やらせる人達とやらされる人達
今週は、とほうもない大風呂敷を広げます。とりとめなさすぎてただの寝言みたいになるんだろうし、誰もついてこないんじゃないかって大いに予想されるんだけど、でも、ま、別にいいかと。
なにかというと、今ってもしかしたら第三次世界大戦をやってる最中じゃないかって話です。軍事的にというよりも、哲学的に。
何度も書いているように、これまでの人類の「しあわせフォーマット」みたいな原理、頑張って生産して成長してそれでハッピーという、金さえあればOKさ的な、強ければ良い、多ければ良いって価値観、それをベースとした全ての社会システムと倫理観が頭打ちになっている。遡れば1970年代からなっている。その頃から物質文明に対する懐疑という形で多くの疑問が投げかけられ、今となっては、もはや古典になるくらい。
なぜかといえば、これ(成長神話)って絶対的に窮乏していた昔の話、平均寿命が20-30歳とかいう絶対的な飢餓状況(=それは多くの動植物が今この瞬間にも甘受している地球のデフォルト自然生存環境でもあるのだけど)、そこからは脱しているからです。もう十分に豊かになった、だからこれ以上の成長はあんまり意味なくて、成長のための成長みたいなヘンな話になるからです。で、変な話になっている。
極東ローカル事情、日本で言えば、戦争末期から何もかも失った敗戦直後の焼け跡にその種の絶対飢餓が出現し、そのときのメンタリティや方法論(高度成長)がトラウマみたいに強烈で、もはや無用の長物になったにも関わらず尚も根強く残っている。でも(経済)成長しにくくなっているのに成長するしか幸福になる道はないと信じ込んでいるから、オートマティックに不幸になる。
ともあれ、そういうゲームのルールでやってきたわけですが、そこで巧妙且つ強力に国際的に儲けるシステムを作り上げている人々がいる。資本主義をゴリゴリ押し進めて大量生産消費社会という養殖場みたいな社会にして、そこで従順な稚魚レベルから洗脳して、働かせてはを搾取し、消費させてはぼったくるという。笑いが止まらないだろうな。
はたまたエネルギー資源を独占したり、適当にドンパチ戦争させて双方に武器を売って大儲けしたり、ドルを基軸通貨とするマネーゲームの中枢を握ったりって、非常に、なんというか、上手な人達です。ここから先は微妙に陰謀史観になってあんまり深入りしたくないから、ともあれそういう流れがあり、流れがあれば誰でもそこでサーフィンしたいわけだけど、やっぱい上手い下手があって、波乗りが上手な人達がいる。まあ、自分で波を作ってるんだから上手いのは当たり前なんだけど。
例えば大量消費については、有名な電通の十戒みたいな戦略十訓があります。
1. もっと使わせろ 2. 捨てさせろ 3. 無駄使いさせろ 4. 季節を忘れさせろ 5. 贈り物をさせろ
6. 組み合わせで買わせろ 7. きっかけを投じろ 8. 流行遅れにさせろ 9. 気安く買わせろ 10. 混乱をつくり出せ
元ネタはヴァンス・パッカードという人が書いた『浪費をつくり出す人々』という本だと言われているのですが(
WIki)、これって1960年出版だから、分かる人にはその頃から分かっていたわけですね。
それが「消費」ではなく「浪費」になっている時点で、もう大自然の法則からは離れます。生存のための尊い営みではなく、よく考えてみたら全然必要のないことになっている。この戦略十訓は一般商品についての話ですが、これを武器や軍事設備に置き換えてみたら(つか、これも立派な商品なのだが)、「もっと使わせろ」のために、「きっかけ」「混乱」を作り出し、時代遅れにさせ、気安く買わせるという。オスプレイとか、なんでも。
戦争でも蟻の集団同士の闘争など、大自然には生存競争としての闘争はあります。素晴らしいとは思えないが、それはまだ必然性や自然の原理に裏打ちされている。んでも、一部の上手な人達が儲けるためのイベントとして軍事紛争を演出するなら、それはもう本来の戦争ではない。
しかし、まあ、そういう大きな「おはなし」を作ってしまえば、皆もそういう世界観や価値観で生きるようになるから、世の中のそういう流れになるし、予め流れのあちこちに仕掛けをつくっておけば、もう黙っていてもお金が入ってくる。いやあ、やってる側は面白いだろうな。
実際にそういうことを「やってる人達」がいるかといえば、多分いる。そこにそういう儲かる状況があれば、それをやる人がいるでしょう、一般原理として。人類全員が「いや、さすがにそれはダメでしょう」と懸命に自己抑制するとは思いにくい。そこまで賢者仁者ばかりではない。だからやる人はいるだろう。それも大量にいるだろう。どこで仕切り線を引いて「やらせてる人達」と「やらされている人達」を分けるのかはケースバイケースで難しいでしょうが、どちらかに極端に寄せれば、ごく一握りの人達が仕掛けているって話になるし、その流れに乗らないと食っていけなんだよって意味でいえば、ほぼ全員がやらせる側に廻っているともいえる(同時にやらされてもいる)。個人的にはその仕切り線の位置にそんなに興味はないです。見方一つだから。ただ、ここでは全体構造としてそうなってるなあってことです。
メスメライズとその失効
ネタバレのネット環境
それがあっちこっちで綻びかけて、養殖場の魚達もだんだん気づいてきて、メスメライズ(催眠術)がきかなくなりつつある。
