今週の1枚(01.07.30)
雑文/夢
先週のシドニーは雨ばかりでした。
もう、これでもか!というくらい連日連夜の雨。
エル・ニーニョ が ラ・ニーニャに変わったというのは数年前に聞きましたが、確かにここ数年、夏は暑く冬は寒く、そして雨が多いです。これはオーストラリアだけではなく、日本もそうだと思います。今年の冬は寒かったようで東京でも雪がたくさん降ったとか聞いてましたし、最近来られる人は「日本はもう40度の暑さで大変ですよ〜」とかおっしゃられます。
エル・ニーニョとか言ってた頃は、この逆だったように思います。日本でも冷夏暖冬、渇水騒ぎじゃなかったでしょうか。「梅雨が明けたら秋だった」という年もあったような記憶があります。オーストラリアでも、最初に僕がやってきた94年なんか、今から思うと本当に雨が降らなかった。どのくらい降らなかったかというと、来てから数ヶ月間は傘を買わずに過していたくらいです。全く降らないということはないにしても、降っても夜間とか。こんなに長々とそしてドバドバとは降らなかったので、「いつか傘買わなきゃな〜」とか思いつつも、差し迫って傘を買う必要が無かったのですね。drought(干ばつ)なんて単語もすぐに覚えたという。
ところで話は飛びますが、先日、夢をみました。この夢というのが、起きてから自分で「ほ〜」と感心するようなもので、ビルから飛び降りて自殺するという夢だったわけです。
こういうと物騒なんだけど、自殺というよりスカイダイビングみたいな感じで、青空のもと皆で元気で飛び降りているのですね。僕はたしか13階から飛び降りたことになってますが、なぜか全然生きてるわけです。なんで生きてるのか、そのあたりの説明はあまり夢の中には出てこないのですが、その代わり飛び降りて地面が迫ってくる過程を、結構リアルに覚えているわけです。でもって、これから飛び降りる奴に、「あんまり高い所から飛び降りない方がいいよ、全然意識もなくならないし、落ちるまで結構時間かかるから恐いよ」なんてアドバイスしてたりするわけです。
こういうのを「自殺」と呼んでいいのかどうか分かりませんが、自殺する原因の説明やブルーな雰囲気は皆無でして、自殺というよりは「自殺的冒険行為」といった方が正しいかもしれないです。感じとしては、子供の頃にやっていた「高い塀から飛び降りるゲーム」のスケールが大きくなったようなものでしょう。
夢判断とか夢占いとかいろいろあるようですが、僕も中学くらいの頃かな、誰でもそうだと思うけど心理学なんかに凝ったりして夢についての本なんかも読んでました。でも、いつしか、そういうことに興味も失せてしまいました。理由はいろいろあります。
ひとつには、夢の「コントロール可能性」ということがあります。夢について妙に勉強して意識すればするほど、「ああ、今、オレは夢をみているのだ」という自覚が出てきます。しまいには、「さて、これからどうストーリーを展開させようか」とか「いかん、もう辻褄が目茶苦茶になってきた、一回起きてリセットしよう」とか思ってから、おもむろに起きるなんてことも出来たりするようになります。
勿論常に夢がコントロールできるわけではないのですが、「コントロールできちゃった」という事実は、夢がもってる神秘性を損ないますよね。「結局、俺がくだらないことを考えてるだけじゃん」とかミもフタもなくわかってしまって。そうなってくると、もともとその種のスーパーナチュラル(超自然現象)な感性がゼロという体質もあり、夢で何かを判断しようとか、あまり思わなくなったりするわけですね。
また、先程述べたような面白い夢なんか数えるほどで、大抵の夢は詰らんです。夢判断に凝ってる人が聞いても、酢を飲んだような顔をして白けるような夢。例えば、寸分たがわず日常そのものという夢とか。パソコンに向かって、メールを落してきて、シコシコ返事を書いている夢とかね。そんでもって夢で書いてるメールの内容も全く現実そのもので、面白くもなんともない。やれやれ一仕事したと思ったら目が覚めて、起きてから、またパソコンに向かってメールの返事を書くというのは、非常にうんざりしますね。「今日は、もう、俺、働いたじゃん!」と文句の一つもいいたくなります。
他にも車にガソリン入れてるとか、ゴミを出してるとか、洗濯してるとか、日常そのものの夢など。その情景もデテールも現実と寸分違わないという。こんなの夢判断も占いもクソもないような気がします。「なんでそういう夢を見たのか?」と言われても、日頃そういう生活してるからそういう夢を見た、としか言いようがないです。「明日はゴミ出しの日だからゴミを出しておかないと」と思って寝たからゴミを出す夢を見た、と。面白くもなんともないです。そういうこともあって、夢判断とか真剣にやるのが馬鹿馬鹿しくなったというのもあるのでしょう。
