シドニー雑記帳




近況雑駁−家探し挫折話




     暑い!というのが近況です。

     日本の暑さを忘れてはや2年。身体がこっちに馴染んでしまったのか、暑いです。暑いといっても、別にクーラーがんがんつけるわけでなし(そもそもクーラーなんか持ってないし、買おうと思ってもあんまり売ってない)、扇風機もあまりつけていません。日が沈めば(午後8時になってもまだ明るいけど)、涼風が過ぎ行き、夜半にはふと肌寒さすら感じる.....。

     こう書くと「だったら、全然暑くないじゃないか」と日本のみなさんからツッコミが入りそうなのですが、いや、それでも暑いんです。日本の蒸し暑さ、忘れてしまいました。

     何が暑いかというと、車の運転時ですね。強烈な陽射がモロですから。駐車なんかしようものなら、ハンドル熱くて火傷しそう。そのためのハンドルだけのカバーなんかも売ってるくらいで(日本にもあるか)。また、その車に乗って、語学学校訪問をするためにネクタイなんか締めていくから余計暑く感じます。




     ちなみに、日本では、平日の昼間、大の男がジーパンにTシャツでうろつきまわってるとどことなく違和感を感じたりしますが(夜勤の人なのかなとか)、こちらでは、スーツにネクタイしてると妙な違和感を感じます。「ラジオ体操にスーツ姿で出席してしまったかのような違和感」というと大袈裟ですが、それに似たものはあります。CBDとかノースシドニーなどの都心部なら、そういうことはないのですが、一歩郊外にでると「ネクタイしてるの俺だけ」みたいな疎外感、ちょっとあります。ビーチで有名なマンリーにあるACEという語学学校を取材したときなんか、違和感バリバリでしたね。その昔、何の因果か、真夏の沖縄をスーツ着て出張したときのことを思い出した。

     こちらの人は5時に仕事終ったら超特急で自宅に帰り、カジュアルな服に着替えて、再び町や海に出て遊びに行くといいます。最初それ聞いたときは、「なんて、面倒くさいことすんの」と思ったものでしたが、今ならその気持ち、多少わかるような気がします。あんなもん着ていて海なんか行けませんよね。服着て風呂入るようなもんです。




     前回の近況報告で、「引越しを考えています」と書きましたところ、かつてAPLaCにお越しになられた方々から「もう引越したのですか?」というお問い合せが結構来たりしてます。毎度お騒がせしておりますが、まだ引越はしてません。というか引越計画も挫折しつつあります。

     折に触れ書いてますが、いまAPLaCの3名は、二軒隣合せに並んだ家に住んでいます。大家さんが同じでしかも話の分かる人であるという巡り合わせを奇貨として、二軒を隔てる塀の一部をブチ抜かせて貰って、往来自由になっています。それはそれで便利なんです。

     でも、どうせなら3人で大きな家を一軒シェアした方が安上がりではなかろうかという、純経済的な視点から、この引越しプランは浮上してきたわけですね。

     で、土曜になるといろいろな物件を見て廻ったりしていました。あ、これもいずれ「シドニー賃貸不動産マニュアル」というのを書こうかなと思ってますが、家の探し方の一つのパターンとしては、現地の新聞(シドニーモーニングヘラルド)の土曜版に、ドワワワワと賃貸情報が載ってるわけです。で、そのうちの半分くらいの物件には「オープン・インスペクション」(家を公開して見分する機会)が設けられています。

     地名がアルファベット順に並んでおり、それぞれの物件の説明が簡単に書かれているのと同時に、オープンインスペクションをやる場合には、その日時が記載されているわけですね。インスペクションは大体30分など短い時間ですが、その時間だけ不動産屋のスタッフが鍵持って家にやってきて、ドアを開けて待っているわけです。その時間が終ると、そのスタッフはまた次の家に出掛ける(だから一回30分と短い)。そして、インスペクションの日は、ほとんどが土曜日の午前10時から午後3時頃に集中しています。

