駅前広場と緑色の祈祷尼







意味もなく、やたら広い駅前の大通り
小さな城跡に続くアスフェルトの歩道


ねえ、ずっとずっと
そう、誰かと一緒にいるような気がするんだ。
見回しても何処にもいないんだけど。
よく夢に見る、どこか分からぬ地方都市の歩道で
俺はいつも誰かと一緒に歩いている


ここは、どこだ?
俺は誰とこの道を歩いてる?
誰と歩いていても、俺には何の違和感もない


  忘れることはない
  はにかんだ笑顔と手のぬくもり
  何ひとつ嘘はなく
  俺は確かに憶えている



ところで、ここは何処だ?
そして、あなたは誰だ?
教えて欲しい
ただ、挨拶がしたいだけだ
やあ、お久しぶり...元気だったか?と


  それは例えば初夏の夕暮
  公園の芝生の緑に地面を
  長い影がなめらかに横切っていった。

  それは例えば初冬の朝
  パチリと写真に撮れるような
  クッキリとした白い息をあなたは吐いた


ここは日本の地方都市
大都会の雑踏ではなく
大自然の懐でもなく
すぐに尽きてしまう商店街と
そこから広がる郊外の風景

どうしてなんだろう?
なぜか良く思い出す。




ベッドの上でも見せたことのない
初めて見るような奇妙なはにかみを頬に浮かべて
あなたは、呟いた。
そして、小さく俯いた

『あなたに褒められたい−−』
『あなたに認められたい−−』

俺は、いつも意味が分からず、戸惑っていた−−
認めて欲しいのは俺の方なのに


あなたは、おそらく俺と同じ
身体がもう一つ欲しいんだ
顔も、腕も、胸も、腰も、脚も
そして、あなたの頭の中のもの全て
俺は、全部欲しい。
2セットあって初めて1セットになるんだ

こうして優しく抱きしめながら
頭から食っちまうよ
あなたがコンピューターならば
真白く輝く強い光で
そのデーターを残らず消去してやる
全部奪い尽してやる


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『緑色の祈祷尼』とは、あなたのこと。俺のこと

まるで祈祷をするように、長い鎌を曲げたカマキリの雌のこと

雄に出会った雌は、葉陰をつたい安息の場所を探す
そして、一昼夜の長きにわたり交尾し
交尾しながら、雄の頭を食い始める
柔らかな胴体まで食い荒らしても
下半身だけとなった雄はまだ交尾をしたまま
性の歓喜に震えてる


どちらか一人が生き残ればよい

たった一人、次の世代に伝える者は
相手を頭から食い、全てを奪い尽くした一人でよい
凄絶に愛し合い
命を与えあい
そして、一人だけ生き残る

  それは俺なのか、あなたなのか?

ああ、あなたに会いたい
あなたは今も生きているのか?

教えて欲しい、「生き残った一人」とは
あなたなのか、俺なのか?


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寒い、寒い。
この殺風景な駅前広場は
バスターミナルにすら人がいない

こんな地方都市の駅前通りで俺は所在なげに佇んでいるけど
「生き残った一人」とは、俺の方なのか?

それとも、あなたが生き残り、
今頃はどこか南国の陽光あふれる岬に立っているのか?



俺はあなたを食っちまったのか?
だから、俺は全てを今も思い出せるのか?
俺の心の中に、いつももう一人いるような気がするのは
そして、どんどん実在感が増しているのは
そういうことなのか?
出来れば、俺の方こそ
食われて無くなってしまいたかったのに。


俺の中に「あなた」は、
そして「あなた達」は居て
俺の中には、優しく美しい女が住んでいる
その女は、信じられないくらい優しくて
涙が出るほど純粋で
いつも他人のことばかり思いやっている奴で
馬鹿じゃないかと、俺はいつも呆れている

だけど、そいつはやたら説得力があって
あれこれと俺に命令するんだ
それは、どこかしら覚えのある感覚で
あなたが、わざとソッポを向きながら、
『認められたい』って呟いた、あの感覚に似ている


俺は夢の中でいつも見るあの地方都市に来ると
いつも、自分のなかに潜むあなたの波長を強く感じる

ああ、あなたに会ってみたい
会って何をするわけでもないけど
『お久しぶり』というありふれた挨拶がしたいだけだ
顔を見れば必ず思い出す筈だから。

でも
未だに果たせていない
永遠に果たせないんだろう。



ところで−−−
さっきから誰一人通りはしない
寒風吹きすさぶこの地方都市の駅前で
ここから何処に行けばいいと言うのだ?

たった一人生き残ったとして、
俺は何をどうすりゃいいのか?
ここに来て波長を感じて、そしてどうする?
俺の身体に卵を産み付け、勝手にどっかに行かないでくれよ
え?無責任なもんじゃねえか?

俺の中のもう一人の女が、くすりと笑った気がした。



ふと、気付くと、駅前のタクシー乗り場のベンチの上で
オス猫が一匹、俺と同じように所在なげに寝転がっていた

『よお。
 あんたも、緑色の尼さんを食っちまったクチかい?』

俺は、鬱憤を晴らすかように声をかけた
その猫も、「にゃあ」と一言、
鬱憤を晴らすかのように挨拶を返した

だから、俺はその猫と友達になった
そして、その猫に勝手な名前をつけた
猫はちょっと迷惑そうだった

その猫はヒラリとベンチから飛び下り
大きく背中を丸めて、欠伸をした。

俺たちは駅前広場から離れた
何処に行けばいいのか分からない癖に
俺たちは「分かったふり」をして歩き出した。






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