以上が3分間の日本史ですが、3分以上かかっちゃったかな。

 さて、これで分かるように、国家というものが僕らにとってマイナスよりもプラスが多くなったのは(実情はともかく原理的に)、本当に戦後の話だと思います。僕らが今思っている「国家」概念を、戦争以前のどの時代にもっていっても全然当てはまらない。そもそも明治以前は「国」なんか無かったといっていい。江戸政権があったといっても、「日本=天下」だと思ってたのだから、日本そのものをまとめて一つの集団単位として考える発想がなかった。「日本人」なんて言葉も概念も殆ど使われなかった。その当時の「国」とは、すなわち「備前の国」「甲斐の国」のように藩であり、古来からのエリアです。

 今のような形で、外国を前提にした日本国を普通に考えるようになったのは明治期以来ですが、しかし、思うに、日本の場合、この明治のイメージが滅茶苦茶強かったのではないか?

 戦後になって民主主義になったといっても、「国家単位で物事を考える」というクセがなかなか抜けません。国家という一つの大きな乗り物が強くなり、豊かになり、それによって波及的に乗組員である我々庶民も豊かになるという発想法です。これが強い。だからこそ護送船団方式になるし、だからこそ大企業と国家が当たり前のように癒着し、天下りは絶えず、JALでもなんでも大企業がコケたら税金で救おうとする。政官財での人材の活発な交流は良いことだと思うけど、固定的な人間関係がずっと続くと決定的に水が淀んで腐ってくるから、どうしても既得権層の仲良しグループ化し、原子力村みたいな妙な集団ばかりが増殖する。

 国家単位の発想は、1989年冷戦終結後、90年代以降のグロバーリズムの始まりによって既に歴史的役割を終えたと僕は思うのです。なぜそう思うかを書き出すと長くなるけど、国家がエラそげにしてられたのは、力(暴力)と富の源泉だったからです。富国強兵と国富論です。国家以上に強力な暴力機関は国内になく、また国際交渉も最終的には暴力(軍事力)がモノをいった。しかし冷戦後、「暴力によってケリをつける」という方法論が徐々に通じなくなってきている。イラクもアフガンもグチャグチャだし。第二に、発展途上期のように国家が産業を育成していた時代ならいざ知らず、成長期を経て、ボーダレス経済化した今、国家の富(経済)創造に対する力が相対的に低下してきている。21世紀の国家は、金融政策を施しても市場に翻弄され、産業の空洞化は進み、今や潰れそうな金融機関の借金を肩代わりして自分までコケそうになり、潰れた企業の失業者の面倒をみさせられるという、前衛から後衛に廻されてしまっていることです。

 かくしてその後どんどん日がたつにつれ、19世紀的国家観は賞味期限を過ぎて、どんどん腐ってきているんだけど、まだ食べている。腐ったものばっか食べてれば腹も下すし力もでない。90年代以降日本は迷走状態に入り、失われた20年になり、失われた22年になろうとしている。やはり、新しい国家の役割が模索されるべきであり、現に多くの人々が模索し、提言し、実行しています。が、まだまだ目に見えて分かりやすい形にならない。その曖昧さに焦れて、「わかりやすい」19世紀型に逆戻りしたがる人達も、常に一定数います。未だに「喧嘩すればなんとかなる」と思っているのかしらん。

世界の国々〜国家の接着剤

 世界史的に見た方が「国とはなにか」が分かりやすいでしょう。ある程度大規模な人間集団を「国」としてまとめあげるためにはどんな「接着剤」原理が必要か?です。

 一般的に分かりやすくいえば、要するに暴力団の縄張りと一緒で、国家の広さは喧嘩の強さに比例し、その暴力的(軍事的)勢力範囲がすなわち国家の範囲でした。あるいは民族的なまとまりであったり、宗教的なまとまりであったり。そのうち、政治的正当性という高度なテクニックによって生じる儀式的国家なんてのも出てきますよね。「神聖ローマ帝国」という、国なんだか単なる飾りなんだかワケのわからない存在も出てきます。

