オーストラリアでは、この3月29日から4月1日までイースター・ホリデーです。
このイースターというのが日本人には馴染みにくい。「イースターって結局なに?」と。スーパーマーケットなどでは、イースターラビットや、イースターエッグのチョコが並んでいます。これも疑問を増幅します。「なぜにウサギ?なぜ卵?」と。
日本人が海外に出て行くと、いろいろカルチャー的なモヤモヤに出くわします。「わかるんだけど、結局わかってない」という。このモヤモヤは、民族紛争・憎悪の激しさとか色々あるのでしょうが、そのなかでも最たるものが宗教だと思います。
人類は宗教が好きなうようです。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、、、いろんな説があってよく分からないのですが、一説によると世界人口の8割だか9割は、何らかの形で神の存在を信じているとか。そういえば、ジョディ・フォスター主演の「コンタクト」というSF映画がありましたが、人類を代表して宇宙船に乗り込む人選をやってるときに、ほぼ当確だったジョディフォスターが「神を信じない」という理由で落とされるという場面がありました。「あなたは人類の9割がチェリッシュ(大切に胸に抱く)している考え(神)を共有していない。そのような人物が全人類を代表する者として適当かどうか疑問である」と。
そういう意味では、僕も全人類を代表するには不適格でしょう。おそらく多くの日本人も不適格だと思います。僕は宗教に関しては、非常に平均的な日本人だと思いますが、神の存在を信じていません。いや、「信じない」とか「無心論者」とかいうほどにも力がこもっていません。暗く悲しい情念で彩られて、「この世に神なんかいないんだあ〜!」と叫んでいるわけではない。「そんなに興味がない」「あんまり突き詰めて考えたことがない」という程度。まあ、漠たる気持ちとして、神様っているのかなあと思うときもあるけど、殆どの日常においては、神がいるということを前提にして生きているわけではない。食事の際に手を合わせることがあっても、それはお百姓さんへの感謝を捧げるものではあっても神に対するものではない。
死者を悼み、レスペクトするナマの感情は誰にもあり、愛するものが死んだ後に天国だかどっか「いいところ」で幸せになって欲しいという気持ちや、「草葉の陰」から自分たちを見守っていてくれるとか、時折帰ってきてくれるという気持ちは、これはナチュラルになると思います。僕にも、あなたにも、日本人にもあるでしょう。だから仏壇にお線香をあげたり、墓参りにいったりします。
そういった自然の感情としては分かるのですが、それはピュアな感情としてそうだというだけで、宗教的、神学的に体系付けられているわけではないです。死者の霊でも、宗教的にキッチリ位置付けられているわけではなく、いわゆる心霊現象としてそう思ってるのか、信仰としてそう思ってるのか、そのどちらでもなく単に自分の中にある死者への思慕の念だけなのか、その区別も曖昧です。また曖昧だから悪いと思ってもいないでしょう。
要するに宗教的なるものが、世界観全体として構築されているわけではないのですね。死者とか、霊魂とか、禊ぎとか、儀式とか、縁起とか、お守りとか、お祭りとか、、そういった超世俗的なもの、スーパーナチュラルなものをひとまとめにして、ボックスにゴチャといれているようなものでしょう。丹波哲郎先生が、死後の世界を熱心に説いたからといって、あれはあくまでガイドブック的なものであって、別に宗教世界を構築しているわけではない。リアリスティックな認識の延長として、死後の世界も「どうもこうなってるみたいだよ」と言ってるわけで、その意味では宗教色は乏しく、人々の証言をベースにして構築する科学的検証ですらあります。
だいたい死んだ人間がどうなるかということと、神様を中心にした宗教世界とは必ずしも同じものではない。というよりも直接そんなに関連しない。「死んだら人間は土になる、霊魂なんか存在しない」という認識と、「でも神様はいるもんね」という認識は、理屈の上では両立します。逆に、「死後の世界は存在するけど神様なんか居ない」という認識もアリだと思います。
