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今週の1枚(04.02.09)
ESSAY 142/日本国内マルチカルチャル的風景
最近になってよく思うのですが、日本というのはメチャクチャ地域差が激しくて、本来これが同じ国なのか?というくらいバラエティに富んでいるところではないかと。日本は単一民族のモノカルチャー社会だと言われますし、僕自身そういう前提で話したりもします。実際そういう側面は濃厚にありつつも、よくよく見ていくと「どこが単一じゃい?」というくらい差異が激しい。これはアイヌ民族や琉球民族がいるから単一民族ではないという単純な話ではなく、日本全国50県弱のエリアが全部違う。もっといえば同じ県内でも北部と南部で全然違うというくらい違ったりします。
いきなり脱線しますが、集団比較をするときのグルーピングの問題というのがあると思います。
Aという観点から@グループとAグループに分けて、それぞれの違いを比較対照していくと、もう@とAとでは人間の成り立ちというか、DNAからして全然違っているかのように思えます。あまりにも鮮やかな対照をなすので、「わあ、もう全然違う」と思ってしまうのですが、それは嘘です。確かにある視点からみれば二つのグループは全く違って見えるし、実際にも違うのでしょうが、視点をまた変えたら、つまりグルーピングの方法を変えたら、ガラッと違って見えたりもします。さらに騙されてはイケナイのは、グルーピングをする際に、単に一つの基準でグルーピングしているにも関わらず、同じグループだったら何から何まで同じであるかのように錯覚しがちだということです。グループが違うと全て違い、グループが同じだと全部同じ、、、という、異様に乱暴なものの見方になります。
「日本人は、、」といって、西欧人との違いを論じてると、なるほど日本人と西欧人はここまで違うかと思うのですが、次の瞬間日本内部で「東京人と大阪人」で議論を始めると、さっきまで一枚岩のように見えた日本人が、まるで別人種のように違って見える。「日本人としては同じだけど、大阪人としては違う」という話になり、どっちなんだ?という気分になります。そして、あれほど鮮明に対立していたはずの東京・大阪人も、「都市生活者と地方在住者」というグルーピングをすると呉越同舟というかいきなり共同戦線を張ります。そこへ持ってきて、「男と女」という”伝家の宝刀”のようなグルーピングをすると、話はガラリと変わってしまう。さて、あなたは「東京人の男と大阪人の男の差」と「大阪人の男と大阪人の女の差」とはどっちの差のほうが巨大だと思いますか?
日本人と中国人はこんなに違う!と思いつつも、東洋的価値観と西洋的価値観という話になると一気に「アジアはひとつ」という気分になります。しかし、そんなことを議論していた舌の根も乾かないうちに「結婚している女性としていない女性」という対象で話をすると巨大な断層が出来たりするし、「自営業者と給与生活者」とするとまたまた違った展開になります。
そう、グルーピングなんか無限に出来ます。あなたは日本人であると同時に、「年収1000万円以上の自営業者で、既婚者で、子供がいなくて、山形県在住で、アジア人で、仏教徒で、国立大学卒業者で、巨人ファンで、猫よりも犬派で、血液型A型で、民主党支持者で、オーディオマニア、、、、」だったりしますし、そこの別のあなたは「年収500万円前後の派遣労働者で、都市生活者で、離婚経験者で、母親で、東京生まれの東京育ちで、実家に住んでて、新興宗教信者で、短大卒で、野球には興味が無くて、猫派で、血液型O型で、政治は良く分からなくて、ハーブティーに凝ってて、、」という人だったりします。こういったバリエーションが1億2000万通りあって、それで「日本人はみな同じ」というのは、ちょっと乱暴すぎないか?ということですね。
グルーピングなんか局面局面によってコロコロ変わります。船に乗ったら船酔いする派と船に強い派に分かれ、お酒を飲んだら上戸と下戸に分かれ、ケーキを食べれば甘党と辛党に分かれる。
そして、オーストラリアにやってきたら、あなたは「日本人」になる。
