高齢者ケア特集(11)

尊厳を守るということ

2000年4月

患者さんの尊厳を守るとは一体どういうことか?と考えた時、「尊厳」という言葉があまりにも大きくて重要な意味を持っているようで、具体的にどうしたらいいのか頭を抱えてしまった経験がある。

辞書には「尊く厳かなこと」とある(小学館;現代国語例解辞典)。どうしたら患者さんを尊く厳かに保てるのか?患者さんの気持ちを理解できるよう良く話しを聞き、患者さんの言うことを尊重するetc…と模範回答(?)が返ってきそうだが、では患者さんが痴呆状態、またはコミュニケーションをうまく取れない時に、何をもって尊厳を保つといえるのだろうか?


74才のレイが悪性脳腫瘍の再発で入院となった。腫瘍が大きくなって脳の一部を圧迫するため言語障害と歩行障害が出ていた。現時点で治療法はありえないということで、すべての内服薬が止まり、安楽を保つ看護に重点がおかれることになった。

レイは何か言おうとするがなかなか理解することができなかった。痛みがあるようには見えなかったが、身の置き場がないのか体にかかっているシーツや毛布をクチャクチャにして払ってしまう事が多かった。


オーストラリアの患者さんはベッドでパンツをはかない人が多いが、レイもその一人で、太ももや下半身があらわになっていることがよくあった。

ずっとそばに付き添っていた妻が、「レイは前回の入院から尊厳をなくしたのよ。人前でだらしない格好をしたり,シビンを使っているのを見られるのも人一倍嫌う人だったのにねぇ。」と悲しそうに言った。


毎日看護をしているとベッドで排泄をしたり,清拭や検査のために裸にすることが当たり前になってくる。まして忙しい処置におわれているとその患者さんが、どんなに恥ずかしい気持ちでいるかどうかなど考える余裕もなくなってくる。

プライバシーを守るためにカーテンを引く、タオルをかけるなど学校で習ったし実践でも気をつけるようにはしていても、それが毎度のことになると慣れてしまってだんだんと気にならなくなっていないだろうか?

そしてそれが患者さんにとって、もっとも屈辱的なことで、尊厳を傷つけているかも知れないということを考えてみたことがあるだろうか?


数年前、日本に帰って友人と話をしていてとてもショックな体験を聞いた。

友人のお母さんは亡くなる前の何年かを老人ホームで寝たきりで過ごした。ホームにそのお母さんを訪ねた友人は、お母さんが突然おかっぱ頭に髪をカットされているのを見つけ驚いてどうしたのかと聞いた。

すると寝たきりの女性の髪が長いと介護しにくいのでそこの老人ホームでは全員おかっぱにするというのだ。

友人のお母さんは、おしゃれで長い髪が好きな人だったという。長い人生の中でそれぞれの人が自分の好きな生き方を見つけていく。そして例え肉体的・精神的に何らかの障害が出ても出来るだけそれまでの習慣や好みを保ちたいはずだ。

その生き方には髪型や服装,食生活など日常生活にもっとも密接した事柄が積み重なり、それが「その人らしさ」を作っている。いつもスカートしかはいていなかった人に介護しやすいからとズボンをはかせたり、勝手に髪の毛を切って,その人の生き方を尊重していると言えるだろうか。


尊厳を保つということの原点は、毎日の生活の身だしなみや習慣に表れる「その人らしさ」を保つことではないだろうか?

病気や高齢になったためにそれまで全く意識しないで出来ていた日常生活が思うとおりに出来なくなった時、それを取り戻したいという気持ちは誰にでも起きるだろう。

その時、日常生活の中で何がその人にとって大切だったかを知り、それを続けるよう援助することが尊厳を保つことにつながると思う。

介護者側の都合で勝手にその習慣を変えてしまった時、それまで生きてきたその人の人生が否定されてしまう。私達医療従事者は,いつも「その人らしさ」を保てるような努力をしていかなければならないと思う。



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