もともと宗教というのは、なぜ宇宙はあるのか、なぜ生命があるのかから説き起こす壮大な絵巻物であり、超総合科学のようなものであって、世界全体の原理と構造を説くからには、その世界の一部である人間の存在も無視できないし、死んだあとにどうなるかについても一応説明しておきましょうということだと思います。
日本の場合にも、イザナギとイザナミがいて日本列島を作りという神話があります。時系列はよくわからないけど、高天原があってアマテラスがいてスサノオがいて、イナバの白兎がいて、天孫降臨があって、ヤマトタケルがいて草薙の剣でどしたこーしたやって、神武天皇になって以下今上天皇に至るという物語があります。
でも、これ、あまり”宗教世界”にはなりえていない。イザナミがどーしたという話も、ギリシャ神話やローマ神話が宗教になってないのと同じように、ただの神話であって、宗教っぽくはない。また、世界の原理や人間の死後を特に説明しているものでもない。だから日々の生活でどうしたらよいかということも、そうそう述べているわけでもない。神話だから「おはなし」としては面白くても、死者への思慕というエモーショナルな部分とはあまりリンクしないから、「信仰」というパワーにはなりにくい。だもんだから、既に聖徳太子の頃から、大陸から強烈なハイテク文化とともにやってきた仏教に押されはじめる。
それに、日本の神話について記された古事記や日本書紀が編纂されたのは700年代初頭ですが、645年の大化の改新クーデターで政治的実権を蘇我氏から取り戻した天皇家が最高に権力を持っていた頃ですよね。710年に平城京を作って、712年に古事記、720年に日本書紀の編纂をすると。だから、まあ、言って見れば会社が上場して軌道にのったので、ここらでひとつ社史でも編纂するかなみたいなノリだったのではなかろうか。言わば、創業者一族の自慢話といいますか。それに権力者が自分が権力を握っていることを正当化させるために「正しい(都合のいい)歴史」編纂を命じるのは古今東西世の常ですしね。
自慢話であれ、権力正当化の歴史歪曲であれ、本質的にそーゆーナマ臭いものが、津々浦々の庶民の良心と信仰心を喚起させるに足る宗教的説得性を持ち得なくても当然という気もします。ちなみに神道というものが意識的に強調されたのも、南北朝時代の政治的プロバガンダと、明治維新から太平洋戦争にいたる軍国教育とか、とにかく政治的に利用されまくってましたし。これは神道にとって非常に不幸なことだ思います。自然を畏れ、敬うという、最近の環境思想にマッチした地球にやさしい宗教なだけに、汚い手で触られ続け、手垢がつき過ぎた。
さて仏教ですが、仏教も、最初は宗教というよりは、「最先端の科学・カルチャー」として入ってきているようです。当時の日本人の感覚でいえば途方もなく巨大な建造物を建てる建築技術はぶっ飛んでいたでしょうし、仏像その他のアート感覚も凄かったと思います。「奈良の寺には墓地が無い」といいますが、当時の寺は総合大学であって、最新の学問技能を修得する場であり、死者なんかどうでもいいって言ったら言いすぎだろうけど、死んだらどうなる?は別にメインテーマでもなんでもなかった。もともと仏教というのは宗教というよりは哲学であって、そんなにエモーショナルなものではなかった(というよりもエモーショナルを排して徹底して理知的になるものだと思います)。
それが日本独特の「葬式仏教」になるのは、随分時代も下ったあとのことでしょう。伝統的な奈良仏教、南都六宗でしたっけ(なんとなく北斗の拳の南斗六聖拳に似てますが、まあこっちがパクったのでしょう)に対抗して、平安時代に叡山、高野山の密教系が勃興しますが、これとて「世界の真実はなんぞや」をやってるわけで、死んだ恋人がどうなるかまでは語ってくれない。鎌倉時代に武士に流行った禅宗もバリバリ哲学色が強く、これまた死んだ恋人は、、なんて聞けそうな雰囲気ではないですな。
