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Essay 949:統計データーで考えるコロナパズル

 〜今は南米がホット。ブラジルはすでに平均国に。
 〜LOG表記とLINEAR表記の印象差に注意すべし
 〜日頃語られない国、アンドラ、マン島、キルギスタン、サンマリノの数値から分かること
 〜なぜイギリスは再発してないのに韓国が再発するのか、またなぜ中国の他のエリアが再発しないのか
 〜その国に「固有の量」があるという”ローン返済”モデル仮説
 〜結局その国がどれだけの危機感をもって何を学んだかによって決まるでのはないか


2020年08月24日
写真は、最近こっちは寒いので、ずっと昔のめちゃくちゃ暑い日に撮った写真を。MarrickvilleからEarlwoodにかけてのあたり。この日、40何度とかいったと思う。日本も今はそうなのでしょうけど、寒いもイヤだけど、暑いのも大変ですよねー。ご無事に。


世界の動向

 もう恒例化している世界の統計からですが、メディア見てても全然分からんので、全体の原データーを自分で見て考える方が興味深い発見がいろいろあって面白いです。

 今回の要旨をいうと、

(1)現在、世界のホットエリアは南米に移行していている
(2)仮説とも言えない推論だが、もしかしたら各国それぞれに「固有の量」「自然的な予定調和点」があって、どこかで感染爆発を起こしてその地点まで達してしまうと、あとは概ね沈静化するのではないか。
(3)逆に、その固有のポイントに達するまでは、仮に感染を抑えたとしても、再発の恐れは消えない
(4)そのポイントに達した特徴としては、感染者数が増えても死者数は増えないことが挙げられるのではないか
(5)その固有値はどうやって形付けられるのか。また人種民族による差異はあるのか、同じ民族内での地域差はどう説明するのか
(6)ロックダウンは、感染を防ぐ反面、増やしてる部分もあり功罪相半ばするのではないか
(7)結局、感染修羅場でその国の政府と国民が何を学んだかによって決まるのではないか


 などなどです。

概況

 まず趨勢としては、ヨーロッパについては沈静化してます。その代わり今ホットになってるのは南米です。ブラジルが先陣を切ってやってましたが、人口比死者でみる限り、ブラジル以上の状態になってる南米諸国が多いです。

 下のグラフ、左の方に大山がある青色系の諸国がヨーロッパで、右の方で高い数値を出している茶色系が南米です。これで一目瞭然ですが、欧州系はほぼ終息、その代わりに南米系が今大変なことになっていると。

 ちなみに茶色系のうちひときわ突出してるのはペルーです。ただしこのカクカクしたグラフはやや疑問があって、これは7日平均で算出してますが、おそらくはデーターの取り方、発表の仕方が散発的なんじゃないかなー?って推測されます。つまり何らかの理由で1−2週間集計(or発表)が遅れたりして、数週分一気に発表するから、垂直にあがったり下がったりするのではないかと。本当はあの山の半分くらいでもう少しなだらかな気もします。が、これは推測だし、本題に直に関係はありません。

 ここでちょっと気がついたことは、これまでロックダウンをしないブラジルが極悪非道呼ばわりされてましたが、今となっては南米諸国の中ではブラジルなんて大人しい部類に入るくらい他が悪くなっていることです。特にペルーですが、かなり厳しいロックダウンをやってるにも関わらず数値的にはブラジルよりも悪い。

 この点は、同じように「あれ?」と思った方がいたようで、こういう記事がありました。

 そういえば、アルジャジーラだったかな、ペルーでは毎日かなり人数の女性が行方不明になっていて問題になっていると。なぜかといえば、ロックダウンによるステイホームでDVが半端なくひどくなり、逃げ出す女性があとを絶たないからだそうです。DV急増は世界的に言われてますよね。

LOG表記グラフの印象

 ここで欧州をもう少し見てみると、まずグラフの表記方法によって印象がかなり変わる点を指摘すべきだと思いました。この線グラフには、実数を表現するLINEARと、十倍指数で表するLOGがあります。コロナでは大体LOGが多いです。一目盛りで10倍増えるという特殊な表です。

 この十倍関数の表は、感染が倍々ゲームで増えているのかどうかを、線の傾き具合で一目瞭然にわかるという意味ではスグレモノですが、それ以外の用途に使うとす〜ごい誤解を招きかねないので要注意だと思います。

 下の図は、上のグラフから欧州の国だけ抜き出したものです。左型の山が高い順にベルギー、スペイン、フランス、イギリス、イタリア、アイルランド、スウェーデンとつづぎます。真ん中あたりにボコッと四角い小山があるのがスペイン。


 上の図はLINEAR、つまり実数を表したものです。左端の縦軸は、百万人あたりの毎日の死者数で5人、10人、15人と普通の表記です。
 次に、これがLOGになるとどう見えるかというと、こうなります↓。