夢のお告げとか、象徴的な意味を含んでいそうな夢とか、予知夢とか、そういうのを見る方がおられますが、羨ましいです。寝ている間に精神が解放され、他の次元の世界との回路が開き、あるいは常に存在しているのだが日常は感じないものが感じられるようになり、それらのチャンネルから情報が流れ込んできて、夢として表現される、、、という。いいなあ、カッコいいなあ。
僕なんか、自慢じゃないけど、予知夢なんか全然見ないです。予知らしき将来の夢を見ても、当たった試しなんか無いですしね。そりゃまあ、「近い将来、俺はゴミを出すだろう」とか「メールの返事を書くだろう」なんてのを「予知」と呼べば予知なんでしょうけど、そーゆーもんじゃないだろう?って気がしますよね。
いつも「夢に出てくるいつもの風景」ってのも特にないです。
でも、起きてるときに、例えば本を読んでるときとか、車を運転しているときとか、物を書いてるときとか、なぜか全然関係ないのに心にずーっと浮かんでる風景というのはあります。それはもうランダムでバラバラなんですけど、今やってることは全く関係ないことが、なんでか知りませんが、水面に映った風景のようにユラユラしながら消えもせずに固着してるという。僕の場合は、かつて住んだところとか、記憶の残像だったりしますが、例えば、昔住んでた東京の佃の佃煮屋さんが並ぶ古びた一角の静かな昼下がりの風景とかが頭に浮かびながら、メールで英語の勉強の仕方なんかを書いてるわけです。そういうことってありませんか?
脳味噌のRAMがあって、今やってる仕事に使用されているRAM以外の端切れ空きRAM領域みたいなのがあって、そこに過去の記憶の断片がゆらゆらと浮遊しているという感じでしょうか。起きていてさえ脈絡のない記憶残像が浮遊するくらいだったら、ましてや寝てる間に、もっといろんな残像が浮遊して結合して、ストーリーらしきものを紡ぐということも、あっても不思議ではないような気がします。
こういったドライに乾いた認識というのは、年を追うごとに強くなってるような気がします。イリュージョンや幻想世界が乏しくなってきて、内面世界が痩せてきているというか。子供の頃はもっと内面世界が豊富だったように思います。天井の染みを見れば人の顔に見えたり、木の下の闇を見たら「なにか」いるように思えたり、過剰とも言える想像力が、一つの知覚を2にも3にも増幅していた。
現実社会に関する情報が少ないからそれを補うために想像力を動員していたという事も言えるでしょう。逆に色々わかってきてしまえば、想像力の助けを借りる必要もなくなる、だから想像力の分泌量も抑制され、ドライな認識になっていくわけでしょうか。木下闇に幽霊がいるのを目撃したら、子供の頃だったらもう世界観がひっくりかえるくらいの衝撃があったと思いますが、今見たとしても、「ふーん、なるほどいるもんだな」と思うくらいでしょう。「それがどうした」という感じでしょうね。
もともと過剰な想像力が、寝ている間に抑制が外れて、さらに自由奔放に暴れまわることによって、たくさんおもしろい夢を見るのでしょうし、そこには示唆的なものも、予知的なものも出てくるのでしょう。でも、想像力や内面世界がそれほど豊富でなかったら、夢の世界もまた、パサパサしたものになっていったとしても不思議ではありません。
逆にいえば、今自分が生きていくに際して、それほど内面に深くコミットする必要もないのでしょうし、内面深くにあるなにかと強烈な葛藤を起こしているということもないのでしょう。確かに、オーストラリアに行く前、日本で仕事してたときは、「これはアカン、これは違う」というコンフリクトが強かったので、いろいろ面白い夢も見てたような気がします。
ただ、それも、「よし、オーストラリアに行こう、もう決めたもんね」と心の奥底でカシャっと歯車が噛み合ってからは、また想像力の分泌量が少なくなってきたように思います。なぜなら、その段階で必要とされるのは、「実行」と緻密な「計画」であって、漠然とした「想像」ではないのですから。
以前雑記帳に書きましたが、「人生の半分を過ぎたな」と思える瞬間があって、そこから上り坂が下り坂に変わったようなパラダイム変化があったように思います。40歳前後からこっち、漠然とではありますが、最大の関心事というのは、「俺はどうやって死ぬか」ということだったりします。いや、そんなに明瞭に思ってるわけではないのですが。