仏教が「死」というものに焦点を当てはじめるのは、平安中期の源信さらに、浄土宗を興した法然上人あたりからでしょうか。南無阿弥陀仏と唱えて西方浄土がどうしたということを言い出し、草の根的に広がっていったんじゃなかったでしたっけ。このあたり僕も不勉強なのでよく分からないのですが、それまで仏教は貴族や武士の特権階級のものだったと思うのですね。奈良時代の国家統治の方法論としての仏教(鎮護国家)、さらに平安貴族達の学問、高級文化サロンとして仏教。平安時代のお寺って、○○内親王がご出家あそばされ、、みたいな貴族性がありますもんね。普通の庶民が出家してたかどうか、その受け皿があったかどうか、ちょっとよくわかりません。
平安中期くらいから、いわゆる律令制度の崩壊/武士階級の勃興とタイトルで日本史でやったと思いますが、世が乱れてきます。いわゆる末法思想というか、この世はちっとも楽しくないから、来世に期待をかけるしかないというスサんだ世の中だからこそ、死後の世界を希求したのでしょう。キャッチコピーは「厭離穢土・欣求浄土」ですな。既に奈良時代のようなハイテク性も新規性も失われた仏教界においては、もっと庶民に分かり易い仏教をということで、源信、法然上人が出てきたのではなかったか。子供の頃から寺で英才教育を受け、難しい漢文の経文を読破したりせんでも、あるいは莫大な喜捨をして出家しなくても、南無阿弥陀仏と唱えるその心根が尊いということで、本質部分をわかりやすくパッケージした。その簡便さと感情的直裁性がウケてポピュラーになったのではないかと思います。それが、一揆のようなパンキッシュな民衆エネルギーと結合すると一向一揆のようになっていったという。
江戸時代になってからは、ガチガチの管理社会が出現します。お寺も、徳川管理体制の一環を担う、各地方のカジュアルな市役所というか監視機構に成ってしまった部分があります。檀家制度をつくって檀家元帳を作り、これが名寄帳と並んで、戸籍謄本や住民票的な役割を果たす。本来、宇宙と人間の真理を模索すべき仏教は、当然のことながら人間は皆平等である(それどころか生命はみな平等)と説くわけですが、そんなことを説かれたら士農工商を確立した徳川ファミリーにとっては非常に都合が悪いわけで、だから寺としても現世的なことは何も言えない。だから勢い来世の話になるわけで、徐々に慣習的に葬礼を執り行うセレモニーセンターになっていくのでしょう。現在の日本のお寺・仏教の原型ですよね。だから、江戸時代に民衆の反乱(自由のための闘争)を助長したのは、仏教というよりもキリスト教だったりもします(島原の乱とか)。
というわけで駆け足で見た限りでは、日本人が統一的な宗教的世界観を抱くようなキッカケはどうにも見当たらないような気がします。だから、当たり前のように宗教的世界観をベースにして生きている世界の人達がどうもピンと来ない。
世界の人々、例えばクリスチャン世界の場合、神というのがもうどうしようもなくドカンと存在して、天地を創造し、6日目だったかにアダムをつくり、アダムの肋骨からイブを作り、そんでもって彼らがエデンという楽園を追われ、子供を作り、その子供の名がカインとアベルであって、、、と、キリストが登場するまで延々続くらしいです。
僕も全然知らんのですが、ネットでちょっと調べてみると、アダムとイブ以降、セト(三男、長兄次兄のカインとアベルは殺しあう)、エノシュ、ケナン、マハラルエル、イエレド、エノク、メトシェラ、レメク、ノアと続くそうです。ノアは、あの有名な「ノアの箱舟」のノアですね。こんなところにいるのですね。ノア以降、セムに続きます。この時代に「バベルの塔」が作られます。以下、アルパクシャド、シェラ、エベル、ペレグ、レウ、セルグ、ナホル、テラ、アブラム(後にアブラハムと改名)、イサク、ヤコブと続きます。ヤコブは、夢の中で天に至る階段を見て、これを「ヤコブの階段(Jacob's Ladder)」というらしいです。ヤコブは後にイスラエルと改名し、エジプトに行きます。