第一に、ネットでなんでも裏側が見えてしまうという傾向。
もちろん「あの人達」(便宜上そう呼ぶけど、具体的な人とか特定の集団とか深い意味はない)も、ネットをつかって誤魔化そうとするのだけど、マスメディアと違って中枢権力者を握ってしまえば統制がきくわけではないので、もうモグラ叩きみたいにあちこちに情報が伝播する。統制がきかない。
写真はネットで広く行き渡ってる画像で、安部首相の国会答弁のスナップですが(マウスを上にのせると拡大します)、もう親切極まりない想定問答集どおりに答えている。それはいいんだけど(良くないんだけど、本当は)、それ以上に、小学生低学年の絵本のような漢字ルビ。「他人事(ひとごと)」「表(あらわ)そう」って、
え、これも読めないの?という。そして、最後に
(水を飲む)とかいう振り付けまで指示されている。水くらい自分の意思で飲めよというか、先週書いた「誰にでも出来る仕事」の筆頭に総理大臣がくるんじゃないかって感じですよね。
別に安部首相だけではなく、他の首相も大臣も似たり寄ったりだったりするんでしょうけど、ここで言いたいのはそういうことではなく、こういうエンバラシング(カッチョ悪い)画像が、普通にネットに出回っていて、日本から8000キロ離れた僕でも「またこの写真か」レベルで、探すまでもなくブチ当たってしまうという事実です。こんなのちょっと前だったら絶対ありえないでしょう。
それに加えてアサンジやスノーデンが国家中枢機密をバラしたりするから、もう汚染水のようにだだ漏れになってしまうという状況ですね。勿論全てが明らかになっているわけではないけど、一番隠しておきたいことがいつ出回るかわからないという状況、少なくともその可能性はある。手品をやってる最中に、観客席にそのネタ解説が画像付きで回覧されているようなものだから、やりにくいったらありゃしないでしょうね。
神話に参加してない世代
第二に、成長だなんだといっても、リアルな経験としてそれを共有できている一定年齢層、僕も含めて上のジジババ連中はわかるかもしれないけど、生まれた時から停滞している若い世代にそれをいってもピンとこない。もう雪を見たことがないインドネシア人に雪を説明するという、こちらの語学学校やシェア先的な話で、昔みたいに「2年我慢したら給料倍にしてやる」って、「おおっ」ってトキメキなんかわっかるわけないよね。「札束」なんか見たことない人のほうが多いんじゃないかな。バブルの頃はありふれた物体だったけど。ま、物欲、性欲共に淡白になっていって、それはそれで生物として優秀な環境適応能力だと思うんだけど、鉦や太鼓をカンカン叩いてもしら〜っとしてるね。
ただし、余談ですけど、成長はないけど、絶対レベルで豊かな環境にそだってるから育ちは良いし、感性やテイストのレベルの高い人も相対的には増えてるんじゃないかな。自分だけのファッション、自分だけの音楽って。敢えて「自分だけの」という力みもなし、そういう意識すら無い。旧世代は、そういうマニアックなことを知っているのが「カッコいい」「エラい」という、とどのつまりは競争成長原理から自由になれてないけど、彼らはそうでもない。自慢したいからやってるって感じでもない。
だから逆に知らないことをそんなに恥ずかしいとも思わない。「流行」なんか死語に近いし、少なくとも「流行歌」なんてもはや「いとをかし」みたいな古語でしょう。そうなると電通戦略十訓もだんだん効力がなくなる。「あなたは段々眠くなる〜、欲しくなる〜」って50円玉紐でブラブラさせて言われても、「いや、別に、今日はいいっすよ」という。で、それは世界的な傾向でもあるでしょう。
それじゃ困るんだろうな、「あの人達」は。だからもうあの手この手で頑張るんだけど、頑張るそばから見透かされて、ネットの一部で笑われているという。それでも前回書いたレイトマジョリティにはまだまだ有効だから、それをやる。でもって時代の進展が早くなってるから、アーリーとレイトのギャップが激しくなる。
そしてやる側としては、絶対数で大量であるレイトに照準を当ててるから、アーリー、それも先っぽの方から見てると、気が狂っているのか、茶番の道化を踊っているのか、不可解に見える。なんかもう、しょーもないDMメールやオレオレ詐欺みたいなもので、「こんなんで騙される奴いるんかよ?」レベルなんだけど、騙される人もいる、それも結構いるって話なのでしょう。でも、徐々に賢くなるし、徐々に世代交代も進むしで、やる側としては状況的には不利。"♪Time is NOT on my side"って。
追い込み
次に、それでも無理やり言うことを聞かそうとすれば、「優しく騙して」という昔の方法論はダメで、恐怖で縛り付けるようなダサい方法論になる。その昔は、全体に上げ潮だったし、ほっといても皆が豊かになり幸福値もあがっていったから楽なもんでした。日中国交正常化のお祭り騒ぎのときも、同時進行で文化大革命で何千万人という人々が虐殺されていたんだけど、知ら〜んぷり。完璧シカトの100%スルーで、メディア統制も国民統制もきいた。上野動物園のランラン、カンカンで皆幸せだった。ネットもなかったから、よっぽど事情に精通している人くらいしかわからんかった。昔はよかったってやつですね。もうオリンピックでも万博でも、とにかくでかいイベントぶちあげておけば皆もニコニコだった。ノリが良かった。楽だった。