     こちらにしてみれば、いつもより遅く配達される土曜版を待ち構え、あるいはニュースエージェンシーに買いに行き、新聞を入手するや該当ページをバッと開くわけです。ちなみに、ヘラルドの土曜日版は全部で200〜300ページくらいありますので、慣れないと該当箇所を見つけるだけで大変です。大体不動産分冊(Real Estate)の最後の方にあるのですが、これレイアウトの関係上、「ここから先はビジネス分冊の○○ページに続く」とかアチコチ飛びますので、勝手がわからないと戸惑います。

     該当ページには、地名別に数百という物件が並んでいます。「俺はこの地域だけがいいんだ」という人は楽ですが、「便利で環境が良くて安かったらどこでもいい」等という曖昧な基準で臨んでいると大変なことになります。で、大変なことになっているわけです。

     ラインマーカー片手に、目ぼしい物件をチェックします。日本でも不動産広告などに「東南角ガ水駅歩3」などという略語が踊るように、こちらでもその手の略語は死ぬほどあります。未だに何を言ってるのか分からんという略語も沢山ありますが、大事なのは「部屋数」と「値段」です。この2条件だけでほぼ90%絞れます。

     こうして絞った十数軒を、今度はインスペクションの時間を考え、移動時間を考え、わずかな時間のうちにスケジュールを立てねばなりません。「チャッツウッドからレインコーブ経由でドラモイン、ライカードと廻れるかな?」とかいろいろ考えるわけですね。で、どう考えても時間的に無理な物件を外したりして収斂させていくわけです。これ、車がないと話になりにくいし、土地カンと車移動時間の感覚(+抜け道)がないと全然廻れなかったりします。なかなかスリリングですね。オリエンテーリングやってるみたいで。




     最初の頃見たのは、ノース方面のさらに北の方。チャッツウッドよりも北のリンドフィールドとか見たわけです。こちらの方は高級住宅地で有名なのですが、それでもシティ近辺に比べると全然安いというのが実感です。自然が非常に豊かなわけですが、その分田舎でもあるわけですから、当然といえば当然なのですが。

     確かに、一人ないし二人シェアで週250ドル目処で探していると、いきなり週380ドルだの450ドルだのしますので、「問題外」という感じなのですが、これが3人でシェアとかになると、3等分すればいいから相対的に安くなります。それに、3ベッドルームとか5ベッドルームとか、大きな家が多いのですね。4ベッドルームクラスになってくると、単に「部屋4つ」というわけではなくて、付属エリアがいちいち広い。リビングがえらく広かったり、スタディルーム(書斎)、サンルーム(日当たりのいい囲った縁側みたいなエリア)、ワークショップ(日曜大工などの作業小屋)、ストーリッジ(物置)などなど、部屋数にカウントされないオマケみたいな空間が広い。裏庭なんかもメチャクチャ広かったりして、100人くらい呼んでパーティ出来そうなところもあったりします。

     これで週450ドルとかいうわけですから、一人あたりの占有面積でいえば、都心近辺の物件の2〜3倍くらい広かったりするわけです。ちなみに、今、我々は週270ドルの家を2軒借りてますから(その一部を簡易B&Bとして提供してますが)、週540ドル。週540ドルといえば、あなた、相当のところが借りられるわけです。レインコーブだったかな、3階建てのビルみたいな物件、目の前が自然公園の原生林というところがありましたが、ここだって週520ドルくらいでしたもん。

     というわけで、「マジに移転を考えよう」ということになって、ちょこちょこ見て廻ったりしていたわけです。が、中途にして頓挫しております。




     なんでか?というと、「本当に世の中うまく出来てるわ」と感心するくらいなのですが、環境抜群!広いぞ広いぞ!という物件は、やっぱり不便なのですわ。車がないとどうしようもない。いま一台あるけど、そんな一台で大の大人が3人いつも一緒に行動してるわけにはいかない。そうなると、せめてもう一台は買わないとならない。で、こちらは車が高い。うーむ、、、になるわけです。

