今週の一枚(2014/11/10)
Essay 696:付帯情報 〜そしてドラマが始まる
写真は、Mariickvilleの宵の風景。
うちからシェアに行ったエリアのベスト3に入るであろうMarrickville。レストランガイドのカフェ情報でも書いたけど、最近、Newtown、Enmore流れでいいカフェが林立してきて、新たに注目されてます。こないだ見たら、心なしか白人比率が増えてるような。んでも、もともとのギリシャ人とベトナム人の街であり、あの栄えてるんだかうらびてるんだか分からない、いなたい雰囲気は健在です。
その証拠に、このバナナジョー。コールズでもない、ウールワースでもない、IGAでもない、なんだかよく分からないバナナジョー(実はFoodworksという独立系チェーン〜小売店連合に属しているみたいだけど)。僕が知る限り20年くらい前から今なお健在。10年前に住んだ方でもご安心を。故郷は変わっておりません。
うちからシェアに行ったエリアのベスト3に入るであろうMarrickville。レストランガイドのカフェ情報でも書いたけど、最近、Newtown、Enmore流れでいいカフェが林立してきて、新たに注目されてます。こないだ見たら、心なしか白人比率が増えてるような。んでも、もともとのギリシャ人とベトナム人の街であり、あの栄えてるんだかうらびてるんだか分からない、いなたい雰囲気は健在です。
その証拠に、このバナナジョー。コールズでもない、ウールワースでもない、IGAでもない、なんだかよく分からないバナナジョー(実はFoodworksという独立系チェーン〜小売店連合に属しているみたいだけど)。僕が知る限り20年くらい前から今なお健在。10年前に住んだ方でもご安心を。故郷は変わっておりません。
本体情報よりも付帯情報
「付帯情報」こそが大事なんだよな。
だからそれは「付帯」ではなく、むしろ「本体」なんかもしれないなあ、と思う今日このごろ。
部屋決めの本体と付帯
例えば、お部屋探しをするとします。3LDKで85平米でわりとゆったりしているとか、駅から徒歩3分で立地が良いとか、家賃が安いとか、新築物件であってキレイであるとか、その種のことがキーポイントになります。それらは「本体」情報であり、データーベースの検索キーになったりします。一方、「付帯」情報というのは、大家さんがいい人だとか、不動産管理会社の担当者が有能で助かったとか、エレベーターがしょっちゅう故障してたまらんとか、隣の住人が夜中騒いでうるさいとか、近所に美味い定食屋があるとか、ベランダの軒先につばめが巣を作っているとか、その種の情報です。これもまあ本体に入れてもいいだろうけど、普通は付属的な扱いで、部屋決めの時にそれほど重視はされないし、データーベースの検索項目にも中々いれないでしょう。やっぱ立地+値段+間取りなどがメイン情報になるのが普通。
ところが、実際に住み始めた場合、さらにそこそこ長期にわたって住んだ場合、そしてある程度時間が経ってから過去を振り返るとき、あの頃の居住空間ってなんだったんだろう?結局何が大事だったんだろう?というと、意外と本体情報ではない部分が重要性を帯びてきたりもします。
例えば〜、まず最初に極端な例を出しますが、その部屋に幽霊が出るのでノイローゼになって、しまいには自殺しちゃいました、、、ってケースの場合、家賃も立地もクソもないわけです。そのケースでは、幽霊が出るか/出ないかこそが人生を狂わせるくらいのインパクトを持つ本体情報になる。しかし、そんなことは入居の際にいちいち考えないから付帯情報にすらならない。えらく値段が安かったりしたら、「あれ?もしかして?」って思うかもしれないけど、これまで登場したことのない新人デビュー幽霊が「よろしくお願いしまーす」って頑張ってる場合、その種の噂も無いわけだからわからない。
極端な例を少しづつ水に薄めてリアルにしていきましょう。
どこに住むか
どこに住んだか?というのは、後々の人生に実はディープに影響を落とすことが多いです。目に見えてどうこうというよりも、毎日のことだから深層心理のディープなところで「なにか」が形成されていく。自分の場合〜遠距離通学による世界観創造