今はそんなことないもんね。オリンピック自体、国際的に価値が低落してると思えるし、こないだのワールドカップも商業メディアの「見ない奴は非国民」とばかりの半強制的な盛り上げが反発買って、結果がダメだと手のひら返して選手叩きをするという、なんか漫画に出てくる典型的なダメ上司みたいね。散々大口叩いてミスリードして、当然のように結果がダメだったら、今度は部下のせいにして「困ったもんだ」とかポーズを取る。それが又うんざり感を誘う。
何をやってもそうは騙せず、それどころか非難罵倒以上にキツい「人としてどうなの?」レベルの冷たい侮蔑の視線を投げつけられる。でもやめるわけにもいかないので、騙せないなら騙しやすいように露骨になっていく、あるいは詐欺がだめなら脅迫だということでコワモテになる。このあたりは一般犯罪(カツアゲとか)と同じで、最初は猫なで声で言いくるめようとするけど、それがダメだと一転して語気を荒らげるという。
一般に他人をやや力づくで誘導しようという場合、マチ金やその筋の業界用語でいう「追い込みかける」という手段になるでしょう。物質的に窮乏させていき、ひいては精神的に逼迫させ、視野狭窄に陥らせ、愚かな意思決定をさせるように仕向けること。
国民貧困化計画
これを今の日本はせっせとやっているのではなかろうか?と。つまり国民いじめというか、国民貧困化政策ですね。とにかく背が立たないくらいの水深にしてあっぷあっぷさせる。もう一つは異論を叩く同調圧力の強化です。逆らえないというよりは、他人と違っていることを許さないこと。
いや、これ不思議なんですよね。国民イジメといっても、国に1039兆円(最新数値。直近3か月で14兆4563億円も増えた)も借金があって、その引当になるのが国民の資産だったら、国民セクターから政府セクターへの所得移転をしないといけないので、今日も張り切って増税なり、料金値上げだの、同じ意味である○○控除の廃止やら、支給年齢の引き上げやらってことをやる。
あ、余談ですけど、基本、税金というのはヤクザの因縁と同じでしょう。住民税所得税くらいまでは「社会の会費」という説明がついても(金持ちの会費が高いのもそう)、酒税はわからん。なんで酒飲んだら国から金取られるの?相続税もそうだし、固定資産税もそう。なんで親族が死んだら、なんで不動産持ってたら金取られるの?というと原理的な説明は出来ないでしょう。ヤンキーが金持ちのいじめられっ子にタカるのと同じ。「なあ、お前、金入ったんだろ?俺らにも廻してくれや」という。それが「いいクルマ乗ってんじゃん」「いい家住んでんじゃん」になってるだけ。国家=最大最強の暴力団説が出てくる。
あ、これ、僕が冗談で言ってるんじゃなくて、政治学や法学とかやれば普通に出てくる発想です。あそこでは国家というのものをメカニカルに分析しますから。プロの技術者というのは、出来上がったものの使い方が上手なのではなく、ゼロからそれを作れる人のことでしょう。How to make a nationって「国家の作り方」ですね。でもって、本来が因縁レベルに無根拠の税金を、「納税は国民の義務」であり、なにやら道徳的に正しいかのように思わせるのが政治の技法であり、そう思っている人がいるなら確かにメスメライズは成功している。これを政治学では「正当性の契機」とかいって、古くは王権神授説とかいろいろある。
さらにちなみに、中国や韓国が反日的になるのも、政治メカニズムでいえば当然の部分もあると思います。これは70年前の政治構造がシーラカンスのようにナイスな条件で保存されている北朝鮮をみればわかるのですが、偉大なる首領様がなんで偉大なのか?といえば、戦時中の抗日戦線のヒーローだったからでしょ。だからあの人達の権力を維持しようと思えば、いかにそれが偉大かを賛美し続けなければならず、そして敵は強大悪逆でなければならないから日本は鬼畜悪魔であらねばならないという理屈です。中国も似たり寄ったりで、未だに人民解放軍が権力の一角を占めているわけで、「解放」って何を今更なんだけど。逆に日本は、鬼畜米英だったのに一夜明けたらその鬼畜に従ってるわけで、そこに絶対矛盾のカッコ悪さがあるから、出来ればウヤムヤにして忘れてしまいたいって真逆ベクトルの忘却圧力が強いんでしょうね。
閑話休題、税金の話ですが、そうやってあれこれ因縁つけて、上納金を稼いでも、さらに上位にある大暴力団に上納するように、右から左に既得権益のために上納しないといけない。復興予算の流用やら、公共投資やら、株価操作やら、もうお金がいくらあっても足りない。もともと足りないのに、さらにヤケクソのようにむちゃくちゃ使うから(世間ではアベノミクスと呼ばれているが)、も〜う大変。だから携帯税やら、パチンコ税やら、死亡消費税やらでてきて、この調子でいくと、電車バス税、ネット税、コンビニ税、さらには散歩税、歯磨き税、睡眠税、呼吸税、一日いくらの生存税。とにかく1000兆円を国民からふんだくってこないといけないんだから大車輪でハッスルせざるをえない。それは分かる。良いか悪いかは別として、そういう状況にあるのは分かる。
しかしやり方がヘタクソ過ぎる。なんで?というくらい下手。