これもまたドライそのものの発想でして、自分にとってマネージ可能な時間の射程距離内に死というエンディングが入ってきたから、「そういうことなら、マネージしなきゃね」といった具合です。別に、死を望んでるわけでも、必要以上に恐れてるわけでもないし、ましてや死後の世界についての興味が膨らんだわけでもないです。死後の世界は、僕にとってマネージ不能だから、射程距離内にない。射程距離内に無いものに興味は湧かない。そのへんは非常にハッキリしてます。
平均余命から逆算して半分経過した→半分ということの時間的な感覚がわかった→だから最後までの距離感もつかめた→だから考えましょ、という感じです。高校二年になって、「そろそろ、やらなきゃな〜」で大学入試を意識しだすような感じ。
死に方についての一つの理想としては、小説を一冊読み終えた瞬間のような充実感とともに、「なるほど、これで終わりになるわけね」と納得して死にたいわけです。でもって、「ほんじゃま、そういうことで」と目を閉じると。
今書いてて気が付いたけど、この感覚というのは、高校のとき「俺はどうやって生きていくのか、何の仕事をするのか」と考えてきた頃に非常に似てます。何が似てるかというと、計画を立案するときの方法。
まず、「こんな感じ」というイメージをふくらませ、突き詰め、結晶化させるような感じです。例えば、「寝たいときに寝れて、起きたいときに起きれて、やってる仕事の内容やキャラが自分自身のキャラと相似性を描くようなことで、仕事にせよ生活にせよ、そのタタズマイが、『俺は俺だ』といってるような感じ。とにかく、不本意なガマンというものを最小限に抑えるような日々」という具合になるわけですね。
このとき、「しっかり勉強して、いい大学入って、いい会社にいって、、」みたいなBullshitなことは毛ほども思いませんでした。そんなものは「手段」に過ぎんわけで、手段なんか目標がしっかりイメージできてから、その場その場で適当にやりゃいいだけのことだと。
高校のとき痛烈に思ったのは、毎日通学に利用していた地下鉄東西線に揺られていたゾンビのように無表情なサラリーマンの人達でして、毎日それを見ながら、「なんか早く対策を打たないと、ああなっちゃうぞ。それだけはいやだぞ!」という。サラリーマンといっても一口に括れるわけでもないし、豊かな生活を送っておられる人も沢山おられるわけなんだけど、そんなことがわかったのは随分あとになっての話で、そのときはまだ子供だから、とにかく痛切にそう思いました。
今同じように思うのは、とにかく、「スパゲッティシンドローム」とか言われるように、身体中にチューブ差し込まれて、苦痛に喘ぎながら、石ころにみたいに扱われて死ぬというのだけは、イヤだ、ということです。これは20年以上前に「サラリーマンだけはイヤだ」と思ったのと同じような強烈さで思いますよね。これもまあ、20数年前にサラリーマンについて誤解していたように、誤解なんでしょうけど。
そこで「死に方」のイメージなんですけど、なかなか難しいですよね。あなただったらどんな死に方がいいですか?僕の条件でいうと、@自分自身の納得感、A最後の風景の良さ、Bできるだけ他人に迷惑をかけない、ということです。
大河小説を読み終えたような納得感と、最後のシーンの感銘がまず欲しいですね。インディアンの言葉に、「今日は死ぬのに良い日だ」というのがあるそうですが、「死ぬのに良い日」というのがあるのでしょうね。太陽が輝き、空は澄み渡り、緑は優しく茂ってるような、そんな感じでしょうか。「曇空、誰もいない海岸。岬の近く」なんてのもイイかも。とにかくだだっぴろい所がいいですね。あんまり狭苦しい部屋かなんかでイキたくないですな。
Bの他人に迷惑というのが、また問題で、取り残された側が経済的に困窮するとか、悲哀に打ちひしがれるとかいうのは好きではないので、出来ればそのあたりのことは全部片づけてからイキたいですよね。そうなってくると必然的に皆さんをお見送りした後、自分が最後に、ということになって、かなり長生きせんとならんですよね。最後に死ぬってのはいいかもしれないですね。親しい人や愛する人は皆さんあの世にいるわけですから、「おお、ほんじゃ行くわ」ってな感じで福々と死んでいけるかもしれんですし。
なにを馬鹿なこと書いてるんだろうねって気もしますが、なんつったってフィニッシュですもんね、映画でいえばエンディング、ステージでいえばラストの曲ですから、それなりにカタルシスが無ければ駄目だと思っちゃうんですが、こーゆーのって僕だけでしょうか。「養老保険に入って、お墓買って、、、」なんてのは、高校時代の「いい大学、いい会社」と同じくらい、どーでもいいことで、戦略として純粋に考えてもあまりいいとは思えない。