自分の場合を振り返ります。小学校の頃、川崎の多摩区(まだ区制度すらなかった)、親の仕事の関係で、生田というところに住んでました。戦後日本の経済成長、日本各地で田園風景が新興住宅地に移り変わっていったわけですが、そのイチ典型、というかイチ典型にすらなりそこねたような昔ながらの辺鄙っぽいエリアでした。そこから学校まで2-3キロという距離をトコトコと歩いて通学していました。子供の足だし、また丘陵エリアで坂ばっかだったので、毎日かなりの距離もを歩いてました。数年前帰国した折に、30年ぶり以上ですが訪ねてみて、酔狂でまた歩いてみたんですけど、やっぱ距離ありました。普通子供の頃に巨大に見えたものって、大人になってから見ると「え、これだけ?」と拍子抜けすることが多いんですけど、この場合は「やっぱ、遠いわ、これ」と思った。結局人生上一番の遠距離通学(徒歩部分)を7-12歳の頃にやってたわけですな。
それを数年間毎日やってたおかげで、脚は鍛えられました。これだけ遠いと集団登校も出来ないし、一時期近所の伊藤君と一緒に行ってたか、4つ違いの弟が入学したら一緒に連れていったりしたけど、基本は一人。だから一人でいる時間が結構長かった。しかも周囲は開発が進んでるんだか進んでないんだかの風景。三井不動産が買い占めて開発していたエリア(今の新百合ヶ丘とか王禅寺とか)ではあからさまに開発してたけど、それを離れると昔ながらの寂れたローカル田舎風景。
これがデカかったです。一人でいることに慣れたというか、一人でいることの楽しさというか、その寂寥感よりもその自由な解放感をエンジョイしてました。「大草原の小さな家」的な。あからさまに開発していたエリアでは子供の視界には「見渡す限り地平線」みたいな巨大な荒野で、それがとにかく良かった。だだっぴろい土むき出しの斜面とあとは大空だけという、プチ・オーストラリア的な空間があって、切り崩したばかりの断崖絶壁(子供の目には)に攀じ登ってみたり、友達とキャッチボールやノックをやってもエラーして取りそこねたら転々と転がり続けるボールを数十メートル必死に走って取りに行かないとならなかったり。なんつか、大陸的な環境の楽しさです。
これが僕の「気持ちよさ」の一つの原型になってます。前にも書いたけどオーストラリアを選んだのも、マルチカルチャル先進性のグローバルアドバンテージとか時差とか英語環境とか、そういう実用面の長所もあるけど、本質的には「だだっ広いところが好き」という生理的な嗜好があります。これは本当に大きい。オージー連中に"Why did you come to Australia?"と聞かれたら、"Cos, I love big place"って答えてました。チマチマせせこましい路地裏的な楽しみもあるし、東京下町も大阪下町も住んだことあるからその良さもわかるんだけど、でも基本は大陸。満州馬賊だったというじっちゃんの血なんかもしれないけど、地平線や水平線、とにかく「線」が見えていると満たされて、「線」が見えてないと何かしら不機嫌というか(^^)。これから一生路地裏的なところに暮らすか、地平線的なところで暮らすかと言われたら迷わず後者。もう一生誰とも会えず、誰とも喋れないかもしれないよと言われたらちょっとビビるけど、それでもやっぱ後者にするような気がするな。
やあ、ほんと強がりでもなんでもなく、寂しいって感覚はないのね。東京とか大阪などの大都会に居た時のほうが人寂しさは募った。てか、ああいうところって人とつるんでないと他にやることがあんまないので。でも、僕の愛する「だだっ広いところ」は、人以外に"友達"がたくさんいますから。それが前回書いた「世界観Bの愉悦」で、「空が友達」って感覚になります。これはポエム的に言ってるのではなく、超リアルな実感です。海の男が、海が友達、いやそれ以上の肉親、ひいては自分=海になっていくように、この周囲にある大自然(ていう語感とはちょっと違うんだけど)と同化すること、自分がこの巨大なる存在と融け合って一体化していく気持ちの良さってのはかなり圧倒的で。