 オスマントルコは、ブルガリアからイラクまで広大な領地を400年も支配していた世界史最強国の一つですが、民族も宗教も文化言語すらも国家としてまとめる接着剤としては使わなかった。ただただ精強無比なトルコ軍という軍事力で束ねていただけであり、だからこそ第一次大戦で軍事力がポシャったら、あっという間に四分五裂した。ユーゴスラビアは、多民族多言語多宗教の国だけど、ヒトラーとスターリンという20世紀の2大怪物に屈せずに勝ったという英雄チトー大統領の個人的なカリスマ性によるところが大きいです。だからチトー大統領逝去のあとは、接着剤がなくなって、ご存知のようにガタガタになって分裂してしまった。これは始皇帝のカリスマ支配が始皇帝の死後にあっという間に瓦解したのと同じです。

 ソ連の場合は、言うまでもなく社会主義というイデオロギーでした。それが結果的に腐敗と格差と貧困を招くだけと幻滅して通用力を失った時点で瓦解した。ESSAY406:現代ロシア(1)で勉強したように、ロシアは「砂の社会」という説があります。西欧はレンガ的な石の社会で日本はべちゃっとした粘土だけど、あそこは砂。強烈な型でぎゅっとはめてやらないとバラバラになる。古くはタタール(モンゴル)、次に帝政ロシア、そして社会主義という。ゴルバチョフが社会主義という型を外してしまったので、90年代のロシアはムチャクチャになり、オルガリヒという新興マフィア財閥が生じた。再び、今、広大なロシアをまとめ上げているのは、プーチンというカリスマ独裁でしょう。

 中国も、僕が思うにロシアに似てて、砂の社会っぽいです。個人主義というよりはミーイズムで、それにアジア的家族主義が加わる。だからほっておくとバラバラになり、三国志のような、五胡十六国時代のような、あるいは清朝崩壊後の軍閥時代のような群雄割拠になる。節目に、強大な天下統一者が現われ、統一国家を作るけど、しばらくすると腐敗の温床になって、他国の侵略を許す。漢民族が支配しなかった時代は日本軍時代だけではなく、北魏(南北朝)、元(モンゴル軍)、清(満州族)など幾らでもある。

 思うにあそこはデカすぎるので「まとめる」だけで精一杯というか、まとめること自体が最大の国家目的のような感じがします。中国4000年とかいっても侵略戦争らしいことをしたことがない。そこがやたら南下したがるロシアや、やたら自分と同じ価値観をひろめたがるアメリカと違う。さらに思うに、あれってもの凄い中華思想なんかも。周囲は蛮族だから侵略する価値もないという。恭順を誓えば「よしよし」と寛容。てか、歴史的に常に侵略されてた側だから、大昔から万里の長城を作ってケナゲに防衛に励んでいる。要は、あれだけの図体をまとめさえすればそれで良く、まとめるためなら何でもやる。抗日という旗頭で統一し、共産主義というイデオロギーで毛沢東がまとめ、大躍進計画がコケ、さらに文革で大コケし、改革開放経済で立て直し、それによってタガが緩んで民主化(砂化)がはじまろうとするや天安門で徹底的に弾圧して締め直し、経済発展という利益誘導でまたまとめ、貧富の格差が激しくなってきて不満が出てくるとナショナリズムを煽ってまたまとめ、、という。

 面白いから筆を滑らせてもう少し書くと、アメリカですが、現代においてはアメリカこそが最もイデオロギーを接着剤にしているのではないかと思われます。いわゆるアメリカ精神です。アメリカであるということに強烈すぎるくらいの自負心を持ち、自由と正義という青臭い理念を、青臭いとは知りつつ手放さず、強く、カッコよく、今がそうでなくてもいつかそうなれるように絶対に諦めないという、ほんと、なんというか「根性」で持ってるような国だと思います。それはそれで素直に凄いと思う。

 ただ欠点というか、面倒臭いのは、支配層(WASP)の祖先にピルグリム・ファーザーズなんてのを戴いているから、ときどきトチ狂ったように先祖帰りをして、プロテスタント・カルトになる点。クリントン大統領時代の職場不倫でインプリーチメントで馬鹿騒ぎしてたし、演説でも第二の国歌でも映画でも"God bless America"だもんね。そこでいうゴッドって誰?政教分離はどうした。もう一つは過去に黒人奴隷を使ってしまった禍根が人種差別問題を生み、南北戦争という内戦を経て地域的に気質な差が大きいこと。さらにフロンティア・スピリッツが未だに銃規制の困難さを導いているなど負の遺産も大きいこと。しかし、それらが激しくぶつかりあいながら、その波動で発電し、エネルギーを作っていくというアメリカ独特のダイナミズムは凄いと思うし、やはりそれらを最終的に統合しようという「意思」というか、見栄というか、理念というか、根性は凄いです。