そして、オーストラリアにしばらく住んでいるうちに、あなたは日本人じゃなくなります。いや日本人であることは変わらないのですが、自然とそんなこと気にならなくなるでしょう。「そんなグルーピングしてたってしょうがねーな」と。そうならなければ嘘だと思います。最初は日本人同士、”日豪決戦”みたいに思ってるかもしれないけど、オーストラリア人と一緒に一杯やって、「これは男同士の話」とか「女同士の話」とかやってるうちに、いろんなグルーピングを体験するようになるはずです。そうすれば、同じ日本人同士よりも、他の民族の奴の方が話が合ったりするし、「おお、同志!」って連帯感も出てきます。そんなこんなで、国籍やら民族など、人間一人の巨大なパーソナリティを分割をする一つの仮定の線に過ぎないということが、正しくもわかるようになると思います。
ところで、「日本国内でも随分違うな」というのは、まず僕自身の国内遍歴で感じたところです。東京生まれの東京育ちといいながら、小学校は神奈川県の川崎でした。東京といっても、物心ついてから世田谷、江東、中央区に住み、高校は墨田区ですので、山の手の西東京と下町の東東京の両方住んでます。川崎時代は多摩区で、新興住宅地が開きかける時期を体験しました。以後、京都、大阪に住み、一時研修で岐阜にもいましたので、西日本も、地方生活も体験してます。
何処が一番よかったかと言うと、住めば都でどこも良かったです。優等生的答弁みたいだけど、本当にそうなんだから仕方がないです。ただ、もっともっといろいろな地域に住みたかったです。結局海外に出てきちゃったわけですが、オーストラリアに来なかったらまた日本のどこか知らないところに行っていたでしょう。もし今度日本に帰国して住むようなことになったら、やっぱり北海道か九州か四国あたりに住みたいですね。司法研修所を終えて弁護士登録するとき、弁護士には転勤がないのが心残りでした。転勤っておいしいなあって思ってますし、転勤の魅力だけで裁判官か検事もいいなあって思ったこともありました(さすがにそれだけの理由ではなりませんでしたけど)。
東京から京都に越してきたときは、えらい違うなーと思ったものですが、でも実際にはしょせん学生時代で世界が狭いですし、また京都の学生というのは全国から集まってますから、学生時代にそんなに「これぞ京都、これぞ関西」って感じたことは、今から思えば少なかったかもしれません。ビジュアル的には、最初は大文字山の麓(北白川というところ)に居ましたので、「山が近い!」というのがとにかく嬉しかったです。東京からは山が見えませんから。毎日が遠足みたいでウキウキしてました。あと、サウンド面ですが、関西弁は意外とそんなに抵抗無かったですけど、子供が使ってるのは許せなかったですね(^_^)。チャリンコ乗ってる小学校1年くらいのガキンチョが、「おまえ、なにゆーてんねん、あほちゃうか」とか言ってると、クソ生意気に聞こえたもんです。
大阪で働き出してからですね、関西に馴染んだのは。言葉もかなり染まりましたし、むしろ進んで覚えようとした部分もあります。ものの考え方や発想は、意外と東京の下町と変わらず、違和感が少なかったです。早口で、口が汚くて、ズケズケとモノを言うというのは、一種の町衆文化だと思います。大都会の地元民文化というか。建て前が少なく、取り繕わず、実質主義で合理的で、生身で人にぶつかっていって、ズケズケ言うのは一種の誠実さの現われと思っていて、そこに巧まざるユーモアを入れるのがお約束で、、、というのは、東京の下町もコテコテの大阪も同じでした。もちろんイントネーションやボキャブラリや構文は違いますよ。「おめー、バッカじゃねーの?はっ倒すぞこの野郎」と「ド阿呆、何ゆーとんねん、いっぺんしばいたろか?」というのは、それぞれの典型的な”日常会話”だったりしますが、ノリは一緒でしょ?同じバンドで曲が違うようなもんだよなって思ったもんです。だから慣れるのは早かったですよ。