だから大きな空の下、なんもなーい開発地の斜面をトコトコ歩いていても全然飽きないし、寂しくもなかった。てか、遊びなんか歩いていれば無限に考えられた、、、「考える」という作業すらも不要で向こうからぶつかってくるくらいに、いくらでもあった。単純に小石をドリブルのように蹴って歩くだけでもムキになってしまう。小枝を拾ってブンブン振り回して歩くにせよ、ブンブン振り回す快感度が高い枝と低い枝があることに気づいてムキになって枝選びに熱中するとか、もう無限。「世界と戯れ遊ぶ」ことを覚えたし、それがわかったらもう他に何も要らない。よくラウンドに行く皆さんに、地球と語り合ってきな、世界と遊んどいでって言ったりするけど、あれはポエティックな言い回しではなく、リアルな実感として。本当にいいラウンドした人には多言を費やす必要もなくわかると思うけど。
さらにディープにいえば、ここに絶対軸が出来てしまうと、あとは全部相対化されます。仕事だとか、キャリアだとか、結婚だとか、ひいては自分の人生すら相対化する。「しょせん仕事だろ?」「たかがこのチッポケな俺が生きて、いつか消えるだけの話だろ?」と。
これは究極の死生観にも関わるんだけど、僕が何となく思うに、自分というのは水滴。広大な太平洋の大海原で、波と波が干渉しあって飛沫が飛んで、その飛沫のなかの一滴の水。その球形の水滴は、ほんのしばらく滞空したかと思うと、また海に落ち、大海と同化する。その水滴が自分。死ぬというのは海にぼちゃっと(音すらしないだろうが)落ちて、海と同化すること。束の間獲得したインディベンデンス(独立)、束の間獲得したいつもと違う大気浮遊状態からの風景、それを満喫したらまた大海原に戻っていくだけのことという。この比喩は、天から降ってくる雨粒の一滴であってもいいし、夏の朝に葉先に宿った草露でもいい。
だってさ、今こうして考えている自分、この腕も、脳味噌も、ぜ〜んぶ地球産の素材によって出来ているわけでしょ。料理のようにさ。でもって今見えている全ての物体、全ての風景だって全て地球産の素材によって出来ていることに変わりはない。単なる偶然による一時的な形象の差。だから、そのへんに浮かんでる雲と自分との差なんか、本質的にはありゃしない。これをカッコつけていえば、万物流転であるとか、色即是空とかになるんだろうけど、そんな難しいこと考えなくても、だだっ広いところで数年間ブンブン小枝振り回してたら、どんな馬鹿でも感覚的に体得できると思います。「真理」と力みかえるのも照れ臭いくらいにクソ当たり前の事実でしょ。
長々書いたけど、そんなことを子供の頃の深層心理に刻み込んだような気がします。
で、なんの話かというと、不動産物件決めの付帯情報の話でしたよね。こういった一生レベルにおける極めて重要なファクターがあの時期にインストールされたわけなんだけど、その家に住むことに決めた両親は勿論そんなこと考えてなかったでしょう。ちょっと通学が遠くなるけど、、とは考えただろうけど、数年間にわたる登下校の風景体験がどのような人格彫琢をほどこし、それがゆえに後日オーストラリアに行くだろうとは、お釈迦様でも気がつくまいって。
しかし、どこに住むか、毎日何を見るかというのは、立地がどうとか、値段がどうとかいう本体情報以上に、どうかするとその数十倍、数百倍のインパクトをもつ。それがどんな感じでどの程度あるか、それが付帯情報だと思うわけです。
この話をもうちょい普遍化すると、長い目で見て本当に影響力の大きい要素は、分かりやすい本体情報には無い場合が多い ということにまとめられると思います。
これは通学途上の風景というのがひとつの要素になりましたけど、上の例でも毎日ベランダの軒先のツバメの巣づくりを見ていると心が癒やされて、それであのしんどい時期を乗り越えられたって例はあるでしょう。あるいは、それを子供の頃に見ているのが心の深いところでの伏線になって、将来的に動物学者になったり、自然系のライフスタイルになっていったりってこともあると思います。あるいは、懸命に大口を開けるひな鳥と、甲斐甲斐しく行ったり来たりを繰り返す親鳥を毎日見ていることで、家族とはなにか、子育てとは何かというのが無意識のうちに心に刷り込まれて、それが自分の育児に大きな影響を与えていたったこともあるかもしれない。
誰と住むか
また、ぜーんぜん違った要素もあるでしょう。たまたま同じアパートに住むだれかと出会って、それで恋が芽生えてってパターンもあるかもしれない。漫画の「めぞん一刻」的なパターンですね。漫画家の伝説になってる「ときわ荘」など、梁山泊的な磁性を帯びた場というのもあるでしょう。