 随分印象が変わりますよね。

 LOG表記にすると、あまり終息してるようには見えない。
 LOG表記は一目盛りで十倍ですから、1万が2万になっても、10が20になってもグラフ上は同じように見えてしまうのですね。遠近両用レンズのように、大きな数値は小さく見せ、小さな数値は大きく見せてしまいます。下の数値になると10倍、100倍に拡大することになるので、ちょっとした変化がすごく大きなものに見える。微細な数値のミクロ変動を見るのはいいんだけど、全体の傾向を実態的に把握するには向いてない部分もあります。この2つの図を見比べてみればわかるように、実際にはべったり下に這うような沈静しているものが、なんだか鎮静しているようには見えないという錯覚を引き起こすのだと思います。

 実数表記で見る限り、ヨーロッパはほぼ終息したと思われます。ヨーロッパもロックダウン解除から1ヶ月以上経ってますし、第二波とか言われながらも実数がこの程度ならば、これから先、また第一波のような巨大な山がくるとは考えにくいのですね。まあ、先のことはわからないのですけど、それは無いんじゃないかと。

感染者数と死亡者数の違い

 次のグラフは、死亡者数ではなく感染者数のグラフです。同じ欧州を対象にします。


 これがいわゆる「ヨーロッパの第二波」とメディアで言われているものだと思います。確かに直近になると増加傾向になってます。
 でも、ものすご〜く興味深いのは、感染者は増えているのに死者は増えてないという事実です。
 対比のために両グラフを並べてみますね。


 第一波のときは感染者数のカーブと死者数のカーブがきれいに一致します。これが、まあ普通なんだろうなーとは思います。ところが第二波になると、感染者数は第二波らしきものが確かにあるんだけど(スペインなんか第一波レベル。それほど増えてない国も多いけど)、死者数はほとんど増えていない。少なくとも第一波のときのような相似形を描いてはいない。

 なぜなんだ?

 これにはいろんな仮説があるでしょう。
 集団免疫論ですけど、感染が増えてる国に関してはまだ集団免疫が出来たとは言いにくいとは思います。ではどんな説明がありうるかですが、例えば、第一の波に洗われた時点で犠牲になりそうな人は犠牲になってしまっており、以後、抵抗力のある人だけが”生き残ってる”から感染が蔓延しても重大な結果にはならないではないか、という考え方もあるでしょう。
 あるいは、第一波の大変な経験がいい修行経験になって、その国なりにコロナ対応ができるように検査や医療制度が洗練されてきた、どんどん検査してどんどん早期発見してどんどん治療するから、発見する感染者は増えるけど、致死的な実害に至らないで済んでいるのだ、とか?そのあたりは仮説ばかりでよくわかりません。もっともっと正確で大量なデーターを分析しないと分からないと思いますし、それは後日の仕事になるでしょう。

 ただここでは、こと欧州に関していえば、第一波と第二波はかなり様相が違うこと、少なくとも死者数に関する限り第二波と呼べるような流れにはなっていないのは言えると思います。これが世界の諸国にあてはまるかどうかは、また別の問題ですけどね。

スウェーデン

 これについては先行的にFBに書いておきましたのでご参照を

 補充的に記事のグラフなどを出しておきます。
 BBCの記事に、スウェーデンの経済被害が比較的軽いことが載ってました。

 この中の図ですが、Q1(第1四半期)とQ2の比較です。一番上がEU27カ国の平均で、すぐ下がスウェーデン。Q1はロックダウンしなかったせいか辛うじてプラスですが、Q2になるとさすがにマイナス。それでも他のヨーロッパ諸国に比べると軽く済んでいると。


 ただ、数値には見えない部分の差異はあると思います。事業体が死なない、という点です。確かにお客はガタ減りするかもしれないし、ソーシャルディスタンスやってる関係上キャパ的に影響はあるが、兎にも角にもロックダウンはやらないならば、ビジネス(公演、イベント)活動自体はできる。これなら苦しいながらも、まだやりくり算段する余地はあります。
 しかしロックダウンして、それも長いことやってると家賃負担その他で潰れちゃいます。ましてや将来的にまたやるかもしれない、先の見通しがきかないとなると、先行投資もできませんし、借金してでも存続させようという気力が失せます。何があってもロックダウンはしない=開店可能としておけば、そこは助かります。
 そして、一回潰れた事業体を再生するのは基本的には不可能です。有能なスタッフという人的資源も、駅前のナイス立地や什器備品などの物的資源も散り散りになってしまうから再生できない。僕個人は、ポストコロナの再生時期において、これが一番キツイと思いますね。逆にいえば、かなりの程度温存できたであろうスウェーデンの強みはそこだと。だけど、これはもっともっと先の時点で数値になって出てくるでしょう。

 スウェーデンが注目なのは、その戦略の可否とかいう以前に、きついロックダウンをやらないとどうなっていたかという格好の比較対象例になりうるからです。パラレルワールドを可視化できるみたいな感じで。今になってみれば、ロックダウンをやった他の欧州諸国とやってないスウェーデンはそれほど違わない、ロックダウンをやる実効性はあるのか?という疑問が出てきます。それに加えてブラジル。悪の権化のように言われていたブラジルも、今となってみたら南米諸国で平均的なポジションにいます。激しいロックダウンをやったペルーのほうが尚も悲惨なことになっている。「あれ?」ですね。