ヨセフと一緒にエジプトに移住した人々(ヘブライ民族)は、その後あまりパッとしないというか、奴隷的な状況になっていった。ジリ貧になっていったそうです。ここで血筋がどうなるのかわかりませんが、エジプトの王女の養子であったモーゼというのが出てきます。モーゼは、奴隷的状況にあったヘブライ民族を祖国へ帰してあげようとします。いわゆる「出エジプト記」であり、紅海がまっぷたつに割けたりするわけですね。モーゼは人々を率いて砂漠をさまよい、やがてシナイ山頂上で神から有名な「十戒」を受けます。
モーゼの後継者達はお決まりの権力闘争をやっていて、最終的にはダビデ王がイスラエル国の王になり、エルサレムを首都にする。ダビデの異母弟のソロモンが皇位継承し、シバの女王といい仲になってたりしたのだが、彼の死後、北イスラエルと南ユダに分裂し、いずれどちらも滅亡。人々がバビロニアに連れて行かれるが、またユダヤの国を復興する。この一連の時代にユダヤ教が形成されていくようです。その後、イスラエルはローマ帝国系ヘロデ王の支配になり、その頃にイエス・キリストは生まれる。
ここまでが旧約聖書の世界のようです。天地創造の神話からだんだん歴史書になっていきます。キリスト以降が新約聖書になるようです。
このあたりが日本人には非常に分かりにくいのですよね。そもそも聖書ってなんなのよ?という。「聖書」という一冊の文書を最初から最後まで誰か一人が著したというものではなく、いろんな人が時代を隔ててポツンポツンとある文書をあとで誰かが編纂したものでしょ。「神が40名くらいの人間を使って書かせた」らしいのですが、「書かせた」って言われてもね〜って感じではあります。誰が編纂して、なんでそんなことがわかるのだろう?実際、そのあたりも神学的見地から、あるいは歴史的見地からいろいろ論争はあるのでしょうね。死海文字が発見されてどうしたとかいうのも、このあたりの文脈での話でしょうか。
それに、キリスト教も、ユダヤ教も、イスラム教も、ベーシックな部分は同じというあたりも日本人には理解しにくいです。だったら同じ宗教の分派じゃん、同じ仏教の浄土宗と曹洞宗の違いみたいなものじゃん?と思ったりするのですが、なんかぜーんぜん違う宗教みたいに思えますよね。イスラム教は、7世紀あたりにでてきたマホメットが興したと聞きますが、彼らの神はアラーであり、聖書はコーラン。でも、旧約・新約聖書の一部は正しいものとして尊重するらしいし、キリストも神の子ではないけど重要な預言者らしい。うう、キリスト教vsイスラム教というのは、十字軍遠征から先日のNYテロに至るまで連綿とケンカばっかりやってるのに、そのあたりの近親感というか遠近感がわからない。
新約聖書も、ルカ伝とかマタイ伝とかパウロの手紙とかヨハネの黙示録とか、いろんな文書の集合体です。旧約聖書の世界を踏まえて、神が決定版として世に使わしたイエス・キリストの生涯と、その教えと、使徒たちの布教の歴史が描かれ、最後に黙示録でアーマゲドンまでいくわけなのでしょう。要するに、旧約新約通じて、歴史的事実の記述も含みつつ、天地創造からその終わりまでの壮大な宗教世界が描かれているわけです。
この膨大な世界観を知らないと、どうにもクリスチャン系のカルチャーがなかなかピンと来ないのではないか。
英語を勉強していたり、クリスチャン系の国に住んでいてもう一歩中に入っていこうとすると、もうどうしようもなく、こりゃ一回聖書を読破せんとあかんのかな?と思わされることもあります。クリスチャンカルチャーを、別に信じる必要は無いにせよ、ある程度は知識として知ってないと、どうにもよく分からない局面が多いです。といっても、別に聖書全巻読破して暗記しておく必要はないと思います。西欧系の連中だってそこまでやってるのは一部でしょう。ただ、彼らはそれぞれの物語を子供の頃から聞いたり、読んだりしてるのですね。それが情操教育になっていて、それが感性の母体になってたりするのでしょう。その感性ベースが違うと、いまいちよく分からんってことが往々にしてあるんですよね。
だって、西欧系の多くの宗教画とか、建築物とか、音楽とか、芸術とか、政治の歴史とか、庶民の生活慣習とか、そこらへんが殆ど全部といっていいくらいこの世界観をベースにしているわけでしょ?コッポラの「地獄の黙示録」といっても、「黙示録」がなんなのか、その感性的理解がなかったら、結局あの映画は本当にはわかったことになってないんじゃないか。