昨年の秘密保護法のときも書いたんだけど、一番疑問なのはそこ。もっといくらでもしれっと成立させる方法はあったのに、わざわざことを荒立てるように、人の感情を逆撫でするようにやるのはなぜか?もしかしたらそのくらい劣化してるのかもしれないし、半分はそうだと思うけど、もう半分は意図的に下手にやってるんじゃないかと。消費税なんか一番反発食らうのわかってるし、あれももともとは国債の格付けを守るためという原点があって、実施の段階では世界が違う方向にいってたんだから、別にやらなくても良かったようなものだし、あそこで撤回したらマジに支持率大上昇でしょう。ほんでも現実は、立て続けにあれもこれもそれもどれも全部値上げして、口では「国民生活の影響軽微」とかいってるくせに、やってることは実質脅迫に近い。
「ほ〜ら苦しいでしょう?もっときつくなりますよ」って、なまぬる〜いサディスティックな視線というか。これもイジメの手法で、親愛の情を示す肩を叩きを、思いっきり痛いように叩いて「なんだよ、痛くないだろ、このくらい?」って笑いながらさらにボコボコやってるような薄気味悪さがある。
生活しんどくなってきたら、もう必死になってくるから、あんまりものが考えられなくなる。貧すれば鈍す。
そして、金が無いのが最大の悩みになってくるように仕向ければ、「金さえあれば」って方向に視野狭窄が生じるのも道理。他人を一つの方向に向かわせること。それが他者支配の要諦であるとしたら、なるほど確かに成功しつつある。「とにかく金じゃ」ってなってくれた方が利益誘導もしやすいし、これまでのように働かせては搾取、使わせてはぼったくりが出来る。お金を使う以外に幸福になる道はないとばかりに、深層心理に黒々と刻印がジュ〜っと押し付けられたら、あとはもう簡単。なんでも金で黙らせることが出来る。「しょせん金目」とはよくぞ言った。失業して無資産になる恐怖をたっぷり教えておけば、企業がどんなパワハラをやろうがセクハラをやろうが、眉根をぎゅっとしかめながらも、いくらでも従順に耐えてくれる。
なんでそんなことをするの?といえば、これまでのとおりのお金儲けのシステム、もう人類レベルにシステム化された旧体制(敢えて旧体制と呼ぶが、保守と呼びたければそう呼べば良い)の補強維持になるからです。なんせ、今は昔ほど皆が騙されてくれませんから。眼の色変えて物欲や出世欲の権化にもなってくれませんから。だからこれ見よがしに「死ぬかもしれませんよ〜」ってキツく露骨に攻めていくしかないという。
同調圧力強化計画
もう一つ不思議なのは日韓関係です。あれだけ両国で憎悪のぶつけあいみたいなことを民間で煽っておいて、じゃマジに戦争するの?というと、そういう流れには全然ならない。もう最初っから口喧嘩だけで、絶対に手を出さないという固い約束が最初にできているような気もする。じゃああんなに憎悪をかきたてるようなことばっかやるのか?いわゆる右傾化ってやつだけど、今どき右も左もないから、あれはそう見えるだけの仮面で、本質でないと思う。
じゃあ、本質はなにかというと、僕が思うに、居丈高に異論や反論を叩き潰す、つまりは「叩く」という行為を蔓延させること。もともと日本社会ではお得意のお家芸だけど、しかし、若い人になるほど「人それぞれでしょ?」って、ある意味では健全な価値相対主義が広まり、呼吸をするように自然と個人主義的になっているから(そうでなくてどうしてヒッキーになったり、非婚化するのだ)、それじゃまずいんでしょう。あの人達は。回れ右といったら整然と回れ右してくれないと困る。てか、怖いんだろうな。だから頑張って「自由にものが言えない雰囲気」づくりに精を出しているという。
やり方は100年前から変わってなくて、政府とかお上に楯突く物言いをすると、「アカ」「主義者」扱いにして村八分にする。人格的におかしい、狂人扱いにする。暴力もふるえば、逮捕拷問もするし、人間的に間違った主張という感じに徹底的に摺りこんでいく。ちょっと「平和がいいんだけど」とか言おうものなら、リベラルだの、ブサヨだのレッテル貼るのは、これももう古典芸能でしょう。
でも、昔はそれが通用したけど、今はどうなのかな?見切りでいえば、「ネトウヨ」とかいう概念が広まってる時点でもうダメちゃうかな。戦前の軍国主義ムードの頃は、ってリアルにそこに居なかったから当時を描いた作品などから想像するしか無いんだけど、軍国的になることがカッコ良かったように思われます。無理やりそう仕向けられているというよりは(そうなんだけど、成功してるから)、すごいメジャーでポップでイケていた。「僕の兄ちゃんは予科練を一発で受かった!」なんて誇らしげに書いてたり、真っ白な詰め襟の海軍の軍服姿で故郷に帰れば、地元のガキどもは羨望の目で見るわ、お年寄りからは挨拶されるわ、「凛々しい若武者」みたいな爽やかカッコよさがあり、どうかするとJリーガー以上に持て囃されたんでしょう。当然お見合いでも好待遇。だからってのはあるのでしょう。で、今同じようなことを言ってるとネトウヨ扱いされるわけですけど、ネトウヨがカッコ良くてイケてるか、就職やお見合いで好待遇になるか、女の子にモテモテでもう困っちゃうな〜って感じか?ってことです。また口だけ番長で、ネトウヨとおぼしき人々が自衛官募集に殺到しているという話もあまり聞かない。殺到しているの?
