シドニー雑記帳
APLaCの近況
というわけで、最近のことごと、将来のことなどをちょっと書いてみたいと思います。
どうして最近更新が遅れがちなのか?とか(すいません)。別に他人の近況なんか興味ないわいという方は読み飛ばしてください。
★パソコンをもう一台導入したこと
こんなことがエポックメイキングな出来事として数えられること自体、いかに「のほほん」と過ごしているかを告白するようなものですが、あ〜、とにかくもう一台買いました。
だいたいインターネット主体でやってるというのに、3人で1台しかパソコンがないというのもちょっと少ないのですが、それでもまあ今まではなんとかなってきました。でも、これからは「ちょっと足りないかな」という気もしておりました。パソコンを使うのは、もっぱら僕と福島で、活動する時間帯が違うこともあって(僕は早起きで朝6時頃には起きてますが、彼女は時間があったら幾らでも寝るタイプ)、そうそうバッティングすることもなかったのですが、これからはどうもバッティングしそう。
そんなにガンガンホームページを増産してどうすんだ?とご不審の向きもあるかもしれませんが、そんな「増産」という量的拡大ベクトルではないです。どっちかというと質的な問題。例えば、福島はアロマセラピーのページをやってるわけですが、先日当地のアロマセラピーの講習会に出掛け、結構目からウロコが落ちるような収穫があったと。それで参考文献など(もちろん英語の)を買い揃え読んだり、さらには関連事項としてクレイセラピーなんてのにも手を出して自分で人体実験したりしてるわけです。それはイイのですが、こう知識が増え、錯綜してくると、それをホームページに簡単に書けなくなってくる。作業量が膨大ということもありますし、考えをまとめるのに異様に時間がかかると。
僕の方も同じで、今まで大変すぎて避けていた「英語(学習)」のページ、あるいは「オーストラリア版・現代用語の基礎知識」みたいなものが出来ないもんかな(出来るわけないけど、1%でもいいから作っておけば役に立つ人もいるかもしれない)とか考えています。雑記帳も欲が出てくれば、「もうひとヒネリするまでボツ」というのもあるし、前に書いたのも書き直したいとか、あります。生活マニュアルも、ひとつひとつ画像を加えたりしてリメイクしたい(福島も「素顔のオーストラリア留学」を完全リライトをしたいと言っていた)。
となるとですね、時間が掛かります。単に2時間のものが4時間になるというだけではなく、質的にもう一歩ジャンプしたいとことですから一発ではできなかったりする。8割程度作っておいて、ちょっと時間をおいてから、ひらめいたときにパパっと修正するというような作業形態になるだろう。そうなると、やっぱ一日中パソコンを占拠したくなってくるわけです。他人が使う度にイチイチ片づけたり、やりたいときに順番待ちをしてるともう機会を逸する。こんなことは基本的にメチャクチャ面倒臭い作業ですし、誰に雇われているわけでも、金貰ってるわけでもないから、よほど興が乗らないとやらない。面倒臭さも限界曲線みたいなのがあるようで、一定限面倒臭さがピークに達すると、もう事実上やらない。それだけ取り出して考えれば「簡単じゃん」と思うのだけど、「就寝前の3分間美容体操」と同じで、いざその時点になってみれば面倒臭くてたまらなくなる。だもんで面倒臭さの軽減・除去作業をやるやらないで、場合によっては、ゼロか百かくらい結果が違ってくることもある。これ、分かるでしょ?