僕も大学の頃の下宿がそれで、そこでであった先輩や同輩から多大な影響を受けています。今でもリアルに声や顔が蘇りますし、勿論名前もなにも全部言える。彼らから与えてもらったものは、途方もなく大きい。ラサール高校を出ながら、プロのロックミュージシャンを目指して中退した先輩には、ギターの弾き方から、ロックの聴き方、バンドのやりかた、マルクスから麻雀のやりかたからナンパの方法まで沢山教えてもらった。本人は教えたって意識はなかったかもしれないけど、身近にいれば雑談やら言葉の端々で「あ、そうなんだ」ってイヤでも身につく。あるいはまた別の先輩。ヨットマンで、ジャズとコーヒーと哲学を愛するダンディなこの先輩は、最初の頃、僕の部屋に乗り込んできて、いきなりどっかあぐらをかいて果たし合いのように哲学問答をしかけてきて(彼は面白そうな人に会うと必ずやるらしい)、そのくせ根はイケイケで麻雀囲むとめちゃくちゃ子供みたいになって面白い人だった。それと、、もう、あんな人、こんな人、楽しかった以上に意味ありまくりでした。もうそれだけで大学行ってよかったですね。てか別に行かんでも、あそこに住んで、あの人達と巡り会えたのが大きかった。
ほんでもその下宿を決めるときは、別にそんなのわかりゃしないわけで、立地と値段でテキトーに決めてただけです。1DKでなく、1Kですらなく、単なる「1」という六畳一間に押入れ半畳と玄関だけって下宿で、月1万5000円。トイレも流しも廊下を走って、階段くだって、外に出て、ぐるりと廻っていかないとならなかった。寒かったり、土砂降りだったりしたらもう大変。誰かが粗大ごみで拾ってきたテレビが先輩から後輩に延々と引き継がれ(僕も引き継いだ)、古紙回収用のボックスに入れられていた漫画雑誌やエロ本が延々流通しまくってて「あ、この本、まだある」とか、寒い京都の冬は銭湯いったら洗髪が半ば凍ってシャーベット状態になってたり、そんなんだったけど、それもコレもあれもどれも全部楽しい思い出でですねえ。80歳過ぎてたらしい大家のおばあちゃんが、バリバリの共産党支持者で、おお流石は反権力の牙城の京都だわとびっくりしたり。
しかし、そんな幸福な出会いばかりではなく、ネガティブなそれもあるでしょう。今のマンションの場合は人付き合いが乏しいから、むしろネガの方が多いかもね。
例えば近隣住人の夫婦喧嘩やドメスティック・バイオレンスがうるさいとか(大阪住んでいるときのマンションがそうだった、もう"絶叫"レベルで大変)、実はヤクザが住んでて毎日ビビって暮らしてたからそれに身に付いて何をするにもオドオド体質になっちゃいましたとか、同じフロアにすごい美人が住んでたからお近づきになれたらいいけど、普通そんなことはなくて、その憧れが嵩じてストーカーやら盗聴・盗撮癖がついてしまいましたとか、ろくでもない場合も多い。これだって「人生変わった」ことに変わりはないです。僕自身、マンションには何回か住んだけど、一回も人的にポジなことはなかったな〜。てか誰とも知り合わなかったし。下宿とか寮とかは全部当たりだったけど。
以上は、「どこに住むか」という居住選定のレベルです。
しかし、人生の決断は、勿論、他にも沢山あります。
あらゆる決断と本体/付帯
どこに就職するかとか、誰と結婚するとかとか、どんなサークルに入るか、どんなクルマ買うか、どんな服着るか、どこで何を食べるか、どんな本を読んで、どんな音楽聞いて、どんな趣味をして、、、その全てに本体情報と付帯情報があるのだと思います。
本体は決めるまでの話
大体において言えるのは、本体情報が意味があるのは決めるまでの話で、決めてから、いざコトが始まってからというのは、本体は後ろにひっこんで、これまで見えにくかった付帯情報が前面に出てくるのではなかろうか。就職でも入る前は、業務内容のほかに、やれ給与がどうとか、社屋が立派だとか、友達に自慢できるとか、親が安心するとか、そして何より一生安定してそうだとかが重要な本体情報になるでしょう。ほんでもね、多くの場合は「入るまで」ですわ、そんなガラクタみたいなものが貴重に見えるのは。実際に入ってみたら、よくある「半径3メートルの人間関係」で全てが決められてみたりします。あったかくて、尊敬できる上司、先輩、同僚に恵まれるのと、どうしても尊敬できない、イヤミで冷たい人々に囲まれるのとでは違うでしょう?
