シドニー雑記帳




Sydney Water Crisis







     そんなわけで毎度お騒がせの相棒福島が里帰りに出ました。その分忙しくなるのか、却って暇になるのかよう分かりませんが、日々ツツガなくやっております。

     あ、「ツツガなく」で思い出しましたが、ツツガあったんでした。

     ツツガというのは「恙」と書き、もともとは、恙虫という虫(ケダニの幼虫とか)が媒介する恙虫病から逃れて無事平穏という意味だと記憶してます(心配になったので辞書ひいたら、やっぱりそうでした)。で、つい先日までその「ツツガ」があったわけです。

     何を言ってるかというと、オーストラリア・ウォッチャーの方は既にご存知かもしれませんが、シドニーの水道にパラサイト(寄生微生物)が許容量を越えて存在して いたということで、飲み水は全て1分間の煮沸するようにというお達しがきていたわけです。それも今週の火曜日(8月4日)には解除されました。いわゆるシドニー・ウォーター・クライシスはオールクリアということです。

     寄生虫というとサナダ虫のようなものを想像しますが、そんな「虫」というほどのものでもなく、顕微鏡レベルの単細胞の微生物です。自然にしてても人や動物の腸内にいるようなもので、ビフィズス菌みたいなものでしょうか。大抵の場合は自然治癒するそうです。ただ、程度の問題で、それが過ぎると下痢や吐き気などの症状を起こすと。「海外に行ったら生水を飲まないように」というのは日本でも良く言われますが、オーストラリアでも言われます。早い話が、ちょっとばかり「海外の水」になってしまったというところでしょう。




     ちなみに「日本の水は世界で一番きれいで安全」と言われますが、シドニーでも自分のところの水が一番といわれています(ただ、メルボルンの方が優れているという話は聞きます)。ちなみに味ですが、そんなに格別に美味しいことはないですが、不味くはないです。

     新聞の投書欄で、「東京に住んだことのある人が、東京の水は安全かもしれないが薬臭くて、水割りを作っても殆ど水道の臭いしかしない」と書いてありました。ややオーバーな気もしますが、確かにこちらは水道のカルキ臭さは余り感じないです。

     少なくとも琵琶湖から取水している関西の水よりは美味しいです。先日日本に帰ったとき、今両親は京都に住んでいるのですが、そこでガブリと水を飲んで、「なんじゃ、こりゃ」とびっくりしました。僕はそんなに水にうるさくない方で、とりたててペットボトルのミネラルウォーターを買い込むタイプではありません。それでも、「昔はよくこんなの飲んでたなあ」と思ったのですが、そういえば浄水機取り付けてました。こちらでも浄水機は売ってますけど、使ってる人は、日本よりも少ないでしょう。




     で、そのご自慢の水道が飲めなくなったわけで、多くのシドニーサイダーは(シドニー市民のことをこう言う)、マスコミの表現によると、boiling mad(煮えたぎるように激怒する、という意)であると。飲む前にboil(煮)させられることからきた、しょーもないシャレですけど。

     最初は都心の一部だけに警報が出ただけだったのですが、しばらくしてシドニーハーバー南側全域に広がり、時を移さずシドニー全域に広まりました。で、それから何日間か、飲む前には一分間の煮沸をするようになったわけです。

     これが面倒くさいのですね。コーヒー飲むにしても、沸騰したら自動的に切れる電気ポットでは「1分間の煮沸」ができないので、先につくっておいた湯冷ましをもう一回沸かすということをしてました。まあ、飲料用だけなら大したことないのですが、歯を磨くときの水やら、野菜や食器を洗うときまで気をつけねばならないというのが面倒くさいですね。特に食器洗い。本来なら全部湯冷まし水で洗うべきなのでしょうが、もしかして、最後のすすぎだけでいいのか、乾いたらOKなのかという気もする。もともとそんなにシリアスに考えてないこともあって、最後に熱湯をばーっとかけて消毒したことにしてました。ほんとはアカンのかもしれないけど。

     で、水道システム全てのチェックが進み、徐々に解除地域が増えていき、本日全域OKになりました。終わってしまえば、案外と早く解決した感じです。トータルで5日間くらいでしたか。