     それに車があったところで、万能でもないのです。柏木はシティに勤め先も持ってますが、車でいったところでシティには駐車するところがないのですね。いやあるんのですけど、いいところになると1時間12ドルなどという目の玉飛び出るような値段だったりします。一日置いておいたら幾らになるんだ。路上のパーキングメーターは競争が熾烈だし、そもそも長くて2時間までだったりするから、一日に何度も車を動かさないとならない。駐車違反の取り締まりはヒジョーに厳しい(語学学校訪問でも5分遅れてしっかり罰金食らった)。仮に安いところ探して1日30ドルであげたとしてもですね、家賃週450ドルを3人で割れば150ドル、これを7日で割れば1日20ドルちょっと。家賃より駐車料金の方が高いというのはモンダイだったりします。

     じゃあもう少し便利な所、公共交通機関に近いところと探していくと、あの広かった裏庭がたちまちシュリンクする(縮まる)わけですね。不便でもいいわいと開き直れるなら、もっともっと安くて環境のいいところもあるでしょう。というか、そもそもシドニーなんて物価の高いところにいないでもっとカントリー方面に行けばいいわけです。

     しかし、やっぱり「環境いいだけ」というのも飽きそうなんですね。そんな悠々自適にやってけるような経済力もあるわけもなし、これから身を粉にして働かなくちゃ、地力をつけて打って出なくちゃと思ってる身としては、そんな小鳥のさえずりと共に目が覚めるみたいな落ち着いた環境に身を沈めてしまっていいのか?という気もするのですね。奥に引っ込んでしまったら、町に出るのも億劫になるかしらんし。「ブッシュの中にこそ生き甲斐も飯のタネもある」という具合にライフプランが定められるのならば話は別ですけど、そんなのまだまだ。




     やっぱりインナーシティは、それなりに魅力あります。風光明媚なノースに行ってしまうと、住民の年齢層も高いわ、ナショナリティもバラエティが乏しいわで、刺激というものが少ない。住民の半数以上は家で英語以外の言葉を喋ってる今のエリアの方が、面白味でいえば断然面白い。「移民」のダイナミズムみたいなものを感じます。

     そもそも僕も福島も、一番最初にオーストラリアに来てほっつき歩いていたのがニュータウン界隈でした。シドニーの中でも、カジュアルというかアバンギャルドな町で、よくノースに住んでおられる日本人の方がニュータウンに遊びに来られると「全然違う!!」と恐さと面白さの入り混じったような表現をされます。これは一人ならずそういう人が多いですね。でも僕らにしてみたら、最初に見た街だから「オーストラリアはこんなもん」というイメージがありまして、だからこそ「面白いわ、来て良かった」と思ったのですね。後に住んだグリーブもそうですね。

     何ヶ月か経ったあと、ノースシドニーとかニュートラルベイとか日本人が多いエリアに行ったのですが、そのときの感想は、正直言って詰まらんかったです。あの小奇麗さが「日本と同じやん」ということで、最初にあそこらへんに住んでいたらおそらくオーストラリアに住もうなんて思わなかったかもしれません。




     たかが家ひとつにそんなに考えなくても良いのですが、どこに住むかによって、やっぱ発想その他影響されるものはあるように思います。ギリギリまで考えていくと、「いい環境でいい暮らし」というのが、自分にとっては今ひとつピンとこないのです。悪くない収入が約束されている職場、破綻のない生活、充実した趣味時間、、、そういったライフパターンも「いいかもね」と思う瞬間もあるのですが、そうやってハマってしまうことに、ある種の居心地の悪さを感じてしまう自分もいたりします。

