- Home>
- 「今週の一枚Essay」目次
>
今週の1枚(04.02.16)
ESSAY 143/Sydney Rail Chaos
最近日本の話ばっかりやってるので、久しぶりにオーストラリア/シドニーの近況について書きます。
この10日ばかり、そして将来においてもしばらくの間、シドニーの鉄道網(City Rail)はグチャグチャな状況に陥っています。日本は世界でもとびきり珍しく鉄道網がしっかりしていて、時刻表どおり列車がやってくる国ですので、日本人はどうも電車と言うものに対する信頼感が他の民族よりも高いと言われていますし、実際そうなのでしょう。そのことは、オーストラリアにやってきたら実感されると思います。
既にHPで何度も触れていますが、シドニーの電車網(City Rail)は、日本人の常識からすると「うそ?」みたいなことが多いです。大体、コンスタントにエリアエリアによってメンテナンスの為に全面運休するということ自体が信じられないだろうと思います。いや、ほんと、1−2ヶ月の1回くらいの割合で、(多くの場合は週末の土日)丸々電車がストップします。今週はどこがストップするか、常に駅などに張り出されている予定表を見ておく必要があります。1ヶ月丸々運休とかいうすごいエリアもありました。代替バスが出ているとはいえ、メンテなんか夜中のうちにやっておけよと日本人なら思うでしょう。でも、こちらでは当たり前です。
嘘だと思うなら、City RailのページでTrackwork [current] indexというところをごらん下さい。メンテ工事のことを「トラックワーク」といいます。
今週(先週)の " Rail Chaos"と呼ばれるドタバタは、利用者からしたら、まず列車が来ない、待たされる、やっと来たかと思ったら列車はスシ詰めでそもそも乗れない、やっと乗ったと思ったら途中で停まってしまう、動き出したと思ったらまたすぐ停まる、、、ということです。悪いことは重なるもので、先週のシドニー(オーストラリア全般みたいだけど)は今夏最大級の猛暑に襲われ、連日30度以上、内陸部に至っては40度以上。しかも珍しく非常に湿度が高く、しかもエアコンなしの列車もまだ多いという。
新聞によりますと、いろいろ「可哀想な個人例」が載せられてますが、Chatswodd(チャッツウッド)というところで勤務しているダニエルさんの場合、自宅のCronulla(クロヌラ)まで着くまで4時間40分もかかったらしいです。まずChatwood駅を出てから500メートルほど走って電車がいきなり停まります。停まりつづけて45分。さらに次の駅のArtarmon(アーターモン)駅の近くでも30分車内で待たされます。家畜輸送列車に詰め込まれた羊のような気分を味わいながらブチ切れたダニエルさんは、次のSt Leonard's(セイント・レナーズ)駅で電車を降り、15ドル払ってシティまでタクシーに行き、シティ内のMartin Place(マーティンプレイス)駅でまた40分ほど待つことになりました。
投書欄にも読者からの怒りの声が沢山届いています。新聞の投書欄(Letters)って面白いですよ。日本の投書のようにクソ真面目な青年の主張的な一本調子とは違って、妙に皮肉まじりでユーモラスに書いていたり、状況説明や論理展開がエンターティメントになってて、プレゼンが必須の個人技になっている西欧社会の片鱗が垣間見れます。英語を勉強されている方には、意見やコンプレインなど「ものの言い方」の勉強になると思います。いくら英語が出来ても「意見の述べ方」がへたくそだったら意味ないので。いくつか紹介します。