もう一点は、メールでのお問い合わせの返事などが、結構溜まると大変な作業になってきてます。「書きたいときにすぐに書ける」環境が欲しいと思う理由の一つでもあります。
で、パソコンです。CPU200+、RAM32、HD1.3G、モデム33.6Kとか(こっちでは)最新 モデルを20万円程度で買ったわけです。安くなったものです。それはいいのですが、ネットワークで二台結ぼうとやってます。これが、よく分かりません。なんせ最初英語版はインストールされてますので、一旦フォーマットしてまた日本語版をインストールする。ゼロから組み直しになるわけです。ここらへんは、初代パソコンの頃、のたうちまわって苦労しましたので、一遍苦労しておくとあとが楽で、多少画面が真っ黒になったくらいでは動じなくなりました。もう大丈夫。しかしネットワークなんかやったことないので、またぞろ試行錯誤の毎日です。マニュアルやヘルプファイルの役に立たなさは骨身に染みてますので、「とにかく仮設立てて、やってみる」パターン。
なんとか一応動いてはおりますし、ファイル共有くらいなら問題ないのですが、細かなところでいろいろカスタマイズしなければならない。例えば、ネットスケープは立ち上がるのですが、他のコンピュータ内のメールディレクトリにだけはアクセスできないのは何故か?もしかして、ダウンロードしたときに腐ってたんじゃないかという気もするし(その合理的疑いはある)、単純にミスなのかもしれないし、なにか設定を誤ってるのかもしれない。
もうひとつのパソコンからソフトを引っ張ってきて自分のRAMで立ち上げるのも出来るときと出来ないときとがある。ソフトというのは、本体だけでなく、あっちこっちのシステムに「いざというとき、一つ宜しく」と挨拶廻りをせなならんようで、そのためのDLLファイルなどが、そこかしこに配置されたりしてる。なんちゅうかコネ作りみたいなもので、そのコネを作ってやらないと立ち上がらないとかいうこともあるようです(立ち上がっても今までのカスタマイズ部分が消滅したり)。二つのパソコンのHDにそれぞれファイルを振り分けたいたくても下手に動かすと、ショートカットやらパスやらが変わってしまって、リンクミスのような状態になりゃせんか、とか。いや、よう分からんのだけど。大体、ネットワークと簡単に言うけど、えらい色んなパターンがあるようで、自分が何なのかも分からない。当分、ここらへんのカスタマイズが続きそうです。
で、文章を書くよりもここらへんのパソコン・メンテの時間の方が長くなるし、出来なかった物が出来るようになるという適度な達成感もあったりして、こっちの方が面白いという。ホームページを充実するために大枚はたいたにも関わらず、道具に振り回され本来の目的はほったらかしという、愚かなことになってるわけです。これではいかん。
★デジカメの購入
既にトビラの写真で御存知でしょうが、パソコンに先立って、デジカメを購入しました。「ちょっと前まで120万円してたのが15万になった」という知人の報告に惹かれ 「えいや!」で買ってしまいました。日本から来られる方に(お金送金して)ヨドバシカメラで買ってきて貰ったわけです。
で、「いいカメラなのか?」というと、よう分かりません。ごめん。というのは、信じて貰えないかもしれませんが、僕、「自分のカメラ」というのを買うのは多分これが初めてじゃないかな。学生時分、自宅にあった昔のコンパクトカメラをくすねてちょっと撮ったりした時期がありますが、現像代が嵩むので以後やらず。全然その手の趣味はなかったわけです。別にいまも無いです。絵とかマンガとか好きなので、その延長で「こういう構図は面白い」とか思い出したように気にする程度で、全然本格的なものではないです。
だからカメラがいいかどうかなんてよく分からない。デジカメにしては普通のカメラと遜色ないとかいう話で、確かにズームも広角もできるし、画素数も4段階切替(最大120万画素とか)、露出にせよフォーカスにせよ一通りはできるようです。というか、「シャッタースピード」など、何となく耳で聞いて知ってる機能単語がマニュアルのなかに載っているのを読んだというだけの話です。アテにしないでください。ましてや他のデジカメなんか使ったことないので、比べようもありません。「ま、エエんちゃう?」という程度。もう少し、望遠と広角の自由度が欲しいなと思うこともありますが、こんなのは言い出したらキリがないのでしょう。