 

固有の量、自然の予定調和数みたいな仮説


 もう一点気づいたことがあるのですが、下の図は、ヨーロッパのうち、スウェーデンとイタリアとイギリスの3つだけを抽出したグラフです。


 よく見てみると、イギリスとイタリアはほぼ兄弟のように相似形を描くのですけど、スウェーデンはちょっと違う。意外にもピーク時における死者数はイギリスやイタリアよりも少ない。その代わり、イギリスとイタリアが急激に減少するのに対し、スウェーデンはなだらかな下降線を描きます。

 もしスウェーデンが放置の自然カーブだとしたら、イタリアとイギリスは何なんだ?です。

 まず両国が最初ぐわっと増えたのはなぜか?推測ですけど、人口密度でしょうかね。スウェーデン、人口密度低そうだし。イタリアやイギリスの大都市の方が感染蔓延しそうです。

 では、急激に下がったのはなぜか?といえば、多分ハードなロックダウンをやったからだと思われるのですが、、、、しかし、だとしたらロックダウンを解除したら、またすごいぶり返しても不思議ではないです。でも、上で見たように、そんなに増えてない。そもそもイギリスもイタリアも死者だけではなく、感染者数も増えてない。「あれ?」と思いますよね。

 

「固有の量」(自然現象の予定調和)仮説

 もしかしたら、ですよ、その国ごとに「このくらいの被害」という固有の量みたいなものがあって、そこに達してしまえば、もうあとはそれほど心配はないのではないか?と。

 人口密度の高い大都市を抱えるイタリアやイギリスでは、最初にドドドと固有の量の被害を受けてしまったから、あとはロックダウンしようがしまいが沈静化するのではないかな?とか。スウェーデンのように人口密度の低い国は、一気にどわっと増えるわけではないが、徐々に蓄積していって固有の量に達して沈静化する。

 その「このくらい」の量、そしてその量を消化していくパターンは、その国の人口密度やら生活様式やら健康状態やらによって決するのではないか。あたかも、このくらいの大雨が降ったときに、こういう地形でこういう土壌(水はけ)の土地は、このくらい水が溜まって、このくらい土砂崩れが起きるというのが、あらかじめ諸条件によって予定調和的に決まってくるかのように。

 ウィルスの拡散と蔓延がどうなるかは、一種の自然現象だと思います。雨雲がやってくるのはわかっても、具体的に何丁目に何時にこのくらい降るとまでは予測しきれない。雷が落ちる時でも、一本杉のように孤立してるわけでもない森の中、なぜ数ある木の中でこの木にだけ落雷があったのかは、結局はわからない。偶然なのだろうけど、細かく見ていけば自然現象にはなにかの必然性はある筈です。だけど、あまりにも細かく膨大な要素が絡み合っていて、その途轍もない複雑さのために人間には究明しきれない。

 そういった複雑系な自然の予定調和からみたら、人智によるあれこれは、あまり関係ないのかもしれないです。一定レベルまでは有効だろうけど、それを越えてしまったら、もうコントロールできるものではない。大地震対策でも、ある程度までの地震だったら人智による対応が可能だけど、震度9とか、前代未聞の震度15とかがやってきたらもうダメだと。

 もっともだからといって感染防止のすべての努力が無駄だとか言ってるわけじゃないですよ。それなりに効果はあったと思いますよ。ただし、そういった人為的な行為によって全てが決せられているわけではないのではないか?もっと大きな自然的な予定調和みたいなものがあるんじゃないの?そういった要素も加味して考えたほうが良いのではないか、ということです。

「ローン返済」のパターン

 世界のいろいろな国を見てると面白いのですが、例えばいくつかの例を抜き出したグラフが下のもので


 まずイギリスやイタリアと同じく左端にどーんと山が来てあとは沈静化というパターンとして、アンドラとマン島があります。アンドラというのはフランスとスペインの国境にある小さな国(てか村)です。マン島は、イギリスとアイルランドの間に浮かぶ小島で、バイクのレースで有名です。どちらは小さなところで、最初にドーンとすごいことになるんだけど、あとは沈静化。

 逆に右端までダラダラ伸びているパターンとしてアメリカ、そしてブラジル。右に行くほどに増えていくパターンとしては、プエルトリコ、ペルーなどがあります。ペルーのグラフがユニークすぎるんですけど、多分、集計上のなんかじゃないかな〜。不思議なのはキルギスタンで、途中で一回爆発してあとは沈静化。

 これらは一体何を意味するのか?ですけど、人口の小さいエリアでは、最初にぐわっと「固有の量」いってしまえば、あとは時々思い出したようにぶり返すけど小山に過ぎず、大体OKになる。しかし、億単位の人口の多い国は「固有の量」も大きいのか中々規定数にまで達しないでダラダラ続く。

 最初に頑張って押さえていても、固有の量に達してない以上エネルギーは残存され、なんかの事情で火がつくと爆発する(キルギスタン)、しかしそれで固有の量にいってしまえばあとはOK。