「午後4時45分にセントラル駅に着いた私が見たものは”混乱”だった(chaos、カオスではなくケイオスと発音)。駅内には乗客は何処に行ってなにをすべきかというインストラクションが全く無かった。階段を上ってカントリーリンクのプラットホーム(長距離番線)に行ってみた。エスカレーターは数千の乗客でひしめきあっていた。やっとのことでたどり着いたら、またしても何の広報もなされておわず当惑している利用客だらけだった。結局25番ホームで待つことしばし、やっとのことでスシ詰めの電車に乗り込んだ我々は運転手がやってくるまで10分間待たされた。待ってる間に可哀想な一人の女性がひきつけを起こして倒れた。エアコンなしの車内のむっとするような悪い空気が彼女の体調悪化に何らかの影響を及ぼしていたのであろう。我々は救急隊がやってくるまでまた待ちつづけた。やっとのこと出発した電車はカタツムリのような速度でノロノロと走り、2時間半後、私は目的地の駅にたどり着いたのであった。」
電車内が異様に混んでいる状態を日本語では「すし詰め」とか言いますが、こちらの慣例表現では「イワシのように」と言います。"packed like sardeins" オイルサーデンの缶詰のようにってことですね。「詰め込まれる」は、”packed”、"jam-packed" あるいは” cramed”とかいいます。cramは、日本社会を英語で紹介するときによく使う単語。「とにかく混んでる」という状況を表す(crowdedよりもタイトな感じ)し、cram school で予備校とか塾を意味します。知識を「とにかく詰め込む」ための学校という意味です。
「Yep, the trains are back to normal. Thank you, Mr Costa.」なんて投書もありました。「やあ、やっといつもの状況に戻ったようだね。ありがとう、コスタさん(NSW州の運輸大臣)」。シドニーの電車がメタメタなのは今に始まったことじゃないよってことですね。ちなみにマイケル・コスタ運輸大臣は、上の大きな写真の真中の上部の新聞に写っているスキンヘッドに眼鏡のオジサンです。ぱっと見た目にはサンプラザ中野系のミュージシャンみたいだけど、れっきした大臣です。
「5時05分のチャッツウッド駅発の電車に乗ってしまったのが私の不運だった。セントラル駅に着くまで実に2時間20分かかったぞ。チャッツウッドからセントラルまでの距離は大体12キロ程度。ってことは、時速5キロそこそこってことじゃないか。そろそろ皆真剣にシドニーの公共交通機関を考えなければならない時に来ているのだろう。こんなオンボロ馬車みたいなシロモノじゃやってられないよ。」
内容は面白くないけど、タイトルが "Sardines a la Costa"って秀逸なものもありました。サーディンとコスタ(前述の運輸大臣の名)をもじって料理名風にしたシャレですね。
「今年のオリンピック、アテネが準備不足で出来ませんとか言って降りないかな、そしてシドニーがもう一回オリンピックのホストをしないかな。そうすればこの状況もなんとかなると思うのだけど。だってシドニーってのはオリンピックでもやらない限りマトモに動きゃしないんだからさ」
「今日、私がいつも乗っている4時45分発の電車はキャンセル(運休のことをキャンセル、キャンセレーションという)された。まあ、それは良しとしよう。しかし、8時15分、なんで私はまだ電車に乗ってるんだ。誰か説明してくれないか。ホーンスビー駅を出たのが5時半なんだぞ。」
「親愛なる電車利用者同胞諸君、こんな二級サービスの電車に料金を払うのをやめないか?我々は与えられもしないモノに金を払っているのだ。次の月曜日、皆一斉に切符を買うのを止めよう。私は、供給されないサービスに対して課金するのは違法であると信ずる。それこそが、いずれキセルの罪で裁判官の前に立たされるであろう私の最も論争したい点なのだ」
