シドニー雑記帳

世界周遊旅行記 その3

− デンマークという国 −





     続いて、デンマークについて書いてみたいと思います。

     その前に注釈を付けときます。
     今回はベストシーズン=夏狙いで行ったのですが、今年はどこも異常気象で南欧では猛暑、北欧では冷夏、デンマークはシドニーの冬と変わらないほど寒かったのでした。この夏じゅうお日様も顔を出さず、どんよりしたムードだったそうで、会う人会う人天気についてグチってたくらいです。
     その上、デンマーク入りするやいなや私がまず激しい下痢と嘔吐に見回れ、続いてラースも同じ症状+高熱を出し、丸まる4日間棒に振りました。そんなこんなで予定していた北欧への一人旅もキャンセルになってしまい、不本意ながら超田舎(ラースの実家)で1週間もゴロゴロと過ごすハメになってしまったのでした。そういうわけで、私のデンマークの印象は実態以上に悪いものとなっていますので、否定的な表現が思わず出てくるかもしれません。そこんとこ、割り引いて読んでください。そんなに悪い国じゃないです。




     デンマークについては前々から話としてはラースから聞いていたし、私自身ヨーロッパには旅行したことあるので、だいたい想像はついてました。だから、そんなにビックリしたり感動したりすることは特になかったです。古い建造物もそりゃ美しいけど今までどっかで見たことあるノリだし、観光名所リトルマーメイドも「ああ、アンデルセンのあれね」という、ただの石像です。全体的には「はいはい、中世から栄えた王国ね、キリスト文化圏ね」という。これじゃあ、温厚なデンマーク人もさすがに怒っちゃうか。

     公正を期すため、客観データから入ってみましょう。地図帳開いてみてください、デンマークってどこにあるか御存知ですか? そう、ドイツの先っぽ、ほとんどスカンジナビア半島と接しそうな半島の先っちょですね。知らんかったけど、国境接してるのはドイツだけなんですね、わたしゃオランダの隣かなんかだと思ってました。で、首都のコペンハーゲンってのは島にあるんですね。ドイツとくっついてる半島(ユーランド−英語では何故かジュットランド)の東側に浮かぶ島、ズィーランドに首都があるんです。コペンハーゲンからスウェーデンは目と鼻の先。

     この小さな国土にわずか500万人のデンマーク人が住んでます。大阪近郊の人口とほぼ同じ。国土は日本の8分の1(北海道と同じくらいか?)、人口は日本の25分の1。なんという人口密度の低さ。首都コペンハーゲンの中心地ですら、人にぶつからずにまっすぐ歩けます。都心を走る電車も必ず座れます。ラースはほとんどの席が埋まってる状態を指して「too crowdy」と表現していました。
     北緯は高いですが、大西洋を流れる暖流のおかげで比較的温暖だと言います。夏なら最高気温26度くらい、真冬でもマイナス20度くらい(それって温暖って言うの?)。冬はよっぽど積雪するのだろうと想像しがちですが、山がなく平野ばかりなもんで、大して雪は積もらないそうです。そういや、ほんとーに山がなかった。どこまで行っても一面の平原。ちなみにデンマークで一番高い「山」は海抜178メートルだそうです。私の実家より低い。


    東京タワーから眺める東京。灰色にスプロールしているのがよく分かります。

    首都コペンハーゲン(人口150万)の中心。同じ都会でも何となくホッとします。



     幸か不幸か、デンマークには天災がないそうです。山もなければ火山もない、山火事も地震も温泉(これは天災じゃないって)もない、台風も洪水も雪崩もない。天災に対する復興予算がいらないのが、この小国の強みでもあるのでしょう。