違和感があるのは、同じ東京でも、いかにも「東京」って感じの人々ですね。僕のは東京のアボリジニ、「江戸」原住民文化ですから。オーストラリアのアボリジニにとって、イギリス系オーストラリア人がいつまでたっても「他所からやってきた連中」であるのと同じように、僕ら原住民にとっては、後から東京にやってきた連中が、勝手にイメージに抱いて、それで勝手に東京を改造してっちゃったって気がします。現在、東京カルチャーといわれている特質、それは大阪人が抱く東京人のイメージでもあるのですが、僕らから見たら、「あんなの東京じゃないやい」って思うのですが、でも、まあ現実にはそれがメインストリームになってるんでしょうねえ。
まあ、関西以外の日本人が勝手に抱いている大阪人のイメージも、もとはいえば大阪アボリジニの文化ではなく、流入してきた近江商人の文化だったりしますから、どっちもどっちと言えないことは無いです。
東京と大阪のカルチャーの違いは、もう散々語られているので今更僕が言うことも無いのですが、意外と言われていないんじゃないかと思われる大阪人の欠点は、大阪人というアイデンティティに浸りすぎなところだと僕は思います。グルーピングでいえば、自分が大阪人だってことは、自分の数あるパーソナリティのほんの一部に過ぎないのですから、もうちょっとナイガシロにしてもいいんじゃないかと。時々、大阪というタコツボにはまり過ぎていて、全ての世界観に「大阪は」というグルーピングが混入している。「あなたは大阪人じゃないよ、あなたはあなたでしょ」って言いたくなるときもあります。これは藤本義一氏の鬱陶しさに通じる部分があります。
東京人の欠点は、過去雑記帳に「東京からは世界が見えない」で書きましたように、日本全国で一番視野が狭い、モノラル民族だという点です。東京は日本の中心だというごく自然な晴れがましさと思い上がり(だとは思っておらず、ただの事実認識だと思っているあたりが思い上がり)がありますから、「東京とそれ以外」というモノの見方になりがちです。そして、中心であり日本を引っ張っている東京カルチャーさえ知っておけば日本が分かったかのように思う部分、東京以外のエリアは「東京を目指してやってくる発展途上国」みたいに思ってる部分があります。これは、世界における西欧諸国の思い上がりによく似てる。しかし、日本というのはエリアによっておっそろしいほどカルチャーが違う、マルチカルチャルな国なんだけど、そのことを頭ではわかっていても皮膚感覚で分かってない、あるいは頭ですらわかっていない。そして、東京モノカルチャーがマスメディアやマーケティングなどを通じて全国に配信されるから、実際にそのとおりになっていってしまっているという。良くない傾向だと思います。
一例をあげると、日本は高密度社会で、通勤地獄があって、、、とか言いますが、これ「日本は」という主語を使ったら誤りだと思います。言うなら「日本の首都圏は」でしょう。なぜなら、出典は忘れましたが、統計を取ってみても日本全国圧倒的なエリアで、自宅から職場までの平均通勤時間は30分以内になってるそうですから。自宅からクルマの乗って職場までピヤーって行くのが、大多数の日本人の「通勤風景」だったりするのだと思います。実際僕が岐阜に住んでるとき見た風景はそうでしたし、大阪にいるときの僕の通勤時間はバイクで10分でしたし。通勤の形態というのは、大都市圏、特に首都圏だけが例外なんですね。そして首都圏に人が集中としてるといってもたかだか3000万でしょ。4分の1に過ぎない。絶対少数派なのに少数派という自覚がないあたりが視野の狭さという所以です。
日本のことを知りたかったら地方に住んだ方がよく見えると思います。例えば大都市圏では自民党なんか全然人気ないし、ちょっと前の参議院選挙でも東京選挙区で自民党は一人も当選者を出せず、議席ゼロだったのが報道されました。ゼロですよ、ゼロ。にも関わらず全国レベルになると自民党が結局独裁しているという。なぜ日本では自民党が強いのか?この疑問に対する答は、大都市にいたら実感としては分からないんじゃないでしょうか。
