高齢者ケア特集(2)

「痴ほう老人の身体的拘束禁止」について

99年3月

1999年2月下旬のNHKニュースによると、厚生省は高齢者の人権を守るため、「痴ほう老人の身体的拘束禁止」の方針を固めたそうだ。

高齢者施設には十分な介護者人数を配置するようにしてあるので、拘束しなくても十分なケアが行われるはずで、もし拘束をしている施設が見つかったら場合によっては、施設の閉鎖も含めた厳しい処置をとるというものだった。

(ニュースを1度聞いただけの情報なので、もし解釈に間違いがありましたら教えてください)。


「拘束」、私は日本の病院で働いていたとき「抑制」と呼んでいたが、意識が混乱していたり、痴保のため点滴やチューブを抜いてしまう患者、一人で歩いて転倒・事故の起きる可能性のある患者には、看護婦の判断で、抑制帯という、細い帯のようなひもなどで患者をベッドやいすに縛り付けたり、手をベッド柵に縛り付けたりするのは、当たり前の看護行為として何の疑問も持たずに行われていた。

オーストラリアに来て、拘束・抑制をするには医師・家族のコンセント(説明と同意)が必要と聞いてその人権の確保の仕方に驚いた。日本はまるで他国に続けといわんばかりに完全禁止に持っていこうとしているが、私個人としてはそれには賛成しかねる。そしてこの方針を通そうとしている人たちは、実際に痴保老人の看護・介護に携わっているのか?と疑問を持ってしまう。


実際に間近で看護・介護をしている人ならわかると思うが、高齢者の転倒はほんの1分、目を離したスキに起こる。そして24時間つっききりで一人の人を看護するのは不可能だ。

確かに様々な看護・介護の工夫で転倒や事故はかなり予防でき、看護者の都合と自己判断でむやみに行われてきた「拘束」は改善されなければならない。しかし一時的に抑制が必要な人は確かにいる。

そしてそれはその高齢者の安全を守るために行われる。転倒による大腿骨骨頭骨折、頭部打撲による脳出血など高齢者の入院は後を絶たない。それが元で長期臥床から体力・筋力低下、痴保・混乱状態の悪化、合併症発生など回復を妨げる要素がどんどん増えてくる。


今、日本で反省し改善されなければならないのは、看護者だけの自己判断でむやみに、そして無制限に行われてきた「拘束」の仕方にある。オーストラリアではすべての高齢者施設は「拘束」に対し、独自のポリシー(政策・方針)を持っていなければ政府の監査を通過できない。

大切なのは政府からの一方的な完全禁止ではなく、それぞれの施設がきちんと方針を持って管理するよう指導していくことにあるのではないだろうか?


アデレードにある高齢者施設を例に挙げると、まず拘束をするに当たっては、家族・医師がそれに同意すると用紙にサインし、拘束をする理由と開始日が記入される。そして2週間毎にその評価が行われ、再度医師・家族から同意を得る必要がある。

これは物品をつかった拘束だけでなく、薬物による拘束も含まれる。たとえば夜と昼が逆転した高齢者が、日中はウトウトして様々なアクティビティに参加できないが、夜になるとぱっちり目が覚め限りなく俳廻するというような場合、鎮静剤を使って夜眠り朝起きるパターンを作ってあげる。

一度体のパターンができあがると、日中はもっと活動的になって疲れるため、夜は鎮静剤なしでも眠るようになる(すべてのケースが必ずうまく行くわけではないというのは看護実践者ならわかると思うが)。


このような方針が最終決定する前に、まず臨床で実際に看護・介護する人たちの意見を聞き、また現在の「拘束の現状」に対する報告、それによる弊害を明らかにしておき、また新政策が実施された場合、その後の経過を注意深く観察して報告・改善していってほしいと思う。


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