     さて、このパラサイト。二種類発見されたそうです。ひとつはGiardia、もうひとつはCryptsporidiumというそうです。読み慣れない単語なのは、英語ネイティブの現地の人々も同じようで、よく聞いていると初期の頃は、Giardiaの読み方も統一されてなかったように思います。今は「ジアーディア」と呼んでるようですが、最初のころは「ギアーディア」「ガイアーディア」と呼んでるマスコミもありました。後者は「クリプトスプローディアム(ロにアクセントがくる)」ですが、時が経つにつれて、皆さん滑らかに発音するようになった、、ような気がします。

     実際に被害者は出たのか?というと、今のところ目立ったことはありません。まあ、潜伏期が1〜2週間というからこれから出てくるのかもしれないけど。でも、症状が下痢くらいでしょう?ちょっと計算してみたのですが、平均人が年に何回下痢をするのかわかりませんが、程度によりますが、ちょっと腹具合がおかしいくらいのものを入れれば、まあ3ヵ月に1日下痢をするとしましょう。とすれば、1年に4回下痢をする。ここでシドニー市民はざっと400万人いますから、年間のべ1600万人(回)下痢することになりますね。これを365日で割れば、何も起きなくても(寄生虫云々に関係なく)、ごく自然に1日4万人以上の人が下痢をしていることになります。げ、そんなにいるのか?そう考えるとすごいものがありますね。東京首都圏3000万とすれば、毎日33万人が下痢してる計算になるのか。ふーん、ふーん。

     何を言いたいかというと、ちょっと腹具合がおかしいというのは、パラサイトに関係なく、日々何万という単位で発生するくらいありふれた現象だということですね。そのなかで、これがパラサイトにあたったもので、これは別の理由でなんて、いちいちチェックしてらんないだろうなあということです。被害者は実はメチャクチャ発生してるのかもしれないし、全然発生してないのかもしれない。

     実をいうと、僕も一昨日くらいから腹具合がちょっとおかしいのですが、しかしそんな我慢できないほどのものでもないし、何よりガキみたいにお腹出して寝ていたという事実があります。




     話はこれだけなのですが、この事件を契機にいろいろな議論が出てきています。

     一つは、未だに感染経路が分からないこと。初期の頃は、貯水池の近くに数頭の犬の死骸があったということ(これも「5頭の犬」といわれたり「2頭の狐」と言われたりよう分からん)から、それが感染源ではないかと言われたりもしました。が、その他の調査によると、どうもそうでもないようです。一体どこから侵入してきたのかがよくわからない。なんせありふれた微生物らしいので、どこから侵入してても不思議ではないですが。でも、わからないというのは、また発生するかもしれないということで、一体シドニー水道システムはどれだけのチェック体制が敷けているのかという問題になってます。

     それに伴い、当局の安全性に対する姿勢がどうだったのかが問われています。シドニー水道局(Sydney Water)がただひとつやってるというものでもなく、その監査委員会であるとか、上級官庁であるとか、関連官庁であるとか(日本風にいえば、厚生省、都市計画局、環境庁など)。なんやかやと色々な組織が重畳的に関係していて、何がなんだか僕にはよく飲み込めないのですが、今現在批判されているのは、@現在、半分民営化されているのだが、はたして民営化させるべきかどうかの議論、A当局の安全管理姿勢や警報が遅れたのではないかという危機管理能力の問題、B高給をとってるおエライさん達の人選は適切に行なわれていたのかという人事面での批判などが出ています。

     これらのことは今後の政治課題になっていくでしょうし、日々新事実が報道されてます。「誰が悪いのか」追究問題で、ちょっと日本と違うと思うのは、組織単位でやられるのではなく個人単位で行われる傾向があることです。問題発生からすぐに新聞一面トップでは関係者の顔写真一覧が載り、役職、キャリア、推定年収まで載せて、「このうちの誰がどれだけ責任を負うのか」とやってます。さらに「彼を選んだのは誰か?」まで責任追及されます。日本でいえば、住専問題などが起きたとき、「大蔵省が悪い」のではなく「大蔵省の誰と誰が悪いのか」「彼は具体的に何をしたのか」という具合に絞っていくようなものです。個人主義が徹底しているというか、こちらの場合、「社長募集」「学長募集」というように、組織の長も一般公募するのが通例ですので、日本のように「組織ぐるみ」ということがあまり起こりにくいという構造背景があるからなのかもしれません。政府も調査委員会を設置して徹底的にやるといってますし、これやらないと次の選挙も危ないのでやらざるを得ないのでしょう。




     一つ事件があればいろんなところに波及するもので、現在、シドニーでは下水をもう一度濾過浄水して飲めるようにしようという計画があるそうで、それが出来れば適当に処理されて海などに放出される排水量も減って、環境的にはいいのですが、今回の事件で、市民の抵抗が強まりそうだという観測も出てます。

