シドニー雑記帳
フェアトレード?(旅行業界裏話)
オーストラリアに来る日本人観光客は減少の一途を辿っているそうです。ここ数年、価格競争時代に入り、赤字覚悟で超破格のパッケージツアーが売られているケースもよく見受けられるようになりました。ツアー料金が安くなるのは消費者にとってウレシイことではありますが、その反面、現地に来てから要りもしないオプショナルツアーやらミールクーポン(食事券)やらおみやげやらをガイドさんに売りつけられ、うんざりすることが多くなったのではないでしょうか?
(ここらへんの裏話は「パッケージツアーが面白くないワケ」をご参照ください。)
聞くところによると、現地の旅行会社に入ってくる利益は、お客さんからの直接収入はかなり薄く、特にいわゆるスケルトンタイプ(航空券とホテルの手配のみのツアー、よく”フリープラン”などの名称で売られていもの)の場合、その利幅はほとんどゼロに近い。ではどうやって収益を上げているかというと、現地サプライヤーからのコミッション(=仲介手数料)によって成り立っている、いわば「コミッションビジネス」だそうです。つまり日本からやってきたお客さんを送り込んだ先(レストランや現地のオプショナルツアー催行会社、免税店など)から、コミッションを貰うことによって経営を維持しているようなもの。一方、現地のサプライヤーから見れば、お客さんを紹介してもらう代りに売り上げの一部を旅行会社に上納するという形で、取り引きが成立しています。
ところが、最近では個人旅行者が増えるに従って、旅行会社に上納金をおさめることなく、個人的に広告し、成功している現地サプライヤーも出現しています。こういう会社では上納金分をお客さんから貰い受ける必要がないので、旅行会社からお客さんをもらっている会社よりもずっと安い値段で同じサービスを提供することができるわけです。
現地サプライヤーが旅行会社に頭下げなくてもビジネスができるようになったということは、旅の形、旅行者のニーズ、ビジネスチャンスが多様化したことの象徴とも言えるでしょう。一昔前ならば旅行会社に上納金をおさめずに個人ベースでビジネスすることはまず不可能と言われていたのですが、今はニーズがある。だから、そのチャンスを生かして新たなマーケティング手法を用いて「お客さんとの直取り引き」を始めた。時代の変化の兆しがこんなところにも現れているわけですね。
こういった現地サプライヤーに対する旅行会社からの風あたりは当然強いです。旅行会社を通してしかお客さんが来なかった時代に築き上げた「共存共栄構造」(あるいは単なる「搾取構造」)が崩されつつあるのですから、減益続きの旅行会社が危機感を感じるのも無理はありません。
しかし、ここにきて、旅行会社の品格を欠くようなやり方が、別に観光業界に身を置いているわけではない私にも友人知人などから漏れ伝え聞くようになりました。客を連れていった先(レストランや免税店、現地オプショナルツアー催行会社など)からコミッションをとるのはビジネス手法として当然といえば当然、というか、他に稼ぎどころがないのだから仕方ないとは思います。しかし、この構造に胡座をかいた(←とでも形容したくなる)大手旅行会社が、上納金を納めようとしない現地ツアー催行会社に対して、営業妨害をしているという話を聞いています。他人事ながらちょっと黙ってられない気がするので、ここで紹介してみたいと思います(^^*)。なんだかんだ言って、最終的なツケは消費者にいくのですし。
実例その1)
ジャックさんは日本で4年間生活したことがあり、日本人のもてなし方をわきまえた好青年。彼は2年前から日本人観光客を対象とした破格のブルーマウンテンツアーを催行しはじめました(一般市価の30%オフくらい)。彼は、従来のように日本の旅行会社との一切取り引きは行わず、自分で印刷したパンフレットを観光局や市内のホテルに置いてもらうことで、直接お客さんから予約を受ける形をとりました。「ジャックさんの楽しい日本語ツアー」はその圧倒的な値段の安さと、ジャックさんの人柄が口コミで広がり、あっという間に有名になりました。読者のなかには参加された方もいるのではないですか?