必殺、ちゃぶ台返し
これまでの人類レベルのお金儲けや支配システムや価値観がコケたらどうなるか、ってもう半分コケてるんだけど、薄々皆も感じつつあるのだけど、もしそうなったら、その構造に忠誠を誓って分前をたくさんもらってる順に悲惨な話になるでしょう。いわゆる革命ではないけど、それに近いような話になっていく。資産も権力もパーになってしまってホームレスに転落するかもだし、それどころか自分らでそう仕向けた攻撃性の高い一般大衆に引きずり出されてなぶり殺しにされるかもしれない。その頃には新しい時代に完全適応した、よりしたたかでより強大な新興勢力が出てきているだろうから、それらによってマリー・アントワネットのようにギロチンにかけられるかもしれない。まあ、リアリティないですけど(ギロチンなんかねーよって)、でもね、スターリンとか調べてると、あの種の人達には異常までに恐怖体質な人がいて、実際には大した高さでもないにも関わらず、転落したら死ぬしかないと思い込んだりもする。プライドも異常の高いしね。どういう恐怖の心象風景が映っているのか、わからんです。
冗談のようでいて、今だって、原発村でテキトーなこと言って年収数千万もらってるような人のことを、八つ裂きにして飽きたらないってくらいムカついている人は、推測だけど数十万人くらいいるんじゃないのか?少なくともゼロってことはないだろ。検察審査会が東電の幹部連中の不起訴不相当決定をしたけど、これでまた検察不起訴→審査会また不相当ってなったら強制起訴になる。司法は僕らの仲間だから大丈夫っつっても、その頃にはどういう潮の流れになってるかわからんし、ヘタしたら実刑。刑務所に入ったらもうただの人だから、恨み骨髄という受刑者がほかに沢山いたら所内でリンチで殺されるかもしれない。まあ、そんなことないだろうけど、万が一そうなったらどうなる?とか思ったら、やっぱ怖いと思いますよ。気が小さい僕だったら、ちょっと病むかも。
直近のリアルな(しかしまあ可能性は低い)シナリオでいえば、日米それぞれ無理に無理を重ねて高値にしている官製株価が致命的に暴落することです。リーマン・ショックPART2が既に秒読み段階だってのは、よく言われますよね。まあ、それが10秒なのか1万秒なのかわからんけど、未来永劫続くわけないでしょって。EUも含めて、よくまあここまで支えてきたよ、偉いよって拍手したいくらいの感じですけどね。で、それはまだ大したことないです。日本のメガバンクが一つくらい潰れるかもしれないけど、まあ、その程度。問題は、それを引き金にして大暴落が起きて、日本国債の金利もあがって、今までの国債保有者(銀行や機関投資家)がほとんど即死状態になって、だから預金も封鎖され、老後の資産もパーになり、全員破産みたいな。
ただややこしいのは、あの人達ももしかしたら、そういう「グレート・リセット」みたいなものを待ってるのかもしれないって点です。日本ローカルでいえば、どう考えても無理に決まってる財政破綻、もう屋根も吹き飛び、壁も倒壊しているのに、柱一本立っていたらそれは「家」なのだと頑強に言い続けているようなものですが、でも夜になったり寒くなったら嘘も続かない。もうどうにもこうにも、、、ってことになるかも、遅かれ早かれそうなるかも、だったら、ここでリセットかけたい。もう詰み一手前くらいのところで、ぶわ〜っと将棋盤をひっくり返すような、「必殺ちゃぶ台返し」をカマしたいんじゃないかな。徳政令っていうか、それではモロバレだから、結果は同じでももっと騙しやすい理由、「緊急事態ですよ、しょうがないんですよ」感が高いもの。「有事」ですよね。「そんなこと言ってる場合かあ!」と一喝してばっくれられるようなこと。つまりは、夏休みの宿題やってない子供が、新学期前に校舎に放火するような話なんですけど、やるかもね、と。
ただし、あの人達にとってみたら、そのリセットは自分らでやりたいだろう。自分らだけ安全な場所に避難して、それからボタンを押したいでしょう。だってそうでないと自分らまで焼け死んでしまいますから。ところがそう思うようにいってくれない。それが今回のマレーシア航空機とウクライナなんかなと。
国際レベルでのあの人達
話は一気に極東ローカルから世界の中央になりますが、覇権国アメリカ、てかアメリカも多種多様な勢力があるから一枚岩で語るのは危険ですが、アメリカの軍事と経済、とくに金融を握っている勢力、それはアメリカ人であるとは限らないです。「あの人達」に国境はないですし、国籍も民族意識も希薄でしょう。だって、会社設立するみたいに一国を作る力があるんだから(イスラエルとか)、なんで自分で作った手駒に自分が従属しなきゃいけないの?てなもんでしょう。それは色んな人がいるでしょう。ネオコンとか呼ばれる人もいるだろうし、ユダヤ資本(本当は正統ユダヤでもないんだけど)とか。でも、他にもそれぞれの思惑でそれなりのポジションにいて、それなりの絵を描いている人は沢山いると思いますよ。ま、その内訳はあんまり興味ないからそれとして、結果的にアメリカが世界を動かすに有利なポジションにあるから、そのアメリカを使ってるだけみたいな感じっしょ。