だいたいあの英語の題名は”apocalyptist(黙示録)” だけであって、「地獄の」なんてアホみたいな冠タイトルはついてない。それを「黙示録」だけでは日本人にはピンとこないから、「地獄の」というのをつけてるわけでしょ。この愚かなベトナム戦争こそが、まさにヨハネのいう黙示録ではないか、これこそが行き着くところまでいった人類の姿ではないか、、みたいな含意もあるんじゃないかと思われるのだけど、でも「黙示録」がわかってなかったら、そのあたりの精神的衝撃が全くわからず、単に「気色悪い戦争映画」でしかなくなってしまう。最近のところでは、ブラッドピットの「セブン」だって、聖書の7つの大罪でしょ。こっちは「7つの大罪って何なの?」だから、謎解きも推理も「ふーん」でしかないし、歪んだ狂気も感覚的に分からない。
「マッチ売りの少女」だって、西欧の人々にとってクリスマスがどれだけ重要なものであるのか、その皮膚感覚がわからなければ、そんな夜に一人でマッチを売らされる少女の可哀想度がわからない。日本のおとぎ話の傘地蔵は、年を越すためのモチなどを買うために大晦日に傘を売りにいった男が→全然売れない帰路、売れ残った傘を地蔵さんにかけてあげた→地蔵さんが年越しのためのモチとか食料をもってきてくれた、というストーリーで、これは日本社会でいかに「年を越す」ということが重要であったのかを知らないと、ピンとこないのと同じです。
オーストラリアは、それほど熱心なキリスト教国ではないですが、それでも日曜日には礼拝やってますし、参列する人も結構います。ボランティアとか、福祉活動とかも、教会を中心に熱心に展開されていると思います。日本のお寺や教会も頑張ってます。あまり話題にならないけど、マジメに福祉活動にとりくんでいる宗教団体は日本にも沢山あります。みんながみんな拝観料取ったり、脱税の隠蓑になってるわけではないです。それでも社会の宗教的ベースが違う。
宗教は一歩間違えたら劇薬であり、大変な不幸を撒き散らしますが、上手くやれば、人間がもともともっている良心をトータルにマネージし、現実に世の中良くするように活用されるのでしょう。これはもう、キリスト教でも、イスラム教でも、仏教でもなんでも同じだと思います。
オーストラリアの至るところ、あそこの街角にも、ここの駐車場にも、という感じで要らなくなった古着を入れる大きなボックスが設置されています。この古着がそのまま、あるいは古着を売ってお金に替えたりして、失業者や浮浪者などの恵まれない人にいくわけです。たとえば、St
Vincent de Paul という福祉団体のリテールショップは、シドニーの町のそこかしこにあります。オージーからはVinnies(ヴィニーズ)の通称で親しまれているこの店は、普通に歩いていたらただの古着屋とかリサイクルショップにしか見えないかもしれないけど、気をつけて見ていたらあちこちに発見できるでしょう。宗教的な良心がそのまま現実の行動に結びつき、社会に深く根を下ろしているのがわかると思います。
こういうのを見てると、やっぱ凄いなと思います。もちろん西欧の人々の全てが敬虔なクリスチャンであるわけでもないです。ほとんど日本人と同じように、カジュアルでうっすらとした、信仰というよりは単なる「慣習」でしかないような気持ちしか抱いていない人も沢山いるでしょう。そうであっても、根っこが違う、前提としている世界観が違う。
そこが違うからこそ、例えば、政治レベルのみならず、民間レベルでの福祉の安全ネットが厚ったりする。だから政治でも経済でもドラスティックなことが出きるんだろうなという気もします。中高年で失業したら即ダンボールに直行みたいな社会は、全然安全ネットが無いも同然なのでしょう。安全ネットがなければ、誰だって高所恐怖症になります。「落ちたら終わり」ですから、いきおい今あるところにしがみつくしかない。皆がしがみついているから、改革っつっても中々進まないのも無理ないです。