     北欧3国と並んで、スカンジナビア諸国の仲間に入っていますが、地理的にはドイツの仲間に見えます。ああ、間違っても「ドイツの仲間」なんてデンマーク人に向って言ったらイケマセン。デンマーク人、怒ります。富山県民と福井県民の対立みたいなもんで、どうもお隣同士というのは仲がよくないもののようです。歴史的にもいろいろ溜まってるみたいですし。とか言いつつ、結構個人的にはドイツ人の友達がいる人も多いんですよね。個別のドイツ「人」がキライなんじゃなくて、イメージとしての「ドイツ」がキライなんでしょう。韓国人の日本人に対する感情と似たものがあるのかもしれません。

     なぜデンマークはスカンジナビアの仲間かというと、言語が近いからなんだそうです。言語が近いということは、歴史的に北欧との関係が深かったということなんでしょう。その昔はデンマーク王国が北欧やバルト3国の辺りまで勢力伸ばしてたこともあるそうですし。

     それと、グリーンランドってデンマークの一部だって知ってました? あのエスキモーと白熊が住む北極近くの大陸です。世界地図広げると、上方にデカく広がるあの大陸、デンマークの一部なんですって(グリーンランドに自治権はあるが、グリーンランドの代表がデンマーク議会に参加している)。昔から地下資源目当でスカンジナビア諸国こぞってグリーンランドに足を踏み入れ、乱開発をしたそうです。そして「文明」を送り込み、「教育」をした。その結果、エスキモーの自然と共存する生活は乱され、今ではグリーンランドの輸入品第一位がアルコール、第三位ドラッグという悲惨な状況に陥ってしまった。デンマーク政府は罪の意識を感じて、多額の援助金をグリーンランドに送っているそうですが、お金を与えるだけでは人は立ち直れないもの。オーストラリアにおけるアボリジニ、北海道のアイヌと似たような構造でしょう。

     言語について。デンマーク語(及びスカンジナビア語)は、文法的には英語を単純にしたようなもので、単語的にはドイツ語に似てます。英語も輸入してますので、日本語における外来語のような感じで耳慣れた英単語が時折混じります。全体的には柔らかな耳ざわりですね。発音の特徴としては(私が認識できる範囲では)、「おえっ」と嘔吐する時に出すような音が頻出すること、アクセントは終わりの方の音節に来ること、くらいかな。あと、発見したのですが、デンマーク人って相槌うつ時に息を吸い込みながら「イヤ(Ja=Yesの意味)」って言うんだわー。ラースに言ったら「気付かなかった」そうです。

     ところで、デンマークは王国なんですね。今は王室に政治的権限はありませんが、女王のパワーは健在で、女王のちょっとした発言が社会に影響することはよくあるそうです。現女王には2人のプリンスがいるのですが、弟プリンスが香港から嫁さん貰ったそうで、国をあげての大騒ぎになったそうです。というのも、あちらの人ってダークヘア、ダークアイに弱いんですね。青い目にブロンドの髪を持つ人種は、黒い目に黒い髪を持つ人種に憧れるようです。隣の芝は青い。それと、この嫁さん、いわゆるキャリアウーマンなんだそうで、「クレバーな女性」ということでも人気ポイント高いようです。もう週刊誌もこぞって「アレックス、アレックス(嫁さんの名前)」。

     この話聞いてて、どこぞで聞かんやと思ったのですが、雅子妃殿下に似てますね。子供が出来ないとこまで似てるのですが、実はデンマークでは以前から日本の皇室に非常に親近感を持たれていたそうで、雅子さんのこともデンマークの人、皆さんよく知ってまして、「雅子さんは子供まだ出来ないのか?」とかよく聞かれました。アレックスは検査結果で子供が出来ない体質であることが分かったそうで、それをちゃんと発表しているそうです。日本の皇室はそんな情報は一般公開しないでしょうね。まあ、どっちでもいいことですが、意外なまでに日本の皇室ゴシップはこんなヨーロッパの片田舎まで届いていたんだなあと驚いた次第です。