 ちょうどローンの返済みたいに、アンドラなどは最初に現金一括払いみたいな感じで、最初はキツイけどあとは楽。ブラジルやアメリカなどは額が大きいので住宅ローンみたいに元利均等払いが延々続く。途中でドーンのキルギスタンは、言うならば「ボーナス一括払い」ですかね。ずっと抑えてきたけど、だんだん増えていってしまったプエルトリコは、最初の3年利息だけのゆとりローンってところでしょうか。

演繹よりも帰納

 いやいや、僕は別にこの仮説が正しいとか言うつもりはないし、そもそも仮説にすらなるかどうかもわかりませんよ。こんなもん、誰も言ってないですからね。でもそう考えたほうが辻褄が合うような気がしますね。

 ただ、何かの考えに現実のデーターをあてはめるよりも、まず現実を素直に見て「どう見えるか?」という素朴な感覚で見ていったほうが間違いは少ないだろうなーと。未知すぎるものに対しては、演繹的に考えるよりも、帰納的なアプローチの方がいいんじゃないかと。大空に浮かぶ雲の形を見て、「まるで○○みたい」という素朴な印象としてそうだと言ってるだけです。

 もちろん各国がそうなったのにはそれぞれに事情はあるでしょう。
 それぞれの政府の防止対策がどうであったかというのも影響するでしょう。他にも、偶然どういうルートで広まったのかというプロセスもあるだろうし、各エリアには風土病など独特な傾向があり、それに対しての人々の免疫や抵抗力のパターンも違うでしょう。そのときの気候もあるだろうし、食べ物もあるだろうし、過去のBCGのような予防対策の遺産という側面もあるかもしれないし、生活文化様式の違いもあるでしょう。もう無限に要素があって、多分それを完璧に解明するのは人間には無理だと思います。大体各国の数値がどれほど信憑性があるのかも不明だという「それを言っちゃあおしめえよ」的な要素もあるし。

 ただし、繰り返しますが、固有の量や自然の予定調和があるとしても、だからといって人間の努力が無駄であるわけではない。それは地震だって治水と同じことで、ある程度は意味がある。ただ、ここで知りたいのは、どうなったら沈静化するかであり、そのパターンと浮き上がってくる原理らしきものです。それが分からないと、もう安心していいのか、それともまだまだ気を緩めたらドカンとくるのかがわからんですからね。

 

日豪の場合

 じゃあ日本とオーストラリアはどうなってるかというと、これもなかなか興味深いです。

 下の図は同じ人口百万人あたりの感染者数と死者数の推移です。
 オーストラリアはVIC州のAged Careの惨事でものすごい事になってます。日本などは、もう終息状態かなーとか思ってたんだけど、意外にもここにきてコンスタントに増えてます。

 ここで注目すべきは、感染者数が増えるだけではなく死者数も増えていることです。尚、感染者数と死者数にはタイムラグがあるでしょうから、オーストラリアの直近の感染者減少は死者の減少としてまだ現れていないのですが、いずれ死者数も減っていくかなという気はします。

 日本の直近の感染者の推移は、増えて→減って→また増えてとヨタヨタした不思議な動きで、よくわかりません。もともと日本の場合は検査数が少なすぎるのでこういう分析には不向きです。第一波と第二波の間に小康状態がありますが、オーストラリアはこの間もガンガン検査やりまくってたから本当に小康状態だったんだろうと思うけど、日本はオリンピック前の検査抑制もあって実像がよく見えないです。しかも、日本の死者数がここ2週間ほどコンスタントに増えているのが、ちょい不気味ではあります。

 日本とオーストラリアは、奇しくも第一波がクルーズ船原因ということで共通してます。感染者数のグラフの最初の方は、日豪とも示し合わせたマスゲームのように波形が綺麗に一致しますもんね。クルーズ船という一過性の単一原因のあとは、両国とも静かに推移していた。それがここに来てまた増え始めた。

 これは何を意味するのか?さきほどのローンの比喩でいえば、クルーズ船という頭金を払い、数ヶ月の返済猶予があり、いよいよ返済が開始されたということなのでしょうか。

 ちなみに参考までに中国も入れておきましたが、死者数も感染者数も中国はほぼフラットの脳死状態であり、もしこれらの数値が正しければ、コロナに関する限り、今や中国は世界で一番安全な国ってことになります。統計的にはそう。

 しかしですね、日豪だけ見てるとすごいことが起きてるようだけど、これに世界の強豪を並べてみると、絶対的なボジションがわかります。下の図で、先程述べたペルー、アメリカ、そして初期に爆発してたイギリスなどの絶対数と比較すれば、オーストラリアも日本も別にそう大したことが起きてるわけではないというのがわかります。そこだけ見てると大暴風雨なんだけど、世界レベルで見るとそよ風レベルだと。


絶対数的には議論するだけ時間の無駄

 もっと言えば、単純に絶対数でいえば、一貫して僕が言ってるように、それほど大したものとは思えないのですよね。アメリカも大変だとかいうけど、日々の死者数が「百万人あたり3人」くらいです。