業務内容っつっても、企業だって生き残りをかけて必死に打開策を講じているんだから、何やらされるかわかったもんじゃない。実例では、リゾートブームの頃は猫も杓子もリゾート開発してたので、「我社も〜」とばかりイロイロやって、○○業に入ったはずなのに、気がついたらどっかの田舎の駅でハッピ来て客引きや送迎事務やってましたって話はよくあった。それに業界や業務っつっても、お茶汲みやコピー取りに「業界」もクソないです。同じように経理やデーター入力だったら似たような話。給与だって、残業手当がどれだけつくかとか、その他の手当がどれだけあるかによって違うし、営業マンとか場合自腹切らないとならないケースも多々あるから、あんま関係ないっちゃ関係ない。それが関係あるのは時給なんぼのカジュアルジョブでしょう。
社屋が立派とか駅から近いとかいっても、入ってしまえばほとんど関係ないし、通勤が〜とかいっても終電過ぎるまで残業やら接待やってたら結局寝泊まりかタクシーだから関係ないっす。友達に自慢とかいっても、「孝行をしたいときに親はなし」と同じで、自慢をしたいときに友達はなしですし、そんなもん散り散りバラバラになってたりもするし、かりそめ同窓会や飲み会で多少自慢して、皆に「すげ〜」と言われたところで、だから何だというのだ?ですよね。明日確実に予想される上司の厳しい叱責や取引先でのキツい吊し上げをふと考えてしまったら、不意に胃の中に黒いカタマリがブラックホールのように出現して、水割り飲む手も止まったりするんだわね。親が喜ぶとかいっても、親はその頃熟年離婚の真っ最中だったり、すでに認知症の気配があったり、「お前、大学のほうは行ってるのか?」とかボケたこと言われて、やべーなとか思ったり。
そして、大事な一生安泰ってやつも、今の御時世どうなるか一寸先は闇ですわ。巨大な企業やら外資の投資ファンドにぱっくり飲み込まれたり。そして精肉の解体のように、使えそうな部局だけ独立させて高くどっかに叩き売られたり、クズ肉処理決定の部局は、肩たたきやら出向・転籍・出向・転籍の繰り返しで、頼りなげにどんどん沖に流されるボートのようになって、岸なんかとっくに見えなくなってたり。それよりも、一生どころか3年くらいで「も、もう限界だああ!」って、ものすごーく辞めたくなったり、それをも抑えこんでいると、ストレスという名のエイリアンが身体の中に胚胎し、やがて育って、いつの日か腹を食い破って「みぎゃー」と出てきたりするもんです。で、ドクターストップ、療養生活。でもって再起動できないウィンドウズみたいになって、「F8を押してセーフモードで立ち上げを〜」って話になったり。どこが「一生」やねん。
そういった事例を考えるとですね、本体情報って何よ?って気もするのですよ。あんなもん、チョウチンアンコウという深海魚のチョウチンみたいなもんじゃないの?ぽっと明るともって、近くの小魚(自分)を引き寄せて、ぱくっと食うための幻想的な餌みたいなもんじゃないの?と。
「こんなはずでは〜」で、ドラマが始まる
ま、そうは言っても、もちろん本体情報の本体的な部分は残存しますよ。有名企業の有名部分はそのままだったりするだろうし、駅まで徒歩○分の客観的な距離は変わらないだろうし。一生安泰で、本当に一生安泰だったりもしますしね。しかし、いずれにせよ、やる前に思ってたのとは微妙に意味が変わっていく。始める前は、他に何も情報がなく、何も思いつかないから、とりあえず分かりやすい指標として本体情報が出てくるわけですよね。だからそれは本質的に意味があるから本体になってるのではなく、未経験者にも分かりやすいという点、明瞭性が優越するから本体のように見えているだけでしょう。だとしたら、他のものも見えるようになってきたら、相対的にその価値序列が変わってきて当然。変わらなければ嘘ですわ。そして変わって良いし、変わるべきだとすら言える。なぜなら、それが成長であり、人生の深まりでもあるのだから。