「我々は安全な列車運行を望むものである。我々は信頼に足る列車運行をも望むものである。物事が正しく解決されるその過程で多少の不便が生じたとしても、我々は喜んでそれを甘受しよう。しかし、我々が甘受できないのは、この意味の無いただの混乱である。乗客はあちらのホームからこちらのホームに動かされ、またもとに戻される。やってきた車両はスシ詰で乗れもしないか、いつもより車両数が少ない上にドアが壊れて誰も入れず無人の車両まである。しかし、もっとも消耗すべき体験は--あのすし詰の車内に乗り込むとき、"all stations to Gordon"(ゴードンまで各駅で停まります)という駅のアナウンスを私は確かに聞いた。Lindfield駅に降りたとき、駅のアナウンスは「この列車はここが終着になります」と言い、我々は有無を言わさずホームに下ろされた。いったい、最終目的駅まであと2駅というところで運行を止めてしまう理由が何処にあるというのだ?!これが私の我慢の限界(the last straw)だった。こら、シティレイル!ええ加減にせんかい、シャレになってへんぞ!! (Come on, City Rail,. This is beyond a joke.)」
という感じで、なかなか楽しめます。「生きた英語表現」ってやつですね。http://www.smh.com.au/letters/index.htmlなどにいつも掲載されていますので、ご興味のある人はどうぞ。
さて、なぜこのような大混乱が起きたのか、新聞紙面を数日分読み返してみました。
まず、シドニーの電車システムの全体的なレベルの低さがあります。冒頭に書いた「ときどきメンテのために、その路線が終日運休になる」というのは、これ自体はこちらの基準では問題でもなんでもありません。最大限に、理想的に、トラブルゼロで上手く運営されていてもそうだということです。つまり、電車という公共交通機関・インフラストラクチャーに対する公共投資のレベルが、日本に比べて絶対的に低いのでしょう。
日本人には信じられないかもしれませんが、シドニーの住人のなかには、特にupper north shoreとか呼ばれるお金持ちエリアなどでは、生まれてこのかた電車やバスに乗ったことがないという人が結構います。それだけクルマ社会なのでしょう。オーストラリア全土でも、乗りたくても電車もバスも走ってないエリアは山ほどあります。というか圧倒的にそちらの方が多いでしょう。オーストラリアの国土は日本の23倍、人口は日本の7分の1です。人口密度で言えば100倍以上の開きがあります。ということは、オーストラリア全体でいえば、その昔国鉄→JRの際に赤字路線で廃止になったようなローカル線並みの利用率しか最初から見込めないのでしょうね。まずこういった根本的な国の成り立ちが違います。
シドニーの場合、日本の地方都市並みの人口密集度ですから赤字ローカル線ということはないのだけど、伝統的なクルマ社会のノリがあり、「公共交通機関を使って移動するのが当然」という感覚は日本よりもはるかに薄いです。シドニーの電車路線図を見たらわかるのですが、比較的庶民層が多い西部はまだ路線が多いのですが、ノースと呼ばれる北部は一本だけ、東部エリアも一本だけ、しかもひょろっとボンダイジャンクションまで走ってそこで終わり。殆ど東部に電車はないといってもいいくらいです。
日本の首都圏でこれだけの大混乱があったら都市機能が麻痺して暴動が起きるかもしれませんが、こちらではあとで新聞を見て「ふーん、そうだったのか」くらいです。僕もクルマ利用者ですし、定期通勤しているわけではないので対岸の火事です。そういう人は沢山いるでしょう。したがいまして、そもそも電車というものが占める位置が日本の都市部に比べてそんなに重くないのですね。だから、歴代インフラ投資を怠ってきたのでしょう。そんなものに金を使うなら、病院を増やせ、手当てを増やせとかいう話になっていたのでしょう。交通機関への投資においても、多くは道路関係の投資です。ここ10年で電車の路線は殆ど増えもしないけど、道路整備の方は着々と進んでます。イースタンディストリビューターの完成、M5の完成と延長によるM1との合流、M2の延長、エレクトリックトールシステムの整備、そして今はシティをまるまる横断するトンネルバイパスが着工されています。日本の場合、東京なんかちょっと見ない間に新路線が「そんなに増やしてどうする?」というくらい増えています。そのあたりの差はあるでしょう。