彼らのシステムは、今の世界の基本構造のすべてっていうくらいなんだろうけど(てかそれに適応したんだろうけど)、それは例えば、なぜかドルが世界の基軸通貨になってるとか、なぜか英語が世界公用語みたいになっているとか、大企業による国際市場支配システムを作ってるとか、新自由主義という名の弱いものイジメを正当化するとか、IMFを作って援助をするとかいいながら、その国の開腹手術をして、資本投下して、自分らの仲間の企業(大抵はアメリカ企業)の傘下に入れたりとか。まあやってることは第一次世界大戦の頃から変わらんのですけど。洗練された金融植民地主義です。
BRICS銀行
でもそれがヤバくなってきている。BRICSの台頭です、今更言うのも恥ずかしいくらいですが。BRICSはもう終わったとかいうけど、僕はこれから始まるんだと思います。先物金融では妙味が無くなって終わりなんだろうけど、実質的にはこれからでしょ。その人口力、その資源力、その伸びしろの大きさ。でもって、こないだBRICSが集まって国際会議を開いて、BRICS版IMF(BRICS開発銀行)を作りましょうって話になった。これまで新興国がコケたらIMFてかアメリカてか「あの人達」の援助を受けるしかなく、そうしたら骨抜されて経済的に家畜化されるんだけど、これからはBRICK銀行に頼みましょうって選択肢ができちゃった。
なんせBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の相互貿易だけで世界のGDPの40%を占めます。さらにアメリカにとって怖いのは、決済通貨がドルではなくなっていくことだと言われます。今まではドル基軸だから、ドルで決済して、ドルで儲けて、それを貯めようと思えばアメリカ国債を買うって話で、日本も中国も山ほど米国債をもっている。それがアメリカの財政を助けていたし、基軸通貨の有利さでいろいろな金融的な仕掛けもできた。それが強さの源泉になっていた。しかし、BRICS銀行とか、その中で行われるスワップ決済が広まってきたら、別にドル要らないじゃんって話にもなって、これは金融資本であれこれ儲けようというそれこそ「ドル箱」になっていた枢要部分を破壊されることにもなる。てか、ドルの影響力が相対的に低下していくと、無理に無理をかさね、粉飾を重ねていたアメリカ国内の経済状況が一気にポシャる可能性もある。既によせばいいのに又サブプライムみたいなことしてるし。ま、そんなにポンポン物事が進むわけ無いけど、それでも脅威であることに変わりはないです。
実際、BRICS、強いです。これまでのシステムが、米英というか、人種的にはアングロ・サクソン系というか、「英語喋ってる人達」というかのシステムだとしたら、どうしてもアメリカが強すぎちゃって一国独裁的になってしまう。形も悪いね。つきあいで英国も、しぶしぶフランスもドイツも一緒にやるけど、温度差はあるし。日本は残念ながらポチだから世界レベルではお付きの犬扱いに近いけど。
しかし、BRICSがもし帝国主義時代のイギリスのやり方のように一国だけで動かないでライバルのフランスやドイツなどを誘って一緒に動き、国際世論という感じでじわっと攻めるという賢いやり方をしたら、これは脅威でしょう。BRICS五国が仲良く連携取ったら、多分世界最強だと思います。だってさ〜、単純に喧嘩だけなら中露二カ国だけでアメリカとタメ張れるでしょ。経済とか発展でいえば伸びしろは圧倒的に強い。つまり巨大な市場を持っているということは、世界の企業はこの市場に媚を売るしかない。資源でいってもロシアとブラジルで大体まかなえる。国際民間ビジネスでいえば、華僑と印僑ネットワークを使える。黒人層や第三世界には南アフリカが窓口になる。多分足りないのは最先端技術とか、ブランド力くらい、それと国内の人権問題。
笛吹けど踊らず
だからアメリカの中でも、「あの人達」でない人達は、オバマもデモクラッツも基本そうだと思うけど、アメリカ内部で好きなようにいじくってる「あの人達」を快くなく思ってる部分はあろうし、BIRCS体制とバランスをとりつつ世界を動かしていくほうが何かと良いだろうとも思っているでしょう。ま、いろんな貸し借りや思惑があるから一概にはいえないけど、大雑把に言えばそうなんじゃないかな。これはどういうことかというと、アメリカ民衆の利益と、アメリカの国益と、あの人達の利益が、微妙に、てか結構矛盾しているってことです。
あの人達にとっては逆流になってきつつあるから、今のうちにロシアを叩いちゃいましょうって話なんかもしれないけど、それがウクライナであり、それがマレー機撃墜なんかもしれないけど、70年前のパールハーバーのように火がつくわけでもない。なんだかよく分からないって感じで、むしろネットなどでは、「又かよ」「性懲りもなく」「バレバレなんだよ」という声も結構あって、逆効果というか。
表向きのメディアではロシアが悪いって言わせているけど、やり方が下手だし、唐突すぎるし、意味不明っぽくなっちゃって説得力も起爆力もない。だからだんだんトーンダウンしている。もうとばっちりで死んだ人が可哀想過ぎる。それがまた微妙に無常感を醸して、グロテスクな国政政治の断片を垣間見せて、引かせて、前よりも魔法がかからなくなっている。なんというか、落ち目の時はこんなこんなもんなのかな。真実何があったのかは分からないけど、アメリカつか、あの人達の「いつものやらせ」でしょ?って疑惑が生じた時点でもう作戦としては失敗でしょう。「なんちゅうことすんねん!」って怒りに火が点いてくれないとならないわけで。911のように。
