観光業界筋の情報によれば、最近では「何にも付いていないスケルトンタイプ」の方が実はお客さん一人当たりの利益は出るのだそうです。なんで?と不思議でしょうが、出発前は赤字でも、現地来てから儲けるチャンスが残されているんですね。やれオプショナルツアーだ、やれミールクーポン(食事券)だ、やれショッピングガイドだ、もっと頑張ってカメラマン同乗させて写真を売りつけるという。ここまでやらんと利益回収できないという崖っぷちに立たされて商売やってるらしいです。(ガイドさんがセールスマンに変貌していくのも止むをえないというワケ)
これに対して、贅肉たっぷりついたツアーの場合、贅肉つけつつ安くあげなきゃならないわけで、現地のレストラン、ホテル、オプショナルツアー催行会社といったサプライヤーは「原価」を叩かれまくります。それでも旅行会社としてはもともと利益が望めませんから、極端な話、利益率 0.1%とかミクロの世界で薄利多売と覚悟を決め、新聞広告などで人数かき集めるのだそうです。お客さんにとっても、サプライヤーにとっても、旅行会社にとっても、まったく世知辛い状況といえましょう。
個人的な話になりますが、私は昔から団体旅行が嫌いで、いつも格安航空券だけ購入して、宿も現地に着いてから自分で歩いて探すという、いわゆる昔ながらの「地球の歩き方」タイプの旅行をしていました。別にバックパッカーみたいに逞しい貧乏旅行を望んでいたわけではないのですが(ユースホステルの共同部屋暮らしでやっていけるほど体力に自信ない)、他に「自分に合う旅のスタイル」が見当たらなかったのです。だから、カバンも普通のボストンバック一つ抱えて、宿泊先もローカルのそこそこレベルの小さな宿をその日の気分で選ぶという感じ(といっても訪問先は大抵田舎なので、その町には1件しか宿がなかったりして選択の余地もあまりなかったんだけど)。 言葉に不自由することも覚悟の上なので、「出来なくて当然、通じたらラッキー」くらいの気分で、勿論いろいろハプニングはありましたが、結構楽しくやっていました。
そんな私も一度だけいわゆる「スケルトンタイプ」のパッケージツアーに手を出したことがあります。グアムのPIC(パシフィック・アイランド・クラブだっけ?)1週間滞在とかいうパックツアーで、結構安かったけど(だからそれを選んだ)、今までの旅行の中で一番詰まんなかったです。その中でも一番詰まんなかったのはツアーにセットされていた「一日市内観光」です。大型バスで名所旧跡の案内を受けても、「ふ〜ん」という感じでしかなく、あの時の思い出といえば、地元のおっさんが売ってるタロイモ・アイスクリームがおいしかったことぐらいです。あの一日市内観光も、自力で苦労しながら現地の交通機関を使って辿り着いたりしたら、結構楽しめたんじゃないかと思うんですけどね。要するに主体性のないスタイルは私には合わないってことでしょう。
しかし、せっかく日常の多忙な生活から離れてリラックスしに海外旅行行くのに、何が悲しくて緊張して過ごさなきゃならないの?という方もいらっしゃるでしょう。やっぱり言葉も治安もスケジュールも宿もすべて安心できる形で、それでいてなお且つ面白いツアーがあれば一番いいわけです。そういう方のニーズに答えようと、旅行会社もあれこれ智恵を絞って頑張っているのも事実です。今までの型にはまったパッケージ旅行ではなく、何か特徴のある面白さ、楽しさを感じてもらえるツアーに出来ないかと、各社企画に力を入れています。そうはいっても無理があるんですね、パッケージツアーの企画には。
どうしてもネックになるのは、人数です。数人までのグループ旅行なら何とかなるものが、20人だの100人だのになると、どうしたって企画に限界があります。分かりやすい例でいえば、レストラン。シドニーでいうなら観光客が使うレストランは決まっていますし、逆にそういうレストランには観光客しか行きません。せっかく外国に来ているのだから現地の人たちが普段気軽に行くようなレストランに行ってみたいと思われる方も多いと思いますが、現地で人気のレストランは普通100人ものキャパシティがありませんし、あっても団体観光客に占領されるのを現地のお客さんもレストラン側も望みません。さらに現地の旅行会社としては自分とこの客を送ったレストランからコミッション(送客に対するリベート)を貰わないとやっていけません。が、当然そんなふうに現地で流行っている店は、コミッション払ってまで団体観光客に来てもらう必要性は感じていないわけです。このことはレストランに限らず、宿でも観光スポットでも同じことが言えます。