しかし、シドニーも年を追うごとに(もう月を追うごとに)過密化が進んでいますし、クルマ移動の限界がもう来ています。今まで以上に公共交通機関の重要性がクローズアップされてくるでしょう。一説によると、シドニーは毎週毎週1000人づつ人口が増えてるとか。わずか人口400万の都市で毎週千人づつ住人が増え、クルマが増えるわけです。シドニーの公共インフラの歴史は、果てしなき人口増加とのイタチごっこだと言います。
これらはバックグランドです。これらの背景事情を前提に、以下に述べるここ最近の特殊事情が幾つも折り重なって、今回の混乱になったと言われています。
今回の混乱の直接的な原因は、なによりも「運転手不足」に尽きます。運転する人が足りない。それも絶対的に、かなり足りない。なんでそんなにいきなり運転手が居なくなってしまったのか?運転手達の親善旅行のバスでも転落して大量死してしまったのかというと、そうじゃないです。話は一年前の脱線死亡事故に遡ります。
今から丁度1年前の2003年2月、シドニーの南部、ウーロンゴンに向かう路線で、Waterfallという駅近くで列車の転覆という大事故がありました。運転手を含め7名が死亡しました。実はそれ以前にも脱線死亡事故はありました。Glenbrookというブルーマウンテンに入ったあたりの駅付近で事故があり、同じく7名が死亡しました。1999年12月のことです。このときは大騒ぎになり、おりしも2000年のオリンピックが近いということもあり、電車運行システムは徹底的に洗いなおされ、巨額の費用も投じて建て直しをはかりました。その成果があって、オリンピックの際の乗客移動は、シドニー住人達からも予想外の健闘ぶりで、「すごい、電車がマトモに動いてる」「あの大人数の観客をよくも整然と、、、やればできるじゃないか」という拍手喝采を浴びたのですね。しかし、喜んだのもつかの間、また元の木阿弥になっていきます。そして2003年2月に上記の大事故があり、「あれだけキッチリ管理してたのに、まだダメだったのか」ということで、さらに電車運行の安全性に向けて大議論になりました。
この事故はちょっとしたミステリーで、事故原因がすぐには分からず、特別調査委員会が設けられ、長い時間をかけて精密な調査が進められていました。その結果、事故のあった時点で、運転手が突然の心臓麻痺ですでに死亡していたのではないか、それが事故の原因だったのではないかというレポートが出されました。運転手が死亡しても、中央のコントロールシステムがあるはずだから直ちに大事故につながらないとは思うのですが、もともと難しい山中のカーブだったとか色々な諸事情がミックスされているのでしょう、僕も詳しいことは分かりません。いずれにせよ、これを契機に、運転手の健康チェック問題が浮上しました。
最終レポートが出され、先日より全ての運転手に対して厳しい検査基準が設けられ、再度健康診断が行われていましたし、今も継続中です。その際、一定の年齢以上とか、一定の不健康状態(太りすぎとか)の場合、精密検査でクリアになるまで運転手から外されていました。まずこれが運転手不足の原因の第一です。「検査が済むまで運転させられない」という層が一定生じてしまったこと、さらに最終的な見通しでは、厳しい新基準のもとでは全体の15%くらいの運転手が健康適格なしとして下ろされるであろうという予想も出ています。
この検査が済むまで(今年中ごろには終わるそうだけど)暫定的な運転手不足が生じ、そのためダイヤはそこそこ乱れざるを得ないということです。また、Waterfallの事故の後、新しい運転方法が導入され、運転手はハンドルかどこかのボタン(詳しくは分かりません)を常に押しつづけてなければならず、これが途切れたら自動的に電車が停止するシステムも導入され、そのための既存の運転手に新運転法の講習を義務付け、これを修了しないと運転させないとかいうことをやってるらしく、それもまた運転手不足に拍車をかけています。
さらに、事故の教訓を生かして運転状況を記録するブラックボックスの強化策が取り入れられました。これはこれでいいのですが、運転する側としては、常に常にネズミ捕りのカメラの設置されているクルマのドライバーのような心理になり、100キロ制限のところを安全に90キロくらいに抑えようという心理が働いたりするらしいです。この気持はわからんでもないですね。でもこうなると列車がコンスタントにスローになったりして、また運行ダイヤが乱れたりします。これも原因の一つらしいです。