    コペンハーゲン郊外。都心をちょっと離れるといきなり田園風景


     さて、この国の産業ですが、酪農含めた農業がメインですね。農業技術では世界的にも評価高いそうです。カナダ、アメリカはじめ日本にもデンマーク人は農業技術を伝えに来ているそうです。その昔、北海道にジャガイモを伝導したのは、デンマーク人だったんじゃないかな。「男爵イモ」ってあるでしょ? あれ、典型的デンマークのイモなんです。で、気が付いたのですが、「デンマーク人」をデンマーク語で何というかというと、Dansk(ダンスク)なんですね。これは私の思い付きに過ぎませんが、その昔、デンマーク人がイモを持参して北海道に行き、「私はダンスク(デンマーク人)です」と挨拶した。すると北海道の人は「ああ、このイモのことをダンスクって言うんだあ」と勘違いしたのではないかと。おまけに当時デンマークの農業を仕切っていたのは、「男爵」たちなんです。これ思い付いた時、「男爵イモのルーツ」を発掘してしまったようで、なんだか嬉しくなってしまいました。あとで農学部出身者に聞いたら、「その話、聞いたことある」と言ってましたけど、真偽のほどは定かではないです。
     オーストラリアでも似たような話があるのですが、これまた真偽のほどは定かではないそうです。昔、イギリス人がアボリジニ人に「あれは何か?」と聞いたら「カンガルー」という答えるので、以後その動物をカンガルーを呼ぶようになった。でも、カンガルーってアボリジニ語で「知らない」という意味だったとかいうお話。

     さっそく話が脱線してしまいました。そんなわけで農業国デンマークです。コペンハーゲンを一歩出れば、どこへ行っても麦畑が広がるのどかな田園風景ばかり。それはそれはキレイです。麦と一口に言ってもいろいろあるそうで、小麦、大麦、オーツ麦等々。それにサトウキビと男爵イモ。酪農関係では乳牛、食肉牛、豚。特に良質のポークを沢山日本に売っているそうですが、「最近は日本人がポーク買ってくれなくなって値段が落ちて」と農家の人々はこぼしてました。更に統合したEUではEU内自給自足政策をとっており、EU内の小麦の生産量が過剰なので、小麦栽培を止めさせる方向で動いているとか。若い人達の農業離れも起こっているし、都会の人に畑ごと家を売って、別荘(サマーハウス)と化している農家も次第に増えているそうです。あれだけの広大な畑が荒れ地になるのも時間の問題だと思うんですけど。

     デンマーク滞在中、地元新聞にデカデカと日本に関する記事が載ってました。ラースの実家近くにある湖(地元ではフィヨルドと呼んでる)にはウナギが死ぬほどいるのですが、こいつが増えすぎて生態系を壊している。そこで、ウナギを食する日本にウナギを買ってもらおうというわけ。以前から冷凍ウナギを輸出してはいたのだが、今後は国内で蒲焼に加工し、パックした状態で輸出するという(ちゃんとデンマークの新聞に「KABAYAKI」って書いてあった)。伊藤忠との共同プロジェクトということで、「1000人の従業員を雇った」と一大ニュースになっておりました。あの田舎で1000人新規雇用というのはスゴイ数です。地元でもスモーク・ウナギなるものは売ってるので食べてみましたが、油がたっぷりのってておいしかったです。というわけで、デンマーク産ウナギ、お店で見掛けたら試してみてください。



    麦畑とウィンドタービン以外、な〜んにもないラースの田舎


     また、特にユーランド(ラースの実家のある半島)ではウィンドタービンをあちこちで見掛けました。そう、風車です。オランダの観光パンフなんかで見る昔ながらの風車もまだ残っていますが、あれは粉ひき用に使われていたもの。今の風車は電力発電用です。3枚羽で白くてシンプルなデザイン。今後2枚羽、1枚羽もデビューする予定だそうで(羽の数が減るとコストダウンになる)。今は全電力の25%ほどを風力で賄っていますが、21世紀までには100%風力発電を目標に頑張っているとか。あのウィンドタービンは個人がメーカーから直接買って、自分の土地なりに設置し、発電した電気を電力会社に売るようになってます。1機購入すると2〜3年ほどでペイ出来る上、25年も持つそうで、いい投資財として人気上昇中だとか。それでラースもデンマークでは風力発電の仕事に携わっていたわけね、と納得しました。しかし、ユーランドは風力発電やるだけあって、始終かなりの強風が吹いてて、あんまり心地よくないです。