しかし、ある程度納得しようと思うと、必然的に要求される条件も出てきますよね。例えば、健康。ある程度死ぬ週間にも自由を残しておくためには、それなりに健康でないと駄目ですよね。寝たきりだったら、死に場も選べないし。だから、死ぬ当日でもヒンズースクワット30回くらい出来るようでないと。しかも、皆さん見送ってからだから、100歳になってもカクシャクとしてないとならないことになる。これって結構大変なことですわ。若い頃は健康なんか屁とも思わなかったけど、こうなってくると話は違います。計画遂行のための絶対条件になるわけですから。
あと、一定限度のお金も必要ですが、実はお金はあまり心配してません。いや、全然無いんだけど、大事なのはお金そのものではなく、お金を生み出すシステムだと思うからです。お金を果実だとすれば、果実なんか置いておいても腐るだけで、大切なのは、果樹、樹木でしょう。70になっても、80になっても、ある程度のお金だったら、その気になればすぐにひねり出せるようなシステム、あるいはその手法。社会のシステムのツボを知っていて、あちこちをポンポンと押して廻ったら、どさっとお金が落ちてくるような感じです。他の言葉でいえば「商才と経験」。これがあったら、そんなにシャレにならんことはないだろうなと思います。
僕がオーストラリアに来ることに関して、「自分がこう思うくらいなんだから同じように思う奴があと100万人は日本に居るはず」と思ってAPLaCをやったわけですが、今度も同じく、「いかに納得して、カッコよく死ぬか」をサポートするのってビジネスになりうのではないかとか思ったりもします。まあ、下手すれば自殺幇助になっちゃうから、そのへんは上手にやらんとならんですね。ホスピスさんとかの協力もいるだろうし、どうしたって医学的知識は不可欠だろうし、、、うーむ、面倒だな、いっそのこと自分が医師になっちゃえば話は簡単なんかもね。自己管理も出来るし。
うーむ、この発想の流れというのは、高校のときと全く同じですね。どうしても法的知識がいるだろう、だから弁護士の力は必要だろう、でも知り合いにいないぞ、面倒だから自分がなっちゃえ、で弁護士になったという流れに似てますな。でも、今から思うと、別に弁護士になる必要なんかあんまり無かったんだけどな。だから、そこらへんが子供だったんだろうな。ということは、別に医師になる必要もないのかもしれん。
かといって、後の半生を「いかに死ぬか」だけに費やしては意味がないんですよね。それだと最後の「納得」というのが全然ないですもんね。生きてる間は生きてる間で、それなりにビシバシやっていて、そんでもって死ぬときは「うーむ、なるほど」でフィニッシュしなきゃいけないわけです。だから結構大変ですね。「いかに死ぬかということは、いかに生きるかということである」なんて言っちゃうと、お寺の和尚さんの講話みたいんだけど、でも本当にそうな気もしますね。
話がポコポコ飛んでいきますね。そろそろ、一気にマクリをかけて、まとめなくちゃ。
というわけで、どうも僕の場合、想像力がそれほど豊かではないようです。というか、想像力がそのまま成功イメージや計画に落とし込まれていくという、一連の工程の一部分でしかないような気がします。こういうのっていいのか悪いのか。
13階からスポーツ気分で明るく飛び降りる夢、というのは、考えようによっては象徴してるのかもしれませんね。それは死であり、しかも暗さが微塵もなく、皆も納得してるわけで、空も青いし、さらに将来のサポート業を暗示するようなアドバイスまで他人にしてるんですからね、まんまといえばマンマですよね。しかしな〜、僕が欲しいのは「象徴」ではなく「プラン」なんだわね。面白いかもしれんけど、プランとしては愚案ですよね。
さて、もう一つマクリが要りますな。
いろいろ夢を見てきたのですが、覚えてる範囲では、夢の中で雨が降っていたというのは一度もないです。「ほんとか?」と思って自分でも慎重に思い出してみたんだけど、無い。大体晴れてますよね。あるいは室内だから(バンドのステージに立つ夢はよく見るし)天候なんかわからないという。雨が降りそうな曇天、というのはありますけど、雨が降ってて濡れていてとか、傘さして、、という夢は無いです。
まあ、単に忘れているだけなのでしょうけど。あなたはありますか?
ああ、もうひとつ忘れていた。
このエッセイにいったいどんな写真をくっつけたらいいのだろう?
これまでは写真を適当に選んで、写真を見ながら思い付くことを書いてきたのですが、それやってると書くことが限定されてくる弊害があるので、今日はその逆にトライしてみました。文章書いてから写真を選ぶという。しかし、どんな写真がいいんでしょうね、これ?
写真・文/田村
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