そんなことより、実際にホームページに載せたとき「どう見えるか」が全てです。でも、これがナンギな話になるわけです。まず、撮った写真をパソコンに転送しないとならないワケですが、これが結構面倒臭く、例によって設定に一悶着あったわけですが(ポートの設定がわからん!とか)、それはいいとして、原画そのままでは載せられないので、いろいろと修正する必要があります。
なんでかというと、ひとつには画像が異様に巨大でバイト数が嵩む。横幅1200ピクセルとか、パソコン画面4台分「田型」に並べて収まるかどうかというアホみたいなデカさ。これどっかで調節できないかと思うのですが、今のところ発見できてません。ファイル転送のときのサイズ調節というのもあるのだけど、種々の理由で使えず(結局役に立たん)。ですので、コンパクトなサイズに縮小すると同時、バイト数も200〜300Kbあるので圧縮かけないとならない。この過程で折角の画質もかなり劣化してしまいます。
自分に課した制約では、1ページの画像は30KBまでとなってます。いや、どうでもいいのだけど、やっぱ画像が大きいと時間掛かるし、そんな待ってまで見て戴く程のものでもないし。全員が全員、高速サーバー、回線にめぐまれてるわけでもないし。で、そこまでバイト数を落とすと、やはりそれなりのものになってしまいます。写真というより、なんか「絵」みたいな感じ。これ、60KbまでOkならばそこそこ違ってくるのですが、他人にとってみたらそんな重要なものでもなかろう、何となく雰囲気分かればそれでいいんじゃないかなと、ちょっとばかり画像が鮮明になるよりは早く中身読みたいだろうなと、ここは価値判断ですけど、そう思うわけです。
あと、レタッチということで、ペイントショップなどのソフト(3種類くらいあるけど)を使っていろいろ修正します。明るさの調整とか、エッジを立たせてクリアにするとかそこらへんですが、調整項目が十幾つあるので、順列組み合わせでやってるとやたら時間が掛かる。段々何がいいのか分からんようになるし。
そんな頑張っても、皆のパソコンの画面設定が256色設定かどうかでも変わるし、ブラウザの設定でも簡単に変わっちゃう。さらに、ガンマ数というのがウィンドウズとマックでは違うとかいう話を聞いたりもするし、こっちではちゃんと見えていても人によっては暗すぎて見えないとかいうことも起きる。最終的に出口の部分でそんだけ変わっちゃうなら、入口の部分で大金かけたり、途中で数時間かけて修正するのがムナしいという気もなったりします。
そんなことに気を使うなら、もっと「等身大のシドニー」というか、観光写真ぽくない普通の姿を多く撮って載せたらええやんと思うわけです。現在すでに「次はこれ載せようかな」という候補がもう数十枚程度あるわけで、だから5日に1回程度、せわしくなく、スライドのようにチェンジしてるわけです。これも、まとめて載せたいなと思うわけですが、今度はホームページの容量というシビアな問題があったりします。先日も、深夜に作業して自分のホームページに転送しようとしたら、「スペースがありません」となりました。「げ」となって、要らないページを削除したり、ミラーサーバーの方にリンクを集中させたり(これやるとリンク関係が異様に複雑になるからやりたくないのだけど)応急策に追われておりました。改めてサーバーのホームページ行ってみると、いつのまにか規則が変わっていて容量が拡大されていたことを発見して、「おかしいやないけ、もっと使える筈だぞ」という文句メールを英語で書いたりしてるうちに夜が明けてしまった。
もっともっとお伝えしたい画像はいくらでも思い付くのですが、いつ写真を撮りにいって、どの写真を選んで、どうカット&修正して、どのページにあげて、容量を気にして、、、とやっていくつもりです。書いた側からポコポコUPしていた初期の頃が懐かしい。
★APLaCの今後
APLaCが儲かってないのは相変わらずでありますが、わはは、だいたい「こんなホームページで客なんか来たら奇跡だよな」とか思ったりもします。意外と奇跡はよく起きるのですが、それでも分かりづらいですよね。
