r APLaCシドニー雑記帳:歯医者通い日記



シドニー雑記帳

歯医者通い日記






    前回の雑記帳で歯医者のことをチョロっと触れたら、意外なことに歯医者絡みのRESをいくつか戴いたので、今回は歯医者のことに絞ってお話します。




    私は生まれつき歯が弱い。「2才のお誕生を迎える前から歯医者の世話になっていた」というのが、母が「いかにこいつは私の手をわずらわせたか」を力説する時の常套文句になっている。母はしっかり歯磨きをしてやってるのに、すぐに虫歯が出来るので、歯医者の先生に「こんな小さいうちから虫歯作らせて・・・」とお小言を言われて、非常に不本意だったそうだ。

    しかし、虫歯になりやすいメリットもある。おかげで私は昔から歯医者好きである。かかりつけの歯医者さんとは顔見知りどころか「ダチ」と化し、診察室でバナナ(当時は高級品だった)を貰って食べていた記憶がある。つまり、私の歯医者原体験は「歯医者=おいしいものをくれるところ」なのである。

    だから、よく「あのキーンという音がするだけでダメ」という歯医者ギライの人がいるが、信じられない。歯医者なんて椅子に座って口開けて寝てりゃ終わるじゃないの。痛いっつってもタカが知れてる。最近の歯医者なんか、ちょっと削るだけでも麻酔打つから、痛みなんかほとんど感じない。転んで怪我した時の方がよほど痛いし、生理痛の方がよほど厄介だぞ。

    世の中にはよく「虫歯にならない体質(歯質?)」の人がいる。相棒田村もそのクチだ。「俺、歯磨きなんか全然しないけど、虫歯なんかなったことないよ」とうそぶく。「人間、不公平に出来てるもんだな」と羨ましく思っていたら、来豪4年目にしてついに虫歯が痛くてたまらなくなり、歯医者に駆け込むハメになった。そぉ〜れみたことか、長年歯磨きを怠ってきたバチがあたったのだ(バチとかそういう問題ではなく、科学的に立証される因果関係なんですけど)。正直いって、胸がスッとした。




    他人の不幸はさておき、私は毎日きちんと歯磨きをしている。それでも年に一度くらいは歯医者のお世話にならざるをえない。小さい頃から虫歯とお友達だったせいで、歯の異常には敏感で「あれ?おかしいな」とすぐ察知する。でも、日本で働いていた頃は、忙しくて痛くても歯医者なんてなかなか行けなかった。シドニーに来てからは違う理由で、痛くてもなかなか歯医者に行けなかった。いや、行かなかった。

    まず、「かかり付けの歯医者」というものが存在しない。どこの歯医者に行ったらいいのか?で迷うわけである。シドニーは一応都会だから、どの街にも何軒かの歯医者がある。「ちゃんとやっていけるのかな?」と心配になるほど、歯医者が乱立している地域もある。沢山あるから、かえって迷う。評判を聞こうにも、歯の治療を受けたことのある人ってのが周囲にいないのだ。

    一般にオージーは歯には非常にこだわるようだ。「半年に一度は歯医者に行ってチェックアップするもの」という社会的コンセンサスがあるらしい。出かける時も「マイ歯ブラシ」を持参するのが当たり前のようで、スーパーでもペンケースのような「歯ブラシ入れ」が売っているし、そういやホテルにも備え付けの歯ブラシは置いていない。日本人観光客が利用するような大型観光ホテルは別だが、地元民市場を相手にするホテルでは、シャンプーやバスオイルまで置いてるような高級ホテルでも歯ブラシだけは置いてない。
    デンタルフロスも少なくとも日本よりは普及しているようだし、歯並びが悪いと子供の頃から矯正する。治療する際にも、銀歯なんか使わず、ポースリンといって陶器のクラウンを使うのだが、これ被せると見た目にも他の歯と変わらない。とにかく歯にかける熱情は、日本の倍はあると思われる。
    ちなみに、この歯にかける熱情の高さは、どうもオージーだけじゃなくて、西洋の人全般にあてはまるらしい。

    そんなわけでオージーたちにとっては、歯医者というのは「チェックアップするところ」であって、治療するところではないらしい。従って、どこの歯医者がうまいか、なんて話題は出てこない。そこで口コミ情報は諦めて、適当に飛び込んでみることにした。