 数が大きくなるとピンとこないというのは常に言ってますが、百万人という数を実感しようと思えば、例えば、百万人で手をつないでヒューマンリングみたいにするとします。一人あたり1メートルだとして、百万人並べてみたら、それは百万メートルですよね。百万メートルって、千キロです。1000km。ちょうど東京から広島くらいですか。そうすると、東京から広島まで一人1メートル間隔で並んで、そのうちの一人が死ぬというのが「百万人に一人」という実数の意味です。もうおっそろしいほどリアリティのない確率です。それが3人になろうが、10人になろうが大差ないでしょ。こんなミクロレベルで議論してること自体が時間の無駄だと言う気がするくらいです。

 ましてや日本やオーストラリアは、オーストラリアの直近の最高点でも百万人に0.6人、日本にいたっては百万人に0.1人です。1000キロではなく1万キロに一人です。地球の一周が4万キロだから、北極点から赤道まで人を並べて、そのうちの一人になったら死ぬという確率です。

問題はいつ終息するのか?

返済残高

 いま世界が求めているのは「いつ終息するか」だと思います。
 どうやって感染を防止するのかもあるけど、最終的にこれでOK、もう大丈夫だとなるのは、どういうパターンで、どうなればいいのか?です。それが分からないと社会の本格的な再開が見込めないですからね。

 ここで一つの指標になるかもしれないのは、感染数よりも死者数です。先程述べたように、ヨーロッパの場合、ロックダウン解除で感染数はなるほど上がっている国もあるけど、死者数は増えていない。つまり、軽微な感染者は検査すれば幾らでも出てくるでしょうから、そのときどきで増減はあっても、死に至るほど重篤なケースは相対的に減ってきて、感染者は増えるけど死者数は増えないという状況になっており、こうなったらいいのかな?と。

 その意味で日本とオーストラリアは、感染者が増えたら死者数もキッチリ増えてますので、問題だということになります。

 じゃあいつそうなるのか?ですが、先程のローンの比喩でいえば「固有の量」「予定調和点」に達して、返済残高がなくなった、完済したら終わりなのでしょうか。つまりコロナが致死的な影響を及ぼす可能性がかなり減ってきた。その理由は、すでに死亡してしまったこともあろうし、比較的軽微な状態で抗体を獲得したか、あるいはそういう方々への鉄壁のガードが国として整ってきたか、そこはいろいろだと思います。いずれにせよ、ちょっとやそっとコロナが吹き荒れても、もうそうそう犠牲者は出ない、出さないってところまでいけたと。そうなったら完済、OKです。

 この固有の量、返済残高は、先にも述べましたがその国によって違うでしょう。だけど、もし日本もオーストラリアがヨーロッパやアメリカなどの類似国(人口数や密度、衛生水準など)と変わらないとするならば、日豪どちらもまだまだ返済残高が山程残っているかもしれないという恐い理屈もありえます。

終わったと思ったらまた出てくるホラーパターン

 返済残高が残ってるかどうかは、「これで終わったと思ったら、また出てくる」というホラー映画のような恐怖のパターンになって現れます。ニュージーランドのように3ヶ月くらい感染ゼロとかいっていても、不思議なところから感染がぶり返したら、あっという間に百人レベルにいってしまう。気が抜けないし、未来永劫国境も何も開けないから、立ち腐れていく。

 収まったと思ったらまた出てきたという国は、直近では韓国ですね。この韓国とイギリスの推移を比べてみました。下のグラフ、上は感染者数、下は死者数であり、左は十倍LOG、右は実数です。LOGは細かい変化が拡大されるので分かりすく、実数は全体のスケールがわかります。ここ


 ↑上をみると、上線のイギリスも下線の韓国も、直近になると感染者数が増えているのが分かりますが、↓下の死者数をみると、イギリスの死者数は増えておらず、一貫して減っていることがわかります。

 しかし韓国の死者数は、ウニウニと増えたり減ったりし続けていますよね。このあたりが、イギリスは完済したけど、韓国はまだ残高がのこっているかのようなイメージを受けます。右下のグラフ、死者数の絶対数だけでいえば、イギリスの死者数に比べたら、韓国なんかまるで何も起きてないかのようです。もし韓国がイギリスと同じくらいの犠牲者を出さないと完済にならないとすれば、これは途方も無い数の犠牲者がこれから出てくるということでしょうか。


 しかしねー、それも無いような気もするのですよね。
 もしそんなレベルで犠牲者が出るのだとしたら、もうとっくに出ているような気もするのですよ。日豪だって、欧州や他の諸国と同じボリュームの犠牲者を出さないと完済にならないのだとしたら、これからどっかで1−2ヶ月に渡って、今の百倍から千倍の犠牲者が出るということになります。しかし、そんな爆発可能性があるなら、もうすでに生じているはずでしょう。特に日本にロックダウンなんか、実に中途半端なもので、やってるんだかやってないんだかレベルですから、爆発するならもうしているでしょう。