     ラースの実家はご覧のような田舎で、両親ともども農家の出身。子供の頃から干し草の管理やら豚の世話やらを手伝わされて育ったそうです。3人の男兄弟の末っ子ですが、お兄さんたちも農業を継ぐ気はなく、早々に田舎を出てしまいました。長男は法律家になって今じゃボスニアで税制作ってますし、次男は都会へ出て運送会社で働いてるし、三男は高校卒業するや田舎を出て、地球の裏側に行ってしまった。デンマークには「親は子供がみるもの」という習慣はないそうですが(国が面倒見てくれる)、それでも実を言えばお父さんは息子の誰かに農業を継いで欲しかったし、周囲もうるさいこと言うそうです。「なんで息子が3人もいるのに継がせないんだ」とか。いずこも同じ。

     10年前に最愛の妻を亡くしたお父さんにはガールフレンドがいますが、彼女も早くに夫を亡くした未亡人。お互い一人でいるのは淋しいから、一緒に過ごしているという感じで、二人とも未だに亡くした相棒との思い出の中で生きてる。毎日新聞の死亡者欄を二人で仲良くチェックし、「あそこのじいさんも死んだんだ」とか言ってる。折角、最愛の人を見つけて一緒になれても、相方が死んだら幸せもオシマイ。人間が幸せになるってことは、大変なことなんだなあとつくづく想いました。

     ついでながら、ちょいと愚痴モード。このお父さんのガールフレンドというのがクセモノで、滞在中さんざん嫌な想いをしました。要するに井の中の蛙で自分の世界観が狭いもんだから、自分の価値観に外れるものに拒否反応を示しているのですが、まあ、ずいぶんと鮮烈に人種差別されました。「私の話してることが分からないなんて、この子バカなんじゃない?」とか「デンマーク料理はジャップの口には合わないようね(人が胃腸壊して寝てる時に言う言葉か)」とか。お父さんの方は年のわりに視野も広くておおらかな人なんだけど、一人ぼっちに戻るのが恐いから、この人の顔色ばかり窺ってる。この人がいるといない時とで態度が変わったりして。でも、田舎だから別のガールフレンドを見つけるのはそう簡単じゃない。彼女と別れたら、また一人になってしまうという恐怖感から、忍の一字で一緒にいるのだとか。まあ、とにかく疲れました。

      誤解のないように追記しておきますが、人種差別的な扱いを受けたのは、このガールフレンドが最初で最後でした。田舎の人々も都会の人々もみんなオープンで、よくしてくれました。例によってダークアイ&ダークヘア信仰で、「こんな美しい人は見たことがない」とまるで人形のように誉めそやされるのが、ちょっとtoo muchだったキライはありますが、皆さんいい人たちでしたよ。


     と同時に、「田舎はどこも一緒」という実感も得ました。このガールフレンドの視野狭窄ぶりは例外的としても、概して田舎の人の話は共通して「ご近所&親戚ゴシップ」が多い。お父さんにドライブに連れてってくれたかと思えば、なんの変哲もない農家の前で、「この家の息子が先日どうこうして・・」とゴシップ解説が入るわけです。どこかで聞いたような話だ。ふう。
     教会のコンサートに行けば、始終誰かに見つめられます。ホントに口をポカンと空けて、異生物でも眺めるみたいにじっと見据えるんですよ(ちなみにラースも日本の田舎で同じメに遭ってます)。食事も毎日、いや毎食、同じもんばっか−−じゃがいも、ポーク、赤キャベツ、ゆで野菜、チーズ等乳製品。冠婚葬祭につきものの無意味な風習がいまだに強く生きている点でも日本の田舎と同じ。いやあ、田舎の特徴は万国共通なのかもしれません。