     大体そういうのが好きだったら、あのまま日本に残って弁護士やってりゃ良かったではないかという気もします。また、僕らの世代にとっては、そんな「安定」なんか、世界の何処に行ってもありはしないよというのも結構見えてしまったりします。誤解かもしれないけど、オーストラリアでも、アメリカでも、ヨーロッパでも、アジアでも、そして日本でも、変わらない/変わりたくない国やセクションは流れに取り残されて滅びていくし、流れに乗ってる所は風通しがいいけど、それだけ変化が激しく落着かない。いずれにせよ「安定」なんてないんじゃないかなとか。「そんなもんあるかい」と思ってた方が気が楽ですね。




     突き詰めればオーストラリアに来たのは「面白いから」であって、「いい暮らし」をしたいからではなかったのでしょう。それは今でも変わってないです。そこが変わったら、おそらくAPLaCもやってないか、少なくとも名前を変えるでしょう。ホームページのコンセプトも変えるでしょう。「おおらかな自然のオーストラリアでゆったりしませんか」みたいなホームページになるでしょう。今みたいな「こんなに違うのが面白い!こんなに同じなのが面白い!なんでこんなに違う(同じ)なんだろう?」というコンセプトではなくなるでしょう。だから、まあ、別にオーストラリアでなくても、面白かったらどこでもいいのですね。

     そういう意味では、死ぬまでに一度でいいから北海道と九州には住みたいですね。特に九州。何度も出張や旅行で行きましたが、好きですね。ハッキリいってオーストラリアよりも好きかもしれない。なんで九州がいいかというと、「ええ感じやから」ということですが、東京の繁華街歩いていてもウキウキしないのですね。東京出身の僕なのですが、便利で何でもあるんだけど、それだけで、Somethingがない。ここ20年ほどで余計そうなりました。あざとい「計算」とか「戦略」はあるんだけど、Somethingがないからウキウキしてこない。銀座も渋谷も新宿も、シドニーでいえばダーリングハーバーみたいな「商業資本開発」って感じ。

     これが大阪の道頓堀になるとあります。まあ、あそこは「戦略」とかいっても、かに道楽の巨大カニの世界で、「大きなカニ→目立つ→お客さん入る→儲かる」という程度の「戦略」ですので、楽しいですよね。で、九州の中州とか、札幌のすすきのとか、やっぱりsomethingがあります。something=「何か」ですけど、より具体的には何なんだろうな、「生身の人間がジタバタしてる感じ」とでもいいましょうか、それが美味しいのですね。

     しかし、ただ住めばいいというのではなく、「自分が面白いと思う事をやって」「生計も立てられて」しかも「好きな所に住める」というのでないと面白くない。これ、普通に考えてたら殆ど不可能に近いのですが、それを頭絞ってやるのが面白いのですね。パズルみたいで。また、それに適合する仕事なんかこの世にないでしょうから、自分で新型の仕事を開発するしかないです。APLaCみたいに。長く苦しい道のりであることはミエミエなのですが、「自分のためにやる仕事を『遊び』という」という意味からすれば「遊び」ですのであまり苦にはなりません。




     話が大幅に逸れてしまいました。家探しの話でした。

     そんなこんなを突き合せて考えていくと、今現在の立地とスタイルというのは、結構イイセン行ってるのではないかいな?と再認識することにもなります。適度な住快感と利便性と土着性と異文化混合とがミックスしていて。そういう意味ではインナーシティ、特にグリーブ、ニュータウンからライカードにかけてのエリアというのは面白かったりします。しかし、反面、同じようなエリアにずっと居るというのも詰まらないということで、単純に好奇心一発で、半年後に再移転することを前提に、全然毛色の変わったところに住むのいいかな?とか思うこともあります。

     以上述べたところは、僕個人の感想で、もちろん他の二人は二人でいろいろな思惑なり位置づけがあるのでしょう。が、これは僕が代弁することでもないので(というか本質的には似たようなものだと思うのですが)、この話はこれまで。現状としては、上記のあれこれを打破しうるような素晴らしい物件があったら、決めるかもしれません。





1997年12月11日:

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