 ということは、やっぱ国やら民族やらで予定値みたいなものが随分違うのかなって気もするし(いわゆるBCG射ってるアジア系は強い論みたいな)。

 しかしですね、同じ国の中でもエリア差があって、それでは説明がつかない現象があるのですよね。


中国の不思議

 いい例が中国ですが、最初の武漢とかその近辺で激しくやってましたけど、沈静化して、ロックダウン解除して(今武漢ではイベントが花盛りだそうな)、概ね大過なく推移しています。

 でもね、あの広大な大陸と膨大な数の国民を考えれば、最初の武漢その他のロックダウンなんか、ほんの「点」に過ぎない。他の大多数のエリアは、コロナ的にはまるで処女状態でしょう。集団免疫なんか出来るべくもない。


 確かに細かく見ていけば解除後に感染も死亡も増えたりしてますけど、絶対数的には死者数なんか百万人に0.001人とか取るに足らないレベルです。最近一瞬ボコッと増える時期があるけど、それだって感染者数ですら百万人あたり0.13人というレベルでしかない。初期の武漢時代からみたら比較になりません。

 これは一体どうしたことか?
 同じアジア一国内、同じ国民、同じウィルス耐性だとするなら、武漢レベルの感染が大陸全土にまんべんなく生じていても不思議ではないのですよね。でも生じてない。ゼロではないが規模的に話にならない。
 あるいは各地で武漢レベルの大爆発が起きてるんだけど、強権を発動して強引に握りつぶしているとか?まあ、あれだけの広い国土と人民でそれはないっしょ?多少はあるかしらないけど、ここまで綺麗に握りつぶせるなら、そっちの方が凄いです。どこの国、組織もそうだけど、トップを失敗を心から願っているライバル派閥やナンバー2がいるもんです。彼らはいつ寝首をかこうかと虎視眈々と狙ってるわけで、そんなスキャンダラスなことを全国的にやってたら、もう一発で終わりでしょ。それを押さえきれるくらい超強大な権力を構築してるってのは考えられないし、もしそれが出来たなら恐るべきことです。そういうところは喧嘩やらせたらメチャクチャ強い筈だし、事を構えてはダメっすよ。逆にいえば、そこまで一強独裁になれないでしょう。

 ところで、もし一国内のどっかのエリアが集中的に被害を受けて、全国的な予定値を"完済"してしまえば、「立て替え払い」みたいなもので、他のエリアも完済免除のメリットを受けられる、、なんて話があるのか?といえば、生物学的にあるはずがないでしょう。いやあ、そうだったらいいですけどねー。オーストラリアもVIC州が犠牲になってくれたから、あとはその福音を他のエリアが受けられる、もう大丈夫だってことになってほしいですよ。でもありえんでしょ。集中被害を受けたことで、なにやら発見されていない抗体的働きを持つウィルス(新コロナウィルスを殺す新々ウィルス=そんなもん無いだろうけど)が偶発的に生じて、それが広がることによって未然に防いでいるのだとか?そんなSFみたいなご都合主義は無いでしょー。

 ということは、この現象は生物学的には説明しにくい。

 ならば他の要因、例えば、最初の修羅場を乗り越えるときに、感染防止、治療体制がこの上なく開発、整備、洗煉されたので、制度的に全国的に行き渡り、被害を防止しているのだという考え方などです。それで全てが説明できるかどうかは別として、ありうるでしょうね。特に、一番最初の、何がなんだかわからない段階で厳しいロックダウン(てか戒厳令)を敷かれた悪夢のような体験は、民族的に共有シェアされているでしょうし、それだけに他のエリアの個々人も「ああはなりたくない」ということで手洗いやら、マスクやら言われなくても身につくでしょう。また、治療体制の先進化も進んだでしょう。

 しかし、それだけで防ぎきれるものか?という疑問もありますよね。韓国なんかもかなり徹底的にやった方だろうけど、国民の意識も、医療体制もかなり進んだと思うのだけど、それでも後遺症的に事後散発的に感染(死)が勃発してますし。

 また、全然別の視点なんだけど、厳しいロックダウンをやったことが、逆に武漢エリアの感染・死者を増やしたんじゃないのか?という疑問もあるのですよ。食い止めもしたけど、増やしもしたという功罪相半ばする感じね。これはまた別に書きます。


 と、同時にですね、中国の最初の武漢時代も、あの当時のイメージが鮮烈だったのでいかにも悲惨のようですけど、今になって世界レベルからみれば、武漢でさえ規模はかなり小さい。上のグラフで、細かく薄い線がいろいろ走っているのが見えますけど、あれが世界の他の国の数値です。もう世界ははるかに悲惨になっている。武漢時代の死亡者だって、最悪で百万人あたり0.3人かそこらでしかないです。今のアメリカの10分の1ですよ。しかしそのアメリカですら世界でみたら凡庸で、これまで世界でもっとも悲惨な例、人口比あたりの死者数が多いのはサンマリノの百万人あたり60名という(アメリカの20倍)という例が、瞬間最大風速的ではあるのですが記録されてます。

 一応グラフにして抜き出してみましょうか。

 サンマリノすげ〜って感じだけど、それってどこの国なの?ですよね。イタリアの中の人口わずか3.3万人の国、というか市町村みたいな感じのところです。だから、生物的、地理的にいえばイタリアのとある一部です。