     ほんでもって、こういう事件があると、例によって出てくるのが「これで再来年のオリンピックは大丈夫なのか」という懸念ですね。もう、交通渋滞があると「これでオリンピックはできるのか」、停電があると「これでオリンピックは〜」、犯罪があると「オリンピック」、そんなナーバスになってたら世界でオリンピックが開催できるような場所なんかなくなっちゃうと思うのですが。




     もうひとつ話題になっているのが、訴訟です。今回の水道汚染によって市民は多かれ少なかれ被害を被ったのですが、それをシドニー水道局に賠償請求しようという動きです。僕ら一般生活者はそう大して困りませんし、被害といってもペットボトルを買った数ドル程度のことでしょう。ですが、困るのはレストランや食品関係の会社などでしょう。フィッシュマーケットなんかは、魚を洗うのに大量に水を使いますから。テレビによると、海水をもってきてそれで洗ってるとか、苦労していたようです。また、安全な水を大量に使うと思われる食品関係の工場なんかも打撃を受けたのではないでしょうか。

     すでに、法律事務所によっては、原告を募集する広告を出したりしてます。一般市民はともかく、企業などの損害はかなりのものになるでしょうから。これに対しては、市民側からの批判もあります。シドニーに寄生しているビッグ・パラサイトはジアーディアではなくロイヤーだという声もあったりします。どうなるのでしょうか。

     これ、大学で民事訴訟法を専攻されてる方は注目していいでしょう。いわゆる「クラス・アクション」というアメリカあたりで議論されて日本でも議論されている民事訴訟法上の概念がありますが、それの実例版になりそうですし。原告適格や既判力などの点で論点の多い問題ですね、、といっても専門的すぎて分からんでしょうけど(僕も半分忘れた)。

     水道局で、今度の水道料金のときの請求を一律リベート(割引)するとかいう話もあるそうですが、そうなると、家の賃貸の場合、水道料金は大家さんが払ってるケースが多いので(ウチもそうです)、実際に困ってるのは店子なのに大家が儲かっておかしいではないかとかいう細かい話もあったりするわけです。

     一方、損する人もいれば得する人もいます。ミネラルウォーターを売ってる会社は注文が殺到しててんてこ舞いだそうです。ちょっとびっくりしたのが、カップスープ会社の広告でした。この記事が載ってる新聞のページに、デカデカと"Boiling Water never taste good."と広告を載せてました。「湯冷まし水なんかマズイだろ?ウチのスープを飲みなさい」というわけですね。笑ってしまいました。でも、これ、日本だったら絶対に「この非常時に不謹慎だ」という非難する人が出てくると思いますね。新聞も恐くてよう載せんだろうし、「皆が困っているのに付け込んで儲けようとする会社」という悪いイメージの方が強いのではないかな。でも、僕はこういうのを不謹慎だとは全然思いません。




     ジョークといえば、こっちの人はなんでもジョークにするのが好きで、例のポーリン・ハンソン議員についても、しこたまポーリンハンソン・ジョークというのがあるそうです。1〜2聞いたことあるけど、大して面白くありませんでした。で、今回の水道騒動でラジオを聴いていたら、「まだウォータージョークというを聴いてないぞ。誰か知ってる人は教えてくれ」とやってました。そのうち沢山出てくるでしょう。

     日本の感覚ではちょっと信じられないのですが、新聞の投書欄にジョークを送ってくる人が結構いるようです。で、また、それが掲載されていたりいます。概してこちらの投書は面白いです。シリアスなものもあるし、茶化したものもあるというバラエティもさることながら、議論慣れしてるのかレトリックの使いかたが上手かったりするもの、反論でもかなり辛辣だったりするもの、同じこと言うにしても面白く読ませようとしているもの、読み応えがあります。また、エライ人もガンガン書いてます。渦中の人がどんどん自説を展開してたりして、日本でいえば、原発もんじゅの所長さんやら、オウムの麻原自身が投書を書いてくるようなものです。随分前ですが、ハワード首相も書いてました。「○日付けの○さんの意見は私の政策を誤解しているようだ。事実は〜」と。でもって、それに対してまた反論が載るという。日本でも総理大臣が自分で投書書いて、自分の政策の説明をして、それに普通の人が反論投書をして、という具合になったら面白いのにと思います。