日本人には、神を信じ、その存在を前提にして日々生きているということの意味が、実感としてピンとこないのですね。その信仰心の濃淡というか、カンドコロみたいなものが分からないです。そこが分からないから、カルチャーにしても、社会の成り立ちにしても、表面的には分かるけど、本当のところは全然わかってないんじゃないか?って気になってきたりするわけですね。
さて、イースターの話に戻ります。
イースターというのは、今回ちょっと調べて勉強したのですが、クリスチャンによってはクリスマス以上の重要イベントのようです。日本ではあんまり馴染みがないですし、キリストの復活を祝うとか言われても、「え、キリストって復活したの?」ってな感じですよね。僕も復活してそれからどうなったのか、知りませんでした。
「復活」というと、皆が見守るなか、ゴゴゴと天地が鳴動し、天上から光が満ち溢れ、スモークがモクモクとたちこめる中で、キリストがババーンと登場する、、という、ロックバンドのアリーナコンサート的なシーンを思ってしまいますが、そうではないそうです。そりゃそうですよね。当時、キリストは罪人として、民衆に望まれて処刑されてるのですから。キリストが処刑されたのが金曜日。その翌々日の日曜日、イエスの最後を看取った3人の女性が、死体に香油を塗るために墓を訪れたら、墓が空っぽだったということです。ふと気づくと白い長い衣を着た若者(天使か?)が立っていて、キリストが復活したこと、それを弟子たちに伝えなさいと言ったということです。これが「復活」です。新聞記事のようにドライに出来事を描写すると、「関係者が、墓がもぬけのカラだったことを発見し、天使と思われる身元不明の人物から復活した旨を告げられた日」ということです。スモーク・ゴゴゴのアリーナショー的なものではなく、そんなにドラマチックではありません。
週間スケジュールのようにこの間の出来事を整理すると、木曜日:最後の晩餐をする、金曜日:死刑執行、土曜日:安息日でなにもなし、日曜日:マリア達が墓がカラであるのを発見、、、という具合になるようです。
その後ほどなくして、復活したキリストが「戸別訪問」を始めるのですね。マグダラのマリアをはじめとして弟子など多くの人々の前に、「まいど!」(とは言わなかっただろうが)とばかりに訪れて、「今後、しっかり布教しなはれ」と言い残していったとか。要するに墓から抜け出して、「あとはよろしく」と挨拶して廻ったと。で、最後に、40日後に天に昇り、神様の右側に座って以後皆を見守るようになったとか。ちなみに50日後に、聖霊が炎となって使徒たちに舞い降りたらしいです。
オーストラリアでは、金曜日がグッドフライデー、月曜日がイースターマンデーで休日になります。でも、なんで月曜日が休みになるのか上記の日程からは良くわからんのですが、「連休を増やそう」というゴールデンウィーク的な発想なのかな?という気もします。ちなみに、国民の祝日が日本に比べて非常に少ないオーストラリアでは、確実に4連休になるというのはイースターくらいです。だから、生活実感としては、「オーストラリアのゴールデンウィーク」のようなものだと思います。
イースターの日程は毎年違います。
算定計算式は、「春分の日の最初の満月の次の日曜日」がイースターになるとのことです。だから去年のイースターは4月13日からでしたが、今年は3月29日からになります。どうしてそう計算するのかはわかりません。
イースターの語源については、ドイツ語の春の女神(Austro)からきたとか、イースト菌をいれないパンだとか、なんか色々あるようです。もともと、春分の日のあとに行われる祭りなので、ヨーロッパ各地で土着的に行われていた「春の祭典」が、キリストの復活という意義とジョイントしていったのではないか、と言われているようです。生命の芽生える春の祭典なので、同じ生命の誕生のモトとなる卵と関連し、そこからイースターエッグにつながっていったようです。卵に色を塗ったり、なかに何かを入れておいたりして、それを庭に隠しておき、子供達がこれを捜して遊ぶという。