 このように世界は広いので、武漢感染がやたらイメージとしては鮮烈だけども、今の世界レベルからしたらどってことないのですね。

 だから謎なんですよ。つまり、
 (1)やっぱりアジア人とか民族的にコロナ感染に強いとか弱いとかあるんじゃないの?
 (2)でも同じ国内ですら、すごい差があるのはどうやって説明するの?
 という2点です。

 それぞれに別レベルの問題なので、これを統一的に説明する必要はないのですが、疑問としては出てくると。


 ちなみに人口3.3万人のサンマリノ国ですが、事実上は地方の町村レベルと考えていいかと思います。今ではもう終息してますが、人口3.3万のうちに累積どのくらいの被害がでたのか?は、他の国、特に日本の地方の市町村で、「もし最悪のケースになったら、どのくらいの被害がでるか」というシュミレーション的に参考になると思うので調べてみました。すると、サンマリノのこれまでのトータルでの死者数は42人です。「あれ、60人じゃないの?」と思われるでしょうが、あれは「百万人あたり」ですからね。サンマリノは百万人もいません(3.3万)。だから人口3.3万人の町で死者42名。感染者数の累積は1464名です。人口3.3万人の町村で1500人くらい感染して、40人くらい死者が出たら、まあ世界最悪レベルかな、ということでしょうか。これは国単位の統計で、世界市町村単位でやればもっと違うのかもしれないけど、一応参考として、です。

 このように調べるほどに謎が増えるコロナパズル、よくわからないのですよね。でも、日々進むことでデーターが増えるので、推論の可能性は広がるし、また逆に絞られもする。

ロックダウンの功罪

 先にもちょっと触れたけど、あまりにも厳しいロックダウンは逆効果ではないか?という疑問もあるのですよ。

 なぜってね、日豪の場合の初期の波は、どちらもクルーズ船なんですよね。日本のダイヤモンド・プリンセス号の場合、乗船者3711名中で感染者723人、感染率20%です。これを今の日本全国に置き換えれば2400万人が感染してる計算になる(実際には6万人程度)。でもって、オーストラリアの第二波(VIC州)の犠牲者は、かなり老人ホームに集中しています。また、中国でも、武漢ロックダウン時に激しい数値を叩き出しているのですが、そのレベルが全国に広がっていないこと。

 さらに、集中的にドン!と高い数値を出すのは、上のサンマリノ、もっと前に書いたマン島とかアンドラもそうです。

 つまりエリア的に限定して、人の行き来を制限している場合に、かなり激しい被害が出てるのではないかという疑問も出てくるのですよね。確かに人の行き来を限定すれば感染は防げるだろう。だけど同時に、すでにそこに存在してしまっている感染を培養して広げてしまうという逆効果もあるんじゃないか。

 ステイホームのホーム内=家庭内感染もそうだし、単に同一世帯ではなくても共有部分が多いシェアハウスにせよ、風呂や食堂が共通な寄宿舎や寮、玄関廊下エレベーターが共有であるマンションなどの集合住宅も懸念の対象にはなります。なんせ住んでるんだから、レストランや観劇などとは滞在時間が桁外れに多い。そして、普通にやってたら、年がら年中人が出たり入ったりして、その都度自然に換気されるだろうから、沈殿濃縮しかかってたウィルスもバーっと散ってしまうけど、皆で籠もってたら濃度は高くなる一方でしょう。

 素朴な疑問なんですけど、PCR検査って濃度はわからないんですかね?原理的に無理なのかな。ウィルスの数って結構大事なポイントだと思うんだけど。だって、免疫軍対ウィルス侵略軍の戦いだとすれば、敵兵力の数って大事でしょ。1億くらいのウィルスだったら手持ちの軍勢でやっつけられるけど、これが10億とか100億とか来られたらついには破れる、それも一発ポッキリの侵襲ならまだしも、次から次へと敵兵力の援軍が押しかけて、それも何十時間も何日も延々と攻撃されたら、それは感染しちゃうし、さらに重篤な方向に進むでしょうよ。だから「程度」問題こそが大事であり、感染した・しないのデジタル的白黒発想だけでは足りないのではないかね?

 そして濃度とか程度を考えるなら、それを高めるような形のロックダウンはよろしくないような気もするんですけどね。

 それを具体的な方策に置き換えていえば、ウィルスの拡散だけを問題視するのではなく、ウィルスの拡散はある程度は防ぎきれないとして、その代わりにウィルスの濃縮の回避、重篤感染の回避に力点を置いたほうがいいんじゃないかと。例えば2時間程度のイベントや飲み会くらいだったらOKにしたら、これだけでも経済的に相当救われますよ。その2時間で感染は起きるだろうけど、それは一発ポッキリだから大したことはないでしょう。