結婚相手だって最初は容貌の美醜やら生活力が決定的に思えていながら、いざ結婚したら、あんなことこんなこと出るわ出るわ。前にも書いたけど、結婚前に長所に思えた部分は、結婚後全て短所に転ずるの法則です。決断力に溢れて男らしいように見えた部分は、単に幼児的に自己中でワガママなだけだったりとか、おっとりして天衣無縫な魅力は、単なるズボラで怠け者だったり、そんなもん表裏一体ですからね。逆に短所に見えていたものが、実は好ましい長所に変わったりもする。優柔不断で頼りないなと思ってた部分は、実は頭脳明晰×本心から相手のことを考えてくれているからこそ、あらゆる可能性を考えてベスト回答を出そうとして思考時間がかかっていただけだったことに気づいたり。
安定の拠り所だったはずの年収やらステイタスなんかも、それが稼げるだけの自信満々で有能な奴ほど冒険的な起業をやったりするから、安定どころかどっぱ〜ん!荒海人生になってみたり。でもそれで、苦しいときも助けあって〜という、結婚式の誓いの文句を地で行く感じになって、振り返ってみたらそれが良かったり。つまりは安定しないからこそ夫婦は常に対話し、助け合えたとかさ。
逆に言えば、本体情報に裏切られるというのは、「ドラマが始まる」ってことでもあるのですよ。本体情報のまんま、つまりはガリ勉強やって東大入って高級官僚になったり、大企業に入って、上り詰めて、、ってやってるのもひとつのゲームとしては面白いかしらんけど、ガキの頃に書いたシナリオのまんま進んでいるから、ドラマが始まらず、深みも出てこない。しょせん子供のシナリオだから、大人がマジにやるのにはキツい部分もあるのですよね。面白くないのだわ。
もっとも、その通りやってそれなりのポジションにいる人達もいるけど、でもそれは結果的にそう見えているだけで、本人の目論見とか予定とかからすれば、必ずどっかにドラマがあって、「こんな筈じゃなかったんだけどね」って部分はあるはずですよ。狙ってそうなったというよりも、自然に流されているうちにそうなったという感じの人が実は多いように思います。そんなゴリゴリの出世主義者ばかりってことは、僕の経験上、思いがたいんですよね。そんなジュリアン・ソレル(スタンダールの「赤と黒」に出てくる強烈な野心家の主人公)みたいな人生送ってる人って少ないと思うし、それが成功するとは限らない。てかジュリアン・ソレルがそうだったように、途中でポシャるのが普通でしょ。
処世の知恵
以上、チョウチンアンコウのような本体情報と、実はあとからジワジワ効いてくる付帯情報でした。これだけだととっ散らかった話になっちゃうので、じゃあ具体的にどうしたらいいの?って疑問も出てくると思います。ま、そこをどう考えるかがアナタのアナタらしい部分であって、自分でお考え〜っていうのもアリだけど、多少割り切りやすいように「切れ込み」を入れ置きますね。
最初の段階で付帯情報に気づく
最初は本体情報しか見えませんから、その時点で付帯情報に気づくというのは難しいです。ある意味、未来予知に属するのでエスパーでもない限り無理。それでも、何となくそれを感じる場合もありますし、それを大事にされるといいかと。
これは過去に書いた「慮外の果実」「ひょんの一撃」「無意識と直感」「曖昧で要領を得ないものは常に正しい」と同じようなことになるのですが、重複を恐れずかいつまんで。