     今ちょっといい例はないかと思ってチラッと新聞の投書欄を見たら、直接水道騒ぎとは関係ないのですが、誰かの意見に対して、「どうも○○氏の投書を見てると、彼がここのところシドニーの水を(煮沸させないで)飲み続けてるのは明らかのようだ(だから水にあたってあんなしょーもない意見を書くんだという意)、誰か止めるように言ってやれよ。」という投書がありました。ま、大体、こんな感じですね。

     というわけで、騒がしい数日間でした。ツツガあったというお話しでした。でも、イチ住民の実感としていえば、そんなに大したことでもないです。町を歩いても、スーパーマーケットに行っても、別段普段と変わらないし。だからニュース読まない人、英語がわからない人など、何も気付かなかった可能性は高いような気がしますね。水道局でも、さっそく10か国語で電話インフォメーションサービスを開設してましたが、そもそもこの問題に気付かなければ意味ないし。




     水といえば、先週韓国で洪水があって、中国でも大きいのがあって、今度は日本でも、新潟でしたか、集中豪雨で被害にあったというニュースをインターネットでみました。

     なんかやたらと雨が降ってますね。世界的に異常気象なのでしょうか。

     オーストラリアでも、というかこちらは国土が広いので一概に言えませんが、シドニーのあるNSW州でもあちこちで洪水が起きています。意外なことに、オーストラリアというのは世界で二番目に乾いた国だそうです。中央なんか日本列島が何個も入るくらいの広さで延々と不毛の地が広がってますから。だから、オーストラリアでは水が貴重品で、水を節約する習慣があると言われています。よく日本人がホームステイをして長々とシャワーを使ったりしてトラブルのもとになる、というのは折に触れて書いてあるとおりです。ところが、その水がない筈のオーストラリアで、結構洪水が多いのですね。自分で実際に遭遇したことはないですが、田舎の方にいくと「洪水なんか慣れっこだよ」という世界だったりするそうです。

     そうかと思うと、NSW州では何年か連続でドラウト(干ばつ)で農業被害が大きいとか。いったい水があるんだか無いんだか分からないのですが、なんせNSW州だけで日本の二倍の広さがありますから、北海道と九州と韓国と北京あたりをいっしょくたにして「州」と言ってるようなものです。そう考えれば、いろいろ違っていても当たり前という気がします。

     日本でも、集中豪雨の被害といってるそばから、九州地方で取水制限とかやってたりしますので、本来、国単位でどうこうという話でもないのでしょう。




     シドニー近辺は比較的マシなのですが、それでも今年は雨が多い。先週から今週にかけてはまあ晴天が多いですが、その前の州は雨ばっかりでした。シドニー3泊4日くらいで来られた方で、全部雨だったという人も多いのではないでしょうか。シドニーは(というかオーストラリアの主要都市は)、大体が港町ですし、海というのは晴れているときと曇っているときで全然違います。カラリと晴れて嘘みたいに青い空と強い陽射と、これまた青い海、というのが定番の風景なのですが、雨ばっかりだとそれも叶わない。こちらに来られた方の居るとき、雨ばっかりだと、僕らの方がヤキモキします。「あ〜、くそ、また雨かよ〜」と。

     今こちらは、日本でいえば2月に相当して真冬なのですが、今年は例年になく寒いです。ここ数日平年並のおだやかさですが、全体的に寒い。寒さに滅法弱い福島などは、よくストーブの前にへばりついていて、これは僕は「固着」現象と呼び習わしているのですが、今年はとくに難儀していたみたいです。でも、上手い具合に夏の北半球に避暑ならぬ「避寒」をしています。僕はどちらかというと、寒いのはいいのですが(真冬でも家では靴下をはかないクチです)、暑いのがダメ。特に日本の蒸し暑さに、ネクタイ締めてた日には発狂したくなります。こちらに来て一番いいのは、ネクタイしめなくてもいいことと(そんなに服にやかましくないです)、湿度が低いことでしょう。

     ここ数ヶ月にシドニーにやってきて、寒いわ雨ばっかりだわという悲惨な旅行になってしまった方もいらっしゃるでしょう。「なにが温暖な気候だ」と思ってらっしゃる人もいるでしょうが、日本で12月、1月にこれだけ雨が降れば、それは雨ではなく雪になっていることでしょう。まあ、まだ雨で済んでる分だけ、全体的には温暖なのでしょうが、そんなこといっても何の慰めにもならないでしょうけど。

     

1998年08月05日:田村

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