このあたりになってくると、キリスト教本来の教義からすればあまり関係ない様式・慣習なのでしょうが、そういった「何だかよく分からないけど、やってて面白い」ものの方が民衆レベルではよく浸透するのでしょう。日本だって、節分にどうして豆を撒くのかとか、どうして年の数だけ食べるのかとか、なんでナマハゲはやってくるのかとか、分からんですもんね。そもそも節分というのが神道なのか仏教なのかも分からんし、どっちでもない暦学的な陰陽道的な呪術かもしれませんし。そもそも、バレンタインなんか、なんでやってるのか分からないけど、でも盛んですしね。
何故ウサギなのか?というと、これも諸説あるようです。ドイツの昔話のオバーサンがどーしたこーした(イースターエッグで子供と遊んでたら、たまたま野ウサギが居合わせて、あたかもウサギが卵を隠しているかように見えたとか何とか)というのが、どうも始まりらしいです。でも、これ自体が昔話なので、真偽の程は全然わかりません。まあ、どうでもいいっちゃ、どうでもいいのでしょう。
ちなみに、キリストの復活までの40日間を四旬節というらしく、これはキリストが荒野で断食をしたのにちなんで、筋金入りの信者は同じように断食するのがスジなのでしょうが、そこまでド根性行事は浸透しにくいので「肉食を避ける」というベジタリアン的なものに薄められたそうです。そして、「これから肉が食べられなくなるから、今のうちにドカンと食べておこう」という、食べおさめ・食いだめ的な行事が「謝肉祭」だということです。リオのカーニバルなんかが有名です。でも、それだけドンチャン騒いで、肉食いまくって、翌日から皆さん肉を断ってるかというと食べてたりするのでしょう。だから、まあ、何のことは無い、キリストにかこつけてドンチャン騒いでいるだけって気もしますね。
このあたりのカンドコロといいますか、どこまではマジメに宗教的に信じていて、どこからが単なる慣習・お祭り的なものか、そのレシピーといいますか、そのあたりがよく分からんですね。どれだけマジメにやってるのだろうか?という。信じてるからやってるのか、単に楽しいからやってるのか。
でも、まあ、どっちもなんでしょう。日本のお盆も、お墓参りという敬虔な部分もありますけど、夏祭りとか盆踊りとかいう面もあります。仕事をおおっぴらに休んでもいいという、労働的な側面も大いにありますし、コミュニティの行事という面もあります。観光的な面もあります。大体、祇園祭だって、なんのためにやってるのか、どういう宗教的意義があるのか、日本人だって知りませんもんね。「祭り」と言葉は本来神道系だと思いますし、祇園祭は八坂神社のお祭りですから神道なんでしょうけど、まあ、関係者以外、そんなこと気にしてる日本人なんか殆どいないでしょうしね。
ですので、本来的に宗教的意義があったとしても、世間の人々の実感ではただのホリデーでしかない、レジャーでしかないってことはあるでしょう。これは日本人でもよく分かる話です。でも、全然信じてなくて100%ホリデーでしかないのか?っていうと、そうでもないってところが難しいのですね。
100%敬虔な信者だったら、いっそのことまだ分かり易いのですよね。100%聖書を信じるから、ダーウィンの進化論も信じないと言われたら、それなりに分かる。でも、進化論は受け入れながら、聖書を熱心に読んでいる層というのは膨大にあるわけで、そのへんの折り合いのつけかたというか、その微妙なニュアンスがどうにもよく分からなかったりします。
でも、別にわからんでもシドニーでは生きていけます。このマルチカルチャルな都市では、それぞれのカルチャーはそれぞれにレスペクトされますから、キリスト教を信じないといったって別になんの迫害をうけることもないし、ピンとこなくなって現実問題なんの支障があるわけではないです。そういう意味では困りません。ただ、「勿体無い」って気はするのですね。せっかく目の前に芸術作品なり、イベントがありながら、よく分からないままパスさせていくわけで、時として、「もうちょっと、なんとか分からんもんか」って思ったりするわけです。
写真・文/田村
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