高齢者ケア特集(3)

母国語しか話せない高齢者

99年6月

今年3月のある2週間に、全く英語を話せない3人の高齢者が立て続けに開頭術目的で入院してきた。


最初はフランス人のAさん(女性、74歳)

アデレードに移住している娘さんを毎年2〜3ヶ月訪ねているということだ。3ヶ月ほど前から物忘れがひどくよく転ぶようになり、つい最近、転倒による大腿骨頭骨折で手術をしたばかりで、その病院からの転院だった。

病名は慢性硬膜下出血。脳外科の手術後は30分ごとに意識状態のチェックを行い、術後合併症や異常の早期発見につとめる。


しかし、術前ですでに彼女の意識状態を正しくチェックをすることは困難だった。全くこちらの言ってることが通じないし、彼女の言っていることもわからなかった。

それでも転院直後は娘さんが来て通訳をしてくれ、多少の状況がわかった。しかし、娘さんはその後、15歳の息子を家に一人でおいておくことは出来ないし、私も疲れてくたくただから付き添いは出来ないと言って帰ってしまった。

 「言葉の話せないお母さんをおいていくの?」残された私たちはびっくりしてしまったが仕方がない。

オーストラリアは移民が多いため、政府が英語を話せない患者のために通訳を出すサービスがあるが、Aさんの一般的看護は言葉が通じなくてもなんとかなり、通訳は呼ばずにすんだ。

そして手術は無事に済み、2日後、娘さんの家の近くの骨折手術をした病院に戻っていった。看護婦が皆、ホッとしたことは言うまでもない。


 二人目はイタリア人のBさん(女性、86歳)

痴保があり、軽い看護が受けられる施設に入所していたBさんは、ある日の朝テーブルに座っていて、突然おでこをガンとテーブルにぶつけたらしい。

診断名は急性クモ膜下出血。翌日開頭術を受けた。手術はうまくいったが彼女の看護は大変だった。術後、痴呆状態がひどくなり、大声を出し、ナースコールを何十回もならし、失禁し・・・・、しかし言葉は通じない・・・・と、よくある痴呆患者の看護だった。

家族はほぼ毎日来てくれたが、ずっといてくれるわけではなく、家族がいないときは一人で起きあがり、ベッド柵があってもベッドから抜け出して転倒し・・・と看護婦泣かせのBさんだった。

おまけに数少ない貴重な個室を占領していた。2ヶ月後に彼女が退院していったとき、病棟じゅうから安堵の溜め息がもれた。


3人目はドイツ人のCさん(女性、83歳)

夫と二人暮らしのとても元気な人だったが、玄関の前で転びコンクリートに頭を打って意識を無くし、救急車で運ばれてきた。

急性硬膜下出血で開頭術となった。彼女はオーストラリアに40年以上も住んで英語をかなり話せたらしいが、術後しばらく母国語のドイツ語しかでてこなかった。

BさんもCさんも言葉が通じないためなかなか早期離床に持っていけず、入院が長期化してしまった。

今後ますますこのような患者さんが増えるのだろうと思う。そして私自身、歳を取り、何らかの状況で入院し日本語しか話せない状況が目に浮かび、ちょっと暗くなってしまった。




患者の高齢化


ここ1〜2年、入院患者層の変化、特に高齢化には驚くものがある。以前は患者の年齢層は70代が中心で、まれに80代、90代がいるという状況だった。

先日、病棟の患者一覧をみて目を見張った。たった26床の病棟に80代が6人、90代が2人、そして100歳の患者さんが1人いた。驚くのはこのうち96歳と100歳の女性が入院前まではほんの軽い介護のみでほぼ自立した生活をしてきたことだ。

そしてどちらも精神的にかなりしっかりしていて多少の物忘れがあるだけだった。私は今まで90〜100代の患者さんで、ここまでしっかりした人たちに出会ったことはなかった。そして二人とも排泄でベッドを汚すことはなかった。

ところが、1週間して96歳の女性が夜間オムツをして朝にはびっしょり濡れているという申し送りが、夜勤ナースからあり驚く。先週、私がケアしたときはオムツはしてなかったし、きちんと排尿したいときはナースコールで知らせてきていたはずだ。

その後、色々なナースの話を聞くと、結局、ある怠け者の夜勤看護婦が、オムツをしてそこに排尿すれば夜間起きることなくぐっすり眠れると、この女性に言ったらしい。彼女もいったんオムツをすることを覚えると、暖かいベッドから抜け出る必要がなくいいものだと思ったらしい。

患者さんの残存能力を低下させているのが、実は看護婦だった、というのは情けないことだ。そしてこのような患者さんは出来るだけ早く退院して元の生活に戻るのがベストだと、あらためて感じた。

さて、この患者さんはその後少しずつ自立していき夜間もトイレまで行くようになりベッドをぬらすことはなくなった。


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