シドニー雑記帳



オペラ鑑賞記





     シドニーに来てはや3年。オペラハウスといえば観光名所として有名だし、確かにハーバーに映える斬新なデザインはカッコイイとは思うけど、庶民にとってはわざわざチケット買ってオペラ鑑賞なんて、ちょっとした贅沢。しかも、英語で苦労している身で高いチケット買って意味がイッコもわからなかったら超悲しい。そんなこんなで機会を逃しているうちに、娯楽に使う金などないほど貧乏になってしまった。(そういや、APLaCを始めてからどんどん貧困化している・・・)

     このままでは一生オペラハウスでオペラなんか見ることもないだろうと諦めていた矢先、APLaCのお客さんのリクエストでオペラに同行することになった。

    「私が同行してもほとんど意味ないですよ、どうせその場で通訳できるわけでもないし、知識もないから解説もできないし。」
    自分の無能ぶりはきちんと説明したつもりだが、寛大なお客様は私の分のチケットまで買ってくれた。舞台が一応全部見渡せる端っこの席で、1人70ドルである。豪華なディナーが3回は食べられる。現地の生活レベルからすれば「大金」である。うわー、いいんだろうか?

     こうなっては知らぬ存ぜぬでは情けない。オペラハウスのBOX OFFICE(チケット販売窓口)の手前にある、INFORMATION COUNTERで、上演予定の「マリア スチュアーダ」のチラシを貰ってきて、あらすじを訳した。

    Maria Stuarda
    マリア スチュアーダ


      1997年10月1日 シドニーオペラハウスにて
      上演時間:2時間45分(20分間の休憩含む)
      作曲:ドニゼッティ
      フレデリッヒ ヴォン シェラー(1800)の悲劇を2幕のオペラにアレンジしたもの。

    登場人物(登場順)
    • エリザベッタ(英国女王エリザベス):ジョアン カーデン
    • セシル(バーレイ卿):ジョン プリングル
    • ジョルジョ タルボット(シュルスベリー総裁):ステファン ベネット
    • ロベルト ダドゥレイ(レイチェスター総裁):クリストファー リンコルン
    • マリア スチュアーダ(スコットランド女王):デボラ レイデル
    • アンナ ケネディ(マリアの女官):ゲイ マックファーレン


    あらすじ
    1587年、ウエストミンスター城およびフォザリンガイ城にて。マリア スチュアーダは従姉妹にあたるエリザベス1世の命により、18年間の刑に服している。

    第一幕 1場:ウエストミンスター城
    エリザベス女王はイギリスとフランスの統一を謀って、アンジョウ伯爵との政略結婚を考慮中との噂されている。彼女はこの件について、そして、マリア スチュアーダの最終的な刑についても決めかねている。タルボットはエリザベスに慈悲を進言する一方、セシルは死刑を勧める。タルボットはレイチェスターに、マリアがエリザベスに面会したがっていることを伝える。レイチェスターにこのことを聞いたエリザベスは、レイチェスターがマリアを愛していることを知って、マリアを処刑することを決意する。

    第一幕 2場:フォザリンガイ城の公園
    マリアの女官アンナ ケネディに付き添われて、マリアは公園を散歩している。エリザベスが近づいてきたのでマリアは不安になるが、レイチェスターを見て安心する。レイチェスターはマリアに、エリザベスに対して従順な態度をとるよう進言する。 事は起こった−お互いが理解に達するかわりに、二人の女性はお互いをののしり、逆上してしまう。エリザベスは従姉妹(マリア)を死刑に追い込む。マリアは一時的ではあるが、長いこと自分に屈辱を与え続けてきたライバルに対する勝利に、いい気になる。

    第二幕:ウエストミンスター城
    エリザベスは、自分の行為が世界からどのように映るかを懸念して、処刑状にサインすることを躊躇する。しかし、レイチェスターに会うと、彼女の嫉妬心は燃え上がり、レイチェスターにマリアの死の証人となるよう言い渡して、サインしてしまう。

    フォザリンガイ城
    マリアはセシルに公式に死刑が決定したことを知らされ、執行にあたってプロテスタントの神父の立ち会いを拒否する。マリアは前夫ダーンレイ殺害における共謀、そしてバリントン謀略に関わっていたことを認め、懺悔する。マリアは、エリザベスに罪を容赦してもらえるよう伝えるよう、セシルに依頼する。そして、レイチェスターには無罪を宣言する。3度目の大砲の音が鳴り響く時、彼女は死に至る。



     この物語の舞台はイギリスだが、作った人がイタリア人だからイタリア語でオペラは展開される。だから、固有名詞の読み方にも自信ないし、(イタリア語とは関係ないが)訳してて意味がよく通じない部分もある。

    たとえば、「なんでエリザベスはマリアに嫉妬なんかすんの? 結婚するんじゃないの? もしかしてレイチェスターのこと好きなわけ?」とか「マリアとエリザベスが言い争いになって、マリアが勝利したとあるけど、エリザベスも何か脛に傷あるの?」とか「マリアは最後に前夫殺害における共謀を認めるらしいけど、なんでレイチェスターには無罪を宣言するの? なんか矛盾してない?」とか。