     都会の人だけでなく田舎の人も「日本ってどんな国なの?」ということには興味津々でしたね。どうやらデンマーク人の日本に対する好感度は概してかなり高いようです。戦後、急激に経済成長したことから「マジメで勤勉で賢い人々」とイメージが膨らんでいるようです。「すごい大都会なんでしょ、一度見てみたいわ」と言うから「東京近郊、半径50キロ内だけで3千万人いるんですよ」というと、総人口5百万の国に住む人たちは「さんぜんまんにん・・・」と絶句するのでした。大都会のネガティブな面なんて考えたことないんだろうな。ラッシュアワーには電車の扉で旅客を押す「プッシュマン」が立っているのだと説明すると、席に座れない電車には乗ったことのない人たちは更に絶句。都会では、ピアノが騒音公害になるほど家同士がくっ付いているということも、なかなか想像できないようです。人口密度の低い、のんびりした農業国家、なのですね。





     一方で、とても合理性において先進的な国なんだなあとも思いました。

     小さな例でいうと、たとえば、電車。座席の種類がいろいろあるんです。禁煙/喫煙席は勿論のこと、子連れ、自転車、動物(ペットや家畜)連れ用席なんて区別まである。私たちが利用したのは、「静かにしてなきゃいけない席」というもので、子連れや動物は入れちゃいけない車両。新幹線にもこういう制度を導入すればいいのに、と思いましたね。日本の電車だと禁煙席にすれば子供がうるさいし、喫煙席にすれば煙たいわ、酔っ払いおやじがうるさいわで、絶対静かな車両ってないですもん。
     また、公衆トイレも注目に値します。まずは男女の区分けがあるのは当然として、女性用トイレのドアを開けると、赤ちゃん連れおかあさん用トイレ、身障者用トイレなんて具合に分かれていて、更に普通のトイレには喫煙用と禁煙用があったりする。勿論すべてのトイレがそうというわけではないけど、大きなデパートや駅のトイレは、こんな具合に細かく分かれていました。

     また、国の国民管理システムもすごい合理的です。日本の戸籍にあたるものとして、CPR(Central Personal Register)ナンバーという国民総背番号システムがあります。国民一人一人に番号が与えられていて、それが中央のコンピュータで登録管理されている。その番号(生年月日プラス4桁の数字)にはチェックサム(それらの数字を使って一定の計算を行なうと必ず11で割り切れる数になる)もあるので、いい加減な番号で嘘つけないようになっている。この中央管理コンピュータには氏名、生年月日、出生地、両親の氏名、住所(過去の移動歴も)等が登録されているわけですが、これが銀行、学校、税務署、警察署等のコンピュータと相互リンクしている。運転免許証、パスポートといった類の申請手続はこれによってものすごく簡略化出来るし、税金の支払いも簡単(同時に、脱税チェックも簡単)。この番号を手がかりに刑事事件の捜索もできることが犯罪防止にも一役買っているのでしょう。
     その反面、これだけのプライベート情報が国に把握されている、というのも、ちょっと恐い気がするのですが。合理性を追究する「大きな政府」は、きちんと国民に審判されている必要があるでしょう。

     「大きな政府」の一例として、福祉システムが挙げられます。スカンジナビア諸国は福祉先進国と言われますが、確かに弱者保護が行き渡っています。よく日本の福祉改革を目指すおエライさんたちが、スカンジナビアの福祉システムを学ぼうと視察に行くそうですが、「あまりに違い過ぎて、参考にならない」といった話を聞いたことがあります。確かに、国の規模も違うし、基本的な価値観が違うから、そのまま日本に取り入れるには無理があるでしょう。