    最初に訪れたのは、当時住んでいたニュータウンの歯医者さん。ここを選んだ理由は、コンタクトレンズでお世話になっていたオプトメトリスト(眼鏡&レンズ屋)の二階にあること、ただそれだけだった。一軒家の一室を改造した診察室で迎えてくれたのは、中国人の歯医者さん。細面の顔に銀ブチ眼鏡をかけていて、なんだか知的に映った。
    その時は大した治療ではなかったが、とにかくよく説明してくれた印象がある。どういう症状になっていて対策はこれかこれ、これをやったらいくらかかる。さあ、どうする?と聞かれる。

    治療費については「ずいぶん高いなあ」と思ったけど、「日本は保険が効くけど、オーストラリアは国民保険でカバーされないから仕方ないなあ」という程度で、あまり深いこと考えていなかった。それに、この時は加入していたプライベート保険でカバーされた記憶がある。今ではプライベートの保険に加入していても、カバーされるのはチェックアップとクリーンナップだけで、治療費は対象外なのだが、この当時は治療費の80%くらいを返してもらったと思う。どう考えても掛け金よりも多く返却してもらっちゃって、「こんなことしてたら、保険屋さんも大変だろうなあ」と思ったから、確かにそうだと思う。もしかしたら、保険屋のカウンターのおばちゃんが間違えただけなのかもしれないけど。

    このニュータウンの中国人の歯医者さんには数回通った。完治する前に、保険申請に行ったら「あなたのクレーム上限額まで、あと20ドルです」と言われて、それ以降「お金がないので」歯医者通いをサボり続けた。




    その後、引っ越してしまったので、わざわざニュータウンまで通うのもなあ、とついつい先延ばしにしていたら、ついに痛みにガマンしきれなくなった。その頃、ちょうどラースも先延ばしにしていた虫歯がついに耐えられなくなり、あわてて近所(レインコーブ)の歯医者に駆け込んだところだったので、同じ歯医者に行ってみた。

    ラースによると、この歯医者には2人の先生がいて、ちょっと太っちょでおしゃべりで年老いた先生は矯正が専門、黙々と仕事だけする若い方の先生は麻酔と根幹治療が専門なんだそうだ。ラースの担当は太っちょ&おしゃべりな方で、「いい先生なんだけど、口開けながらおしゃべりするから、ちょっとannoyingなんだよ」とぶーたれていたが、私は寡黙な必殺仕事人の方に当たった。

    今回の虫歯は厄介であった。昔治療して銀歯を被せてあるヤツが染みるのである。おそらくは銀歯の中でばい菌が繁殖して神経までやられているのだろう、と覚悟はしていた。撮影したレントゲンを見た先生は、ため息をついて、「ソーリー、マキコ」と言った。根っこまでやられてる。これを治療すると、根っこの治療費で5〜600ドル、クラウンが900ドルかかるんだ、と、本当にすまなそうに言う。クラウンに900ドル!!とおののいたが、仕方あるまい。とにかく治して貰うしかない。

    根幹治療は厄介である。神経1本1本奥までキレイに掃除し、ばい菌を殺し、神経に蓋をし、台を作り、その上にクラウンを被せるのである。おまけに神経治療は痛いのだ。歯医者なんか痛くないと強がっていた私だが、それは早期発見早期治療した場合。麻酔かけても完全にかかっていない部分があるのか、神経にグサグサ針をさして掃除している間に痛むこともあるし、麻酔がさめてから痛くなったりする。

    ところで、この先生、麻酔と根幹治療が専門のクセして、毎回私に悲鳴をあげさせた。どうでもいいことだが、人間切羽詰まった時は母国語が出てきてしまうものだ。「アウチ!」なんて英語に翻訳している暇はない。もっとも、強制的に開けさせられた口で「イタッ!」(←あくまで主観的な音、客観的には「アガッ!」)と叫んだところで、日本語かどうかなど相手には分かろう筈もないが。こういう時は、何語を使おうが、非常に正しくコミュニケーション出来る。

    私が「イタッ!」と叫ぶたびに、先生は「ソーリー、マキコ」と謝る。で、また同じことをする。「ソーリー、マキコ、もうこんなことしないからね」 ふん、信用できるか。

    ところが、なんとしたことか、私は数日後、夢の中でこの先生に片想いしていた。一生懸命モーションかけて、もうちょっとで不倫成立!というエキサンティングなところで、目が覚めた。アホか、私は。




    まあ、そんなこんなで、とりあえず神経治療は終え、土台は出来た。あとは型をとって、クラウンを発注し、出来たら被せるだけ。クラウンはポースリン(白い陶器製)とゴールド(金歯)から選べるのだが(値段もほぼ同じ)、私の場合は形からいってゴールドじゃないと合わないから、と先生が勧めるので、ゴールドにした。