時間の問題もあります。100人のお客さんに一斉に料理を出せる体制というのは、なかなか大変なものです。料理の種類にも制限があります。レストランだけでなく、人数が多いということは何をするにも余計に時間を食います。たとえば、4人乗りの飛行艇で空から観光してもらおうと企画しても、20人グループのお客さんが全員乗りおわるためには5倍の時間がかかってしまいます。特に日本人旅行者は長くて1週間、シドニーの平均滞在日数はたった2日間ですから、そんな忙しい行程に無駄な時間を入れ込むわけにはいかない。結局、この企画は断念せざるをえません。
もう一つ、観光客の立場ではあまり見えないことですが、旅程保証の問題があります。旅行業界の取り決めで、広告やパンフレットに掲載された旅程と異なった場合、違約金を支払わねばならないことになっています。これって実はお客さんにとってもいいことばかりじゃないのです。もちろん、最低限旅程に書かれたことは出来るという意味では「保証」されているのですが、この保証により制約がかかり、犠牲にしているものが結構あるのです。たとえば、100人の団体さんでも入れる、おいしいレストランがあったとします。でも、このレストランが毎週日曜日休みだったとします。そしたら、「毎日出発!」とうたったツアーでは旅程保証できませんね。年中無休のレストランでも「金曜日の晩は地元の人で混み合うから席は保証はできないよ」というところもあります。ここも使えません。御存知のように「おいしいレストランは混み合うもの」です。観光客の皆さんが連れていかれているレストランがどういうところなのか、想像できますよね?
また、薄利多売を狙う以上、最大公約数的な観光スポットを選択せざるをえません。今日も地元で月一回しか催行されない「バード&ドルフィン・ウォッチングツアー」に参加し、小型船で延々8時間太平洋の沖を漂流してきました。このツアー、地元のバードウォッチャーの間ではひそかに有名らしく、1ヵ月前に予約しないと参加できません。航海中「ワンダリング・アルバトロス(あほう鳥)」を間近に見ることができました。鳥には特に興味のない私でも、翼を広げると全長3メートルにもなる世界一大きな鳥が雄大に太平洋上を飛び交う姿には感動しました。このツアーに参加したバードウォッチャーにとっては、これを見るのが長年の夢だったといいます。でも、実は航海途中は荒波にもまれて、結構皆さん船酔いに苦しんでいました。
結果的にどう頑張っても団体パッケージツアーのお客さんが訪問する先は、ワイルドライフパークでコアラと記念撮影、大型バスでブルーマウンテンをチラッと見て、シドニータワーの上のレストランで食事して、夜はナイトクルーズという定型パターンに納まってしまうわけです。私は別に観光業界に恨みもありませんし、批判するつもりもありません。が、これが現実なのです。誰のせいでもなく、ツーリズムの根本的な問題だろうと思います。
こういう風変わりなツアーは、すべての人に喜ばれるというわけにはいかないから、パッケージツアーには組み込めません。8時間も船酔い状態に堪えながら、鳥とイルカ見ておしまいというのでは、普通の人はちょっとねえ、と二の足踏まれるのも当然です。でも、「シドニーからワンダリング・アルバトロスが見られる!」と聞いたら、「何が何でも行きたい!」という人もいるでしょう。こういった個人の特殊ニーズを実現しようとすれば、必然的にパッケージツアーでは無理があるし、かといって「スケルトンタイプ」のツアーに参加した人が地元でも知られていない月イチのツアーに予約して参加するなんてことは、現実的にまず不可能でしょう。
でも、もし、現地のとっておきの穴場情報を教えてくれたり、地元で人気のおいしいレストランや安くて素敵な宿を紹介してくれたり、困った時にサポートしてくれたりするなら、そこにはお金をかけてもいいと思います。
シドニーで生活するようになって、今度は逆に、私みたいに満たされないニーズをお持ちの方々のお役に立てればなあと思っている今日この頃です。で、かなり精力的にシドニーに関するあらゆる情報を収集し、現場検証しています。私みたいな変わり者もあまり多くないかもしれませんが、実は潜在ニーズは結構あるんじゃないでしょうか?
1996年12月14日 福島