     まずは老人対策ですが、健康状態に合わせていくつかの介護施設があり、死ぬまで国が面倒見てくれます。最近は少子化対策で、「子供産んだらお金あげる」という新制度が出来たそうで、ラースは「知り合いの女性は皆妊娠してる」とか大袈裟なこと言ってましたが、本当に街歩いてても妊婦と赤ちゃんが目立ちます。シングルマザーにも補助金が出るし、育児補助金も出ます。あと、子供がいると長期有給休暇が保証されています。この休暇制度を利用して、ラースの従兄弟一家が今度オーストラリアに来るそうで、キャンピングカー借りてパースからシドニー経由でケアンズまで3ヵ月かけて旅行するそうです。

     勿論、育児施設も整ってるので、子供を持つ若いおかあさんの就職率はほぼ100%だとか。育児休暇は夫婦で半々ずつ取るのが一般的だそうです。実際、女性の方が学歴も高く、平均給料も高い。それでデンマークの男性は家事するのが当然となるわけだ(本当に料理から掃除までマメに何でもこなしますよ)。
     学費も無料。だから大学生は親から学費援助なんか受けずに、自分の生活費くらいバイトで稼ぎます。ラースも学生時代、タクシーの運転手やら鉄鋼工場やら、いろんなバイトしたそうです。で、お金がないから3年で博士号まで取っちゃった。あと、面白いのが大学在籍中に海外留学すると、援助金が出るという。500万人しかいない小さな国だけでやっていくのは無理なので、若者が海外に出ることを政府が奨励しているのですね。

     そんなこんなで税金は高い。独身で高給取りだったら、収入の半分以上が所得税として差っぴかれます。税金高くてもこんだけ国が補助金出してくれるのなら文句は言えないでしょう。安定した生活を保証してくれているわけだから。しかし、その反面、なんだかまるで国民が国にコントロールされてるような気もしなくもないです。政府の援助金の出し方で、人生がある程度定められてしまってるかのような。

     たとえば、子持ちのおかあさんの就職率。子供がいても仕事を継続できるということはいいことです。しかし、子育てと仕事の両立が簡単な制度になっているがために、「子供が出来ても仕事するのが当然」といった価値観が固定化してしまってはいないか?と気になるのです。子育てに専念するか、両立させるかの選択肢があることは素晴らしいことですが、ある筈の選択肢の片方が無意識のうちに社会的に抹消されてしまっている傾向はないか?と。社会に出て働くより、家事子育てに専念する生活の方が向いてる女性だっているだろうに、そういう人は社会的価値観に抑制されているんじゃないだろうか?と。じゃあ、政府が子供のいる女性に対する援助をやめればいいのか?というと、そういう問題ではないのですが。

     実際、聞いた話では「本当は子供が小さいうちは子育てに専念したい人(女性に限らず男性も含めて)」もいるそうです。ただ、子供が親離れした後、また仕事に戻りたくても戻れないという厳しい現実があるわけで、だから先々考えて多少無理があっても頑張って子育てと仕事を両立させようとする。日本のように「パートさん」という就職形態が一般化していないので、一度職場を離れてしまうとなかなか復帰出来ないんだそうです。まあ、日本のパートさんも本来の意味での職場復帰とは言えないですけど。だから、ある意味では社会システムに人生が左右されているわけですが(必ずしも皆が本当にやりたいから、そういう選択肢を選択しているわけではない)、まあ、それはどの国も形の違いこそあれ同じことでしょう。とまれ、乳飲み子抱えた女性が、親の援助なしに働き続けるのは事実上不可能な日本よりは、ずーっとマシですけど。

     それにしても、なんとなく出会った人の話を聞いていると、「こうすると政府から補助金が出るから・・」というところから話が始まるような気がしたんですね。補助金出るから子供産む、補助金出るから大学行く、補助金出るから休暇取る・・・。そして「高い税金払ってるんだから、利用しない手はないでしょ?」というのが二言めには出てくる。そのわりには必ずしも幸福そうな顔をしていない。「それ、あなたが本当にやりたいことなの?」と疑問になるわけです。国がケアしてくれるに越したことはないけど、一歩間違えると国民の生き方まで国が決めてしまうことになりかねないのかなあって。