    クラウンが出来上がるまで2週間、仮のクラウンでガマンする。そしたら、2週間後の予約日前日に、突然先生から電話がかかってきた。「マキコ、確かポースリンの方がいいって言ってたよね? モデルを調べてみたら、ポースリンでもイケるみたいなんだけど、ポースリンに変更するかい?」と言う。そりゃポースリンの方が「虫歯治療しました」って分からないから、それに越したことはない。「ええ、出来るならポースリンがいいですけど、でも、予約明日ですよね? 明日までに出来るんですか?」と素朴な疑問をぶつける。「ノー プロブレム!」断言して先生は電話を切った。

    でもさ、おかしいよね。クラウン出来るまで2週間待ってるのに、なんで前日にいきなりゴールドからポースリンに変更できちゃうわけ? 仕事から帰ってきたラースにこの話をすると、「そりゃもちろん、間違えてポースリンを作っちゃったんだよ。ここはオーストラリアだぜ」と大笑い。他人事だと思いおって・・・。しかし、十分ありうる話だ。

    翌日、予約の時間に歯医者に出かけた。先生は銀の上にポースリンでコーティングした私のクラウンを見せて、「ほら、ビューティフルだろう」と言う。さっそくセメントを塗って被せた。「あと2時間は物食べないでね」

    マジメな私は先生の言うことを守って、2時間後にキャンディをなめた。すると、ガリッ!! いきなりポースリンが欠けた。なんてこった、さっき900ドル払っていれたクラウンが、もうオシャカである。

    歯医者に電話して「今日被せたクラウンがもう欠けちゃったんですけど・・・」と言うと、受付の女性は先生をつかまえに行った。片想いの先生が出てきて、ああ、やっぱりという溜め息をもらしつつ(気のせいか?)、「じゃあ、これからゴールドを注文するから、1週間後にまた来てね」と言って、再予約。

    1週間後、再訪問。「今度はゴールドだから大丈夫だよ」と、先生ニッコリ。でも、2週間前に強力な接着剤でハメてしまったポースリンのクラウンをはずさなきゃならない。はじめ、先生はドリルも使わず、力ずくではずそうとした。針の先にグイグイ全力を入れて上に持ち上げようとする。もしかしたら、クラウンが取れるやいなや、あの鋭い針が私の口を突き刺すかもしれない。そう思うと、恐くてたまらない。私が「うーうー」文句をたれるので、先生は諦めてドリルを取り出した。そうよ、That's what I want!なのよ。

    しかし、ドリルは無遠慮に歯茎の境目までグリグリ削ってくるから、痛くてたまらない。麻酔もしてないから、特に痛い。今までで一番痛かったかもしれない。「ソーリー、マキコ」また、エクスキューズ。なんとか欠けたクラウンは取り出せ、新しいゴールドのクラウンが取り付けられた。

    さすがにこの日は無料であった。診察室で痛がりながらも「もし、クラウン代を再請求されたら、なんて文句を言ったろうか」とずっと考えていたのに。まあ、当然ですね、なんせ入れた当日にいきなり欠けたんだから。しかも、間違って作らせちゃったクラウンなんだから(これは妄想かもしれないが)。




    さて、ここで決算報告。

    初回(検査とクリーンナップ) 80ドル
    神経治療 250ドル×2回
    クラウン1本 900ドル
    クラウン設置費用 240ドル
    合計 1720ドル


    実際にはこれに「ここ、ちょっと神経過敏になってますから、埋めときましょうね」みたいな小モノ治療が入って、約2000ドルというわけです。いやあ、本当に歯医者は高い。

    なんでこんなに高いのかなあ、オーストラリアだけ特別高いのかなあとか考えたりもしましたが、日本だって保険効いてるから感じないだけの話で、1回行ったら2〜3千円は飛びますよね。私が日本にいる頃はまだ負担率は1割だったか ら、2〜3万。納得のいく数字です。

    クラウンについてはやたら高いような気もしますが、こちらは銀は使わず、金か陶器だからなのかなあ、それに市場規模が小さいから1つあたりのクラウンのコストが掛かってしまうのかなあ、とか考えてます。

    確かなことは分かりませんが、とにかくどこの歯医者にいっても似たような値段です(今までシドニーでお世話になった歯医者は3軒、田村がお世話になった別の2軒でもほぼ同じ値段)。

    というわけで、これからオーストラリアに来られる方は、飛行機に乗る前に歯医者に行っておきましょうね。


1999年3月18日:福島




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