City Rail当局も政府も、急いで運転手を募集していますし、駅員さんとか運転手でない人(guard, station handなど)にも運転手になるように盛んに勧めているといいます。しかし、ちょっと考えたら分かるように、「さあ、キミも今日から運転手だ」と、昨日まで素人だった人間にいきなり電車を運転させることは出来ません。それなりのトレーニングが必要です。特に安全性についてナーバスになっている昨今、きっちりしたトレーニングは欠かせないでしょう。
ところが、NSW州の運転手のトレーニング期間は26ヶ月もあります。ヴィクトリア州の63週、クィーンズランド州の最長12ヶ月に比べて群を抜いて長いです。この運転手不足になんでそんなに悠長にトレーニングやってないとならんのか?ということで、今回の騒動を契機に15ヶ月ほどに短縮する方向で検討されています。
さて、これらの事情は比較的最近のもので、今回の騒動の背景事情ではなくより近しい原因ではありますが、直接の原因ではありません。これだけの原因でこのドタバタが発生したとするなら、これらの原因が完全に解決するまで、つまり向う1−2年かかって健康診断も、リクルートも、トレーニングも全て終了し、運転手が完全に揃うまでこの悲惨なドタバタが続くことになりますが、いくらなんでもそんなことはないです。今回の直接の原因は、300名ほどの運転手達(運転手の総数は1226名)が残業拒否して勤務につこうとしなかったことに基づくそうです。一種の「反乱」ですね。なぜこのような反乱が起こったのか?
このあたりになってくると、運転手さん達の日常勤務の状況やメンタリティなどに立ち入っていかないと本当のところは分からないでしょうし、僕も詳しく知るものではないです。ただ、新聞紙上に書かれていることをまとめてみると、もともと現場ではかなりフラストレーションが溜まっていたようですな。
シドニーの運転手さん達の労働条件は決して楽なものではないようです。超過勤務が常態化し、皆の超過勤務を前提にしてダイヤが組まれているそうです。これはもうここ30-40年慢性的にそうなっているようです。今回の「反乱」だって超過勤務分「だけ」を拒否したわけで、通常勤務時間内は働いていたわけです。超勤を一部の人間が断っただけでここまでグチャグチャになってしまうというのは、それだけ超勤が常態化していることを示します。それに加えて、やれ厳しい健康診断やら、その結果として運転手資格を剥奪されるかもしれない、将来の生計はどうなるんだという不安、相次ぐ制度改革で現場が疲れてきていること、さらに "inconsistency"という表現がなされてますが、新しい制度下でマネジメントもギクシャクしていたようです。不公平だったり、徹底していなかったり。それに加えて、食堂が汚いとか、ここ数ヶ月の超勤に次ぐ超勤で嫌気が指している運転手達も結構いたということです。
もう一つの要因としては、採算性の向上を目指した組織改革もあるでしょう。国鉄→JRのときと同じ話で、公共のお金を垂れ流ししていていいのか?という問題意識のもと、もっと組織をシェイプアップして、公的補助が少なくても済むような「稼げる組織」にしなければならないという動きがあったわけです。まあ、どこもやることは一緒です。でもこれって現場の職員にしてみたら労働環境は厳しくなるわけですね。より少ない人数で効率的に動けというわけですから。また、上記の安全性という要請も出てきます。安全性と効率性は相反します。安全をしっかり確認するためにはそれなりに時間をかけて、人手もかけてしっかりチェックする必要があるけど、そうすると組織は肥大化するから効率性が悪くなる。だから少ない人数で、安全にもしっかり気を配って、キリキリ働けってことになるのでしょう。現場としては「やってられっか!」という不穏な空気が出てきても不思議ではないです。