     そういえば「デンマークは資本主義システムに乗っかった共産国家」というジョーク(皮肉?)があるそうです。正しくは「社会主義国家」なのですが。表向き個人の自由があるようでいて、実はどうなんかね?という懐疑をくすぐった表現なのでしょう。

     どうして、いつから、福祉を優先させる社会主義国家になったのか、非常に興味があるのですが、ラースに聞いてもよく分からないと言います。おそらくは農業が基盤産業だったから、農耕民族としてはお互いが協力し合わねばならなかった。ここは日本と同じですね。ところが、60年代くらいからアメリカの影響で個人主義、自由主義が入ってくる。なぜヨーロッパの片田舎にある農業国がそんなに個人・自由主義を取り入れることが出来たのかはよく分かりませんが、この頃から急激に家族の絆が薄くなっていったようです。「家族はアテにならないから、国が国民の生活を守らきゃ」というニーズが出てきて、それを汲んだ社会主義系の政治家が票を集めるようになったと。それと、日本のように政治に影響を与えうるような巨大な産業・私企業が育っていなかったというのも一因のようです。賄賂の発生率は日本に比べればずっと低いと思われます(出典は忘れましたが、どこかの調査データで、デンマークの賄賂は世界平均を下回るとか。日本はワースト20入りしてました)。
     同時に、ウーマンリブも同じ頃から輸入されるのですが、なぜスカンジナビア諸国にこれだけウーマンリブが浸透し、今でもその影響(社会的にも心理的にも)が様々な形で現れているのか、とっても不思議です。政治家も40%が女性に占められているそうですし、制度だけでなく意識的にも女性は「強い」です。男性が可哀相なくらい。

     これもウーマンリブ・自由恋愛ブームの影響なんでしょうが、同性愛もちゃんと社会的に認められています。ラースの知り合いにもレズビアンのカップルがいますが、なんと、「二人の赤ちゃん」を連れて実家に遊びに来てました(一種の人工受精をしたんでしょう)。オーストラリアでもゲイカップルは社会的・法律的に認められてるし、ゲイの人も少なからず知っていますが、オーストラリアの場合、もう少し「ひそやか」であるような気がします。「自分たちの子供」を産んだパートナー連れて、実家を訪問するほどには、心理的にオープンになっていないと思うんです。
     60代のおとうさんは娘がレズビアンだということはどうしても飲み込めないのに、娘のパートナーが産んだ「孫」はやっぱり可愛くてしょうがない(娘には全然似てないんだけどね)。おとうさんにとっては「答えは合ってるんだけど使った方程式が違う数学」みたいな感じなんでしょうね。社会的にも立派な夫婦であり、家族なんですが、産まれてきた息子は将来どんな男になるのだろう?なんだか興味ありますね。




     最後に、「おうち」の紹介をしてみたいと思います。デンマークでは10軒近く「家」を訪問しましたが、いくつかの共通点がありました。都会では独身者や若いカップルはやはり1〜2DKくらいのマンションに住むのが一般的みたいです。マンションは東京のよりは広いけど、驚くような広さではないし、多かれ少なかれ同じような造りです。けど、一軒屋は面白かった。

     ラースの実家がある農業地帯では、広〜い土地にデッカイ家が建ってます。下の写真にある家の向いには、昔家畜を飼っていたドデカイ倉庫があり、今では麦などの貯蔵庫になってます。彼の実家は1913年に建築されたもので、母方のおじいさんが買い取り、その後お母さんが結婚した時にお父さんがおじいさんから買い取ったものなんだそうです(ちなみに、お父さんがこの家を買い取った時に、おじいさんは家を売ったお金で別の家に引越したそうです。夫婦が義父母と同居するってことは基本的にありえないんだって)。

    《ラースの実家。典型的な田舎の農家》

    外観

    リビングルーム "その1"