家探しでも、ショッピングでもなんでも、本来の目的、本体情報的には多少難アリ(予算オーバーとか)であっても、「なんかいい」「ピンときた」って場合があるでしょう。そういう場合は大体において「買い」でしょう。服でもモノでも家でも人でもなんでも、本体的な諸条件を「総合勘案して慎重に検討した結果、、」なんてのではなくて、ほとんど一目惚れみたいな場合があります。そういう場合は「選択した」「決断した」という意識すらなく、より生理感覚に近づけて言えば、「出会った」「巡り会えた」って感覚がします。
これ、分かると思います。あなたのお気に入りのアイテム。帽子でもギターでもなんでもいいけど、お店で見かけた時に、「やあ、そこにいたんだね」「待っててくれたんだね」「やっと会えたね」って感じがする。そういう幸福な出会いをしたことが生まれてこの方一度も無いって人、いますか?ちょっと信じられないんだけどな。
あの感じですよね。あれが付帯情報の感じだと思うのです。
予算がどーのとか、実用性がどーのとか、そういう「しゃらくさい」本体情報なんかバーンと吹き飛んでしまうような感じ。そういう感じがしたとき、それ、「当たり」です。絶対か?と言われたら、神様じゃないんだから、そりゃわからんですよ。でも当たりの場合が非常に多いと思う。少なくとも僕の場合はそうだし、誰に話してもそこらへんは共感してもらえる。
そのとき、なんでそんな感情が沸き起こるのか、それは深層心理学のお題ですのでここでは置いておきますが、そういう感情が起きるには起きるだけの理由と科学があるわけです。でも、ほとんどが無意識に係ることだから自分では意識できません。無理です。だから説明できなくていいし、説明できないほうがいい。大事なのはそこでピンとくる感度でしょう。その感度が鋭敏であるほど、その種のシグナルを多くキャッチできるし、人生はそれだけ豊かになってゆく。
シェア探しなんかでも、ここまで来てくれたら最高ですけどね。最初は本体情報だけでいっぱいいっぱいだけど、段々慣れてきたら、直感ピピピを感じられるようにアンテナが立ってきますから。
決め事するときのコツは、本体情報で探すのは別にいいんだけど(他に手がかりがないし)、数を撃ってやっていくこと、微妙な付帯情報の差異がなんとなく感じられてくると思います。まずは、「本体以外に大事なのがあるんだ」と最初から思っておくといいです。
ただし、これも強迫観念みたいになって「絶対ピピピが来るはずだあ」とか、「電撃の出会いがあるはずだあ」とか思い込み過ぎると、無理やりそう思い込んだりして感度が逆に鈍くなったりもするので、ほどほどに。「ほどほど」っては、全ての決め事にそれがくるわけでもないので(そりゃそうでしょ)、来ない場合もあるわけで、そういうときは、今回は、まあ流しておくかって、いい感じで距離感保っておくといいと思います。
途中で付帯情報に気づく
これはそのまんまです。やり始めたら、当初と目論見と全然ちがった光景が展開されたりするわけだけど、でも、なんか居心地がいいぞ、面白いぞとなったら、それは沢山の付帯栄養素(実は本体)に恵まれているわけですから、遠慮しないでもぐもく摂取してください。要するにエンジョイしろ、と。でも、僕の小学生の頃の経験のように、数十年後にそれに気づくような場合もあるので、リアルタイムにそれが分かる必要は無いです。分かるほうが珍しいかな。でも、なんかいい感じとか、好きだなとか、そういう感情は自然に湧いてくると思うから、それに従っておけば間違いないです。その意味は、数十年後のお楽しみ!です。いつか答え合わせをする日が来るよ。
本体だけで終わらせないこと
いずれにせよ、本体情報だけで人生組み立ててると、ともすればしょぼ〜い、不本意なものになりがちです。「それはそうなんだけど、しかし、、、」という。何なの?この満たされない思いは、ワガママや贅沢言ってるのかな?でも我慢できないんですけど、、、てパターンね。何度でも言いますが、本体なんかしょせんは釣り広告、見せ物件みたいなもんスよ。とりあえずはそれしか情報がないから、それを手がかりに始めますけど、それはドラマを始めるためもの、エンジンをかけるセルモーターみたいなもんだ、くらいに割り切っておかれるといいです。