外国にやってくると、それまで当たり前に思っていたことがあっさりと打ち砕かれ、新鮮な衝撃を受けます。A→Bだと当然に思っていたことが、A→Cという形で運用されているのを目の当たりにしてガーンとなるのですが、実はよく考えてみるとBになるべき合理的根拠も乏しく、知らない間に固定観念に縛られていたことが分かります。僕はこの固定観念から解放されるときの自由な感じが好きです。「あそっか、なるほどね、うーむ」という。パズルが解けたときのような快感がありますし、それ以上に、いつも通っていた通学路で近道を新たに発見したときのような嬉しさがあります。
しかし、それはわざわざ海外までやってこなくても、日本国内で幾らでも体験できるのでしょう。
もっとも、ぱっと見ただけでは分かりません。今は日本全国何処行っても似たような風景ですし、都市部は”リトル東京”であり、あとはいわゆる”日本の田舎”だったりするでしょう。しかし、もう少し角度をつけて掘り下げたり、歴史的な沿革まで含めて考えていくと、「うわ、こら全然違うわ」と感動したりします。
県民性や各都道府県統計についての本や豆知識は沢山出版されていますが、表面的に羅列しただけではよく分からないし、すぐに飽きます。かといって、あまり叙情的な紀行文になってしまうと風光明媚・人心純朴あたりの四字熟語的ワールドに流れてしまう。そのあたりが難しいところですが、最近こっちの古本屋(シドニーにも日本の古本屋さんがいくつかあります)で、面白い本を見つけました。1978年出版という25年以上前の本ですが「歴史を紀行する」という司馬遼太郎氏の著作があります。今も売ってるのかな?
日本各地を旅行しつつ歴史的風土と特色を書きあらわしたものと言ってしまえばそれまでですし、面白くもなさそうですが、内容が濃いし、「え、そうだったの?」という話が山盛りあります。特に最初に高知県、土佐にいくわけですけど、まずここでガビーンとなります。面白いから紹介しちゃいますが、坂本竜馬で有名な土佐弁ですが、僕らは「〜ぜよ」という語尾変化くらいしか知りませんが、そもそも根本的に発音から違う。今の高知県民はどうなっているのか分からないのですが、25年前の日本では、土佐の人というのは、「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」を明瞭に区別したそうです。
これは英語における、”z”と”dz”音の差に似ているように思います。今の日本語では一緒くたにして「じ」「ず」にしちゃってますが、それがまた日本人の英語発音の悪さを助長しているのでしょう。大体、JないしGで表記される音は”dz”系で、Zで表記される音は”z”系が多いようですね。だからこの違いを残したまま、dz系を「ぢ」「づ」と表記してたら今の僕らの英語学習も随分楽だったと思います。ジェラシーは”ぢ”ェラシー、ジェネレーションは”ぢ”ェネレーション、そもそもJAPANからして”ぢゃぱん”です。”じゃぱん”といったら間違い。ゼロ、ゾーン、ズームは全部”z”系です。
その意味では昔からこの音を区別している土佐人というのは言語や発声に強そうです。そして、今はどうか知りませんが(おそらく中央の「新かなづかい」命令でグチャグチャに壊されているかも)、実際に歴史的には強かった。土佐は急峻な四国山脈で厳しく隔離されていた「僻地」であったけど、僻地なるがゆえのコンプレックスをまるで持たなかったといわれます。このあたりは東北人と顕著な対象を見せるのだけど、土佐の人は土佐弁の発音にコンプレックスを持つどころか、逆に「日本語としては俺達の方が正しい」という優越感を持っていたようですし、昔からお国自慢の一つになっていたそうです。本居宣長も「土佐の発音は正しい」と誉めていたらしいですから。
明治維新のとき、政府が会津若松の小学校で発音矯正教育を行ったそうですが、そのときの講師ははるばる高知から呼ばれたそうです。ちなみに、幕末や維新の頃の日本の方言というのは、青森と鹿児島とでは、ほとんどもう違う言語といっていいくらい違っていたそうで、実際にも通訳が存在したらしいです。ただし、基本的な文法や文語は同じだったのでしょう。方言というのはスピーキングに出て、ライティングにはあまり出ないですし、当時の日本人の言語教養というのは四書五経などの漢文中国語だったからそれがベースになったのでしょう。これは、今の中国と似ているかもしれない。北京語と広東語、あるいは上海語はスピーキングだと全く理解できないくらい違うそうですが、文法やライティングは全く同じだそうですから。