「わかりやすい」というのは、「ホームステイとファームステイとB&Bとゴルフの10日間の旅」を、APLaC手数料コミ(航空運賃は除く)で12万8000円とか、「オーストラリア移住視察ツアー/職業斡旋所への訪問・面談、子供の幼稚園への見学、英語学校へ見学、マーケットや手料理挑戦、宿は閑静なB&B」で全部で10万円ポッキリとか、そーゆー具合に「こんなんどうです?」と提示したら取っ付き易いし、分かりやすいと思うわけです。
上記の2例は実例で、いろいろメールで相談しながら、数ヵ月かけて往復50通くらいディスカッションして旅程を決め、段取を手配したものです。やっぱり人によって思うところは違うし、「せっかく来るなら100%堪能して欲しい」と思うならば、どうしてもオーダーメイドになってしまうのですね。こんなことしてたらメチャクチャ大変なんですけど、簡単に十羽一からげに、「はい、将来移住希望の方は○○コースね」という具合にして良いのだろうか?という疑問もあるわけです。人間ちゅーのはもっと多様なものだろうと。それに、本人だって自分で何がしたいのか、よく把握できないだろうし(僕がそうだったら出来ないでしょう)、そこをいろいろ問答を交わすことによって徐々に明確にしていく過程が必要とか。
そうは言っても、今のままで良いとは思いません。叩き台にせよ何にせよ、もう少し具体的に絞り込んでいかないと取っ付きにくいよなあと思います。このモデル案作りの試みは以前からやってたのですが、いま一つ収斂しきれない、詰め切れないままでいます。これはもう積年の課題になりつつあります。徐々に見えてきてるものはあるのですけど。
しかし、幾ら完璧なモデルが出来ても、やはり基本はインタラクティブというか、相互の議論のような気がします。一つには知識の絶対量の問題で、普通はシドニーなんか全然知らない、相場も知らない。妙な誤解も当然しているだろうし、勝手な思い込みもしているだろう。それをもとに「こうしたい」と思うわけですから、ベーシックな知識が変われば意向もまた変わりますよね。「宿はモーテルでいいです」と言ってても、その人の頭にある「モーテル」ってどんなんなのかよく分からんわけです。 ホームステイがいいと言っても、1日中英語しか喋らない日が何日も続くという状況に慣れてる人は良くても、やったことない人だったらやっぱり溜まるものもあるかもしれない。3日やそこらは良くても、1ヵ月ともなると、結構「修行」っぽくもなるでしょう。人によりけりではありますが、「大丈夫かなあ」「もし駄目だった場合」というのも一応考えなきゃならない。
そこらへんの凸凹というのを放置しておくと、現場で結構キツかったりしますので、やっぱり人に応じて調整したり、案の練り直しをしないとならない。練ればねっただけいいものになりますし。
そうかといって、完璧にシナリオ書いてしまったら楽は楽だけど面白くないですよね。やっぱり、自分一人でおっかなびっくり町に出て、道に迷って、途方に暮れて、、という「冒険」がイイと思うわけです。過ぎてみて一番面白くて大切な想い出になるのは、そのあたりの部分だと僕は思う。実際、自分で苦労しないと「外国でやってる」という実感は湧かないでしょうし。だもんで、そこらへんの偶然的要素も盛り込まないと面白くないわね、と。あんまりそこを重視しすぎて、妙なことに巻き込まれて犯罪に遭ったらシャレにならないし、「管理された偶然」なんて既に偶然ではないという何やら哲学的ですらあるパラドックスもあったりする。
なんか考えすぎてる気もしますが、「こんなんどうです?」と他人様に提供する場合、そこらへんの微妙な線をどうやって引くかという見極めが一番キモのようにも思うのです。案内する側の都合だけで日程書いてれば、そら楽ですけど、詰まらんやろし。かといって、放ったらかしにしすぎると、貴重な時間が無為になる(幼稚園の訪問なんて、自分で現地でセッティングできる人なんかマレでしょう)。う〜ん。と、考えながら日々過ごしています。
(1997年5月26日:田村)
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