ジャックさんは当初から日本の旅行会社からのしっぺ返しが来ることは予想していたと言います。でも、最初に印刷した1万部のパンフレットがあっという間に消えた時には、さすがにジャックさんも驚きました。ホテルなどに場所代を支払って小さなパンフレットを置かせてもらっているのですが、それが不自然なくらい短期間になくなり、そのわりには予約も入らなかった、と。「誰かが意図的にジャックさんのパンフレットをまとめて回収しているのだろう」と推測できます。しかし、まあ、その時点ではこれといった証拠もない。
ところがジャックさんはいいヤツなので、本来は敵である大手旅行会社の中にも味方がたくさんいます。彼らは社内でジャックさんが標的になっているという情報を掴んでは、彼に直接教えてくれるのです。灰色の疑惑は段々と黒くなっていきます。
そしてある日、ジャックさんは、旅行会社の中の友人から「今日、ウチのガイド全員に、この指示書が配られたんだ」という情報を受け、その指示書のコピーまで渡して貰いました(ちなみに、私もジャックさん本人から見せてもらいました)。それは、A4サイズの紙に手書きでジャックさんのパンフレットを描いた絵があり、その上に「このパンフレットが置いてあるホテルの名前を報告すること」という内容でした。ほとんど「指名手配ウォンテッド」状態。
この後、ガイドさんからの情報をまとめてこの旅行会社がとる行動は、ジャックさんでなくても想像がつくでしょう。指示内容が「見つけ次第パンフを回収すること」ではなく「ホテル名をチェック」ということから考えるに、単なるパンフ回収作戦には留まらないのでしょう。おそらくは、ジャックさんのパンフレットを置いているホテルに連絡し、「旅行関係者は皆共存共栄関係にあるべきなのに、オタクがその関係を破壊する行為をとっている会社を支援するようでは、ウチとオタクとの取り引きも見直さなければなりませんな」とかプレッシャーをかけるのかもしれません。まあ、単純にライバル会社の営業活動に関する情報収集に過ぎないのかもしれないけど、従前の経緯から考えれば、それだけ?という疑問はありますよね。
もしこの推測のとおりであるのならば、失礼ながら「アホやなあ」と思ってしまいます。倫理的にどうのということ以外に、ビジネス的にも。なぜなら、そんな圧力をかけられてもホテル側としては「ははあ、至急に検討いたしまする」と口では言うかもしれないけど、実際旅行会社のいいなりになるとは思えないんですね。ホテルにしてみれば、宿泊客に情報提供できればそれでいいわけですし、全体の部屋数が不足しているシドニーでは、ホテルに対する旅行会社の発言権など微々たるものです。かえってホテル側には「過去の栄華にまだ酔っている時代遅れな会社」とみなされるだけかもしれないし。
でも、もしかすると大手旅行会社ならば、ホテルに対する影響力もあるから、ホテルも言いなりになって、ジャックさんのパンフレットをすべて撤去するかもしれません。そうなれば、かなり露骨な営業妨害ですね。ジャックさんは既にフェアトレード(現地の公正取引委員会のようなもの)にも連絡していますし、弁護士にも相談しています。これが明るみに出れば、どう考えても旅行会社の方が分が悪いでしょう。
当のジャックさんですが、「もうこのビジネス始めてから、ず〜っとコレですからねえ」と流暢な日本語で言います。そういえば、この指示書が出たその日に、当の旅行会社のマネージャーからジャックさんに電話があり、「話がある」と呼び出しが掛かったそうです。「今更、ボクに何の用があるのよ?」とジャックさんは、呆れたような顔でつぶやいてました。いや、どんな話だったんでしょうね?その後聞いてないので分かりませんが、書いてるうちに続きが知りたくなってしまった。今度聞いてみよう。
でも、本当の問題は、長年旅行業界にどっぷり漬かってしまったがゆえに、ジャックさんのような会社を「新しい時代の兆し」としてではなく「旅行業界の共存共栄関係を邪魔する無法者」と思い込み、思い切り敵視していたりする、旅行会社のマネージャークラスの人々の石頭度にあるのかもしれません。どう思います?
そんな日々を繰り返しながら、ジャックさんは今日も「コミッション付きでない」お客さんを乗せてブルーマウンテンに行くのでした。
実例その2)
これまたシドニーのオプショナルツアーを催行している某会社社長のお話し。
この会社では、ジャックさんとは違って、日本の旅行会社を営業してまわり、普通の現地サプライイヤーと同様にコミッションを支払うことによって旅行会社からお客さんを紹介してもらう方法をとりました。しかし、旅行会社が要求するコミッション額があまりに高いことに驚きました。「ダイレクトの予約がたくさん入るようになりさえすれば、旅行会社に高いコミッションを支払う必要もなくなるし、もっと安くお客さんにツアーを提供できるようになる」と社長は考え、日本の旅行雑誌への広告掲載も検討すると同時に、インターネットのホームページも作成しました。
幸い、旅行会社を通さずに直接予約してくれるお客さんも増えてきました。でもまだまだ旅行会社に理不尽なまでに高額なコミッションを支払わなければ、経営は成り立ちません。また、旅行会社を通す以上、たとえ直接予約のお客さんに対してでもコミッション分を割引するわけにはいかないのです。本当はもっと安くツアーを楽しんでもらいたいのに。
ある時、こんなことがありました。
ある大手旅行会社を通して予約したお客さんが、ツアー中こう漏らしたそうです。
「実は日本でインターネットを見てこのツアーに参加しようと思ってシドニーに来たんです。で、空港で出迎えた旅行会社のガイドさんに、このツアーに参加したいというと、やれこっちのツアーの方がオススメだとかなんとかしつこくて、予約してくれそうにない。「それならいいです、自分で直接予約しますから!」と言うと、ガイドさんはしぶしぶ予約してくれました。」
この話を聞いた社長は当然怒って、「営業妨害もいい加減にせい!」と、この旅行会社にクレームしたそうです(もちろんそんなキツイ言い方は出来ないでしょうけど)。旅行会社としては、もっとコミッション率のよいツアーを勧めたかったのでしょうが(ガイドさんも会社オススメのツアーを売るとリベートがもらえる)。立場は分かるが、それにしても、お客さんが明白に自分の希望をノベているのをシカトすることもないでしょうに。
上記2つの実例で挙げているのは、どちらも同じ会社です。誰でも知ってる日本の大手旅行会社。でも、この会社だけが飛びぬけてヒドイわけでもなく、どこも似たりよったりなのでしょう。他会社も現実にこういう行動に出ているかどうかは不明ですが、営業基盤、商品ラインナップの類似性から察するに、ベースとなる価値観、ビジネス観は同じであろうと思いますから。
旅行会社も経営難で苦しいのは分かりますけど、目の前でこういう「下請けイジメ」みたいなことされると、考えてしまうものがあります。エラそうなこと言わせて貰えば、今、旅行業界にとって必要なのは、時代の変化に応じた抜本的なシステムの改造でしょう。もう価格競争とコミッションビジネスではやっていけなくなっているのですから。お客さんが求めるニーズに合った商品を提案できる会社だけが生き残り、旧態依然の方法論に固執している会社は遅かれ早かれ淘汰されるのではないでしょうか。
でも、最終的に判定を下すのは、消費者である皆さんなんですけどね。
(1997年9月7日:福島)
★→シドニー雑記帳のトップに戻る
★→APLaCのトップに戻る