土佐の人は、この異様なまでに正統的な発音をベースに、発声言語によるコミュニケーションが盛んであったといいます。つまりは、土佐の議論好きであり、酒を飲んだらサカナは唄や三味線じゃなくて議論、それも激しい議論。議論のための議論。ドイツ人みたいですね。ポレーミッヒ(論争好き)な人々だ。大阪人のように「ボチボチ」という、結局何も述べずに曖昧にして済ます文化とは正反対に、何事もクリアにしないと気がすまない。日本人じゃないみたいですね。そのためか、明治大正の自由民権運動はまず土佐で激しく展開され、「板垣死すとも自由は死せず」の板垣退助も土佐出身。日本にルソーを紹介した中江兆民も土佐なら、植木枝盛も土佐です。国会答弁で「バカヤロー」と怒鳴った唯一の総理大臣である吉田茂も土佐です。日教組の活動で学校と激しく対立しているのも土佐ならば、裁判沙汰が多く徹底的に争う傾向が高いのも高知県だといいます。
加えて、南海系民族の末裔らしい明るい大らかさがあり、日本人の精神的持病ともいえるペシミスティックで湿度の高い情緒過多性は土佐では通用しない。日本最大の宗旨である本願寺宗を受け付けず、現世は楽しめば良いというラテン的なエピキュリアンでもある。カラリと乾いて、めちゃくちゃ論理性が高く、白黒をハッキリつけたがり、対立を恐れず、そのため行動も激烈になり非業の死を遂げた歴史的人物も多い。これって、まんま西欧人ではないかという気がしますね。しかし、上代(古代)の日本人はこんな感じだったともいいます。地形的に隔離されていたから、土佐では日本人の原型が保存されているという指摘もあるそうです。
時代が下るにつれ、日本人はどんどんジメジメしていって、今現在行き着くところまでいってる気もしますね。これだけ経済的に豊かで平和な国にいながら、ペシミスティックになって閉塞状態で希望が見えないとか言って精神を病んだり、ひきこもったりしている。「趣味は悲観することです」みたいな感じ。タイムマシンで過去の日本にいけるとなったら、聖徳太子の頃に行きたいですね。仏教が伝来して、大陸文化と帰化人がどんどん入ってきた、めちゃくちゃマルチカルチャルな時代。
という具合に、この本では、土佐の次に会津若松、滋賀、佐賀、金沢、京都、鹿児島、岡山、盛岡、三河、萩、大阪と続きます。それぞれに面白いですよ。
土佐人が日本人じゃないのだったら、大阪人も日本人じゃないですよね。大阪ミナミのカニ道楽とかグリコのド派手なネオンなどを見てると、すぐお隣に「わび」「さび」とか言ってる京都があるとは信じられないくらいです。あれはもう「アジア」ですね、香港みたいなもんです。大阪人はとにかくよく喋り、全然シャイじゃなくて、人前でなんかするのが大好きでまた慣れている。全国区の会社の寮などがあったら、大体大阪弁が仕切っている。目立たなければ嘘だと思うし、周囲をよく見てから皆に同調するのではなく、確信犯的に皆と違うことをやりたがる。また違った人間を疎外するのではなく、面白がる気風がある。
金の話もバンバンするし、「それなんぼ?」とすぐ聞くし、高いブランド品を持ってることよりも、「これ、なんぼやと思う?」といかに精巧なニセモノをと安く買ったかこそが自慢のネタになる。経済的にはかなり徹底してレイショナリズム(合理的)であるけど、それと同じくらいの情熱で快楽主義的でもあるから、日本で最も自覚的な美食家集団であり、マスコミの知名度に騙されず厳しく味をチェックするし、値段とのコストパフォーマンスを吟味する。大阪人が美食家だというのは、彼ら自身が自分は美食家だとは全然思ってない点にあると思います。大阪人がケチというのは大嘘で、コストパフォーマンスが良いとなったら、値切りもせずにかなり高価なものでもポンと払う。そうでなきゃ相撲のパトロンであるタニマチ(谷町)なんてものが大阪に発生するわけがないです。
