シドニー雑記帳【Studio ZERO】
あさぎは夕方が嫌い。
胸のところが ぎゅうっと何かに掴まれたみたいで。
苦しくなっちゃうんだもの。
どんなに夕焼けが綺麗に輝いていても、
どんなに暖かい部屋にいても、
どんなにおいしそうなスープの匂いがしていても、
あさぎはさみしくて、ごまかそうとするの。
庭の芝生の上で逆立ちして、夜が来るのを待つ。
さみしい夕焼け色は見ないように、芝生だけ見ながら待つの。
夕焼けは東の方からだんだん、オレンジ色から紺色に変わってきて、
やがて夜の闇が山を包んでいく。
気持ち悪いくらい、たくさんのお星さまが、
柿の木の枝の合間から、キラキラ光を送ってくる。
夜の闇は怖いけど、さみしい、苦しい気持ちは消えていく。
夜の闇は怖いけど、虫の声や星の光が、
「ひとりぽっちじゃないよ」って教えてくれるから。
おとうさんはまだ帰ってこない。
「おとうさんが帰るまで、ごはん、待ちましょうね」
おかあさんは、おとうさんにやさしい。
だけど、あさぎはもうお腹ぺこぺこだよ。
もう、おとうさんなんか、帰ってこなければいいのに。
そしたら、毎日、もっと早くごはん、食べられるのに。
ある夏、おとうさんとおかあさんと旅行に行った。
海を船で渡って、渦潮を見た。
五色の海岸で遊んだ。
蟹をとって遊んだ。
楽しかった。
帰り道、おとうさんは別の船に乗っていった。
「おかあさん、おとうさん、どこ行くの?」
「何いってるの、あさぎ。前から言ってたでしょ?
おとうさんは、今日から3週間、沖縄に出張だって。」
あ、そうか。「出張」って、そういうことなのか。
おとうさん、これからしばらく、家に帰ってこないのか...。
夕方、おかあさんと二人、家に着いた。
夕焼けがとびきり綺麗な夕方だった。
旅行の荷物を整理して、洗濯しているおかあさんを見てたら、
なんだか、無性に寂しくなってきた。
なんだか、さみしくてさみしくて、どうしようもなかった。
涙が ぽろぽろ ぽろぽろ、こぼれてきた。
ひっく、ひっく、ひっく、、、、
何がさみしいのか、わかんないよう。
おとうさんがいないのが、さみしいんだか、
おかあさんと2人きりなのが、さみしいんだか、
ひさしぶりに家から見た夕焼けがさみしいんだか、
旅行が終わっちゃったことが、さみしいんだか、
なんだか、わかんないけど、
さみしいよう....。
なに、泣いてるの、あさぎ!
そんな泣いてたって、これから3週間、
おとうさんはいないのよ。
これから2人でやってかなきゃなんないのよ。
いつまでも泣いてないで、なんか手伝いなさい!
そういうおかあさんの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
あさぎは、おかあさんの涙が、あんまり大粒だったので、
それで、もっともっと、さみしくなった。
それで、もっともっと、泣きじゃくった。
おかあさんも大きな瞳を開いたままで、一緒に泣きじゃくった。
3週間後、おとうさんは日に焼けて帰ってきた。
おかあさんと、あさぎに、お揃いの珊瑚のネックレスをくれた。
美しい夕焼け色した珊瑚。
あさぎは、初めておかあさんと同じプレゼントを貰って
とても嬉しかった。
翌日、秋色した夕焼けが、さみしくなかった。
なんか、あったかいものが体の芯を通っていくのが、わかったの。
それから、あさぎは夕方が好きになった。
おとうさんがくれた、珊瑚色の夕焼けを見に、
スケッチブックを抱えて山に登っては、
大きな太陽が山の合間に沈むまで、
じい〜っと眺めてるのが好きになった。
夕方、さみしくなんか、ないもん。
あしたも太陽は登ってくるもん。
あさぎはひとりぼっちじゃないんだもん。
ORIGINAL:92/8/9
REWRITE:97/11/21
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