余談ですけど、戦後日本の高度経済成長も、あの時代を「経済成長」とか、「終身雇用」とかそういう文脈で本体情報をバシッと組んでしまうのって、罪深いと思うのですよ。あの時代はあの時代で、実にカラフルにいろいろあって、経済なんたらなんか事柄のイチ側面でしかないです。そればっかで過去を総括するのって、史観としてどうなの?って気がしますね〜。
僕はガキだったから切実にはわからないけど、でもあの頃に働いている日本人で、安定やら終身雇用なんか考えてた人ってリアルに居たの?って、まずそこからして疑問ですね。要はいっぺんドカーンと大破産して、無一文になって、また路地裏のバラックみたいなところから小さな商売はじめて、だんだん客がついてきて、そろそろ本社もカッコつけましょうかってな感じだったと思うのですよ。そんなもんが一生続くとは考えにくかったでしょう。大体が、朝鮮戦争やらキューバ危機やらベトナム戦争やら、第三次世界大戦の危機感はハンパなく普通にあったし、ついこないだまでそこらへんに死体がゴロゴロしていた直近過去の感覚からして、「一生安心」「終身」なんて発想なんか薬にしたくても出てこなかったと思うよ。今生きてるだけでもめっけもんみたいな。死んでいった戦友たちや、クラスメートや、近所の人達の事を考えたら、それが普通でしょう?
だからあの当時、誰も彼もが終身雇用を享受していて、、、なんて思うのは大間違いじゃないかな。いつ死ぬかわからん、「束の間の平和」ってくらいに普通に思ってたのに、そんな先のことまで考えてるヒマはいなかったんじゃないの?それに高度経済成長も、それが「高度」「成長」なのかどうかなんか、突っ走ってるときにはわからんですよ。それどころかハラハラドキドキで、前方に大きな段差があります!回避するんだ!間に合いません、突っ込みます!歯を食いしばれ〜!どっか〜ん!って、ドルショックやら、オイルショックやら、ハイジャックやら、公害やら次から次へとトラブルはあって、そこをラリー車のように突っ走ってドッタンバッタンやってたのがリアルな感覚じゃないですか?激しい上下動に頭をボンボン揺さぶられながら、安定?なにそれ?下らないことくっちゃべってると舌噛むぞ!って。
それを高度成長だ、安定だ、経済優先だ、終身だ、学歴だ、、、、って過去を(誤って)総括して、そこで本体情報のフォーマット作って、それを人生のテキストマニュアルみたいにした時点で、すでに日本の凋落は約束されていたようなもんだと思います。どっかんラリーのパワーも魔術ももうそこには無い。マニュアル世代が嘆かれたのはすでに80年代初頭からそうだったもん。なんによらず、過去を模倣しはじめた時点で、その人その組織に未来はないね。未来とは創造するものであって、模倣するものではないもんさ。温故知新で参考にするならともかく。ましてやその過去の把握が間違っていた場合、も〜う大変。それってある意味では「完全自殺マニュアル」じゃないのかしらん。こうやればほぼ確実に失敗できますよ、という。
何が言いたいかというと、本体情報の総本殿みたいな高度成長時代だって、リアルにみたら実はそんな感じではなかったってことです。
ここから先は言葉の遊びになるけど、最初の段階で見えやすい本体情報ってのは、実は擬似本体、エセ本体であって、本当の本体は、もっとわかりにくい形でやってくる。目には見えにくいんだけど、でもズシッと重量のある感じでやってくるってことだと思います。
文責:田村