大阪人にとって最も評判が悪い人格類型は「ダサい奴」ではなく、「エエカッコシイ」です。しかし、東京では大阪人の大嫌いなエエカッコシイをしないと生きていけず、エラい人間はエラそうに振舞わないと馬鹿にされてしまうところがある。同じく、大義名分や建て前の嘘臭さを嫌い、とかく実質本位である。また、個々人がオリジナルなモノサシを持っており、自分の頭でモノを考えて行動することに慣れている。大阪人を説得しようと思ったら、「皆がそうしている」と言ってもダメ。しかし、同時に合理的現実的でもあるから、感情やメンツという曖昧な障害が少なく、因数分解を解くように解析するとすっと納得するところがあり、弁護士としてはやりやすい客層である。「あんたのメンツなんかどうでもええねん、店に並べといたら売れるんか?」みたいなキツイ言い方でも、笑って納得してくれたりする(場合によるけど)。
ただし、これらの面がネガティブに出ると、現実的であるがゆえに、抽象的思弁的なものが苦手で、普遍的に哲学していく傾向が弱いという短所になってあらわれる。実際に自分が見聞した物事に基づいてものを考えていこうとするから、どの議論も地に足がついていて、観念的な空回りが少ないのは長所なのだけど、見聞しようもなく地に足がつきそうもないレベルにまで話が抽象化すると、すなわち「およそ人類とは」「イスラム文化圏の世界史的位置付け」みたいな話になると、そこでプツンと途切れてしまう。だから、巨大な社会システムを構築したり、高度に政治的なことになってくると弱いし、オルガナイザーとしても構成員としても心もとないところがあります。個々バラバラな個人の集まりであるから、根っからの都市住人なのでしょう。観念を愚直に報じて殉じるところが少ない。大戦時でも大阪連隊が一番弱かったそうです。「またも負けたか八連隊(大阪連隊)」とか言われてたそうですから。
阪神が優勝して大阪市民は狂喜乱舞しているように報道されているけど、大阪人が阪神を愛する度合は、広島人が広島カープを愛するのに比べたらはるかに低いと思う。大阪人がみな阪神ファンかというと、実は全然そうじゃないし、生粋のディープな大阪人はむしろ近鉄とか昔の南海のファンだったりして、阪神は「ビギナー向け」であったり、「適当な共通の話題」程度の存在だと僕は思います。その意味では、粘着性の高い集団を形成することなマレで、サラサラしてるでしょう。
生来の実質主義、現実主義が災いして、それ以上の抽象的観念的な翼を持たないから、自分の経験できる生活空間がイコール世界観になっていて、だから大阪(関西)=世界になっちゃって、そこに安住して飛翔しようとしない。前述のタコツボ的な性格というのはそういうことです。一人一人はかなり自由人なんだけど、いかんせん地面の重力を心地よく感じているから飛び立ちにくい、というか飛び立つ気がないって感じですね。
これが、日本の多くの地方社会のように しがらみだらけの地縁血縁という強力な重力に縛られていたら、重力そのものを憎むようになるでしょう。故郷に対する愛憎入り混じった複雑な感情が生まれるでしょうし、地から逃れるための飛翔力というものが芽生える余地もあります。しかし、大阪人はそこまで重力が強くないから憎むことはないし、居心地がいいから離れたいとも思わないのでしょう。東京は逆に重力がないから、ほっといたら皆が宙に浮いてしまうから、ポジショニングというものが大事になるのでしょうし、空から観念とか大義名分という網をおっかぶせて落ち着かせないといけないのかもしれません。
東京の人にとってみれば、今住んでいる場所は、多くの場合、単に「今住んでる場所」に過ぎない。生まれ育ってすらいないから、単に出かけてきた「出先」に過ぎない。しかし、大阪人にとって大阪と言う場所は、快適な環境な世界であり、それが身の丈とピッタリ合うがゆえにアンデンティティにもなりうる。そして、多くの日本の地方社会において、自分が生まれ育った場所とは、世界でありアイデンティティである以上に、「宿命」「運命」ですらありうるのでしょう。
かつて、日本全国六十余州と言われ、ひとつひとつが半ば独立した国家のようなものでした。江戸時代の幕藩体制においても、領土、領民、統治機構という国家の三大要素を備えていたし、独立した徴税権と立法権、司法権すらもっていました。もちろん上には徳川幕府という存在があり、参勤交代だの、補修工事など命令されたり、ひどいときにはお家取り潰しすらあったのですが、それって現在の世界情勢におけるアメリカみたいなものと言えないこともないです。ここでは国家とは何かとか、独立とは何かとかいう話はしませんが、ちょっと前まで日本の各地方はかなり個性をもった準国家のようなものだったのでしょう。