    きっと見れば分かるのだろう。一応、英語の字幕も出るらしいし。





     チケットを購入した翌晩、さっそうとオペラハウスに向かう。といえば聞えはいいが、上演時間に遅れそうになって、必死こいてサーキューラーキーから全力疾走したわけだが。(ちなみに時間にルーズなオーストラリアのくせに、オペラの上演時刻だけはきっちり時間厳守だったりします。遅刻したら次の幕間まで入れてくれないので、全力疾走する意味はあったのです。)

     ギリギリセーフで席に着く。ふつうは30分くらい前に来て、フォイエでシャンペンなんか傾けて、おしゃべりしながら待つものなのだろうが。我々の席は「舞台全部と英語字幕が見える一番安い席」だったので、後ろ寄りの一番端っこだったのだが、開演直前に案内役のおじさんが近づいてきて、「もう少し真ん中の席が空いてるから、移動していいよ」と指示された。ラッキー。

     舞台は上下2重構造になっていて、オーケストラが演奏する地下スペースの上の舞台でオペラが繰り広げられる。幕が空くと、大合唱とともにゾロゾロと人がいっぱい出てきた。エリザベス女王を迎えるシーンなので、城じゅうの人々が参列するという設定なのだろうが、それにしてもすごい人数。衣装もハデで金かかってるって感じ。これだけの人数集めて上演するのだから、そりゃチケットが高いのも納得できる。

     歌の方はそれはそれは迫力モノであった。特に私は主役のマリアの声量と表現力に感心してしまった。よく声楽は「体が楽器である」というが、本当に立派な体格をフルに活用して、ギンギンに爆発する怒りから、か細くそれでいて芯のある柔らかい声で深い悩みまで表現するのである。

     特に第一幕2場はすごかった。エリザベス女王とマリアの言い争いが次第に昂じて、女同士がお互いにいがみ合う場面は「気ィ強いオバサンたち」に圧倒された。周囲でとりなそうとする男性陣がオロオロする姿にも思わず笑えるほど。こういうシーンって現実世界でもよくあるわなあ、という。

     かと思うと、第二幕では死刑宣告されたマリアが神に懺悔して、前夫に対する気持ちを告白しながら、心にかかっていたモヤを解消していく場面は、理屈はよくわからないけど、マリアのふっきれていく気持ちの変化が手にとるように分かる。
     最後にマリアが堂々と死刑台に向かうシーンは、なかなかに感動的で、思わずキリストとマリーアントワネットを思い起こした(全然関係ないんだけど)。




     ところで、必死にずっと英訳を追いかけていて思ったのだが、パンフレットのあらすじを訳した時に湧いた疑問点はひとつも解消されなかった。マリアの前夫殺害容疑についての全容が解明されるのかと思いきや、まったくそんな具体的な話題にはならず、ひたすらマリアの心情描写に終った。「あれ?おかしいな?」と最初は思ったが、はたと気付いた。

    そうだ、これはオペラであって、火曜サスペンス劇場ではないのだ!


     ストーリーの細かさで唸らせるのではない。音楽と演劇が一体になった「芸術」なのだ。歌舞伎みたいなもんなんだろう。




     さて、「英語がわからないのにオペラ見て理解できるのか?」という疑問があったが、これは今回アテンドしたお客さんの反応から、どうもYESと言えそうである。

     第一幕は複数の登場人物が出てきて、それぞれの立場を明らかにする台詞があるので、英語の字幕が読めないと、どの人がどの役なのか、ちょっと理解しづらかっただろう。幕間にお客さんに説明できたので、第二幕以降は特に歌詞の意味が分からなくても、だいたいのストーリーは追えたようである。英語の字幕は舞台の上に出てくるのだが、これが歌詞に沿っているので表示時間がわりと長いし、サビの部分など何度もリフレインするので、英語が苦手な人でも、ゆっくり読んでいる余裕があろうかと思う。

     確かに知らない単語も出てくるが(宗教用語、王室用語など)、前もってあらすじを読んでおけば、だいたい推測がつくと思う。まったくストーリーがわからなければ楽しみも半減するかもしれないが、だいたいのストーリーが追えれば、音楽と演出と歌の表現だけで十分楽しめるのではないかと思った。




     ちなみに同じ方に同行して、Seymour Theaterという劇場で上演されているアングラ劇を見にいったが、こっちの方は壊滅的に理解不可能だった。特に題材がカソリックの教会で行われる教理問答だったので、宗教的な知識がないと全く付いていけない。客層はわりと広く、高校生からおばあちゃんまで居たが、皆さん子供の頃からカソリック教会で理不尽な教育を押し付けられた経験があるもんだから、それをもじったギャグに笑えるのだろう。背景情報ゼロの我々には英語の問題とは違う領域で理解不能なのである。

     ひとつだけ分かったのは、劇のスタイルのユニークさ。ほとんど修道女役の女優さん一人で劇は進められるのだが、お客さんを日曜学校の生徒(?)として扱い、遅刻すれば前に立たせて理由を言わせたり、おしゃべりしてると叱ったり、発言を求めたりする。お客さんは明らかにサクラではないのだが、なかなか皆さんノリがよくて積極的に劇に参加していた。

     というわけで、演劇の方は10年早いが、オペラなら機会があればまた行ってみたい。

    (1997年10月6日 福島)

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