でもって、今度は何を今更的に思いついたようにイラク空爆をやると言ったら、好感してNYダウが上昇するという。戦争やるっていって株価が上がるんだ、ふーん。そういえば、先週末の日経平均の暴落を地政学上のリスクとか大ボケ言ってて、それをまたメディア各社が、アフィリエイト狙いのクローンサイトみたいにコピペしてて呆れました。こんなメディアに金払って読んでる人がいるという事実が、また可哀想過ぎて。でもさ、株やってる海千山千の海外投資家筋が、社会科の地図帳配布された中坊みたいに「へー、○○ってこんなところにあるんだ!」って今更ながら世界地理に明るくなって、そのリスクに気づくと?ほんでもそのリスクが顕在化してNYでは上がってるんだけど。なんなんだろうね。
第三次世界大戦の二重絵
第一コートの風景
上に述べたように、二つの潮流がぶつかっているのがダブルであるように僕には見えました。わかりにくいんだけど、2×2です。第一コートではAとBが戦っていて、第二コートではCとDが戦っている。
Aは旧来の価値観というか大量生産と消費の成長競争原理のシステムで、これに対立する新しい波は、新個人主義というか、新ゆとり主義というか、しらけというか、悟りというか、それまでの半強制的なまでの価値観の押し付けに対して「そうなんかなあ」って感じでいる流れ。Aというのは、基本的にマスで動かして地引き網的に儲けるシステムだから(流行にせよ戦争にせよ)、せーので皆が動いてくれないと困る。だから大衆操作のためのメディアや広告代理店は大事な歯車になる。でも、真っ向からその価値原理に対立してくれるならまだしも、しら〜とされている、てかそもそも読んでない、聞いてない、新聞なんか買ったこともない、TVも久しくみてないなってやられるのが一番怖い。
だもんで競技場1では、Aとしては対立的な感じで思ってるかもしれないけど、Bとしてはそもそも興味が無いくらいの感じでスルーしているから、試合になってないというか。それでもAとしては、皆に燃えてもらわないと商売あがったりで、手を変え品を変えあれこれやるんだけど、やりすぎて逆に胡散臭さ炸裂!みたいな部分もなきにしもあらず。
もうジゴロみたいに騙してなんぼですからね、上手に騙さないと。あるいは脅したりすかしたりしないと。でも段々と寄って立つ足場が悪くなってきてるから、嘘も上手につけない。すぐにバレる嘘をつく。「消費税増税の影響は軽微」なんて、数ヶ月ですぐにバレるに決まってる賞味期限がめちゃくちゃ短い嘘でもつく。てか、「完全にコントロール」なんてついた瞬間に嘘だとわかることでも言う。
最近では上手に騙せないので、だんだん開き直ってきているのか、熱心にやろうとしてないような気すらしますね。嘘をつっこまれるとシカト。福島第一はどうなってるんだというのもシカト。8億円もらった人も雲隠れ。なんかねー、こうなると、汗をかきながらも必死に弁明していた猪瀬元知事の方がよっぽど誠実に見えるわ。すっぱり辞職した野々村議員すら、責任感あふれた好青年にすら見えるわ。コピペ演説を指摘されても、またコピペを使うという。もう、騙そうという誠意(妙な言い方だけど)すらないというか、やる気あんの?というか、うるせー文句あるかって開き直ってるのかどうかわからんけど。
第二コートの風景
これは、アメリカの軍産官複合体ってか、それを操ってるんだか、おこぼれ頂戴しにいっちょ噛みしてるんだか、その体制のなかでエリート出世してるとか、そういう人らがC陣営で、台頭するBRICS的な世界秩序がD陣営。
ここで注目すべきは、第一コートのAと、第二コートのCは、結構重なるということです。Cというのは、そういうやり方で儲けましょ、人生設計しましょって人達の、それこそ地政学的な分布地(米英)であり、国家というシステムでいえばどの国家に生息しているかという、世界昆虫図鑑みたいな。第一コートのAは、Cの人達の価値観というか、商品というか、プロパガンダです。
これまでは、そういう二重の流れがあるよな〜くらいに、春霞をまとった山を遠望するくらいの感じだったんですけど、実際にわけもわからず飛行機は失踪するわ、撃墜されるわ、福島もほったらかしだわ、財政も金融も「時間の問題」的にヤバいわって感じだから、ああ、もしかして世界大戦ってもう始まってるのかもな〜と思った次第です。世界レベルでの新旧秩序や価値観が対立してる、てか目に見えて対立!って感じじゃないけど、なんらかの化学反応は生じているだろうと。それも国レベルだけではなく、ミクロからマクロまで、全世界レベルでもあり、あなたの将来設計という個人レベルにおいても。
ただし、21世紀の戦争は、20世紀みたいにわかりやすくも武骨ではない。軍事的局面もあるだろうけど、そんなの大局のなかの些細な一コマに過ぎない。ガチで全力でやりあったら地球がぶっ壊れるのは見えてるんだから、最初っから限界はあるのだ。そもそもこれを「戦争」といっていいかどうかは分からないけど、世界の流れの自然な歪みの矯正という意味では大戦レベルなんだろうなと思います。歴史を川の流れでいえば、どっかに小枝がひっかかって流れをせき止めてそこで滞留が起きて、その力が強くなって最後には小枝が流されてまた、、って感じだと思うのですよ。自然となるようになっているというか。その「なるようになる」って節目みたいな局面なんだろうなと。
補足