「葉隠」で有名な肥前佐賀は=「葉隠」って知ってますか?「武士道とは死ぬことと見つけたり」という強烈な”サムライ・スピリッツ・マニュアル”のことです=、二重鎖国をしているというくらい藩内外を遮断していましたが、その中では異様に過酷な教育制度を敷くと同時に、ヨーロッパの産業革命と同じことを藩内でやり遂げてしまったというくらい、強力な科学技術立国であり、今の日本に通じる部分があります。そして、大阪人とは全然違って、清廉潔白で理非曲直を嫌い、”秩序正義”という観念の熱烈な信奉者でもあったといいます。日本司法の父でもある江藤新平のほか司法官、さらに会計検査官が多かったといいます。終戦後、闇市に手を出さず餓死した山口良忠判事も佐賀の出身ですよね。今はどうか知りませんが、伝統的に佐賀は汚職が非常に少ないエリアだそうです。この「正義」好きはマニアックなくらいで、そのためにわが身を滅ぼしてしまうくらい凄まじく硬派の人々だったりします。江藤新平も佐賀の乱を起こし、自分の作った刑法に自分で処断されてしまいます。反面、商才は乏しく、政治的に上手に立ち回るということが出来ない。この勉学好き、科学技術の探究心の深さと高い実践能力、社会的な潔癖症、、というのは、いずれも日本人の遺伝子に濃厚に継がれていると思います。
こういった事実がわかればわかるほど、日本というのは本来非常にバラエティに富んだマルチカルチャルな国なんだなという観を深くします。だけど、このローカル色、マルチカルチャル色というものは、今現在どの程度残っているのでしょうか。大分平均化されてしまったような気もしますね。
妙にグルーピングしちゃうと、グループ分けされた内部が均質であるかのように錯覚し、その錯覚に引きずられて本当にそうなってしまうと書きましたが、日本というグルーピングをあまりし過ぎない方がいいのかもしれませんね。日本内部での貴重な差異を見失わせてしまいかねないですから。
話はポンと飛んでオーストラリアですが、オーストラリアにも一応方言はあるといいますが、大陸の広がりを考えると言語学的には異様なくらい地域差がないらしいです。エリアによるカルチャーの差というのもないわけではないですが、日本の感覚からしたら少ないでしょう。まあ、しょせん高々200年かそこらのことですから、鮮やかな地域差が出来るほどの歴史の蓄積はまだ無いのかもしれません。「今作っているところ」という感じなんでしょうね。と同時に、メルボルンとシドニーの差以上に、各移民の出身文化の違いの方が全然大きいですし、シドニーの各サバーブの差の方が大きいかもしれない。日本とはまた違って、面白い状況になってるなと思います。
だけど、グローバライゼーションが進展すればするほどこういったローカル色というのは薄らいでいくのでしょうね。グローバライゼーションというのは、世界を一つのグループに分けること、要するにグルーピングそのものを止めることでもあります。世界中どこにいっても同じにしたら、そりゃ経済活動や生活は便利になるとは思いますが、全体がのっぺりしたモノカルチャーになるだけって気もします。互換性という意味ではグローバライゼーションにもいいところはありますし、進展すべき部分もあるとは思うけど、互換性というのは最初から違うもの同士が交流可能ということを意味するのであって、同じモノ同志だったら互換もヘチマもないです。
向う50年、100年は、グローバライゼーションというものをどう取り扱っていくかが世界共通のテーマになっていくような気もします。イスラム原理主義による特殊性だけが、グローバライゼーションのカウンターアンサーだというのでは、ちょっとマズイんじゃないかって思いますし。あなたはどう思いますか?
文責:田村
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