 オーストラリアもアメリカと同じ新興国家だから、まだ若くて、理念主体の国です。開拓民パワーと、第一次大戦のディガーと呼ばれる過酷な努力を行った人々をロールモデルにしている意味では、アメリカと似ている。しかし、プライドの置き所に「強さ」「カッコ良さ」を求めていない点で異なる。強くなくても、世界を支配しなくてもいい。囚人の島流しの国、見捨てられた辺境国という出生のコンプレックスが逆作用して強烈なイーガリタリアリズム(平等主義)を育み、カッコつけないことをカッコいいと思うメンタリティがある。

 オーストラリア社会の価値源泉には「人間の幸福」があり、ややもすると一人残らずハッピーでないと気が済まないという強迫観念気味になり、"she'll be alright"の口癖のような、過剰な楽天主義&いい加減さというマイナス面にもなる。プラスに出れば、弱者への優しさやボランティア比率の高さになって現われる。現実の生活のハッピーさという手触り確かな価値源泉を持つからか、国家政治のポリシーは意外と柔軟。タバコや暴力に対するナイーブなばかりの、時として偽善的にすら感じられるポリティカリーコレクトはあるけど、総じて、国家の自由を縛り付ける面倒臭い諸要素=思想・宗教・民族・地域対立というものからは比較的自由。そこが自由度高いからこそ、白豪主義から多文化主義へ180度転換、国歌すらも国民投票で変えてしまい、且つ政府がオフィシャルに西欧からアジアに軸足を移すと宣言し、それをも当然のことと社会的に受け入れている。つまり国組織はプラグマティックな実用品であるという意識が実は高いような気がする。


 で、肝心な日本ですが、粘土のようにほっておいても結合する日本社会は、本質的に「国家」なんてタガは必要ないと僕は思ってます。その本質には、「日本的なるもの」という「心象」「心情」があるだけで、それがあれば別に国なんかどうでもいい。実際、総理が替わろうがなんだろうが、別段支障ないしね。国家によって日本が動いているかのように思われがちだけど、それこそ「錯覚」ではないか。

 日本人&日本社会と、日本国のシステムの乖離を示す例は、たとえば江戸時代。公的には米経済の○○石制度をやっていたにも関わらず、また新規発明を禁止し、鎖国してたにも関わらず、一般市民(町人)は自分らだけの力で当時の西欧に比べても全く遜色のない国内経済・金融・流通システムを作り上げていること。北海道の昆布を大阪に運んで、そこで値をつけ、さらに沖縄まで売っている(沖縄料理は昆布をよく使う)。また、あの時代にバリバリの先物取引をやっていたというのも凄い。また世界的にも群を抜いた識字率と算術能力を持つだけの教育システム(寺小屋)を持っていた。だからこそ、世界でほとんど唯一といっていいくらい西欧文化に触れた途端、一気にそれらを咀嚼し、国内システムに消化出来る国になった。実質的な素養では十分にそのレベルに達していたということでしょう。そして、それらの社会の発展に対して、国家政府(幕府)は殆ど大した寄与をしていないということです。むしろ「発明禁止」とか、大井川に橋かけさせなくて流通を阻害したりなど、邪魔ばっかりしていたとすら言える。つまり、親がなくても子は育つように、国家政府がなくても日本は育つし、現に育っていたではないか。

 これは戦後の成長期も、政府が国策的に護送船団であれこれ面倒見ていた重厚長大と金融などと違って、「無理でしょ」と冷笑まがいにほっておかれた家電と自動車が、国の余計な干渉がなかっただけに日本を代表する業種に発展したこと。神戸地震も東北地震も、あるいは他の天災時でも、定番のルーティング(略奪)が殆ど起きず、秩序正しく振る舞っていたこと。その種の例は幾らでもありますが、砂社会のロシアや中国に比べて、粘土社会の日本は、別に政府が必死こいて型にはめて、あれこれ指導しなくても、勝手にまとまって、自律的に動いていく。むしろ邪魔されない方が上手く動くくらいです。