さて、ユニオン(労組)はどうなっているのかというと、ユニオンとしては今回の”反乱”を指揮したわけでもないし、今回の人々はそもそもユニオンのメンバーではないようです。ここで、また、政府、電車会社、労働組合、組合員以外の職員というややこしい組織関係が問題になってくるのですが、ここまで風呂敷を広げだすと僕にも収集がつかなくなるのでこの程度にしておきます。
政府の動きとしては、この”反乱”に怒り狂った政府当局は、残業拒否した職員に対して法的訴追をするぞと脅迫する勢いだったのですが(火曜日)、ケンカしてても始まらないということで、月400ドルのボーナス案+食堂その他の勤務条件の改善を打ち出し(木曜日)、金曜日には、ボブ・カー州知事、マイケル・コスタ州運輸大臣、電車会社の社長、労組委員長などが6時間にわたる交渉をし、事態を収拾しました。本当は、反乱に参加した運転手達も交渉のテーブルに就ければいいのだけど、彼らは労組のように組織化されていないので代表も居ないし意思統一も出来ない。だから労組が主導して事態を収めるってことでしょうね。
なお、またここでNSW州の政治状況の基本をおさらいすべきなのですが、現在のボブ・カー率いる与党レイバー・パーティーは、その名のとおり労働党であり、労組に地盤を持ってます。今回の政府側の責任者であるマイケル・コスタ運輸大臣も、もともとは運転手のトレーナーであり、電車系労組の委員長であったわけです。オーストラリアの労組は獰猛です。海運業界のストなんか船団繰り出して海上封鎖して、ほとんど海賊か軍隊みたいな感じですもんね。だから、もともとは皆さん仲間だし、喧嘩上手いし、手打ちも上手いのでしょう。それもあってか、話はチャッチャとまとまっていったようです。
というわけで金曜日の会談で一応事態は収束に向かったと思われます。
但し、制度改革過程での慢性的な運転手不足は続きますし、少ない運転手でダイヤを切り盛りすることに変わりはなく、朝のピークタイムを死守するために、オフピーク時間帯、週末などの運行本数を間引きされていくのは必至でしょう。
上の写真、掲示板左はキャンセレーション(運休)ダイヤを告知するもの。右は、冒頭で述べたトラックワークのスケジュールを告げるもの。電車利用者はここだけは常に見ておくといいです。
以上が、今回の電車をめぐるドタバタの経過ですが、思いついた点を2−3点。
なんだかんだ言って日本の鉄道システムはスゴイです。それは勿論現場の職員さん達の努力もあるのでしょうが、それに尽きるものではない。なんかもう国民一丸となって鉄道システムを盛り上げているようなところがあります。まず、鉄道関係者の職務に対する生真面目さ、特に運行に関するシビアさとプライドは、世界のトップクラスだと思います。日本に住んでいたら、やれ窓口の対応が横柄だとかいろいろ文句もあるでしょうけど、僕もそう思ったりしたこともあったけど、上記のシドニーの現状を実際に体験されたら、いかに日本人は鉄道に関しては恵まれているかが分かると思います。こっちの新聞にも各国の鉄道事情が書いてあったけど、「日本の運転手は列車が少しでも遅れたら罪悪感を感じるし、恥だと思うらしい、すごいじゃないか」って論調で紹介されてました。こっちだと、多少遅れようが運休しようが、「だって、しょーがねーじゃん」って感じですもんね。
なんで日本はそうなったのでしょうか?日本人生来の生真面目さというのもあるだろうけど、それだけじゃ説明つかないですよ。日本人が不真面目な領域は山ほどありますもん。選挙だって真面目に行かないしさ、大学生だって真面目に勉強しないし。要するに世界のトップレベルになってない領域は真面目にやってないか、国民の理解もサポートもない領域だといっていいでしょう。政治家だって、お役人だって、世界のトップレベルのクオリティだと思いますか?アメリカやイギリスの議員が、日本の政治に学べといって集団で勉強視察にやってきますか?だから、日本人が真面目だというのは神話でしょ、ある意味では大嘘でしょう。じゃあ、なんで鉄道だけこんなにスゴイのか?