 本当の問題はそれを家に持って帰って同居のお年寄りに感染させてしまうことでしょう。誰もが懸念することだけどね。だとしたら、感染経路の特定とか、しんどくてマンパワーを浪費することやってなくて、希望者(お年寄りなど懸念者のいる家)は、週イチないし三日イチくらいで無料で検査が受けられるようにした方が生産的なんじゃないか?あれって綿棒で鼻の奥をグリグリ(痛いくらいに)やって、あとは研究ラボの仕事なんだから、自分でグリグリやるキット(多くの遠隔検査がそうであるように)を配ればいいんじゃないの?てかさ、綿棒なんか自分で買えるんだから、それに添付する書式(いつ、どこの誰のものか)をダウンロード・プリントアウトするようにして、研究ラボに直送すればいい。いちいちでかけて検査してって無駄は省けるし、研究ラボ(+速習人材)だけを猛烈に増設すればいい。設備投資ってのは集中的にやったほうがやりやすい。結果なんかSMSで送ればいいじゃないか。ヤバい場合だけピックアップして次のステージに行くと。

 同じようにマスクにしても、外を出歩くときはそんなに神経質にならなくて良くて、その代わりに家の中でこそしなければならないとかね。極論すれば、懸念されるような人がいる家庭では、同居の家人はできるだけ外出して家に居ないほうがいいかもしれないよね。それをステイホームだテレワークだでやるから、家庭内感染の危険は高まるし、同時にDVが増えるとかデメリットが多い。

 

いかに何を学んだか〜政治の問題

 武漢にせよ、イギリスなど欧州諸国にせよ、ひどい目にあってる時点で、物凄く学んだと思うのですよ。とにかく一時は猛烈な量になって、従来のやり方では全然無理だから、どんどん新規にやり方を開発したのだと思いますよ。あれで凄い鍛えられたのではないかな。イギリスなんかも、病院にボランティアを募ったり、ユニークなアイデアを出しては実践してたし。

 だから感染修羅場で国や国民が何を学ぶかだと思います。どう制度を合理的に改革し、どう柔軟に対処していくか、どこまでシリアスに考えて実行できたか。それが後日の感染ぶり返しを防いでいくのだと思います。

 だから最終的には政治の問題に帰着していくのでしょうし、そういった人間的なソフトな要素も、先に述べた「固有の量」「予定値」の基礎になっていくのだと思います。

 その点でいえば、日本はダメダメだし、オーストラリアもダメだと思ってます。本当はそれを書きたくて、これまでのはほんのマクラで書いてたんだけど、面白いから長くなってしまった。本題部分はまた別に書きますが、要旨だけいえば、日本のダメなのは、「従来のやり方を変える」って部分を絶対したくないんだという点。従来のやり方=利権構造なんか知らないけど、そこは変えない。それを別のコトバでいえば「医療崩壊を防ぐ」という言い方になるんだろうけど、そこをカタクナに守るから柔軟な対処ができない。そして、そのカタクナの扇の要はなんなのかといえば、検査の保健所独占規定でしょう。ここさえ押さえておけば対策のとりようがないからね。当の保健所の皆さんは忙しいわ叩かれるわでいい迷惑ですよね、ご同情申し上げますわ。つまりいかに学んだか?という点で日本がダメなのは、学んでないということよりも、そもそも学ぶ気がない、学んだら負けだと思ってる(笑)みたいな部分です。もう論外。

 オーストラリアのダメなのは、感染ゼロのエリミネート戦術という桃源郷みたいなモデルに固執して、感染の出どころや、拡散を防止することばっかやってて、実際に生じてしまった後にどうするかが致命的に足りない。老人ホームがヤバいのはわりと最初の時点でわかっていたのにも関わらず、ほとんどろくな手当もしていないから今日の惨状を招いているのだけど、それを真剣に反省改善してるのかというと、それも疑問。犯人探しばっかやってるし。これからいかに防ぐかという点よりも、誰が悪いか論にいっている。アホちゃう?感染ゼロが政治家の点数稼ぎに転化してしまっていて、もう個々の政治家の保身というか点取ゲームに堕落してる点。大所高所で判断できなくなってる点。

 生物学、自然科学的に言えば、上に縷縷(るる)述べたようにミステリーが多くて、コロナパズルなんだけど、政治的には解決できます。だって絶対数が「北極から赤道」レベルんだもん、実害がこの程度だったらなんとでもなるよね。日本だってあの放射能疑念を「風評被害」の四文字熟語ひとつで政治的に「解決」してるんだから、できない話じゃないでしょ。まあ、誤魔化すことはしなくてもいいけど、ちゃんと向き合うだけでも随分違うとは思います。

 ときに政治的にうまくやったなーと思うのはロシアですね。世界に先駆けてワクチン開発、大ロシア万歳とかやってるけど、田中宇氏も書いてたけど、あれフェイクだと僕も思いますね。多分、この騒動が実はそんなに大したことないってのは見えてたと思うんだけど、幻想の危機なら幻想の対処でいいでしょ?とばかりに、おそらくは従来のインフルワクチンに毛が生えたような、毒にも薬にもならない(って一応は薬なんだろうけど)ようなものを作り、その代わり副作用は全然ないようなもの、それをワクチンだ!と言ってしまえばいいもんね。で、大ロシア万歳!とカマして国民のナショナリズムを満足させる。独裁的なプーチンだからこそ出来るワザですけど。




文責:田村


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