付言しますと、別にBRICS陣営が正義の味方であるとか、救世主であるわけではないと思います。アメリカ的なるものへの現実的アンチテーゼとして存在するのは小気味いいかもしれないけど、BRICSは第一コートのAの立場を欲しがってるだけかもしれないし、第一コート的の意味ではA選手がD選手に変わるだけかもしれない。また、あの陣営、あの国民になることが、その人の幸せを保証するものではない。てか、中露もガチガチの統制国家だから、A以上にA的だったりもする。
第二に、これはふと思ったんだけど、国際政治でいえば日本と韓国が組むと結構強いなと。今は不倶戴天状態だから夢にも思わないけど、でも薩長連合じゃないけど、そうするとガラリと変わるかも。日本はアメリカに支配保護されているようなものだけど、でも本音をいえば中国で儲けたいし、ロシアともいい関係でいたい。天然資源も欲しいし。韓国なんかもっと大変で、アメリカへの依存度は強いが、IMF介入とかもろもろでアメリカに対する憎悪感情も、多分日本以上に強いだろう。でもって中韓が仲が良いかというと、全然そんなことないし、でも経済的にはなんとかしたいし。似たような境遇なんだわね。日韓が単体でアメリカや中国にモノを言っても適当にあしらわれてしまうけど、タッグを組んだらそこそこ強い。どっちも落ち目だけど、それでもまだ企業レベルでは強いし、それこそ地政学的な弱点を長所に変えることもできる。両国まとめて相手陣営に寝返られたらどこも困る筈だろうし。でも、ま、それが夢物語のように思えるほど口喧嘩ばっかやってて、なんなのこれ?です。うんざりだよ。諸葛孔明の「離間の計」を思い出したぜ。誰か仕組んでるの?
とばっちりに気をつけて
第三に、個人レベルでどうすんの?といえば、とばっちりに遭わないことでしょう。もう乗ってる飛行機落とされたらどうしようもないけど、いい加減にしろって思うけど、とりあえず第一コート的に言えば、周囲をとりまく環境を見極めて騙されないことでしょうね〜。てか、騙されないぞ〜なんて力むこともなくて、素朴に、自然に自分の好きなように生きていくしかないんじゃない?自分の頭で考えろってよく言うけど、最近では「自分の頭で考えろ詐欺」なんてのも出てきたようだから(^^)、それに乗らないためには、自分の考えたいネタは自分で見つけろ、てか、そんなの自然に出てくる筈だからそれを大切にすることじゃないかしらん。
つまり、考えるネタを誰かに与えてもらうのではない。「最近話題の〜」とかいうのは、「与えられて」いるでしょ?そんなこと興味もないのに、考えさせれ、感じさせられ、叫ばされるみたいな、馬鹿じゃんさ、それ。
考えたくもないことを考えさせられて、ムカつかされて、消耗させられる、、、これが「とばっちり」だと思うのですよ。だもんで、便宜的な方法としては、ぜーんぜん話題になってないことを考えるといいかもです。例えば、今、備前焼ってどうなってるの?とか、ジゴロって今もいるの?とか。そっちの方が全然面白ぜ。だってさ、自分の中から自然にでてきたものって結構大事だし、それって自分の人生のキーワードになっていくケースが多いんじゃないかな。例えば僕だったら、高校生の時に痛切に思った「眠い」「思う存分寝たい」というのが結局は人生を貫くキーワードになってるわけだし(だから時間に拘束されない自由業だあって)。チョコレートでも、夕焼けでも、花火でも、猫でもなんでもいいんだわ。
あ、とばっちりといえば、強いとか弱いとか、成功とか失敗とか、勝った負けたとか、そのあたりに振り回されるのも「とばっちり」でしょうねえ。実際に自分でそこそこの時間生きてみて、これだけは言えるなってことが幾つかあるんだけど、その一つは、人生って競争じゃないよってことです。もう全然ちゃうで。それって「スイカって競争ですよね」っていってるくらいスカタンだで。
ただし、競争的な局面は大いにあります。でも、これも言えるんだけど、競争は「好きでやるもの」でしょう。頭文字Dのバトルみたいに、誰に頼まれたわけでも、それでお金が儲かるわけでもないのに(それどころがえらく金ばっか出ていくのに)、一歩間違えたら死ぬかもしれないのに、それでもやるのが競争。子供のチャリンコレースと同じで、あれが最も美しい姿であり、純粋形態。受験でも出世でも好きでやってるんだったら全然いいです。やらされてる感があったら、ちょっと違うんじゃないかって。まあ浮世の義理で競争させられたりもするけど、ま、それは義理で出席しているパーティみたいなもんだから、テキトーにやってりゃいいんだよって思います。だってさ、競争の勝者って、大体が好きでやってる奴らだもん。どっちにせよ勝てっこないし。そこで負けたからといって、よせばいいのに落ち込んだりして、その落ち込んでる時間がもったいないし、それが「とばっちり」だと思うのですよ。
なんでそんな自分の世界に引きこもるようなことと、世界の覇権争いやらパラダイムシフトが関係するのかって?原理は同じだからです。絶対〜!って思わされてきた発想やシステムに対して、「あれ?そうなの」と素朴に思うこと、いい意味で醒めること、そして実行すること、それが既に戦いになっているのだろうなってことです。それを「戦」とかいう漢字を使って表現するかどうかは、単に比喩の問題、レトリックの問題で、本質は、煮詰まってるなら新しいやり方を考えるってことです。
文責:田村