思い付きですけど、日本は明治維新でいきなり文明開化したわけで、最初の象徴がペリーの蒸気船だとしたら、一般の日本人にとって文明の象徴は当時「陸(おか)蒸気」と呼んでいた蒸気機関車だったんじゃないか。なんせいきなり輸入していきなり登場したんだから、かなりインパクトあったと思いますよ。僕らの普通の町にいきなりスペースシャトルが就航するようなものだったんじゃないか。その昔、特急列車料金は普通料金よりも安かったと言います。そのココロは?というと、普通列車の方が長く乗っていられるからだそうです。要するに移動手段としてよりも、「機関車に乗る」ということがバリバリにトンガったエンターテイメントだったのでしょう。
だから今僕らがNASAの職員や宇宙飛行士に対して漠然と抱く「カッコいいなあ」って気持を、当時の機関車の運転手さんや整備の人たちに抱いたんじゃないか。機関士であるということは、殆どスペースシャトルの毛利さんみたいなステイタスがあったのかもしれない。実際、機関士はヒーローでしたし、国鉄は花形就職先であり、有名大学を出たエリートの連中は争って国鉄に入ったといいますからね。
これだけチヤホヤされ、ヒーローになればプライドも芽生えますし、強烈な職務意識も芽生えると思います。それに「皆の幸せのためにやっている」ということが目に見えるし、人命にもかかわるわけですから、「とっても重要な任務」なのだという意識は徹底されるでしょう。そして、日本式に上から下へ、先輩から後輩へ、その強烈な職務意識は伝承されていったのだと思います。
国民もまた「たかが電車の運転手」とは思わず、職務に忠実律儀な理想的な日本人像を重ねてみようとするでしょう。それは今日でもそうでしょう。そうじゃなかったら「ポッポや」なんて映画がヒットするわけないじゃん。ローカル線の駅長として地味に、渋く仕事をして、最後は雪の降りつもるホームに倒れる健さんの姿に、僕らはジーンとなるわけでしょ。あのビシッと一本筋の通った仕事ぶりや、キビキビした動作、方言丸出しの人の良さ、すべてひっくるめて、カッコいいなあって思うわけです。
それに日本人の機械フェチ意識を鉄道はくすぐりますよね。いわゆる鉄道マニア、鉄っちゃん文化が花開いているわけです。模型も沢山出回ってますし、写真をとりまくったりしてるわけだし、鉄道マニアの雑誌まであります。鉄っちゃん系のHPなんて死ぬほどあるんじゃないか。さらに、隠れたベストセラーが時刻表だったりします。あの複雑な時刻表を日本人は大体読みこなすことが出来ます。時刻表があんな分厚い本になって売っているなんて普通外国じゃないでしょう(オーストラリアにも勿論無いです)。あれも正確に電車が動いてこそ価値があるのであって、こっちみたいに「一応そう書いてあるけど、実際に来てみるまではわからんね」というのだったら時刻表も馬鹿馬鹿しくて買ってらんないでしょ。それに正確に着てくれなかったら、松本清張の「点と線」を始めとする鉄道アリバイトリックは全滅ですよね。それから日本人は鉄道の旅が大好きですよね。鉄道には飛行機やバスにはない旅情がありますし、僕も好きです。また、駅弁というニュアンスを含めて完全英訳することは不可能と思われる存在があり、デパートで全国駅弁フェアなんかやってて根強い人気があったりします。西欧にも列車の旅はありますが、オリエント急行とかそういった世界になってしまって、あんまり庶民が日常的に楽しむって感じじゃあないです。
要するに日本人は、国土の関係でよく鉄道を利用するというだけではなく、それ以上に鉄道が好きな民族なんでしょうね。鉄道というのは、日本においてかなり幸福な状況にあるといえます。今回改めて考えてみて、そのことが良く分かりました。
もう一点思うのは、衝突や対立の徹底度と、政府の対応の迅速さです。