     ご覧のように横長に出来たレンガ造りの家なのですが、横20m、奥行き5mほどの広さです。昔は1階だけだったのを、改築して2階に屋根裏部屋を作ったそうです。このタイプの家には必ずといっていいほど共通する特徴があります。

    1. リビングルームが複数ある。ラースの実家にはリビングと呼べる部屋が少なく見積もっても3つはある。そして実際にはこれらのリビングルームはほとんど使われていない。彼らはこれを「ナイスルーム」「ベリーナイスルーム」と区別するそうで、リビングにも格付けがあり、客や儀式によって通す部屋を決めるのだそうだ。「This is a very very nice room, never used.(とってもいいお部屋だから、使ったことないんだ)」なんて冗談言ってたけど、本当に年に何回も使わないものらしい。そのくせ、子供部屋は屋根裏にあって狭い。「あれだけの無駄なスペースがあるなら、もっと子供に空間を与えてもよろしいのでは」と進言したところ、「何を言う、畏れおおくもナイスルームを子供なんぞに与えるとは」との仰せでした。ははあ。

    2. リビング以外にサンルームが付いてる(ラースの実家の場合、兄弟で増築作業した)。後から増築したものが多いようだが、必ずといっていいほど、住人は生活時間のほとんどをこのサンルームで過ごすようだ。だから、リビングルーム及びナイスルームは本当に無用の長物なのだ。

    3. 玄関が2つ以上ある。昔は、玄関が多いほど「立派な格式の家」とみなされていたそう。ラースの実家では右側の玄関から入ったスペースを、夏の間だけドイツ人観光客に長期貸出ししていたそうです。


     さて、都会の一軒屋はどうなってるか?と言いますと、これが都会のクセに大きいんです。コペンハーゲン滞在中、都心から電車で20分ほどのロスキルダという街(歴史的な古都)にあるお宅にお世話になったのですが、「こんな家なら是非住みたいわん」と思ってしまう程ステキなおうちでした。

     まあ、ちょっとこの家は特殊なのかもしれません。というのは、奥さんがとてもセンスのよい人で、だんなさんが器用な人だから、自分たちのアイデアと腕で内装をマメに変えちゃうんです。見た目も美しく、機能的にもよく出来ています。ロウソクやライトの使い方もすごくうまい。でも、ラースに言わせると「典型的なコペンハーゲンの一軒屋」だそうです。少なくとも造りはそうなんでしょう。


    《コペンハーゲンでお世話になったお宅》

    キッチン

    リビングルーム "その2"



     広い敷地に平屋建て。住人は中年のご夫婦二人。部屋は全部で何室あったんだろう? 夫婦のベッドルーム、ゲストルーム、奥さんの書斎、コンピュータルーム。そして、この家にもリビングルーム(ナイスルームか?)らしきものは複数ありましたし、大きなサンルームもありました。そのわりに夫婦は4畳半ほどの狭いベッドルームを使っていたりして。「使わない空間がある」ってことがとても大事みたい。「使えるスペースは隙間家具を利用してでも徹底的に使わねば」という貧乏根性が身に付いてる日本人から見ると、羨ましい限りです。







     ところで、コペンハーゲンでお世話になったご夫婦が来年の夏に3週間ほど日本を旅行したいそうです。で、旅行代理店に相談したら「日本行きのパッケージツアーはない」言われ愕然。かといって言葉も通じない未知の国に夫婦二人で迷い込むような暴挙はしたくない。さて、どうしたものでしょう。どなたか現地ガイドしてくださる方、おられますか?(英語なら大体通じます) ちなみに彼らの目的は「映画 SHOGUN」に出てくるお城を見て廻ること、温泉に入ること(ラースが「オンセンは気持ちいいよー」と自慢したらしい)、お茶畑を見ること(私があげた緑茶を飲んで)だそうです。

    ★旅行記その4 −英語と日本語−


1998年10月07日:福島


★→シドニー雑記帳のトップに戻る

APLaCのトップに戻る