 だから極論暴論をすれば、日本民族というのは国家が要らない稀有な民族なのかもしれない。実際うまくやっていくしね。それに、国家のやること、それは法律であったり、行政であったりだけど、日本人、法律あんまり守らないし、知らないし、興味もないし。未成年者が絶対いるに決まっている大学の新歓コンパで酒飲んでるし、誰もそれを問題にしないし。行政についても胡散臭い目で見る傾向があるし。あんまりアテにしてないし。違いますか?それに、細かい法律や細かい行政手続きに異様に精通している人は、生活保護の不正受給を企む暴力団崩れの連中だったり。「まっとうな日本人」は法律なんか知らないし(常識だけで道を外さなくても済む)、行政なんぞに頼らない(生活保護を貰うことを権利ではなく恥だと思う)。ねえ、俺らに国家って必要なの?という。

 「日本的なるもの」の中核にあるのは、政府でもシステムでもなく、漠然とした「心象」だというのは、こういうことです。僕らが何となく「これがあってこその日本」「これがなかったら日本ではない」だと思うのは何か?ですが、「日本に富士山は必要か?」というと、やっぱ欲しいでしょう?なくなると寂しいよね。日本に桜は必要か?というと、必要でしょう。日本に味噌汁は必要か?というと、これも必要だし、温泉もまた外せないよね、、、こう数え上げていって、「日本に政府は必要か?」というと、まあそりゃないと何かと困るかもしれないし、カッコ悪いし、必要だろうけど、そのときの「必要」だという感覚が、桜や温泉などとはちょっと違う気がしませんか?

 正直いうと、国家とか、君が代とか、日の丸とかいうのも、なんか自然ではないです、僕の中では。もっと言ってしまえば「日本」という名称自体にも違和感がちょっとある。明治時代に、薩長軍が自分らの正当性を持ち出すために、急ごしらえに作ったものでしょう。僕らの長い生活史の中から、自然に徐々に培われていったものではない。「日本/にっぽん・にほん」というサウンドも音読みでしょう?音読みっていわば中国語ですからね。なんで自分の国名を、昔ながらの日本語(も音読みだから、正確には「やまとことば」)で「ひのもと」と言わないの?なんか西欧列強に恥ずかしくないようにってカッコつけてる観があって自然ではない。

 そもそも、僕らの民族的自称は「やまと」でしょう。「大和」でもいいし、上代に使われたという「山処」でもいいです。後者の方が「山がいっぱいあるところ」でドンピシャなんだけど。大和魂だし、大和おのこ、大和なでしこっていうし。大和魂という言葉を初めて使ったのは、紫式部の源氏物語だというから由緒正しいですよね。本居宣長が「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花」と詠んで、いまなお有名ですが、あのあたりが僕らの「心象」に近いと思います。「朝日に匂ふ山桜花」なんですよ。わかったようなわからんような、でも「わかる」という、感覚的なものです。

 まあ、この種の心情的なものはどこの民族、どこの国にもあると思うけど、日本は特にそれが強いと思います。「愛国心」と言われてもなんか今ひとつしっくりこないというか、高校の部活での自分のチームほどの自然な愛着が薄い。広島市民がカープを、大阪人が阪神を応援するほどの温度がない。「愛郷心」はあるんだろうけど。その違いは、おそらくは僕ら日本人にとっての「国家」というのが、上からお仕着せでカポッとハメさせられた、なんかひんやりした金属の箱みたいな触感を持っているからでしょう。民衆が自分らの手で作り上げたという部分が少ない。これが過去に独立戦争でもやってたら話もまた違うのでしょうけど。

 それはある意味では健全なことであり、誇るべき自然さでもあると思うのですよ。政治的思惑で汚されずに、自分らのアイデンティティをごく自然に持てているということですから。大した努力もせず、血を流すこともなく、太古の昔から富士山といっしょにここにいます、ここにありますって感じで、僕らにとっての日本とは、古くからあるこの山河というマテリアル(素材)であり、それらの素材(複雑な地形×峻烈な四季)によって自然に育まれた感性でしょう。生成(きなり)の文化というけど、山門の朱塗りが剥げても、ピカピカに塗り直さないで、その剥げ方に年輪を感じるという、途方もなくハイセンスなアート感覚。「枯淡の味わい」って言いますけど、単にボロくなったとだけは思わない。むしろピカピカなものを下品だと思うセンスがある。

 だから日本の場合、国家を成り立たせるための接着剤なんて特にいらないし、逆にいえば「国家」というのは既存の実在にぺっと貼りつけた表札みたいなものだと思います。



文責:田村



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