まず、日本だとここまでガチンコに衝突しないと思います。いくら労働環境が悪いとか過酷だとか不満が死ぬほどあったとしても、日本の運転手さんだったら、今回みたいな職場放棄、就労拒否はしないと思います。やるとしても、労組主導のストライキでしょう。そのあたり、言うべきことは言い、妥協しないで実力行使をするあたり、西欧文化の「喧嘩上等」的な闘争的性格をみるような気がします。
そういえば最近では日本でもそんなにストやってないんじゃないですかね。リストラ流行の昨今こそ、労組主導でガンガン喧嘩すればいいと思いますけどね。労使協調とかいうのも大事だけど、あんまり我慢ばっかりしてると我慢が習い性になって、牙が抜けて、本気で喧嘩しなきゃいけないときにやり方を忘れてしまうような気もします。サービス残業とか、やられ放題って気もします。そうやってじっと我慢してるのが日本人のイイトコロでもあるとは思いますが、結果的に経営者を甘やかして、世界レベルからいって低脳経営者を量産してるって副産物もあると思うのですよ。サービス残業をして経営収支黒字に持っていくというのは、一種のダンピングというか、泥棒というか、そんなズルを認めたら、そもそも適正な競争じゃないと思います。人件費を不当に削って激安競争に勝ってるような企業を許してたら、結局そのツケは国民にいきます。従業員を大事にしている企業が倒れて、奴隷のようにコキ使う企業だけが残ったら、ろくな就職先が残らないことになりますから。日本の経営陣が世界レベルでトップにいってくれないと、日本経済も立て直せないわけだから、こんなオーストラリアですら通用しないようなズルを認めて経営者を楽させることないです。そんなぬるま湯経営してたら外資に太刀打ちできなくなるぜよ。そうそう、リストラはまず上からってのが基本なんだけど、それをやってるところも少ないし。
あと、政府の動きも迅速だと思います。あの獰猛なオーストラリアの労働者に対して、ブチ切れて法的訴追をするぞと喧嘩腰になったかと思うと、すぐに一気に巨額の金をブチこんで解決するあたり、思い切りがいいなと思います。あと、事態の収拾には、トップが直々に出張ってきてケリをつける文化というのもいいと思います。「キミ、なんとかしたまえ」とか部下を叱り飛ばすんじゃなしに、親分自らダンビラ下げて切り込んで来るような文化があるんでしょうね。これは色々な局面でよく見かけるのですが、こっちのトップはよく動きます。
最後に、今回の騒動が勃発して、週半ばにボブカー州知事は、今回のドタバタで迷惑をこうむった乗客に、「一週間電車タダ」の賠償を約束しています。詳しくは、Friday 13 February, 2004 /Complimentary Travel for Regular Commutersをごらん下さい。
有効期間が先週のドタバタ時期に重なるトラベルパスを持ってる人(これは留学生やワーホリさんでも沢山いると思います)は、所定の条件に該当すれば、無料で1週間の乗車券をもらえます。くれぐれも捨ててしまわないように!それとシメ切りは”Sunday 22 February”までです。そう今週末の日曜日で終わりですからね。後悔しないようにキッチリ貰ってきてください。
そっそ、それと、たまたま乗り合わせてしまった不運な乗客の皆さんの為の賠償もあります。近い将来、乗車無料デー(fare free day)
が設けられるそうです。これを書いている時点ではいつがそうなるか発表されてませんが、メディアや駅の掲示板に注意しておくといいですよ。その日は電車乗り放題ですからね。
このあたり臨機応変に、殆ど思いつきのような企画を、「前例が無い」とかグチャグチャ言わずにバンバン出してくるあたりが、こっちの社会の面白いところだと思います。
文責:田村
★→APLaCのトップに戻る
バックナンバーはここ