シドニー雑記帳
■連載小説■===あなたがわたしにくれたもの===
●第10章
トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル....
『はい、笹野ですが』
『高原と申します。夜分にすみません』
『ああ、高原さん?こんばんは。その後、どうされました?』
『ええ、そのことでご報告、と思いまして』
『美奈ちゃんの「おじさん」、見つかったんですか』
『ええ、会ってきました』
『そうですか....で、どちらの方でした?』
『それが、もう、すでに...』
『ああ、お亡くなりだったんでしょ』
『えっ?どうして知ってるの?』
『いや、そんな気がしてたの』
『そうか、さすが綾子さんは、鋭いな』
『で、奥様にお会いになったのね?』
『ええ。それから藤森さんが保存していたログも、見せて戴きましたよ』
『そう...』
『藤森さんね、美奈ちゃんがちょうど学校に行きだした、その日に、亡くなってたんですよ』
『美奈ちゃんの最後のメールを受け取ったあの日、ね..?』
『そう、3月10日』
『モンシロ蝶みたいな人ね....』
『えっ?』
『あ、ううん。なんでもないの』
『今、モンシロ蝶って言いましたよね?』
『ええ』
『やっぱり...』
『やっぱり、って?』
『僕にも聞こえたんですよ、モンシロ蝶が卵を産みつける音が』
『あら、高原さんも聞こえるようになったのね』
『ええ。君や美奈ちゃんや、藤森さんのお蔭だね』
『そして、あなたの彼女のおかげでもあるでしょ』
『あはは、君は鋭いね、ほんとに』
『それはね、私の父や母のおかげなの』
『そうか、君のご両親は、遠いところにいらっしゃるんだね?』
『そうよ...』
・・・・・・・・・・・・
『ねえ、高原さん。生きてるって、とてもこわいことね』
『うん....』
・・・・・・・・・・・・
『ねえ、綾子さん』
『なに?』
『結局僕がたどり着いたのは、そこだった』
『だから最初に言ったでしょう。「キリがないものだ」と。』
『うん、あの時君が言った意味が、ようやくわかったよ』
『堂々巡りなのね、何も解決されやしない』
『けど、解決されないまま、抱えたまま、生きていくんだよ、僕らは』
『そうね...』
・・・・・・・・・・・・
『ねえ、高原さん』
『なに?』
『月がとっても綺麗...』
『ああ、半月だね。ちょっと膨らみを帯びてるけど』
『そう、妊娠中の半月』
『これから生まれるんだね、新しい月が』
『そう....』
・・・・・・・・・・・・
『ねえ、綾子さん』
『なに?』
『でも、僕はよかったと思ってるんだ』
『なにが?』
『堂々巡りを共感出来る人に会えたから』
『あら、そんなこと、みんな知ってるはずよ』
『でも、気づいてる人は少ない』
『そうね』
『僕は藤森さんのように生きたいとおもう』
『わたしも...』
・・・・・・・・・・・・
『高原さん、この話、ドキュメンタリーに仕上げてみない?すごく難しいとは思うけど。だから最初から「仕事の役にはたたない」と言ってたんだけど。でも、これを伝えなかったら、私たち生きてる意味ないんじゃない?私、出来る限り、協力します。なんとかやってみない?』
『君も唐突な人だなあ....』
『だって、いいの?このままで、いいの?』
『よくない』
『じゃ、やりましょ!』
『うん、やろう!やってみるよ』
『高原さん、ありがとう』
『いや、お礼を言いたいのは僕の方だよ。ありがとう』
−−ありがとう、綾子さん。
ありがとう、美奈ちゃん。
ありがとう、藤森さん。
ありがとう、理沙子さん。
ありがとう、みゆき。
妊娠した月は、天空で橙色の光を発していた−−−−
=あなたがわたしにくれたもの=
【完】
ORIGINAL:92/11/07-12/13
REWRITE:97/11/11
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