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1996.12月25日初出



too busy to work

仕事なんかしてる暇はないです





 「それじゃ忙しくて、とても仕事なんかしてる暇はないよね」−−−−というのは、その昔、オーストラリア人の友人と話しているとき言われた言葉です。”too busy to work”という表現がなんとも新鮮で奇妙に印象に残っています。


 僕はこっちきてから仕事らしい仕事もしてません。そりゃ、ちょくちょく日本の依頼者からFAX法律相談とか起案とかすることはありますし、引き継ぎを済ませた事件が解決して相応の報酬が忘れ形見のように振り込まれたりすることはありますが、日本にいる頃、元旦まで事務所に出たり点滴打って証人尋問してた頃に比べたら何もしてないに等しいです。APLaCが仕事じゃないかと言っても、いい意味での趣味性を追求してるので「仕事」に連想されるような不快感はゼロですし、第一全然儲かってません(いばってる場合ではないのだが)。

 もともと事務所開業費用のために必死こいて貯めていた金を「この際全部費っちゃえ〜!」(何が「この際」だ)で腹括ってますので、直ちに生活に困るということはありません。また、「一度上げた生活水準を戻すのは無理」というのも自分に関しては嘘で、生活費5分の1程度の耐乏生活をしていても別に何も不満はないです。この調子で慎ましくやってりゃ、あと数年はもつでしょう。

「いいなあ」「悠々自適だなあ、うらやましい」と思われる人もいるかもしれませんが、「着実に減り続ける預金残高」を見続けながら、外国で暮らすのが「いい」ですか?




 このような状況でまず襲ってくるが「将来の不安」です。「オレはどうなってしまうんだああ」という無重力感覚ですね。それと同時に、「日陰者意識」といいますが「正業につかずブラブラしてる穀潰し」という「人生の裏街道」意識ですね。これもやぶ蚊のように襲ってきますね。

これに対抗するカウンターパワーは一つ、開き直りです。将来の不安は「ノーウォーリーズ」で蹴散らす。「先のことなんか分かるかい」「なんとかなるやろ」でねじ伏せる。「失業者感覚」は、これも気の持ち方一つ。

オーストラリアのいいところは、これをさせてくれる所です。別に日本にいたって出来るでしょうし、やってる人も沢山いるのだけど、有形無形のプレッシャーはやっぱりあります。「それの何が悪い」と開き直るにしても、「開き直る」という言動が必要とされるということは、つまりそれなりのプレッシャーがあるということでしょう。オーストラリアでは、開き直る必要もないです。当初頑張って開き直ってたわけですが、あれも幻想に対して戦っていたというか、自分自身の意識に対して弁解していたようなもので、ふと気付くと誰も気にしてない、ちょっと寂しくなるくらい誰も自分のことを気にしてないのが分かってくると「なあんだ、あほらし」になります。これが常時、同地の日本人社会にいたらまた違うのでしょうが、APLaCのメンツ(&お客さん)以外の日本人に会うのは月に2〜3回あるかないかですので、誰にも鬱陶しい説明せんでもいいというのが、ものすごく快適ではあります。快適すぎて物足りなくなるので、ここでわざわざ説明してるくらいで。

もう一つ、底流に流れているのは、人生哲学というか、「仕事なんか人生において大したモンじゃないよ」という発想。オーストラリア人の仕事観にも通じますが、仕事が二番目以降の優先順位になるのがハッキリしてるなら、5時にとっとと帰るし、過剰に感情移入もしないし、ポンポン転職もするし、別に困らなかったら全然仕事しないし、ということになるのでしょう。もっとも、自分の仕事が自分の本当にやりたいことと合致してる場合は、オーストラリア人でもガンガン働くようですね。オーストラリアのベストパブ10傑かなんかに選ばれたオーナーがインタビューに答えて、「冴えないパブを安く買い取ってから、素晴らしい物に仕上げる為、週に140時間は働いたよ」と言ってました。話半分にしても相当に働いてますな。他にも自分で事業を起こした連中は、それこそ24時間「ああしよう、こうしよう」と絶えず考え、飛び回ってます。そこらへんの八百屋さんでも、朝の7時にはもう店を広げて、真剣な表情で店先のリンゴをいかに美しく積み上げるかに腐心してます。大男が大マジにそ〜っとリンゴ積んでる姿はちょっと見てて微笑ましいというか、おかしくなるくらいです。でも、それは当然だと思うのですね。こんな面白いことないだろうし。

フォーマットとしては、結構分かりやすくて、まず自分の人生において「何が一番大事か」「何をしたいのか」があります。その対象は、家族や恋人や冒険や趣味や研究や仕事など、人によって様々です。これは日本でも同じだと思いますけど、ただ、その人における第一順位は何なのかの決定権は、すぐれてその人に専属していて、その決定権は「聖域」みたいなもので、他人がとやかく論評するのは控えるというコンセンサスが日本よりもやや強いかなという感じがします。「キミの場合、こうした方がいいよ」みたいに言われたことは一度もないですね。これが「やりやすさ」の基礎構造なのかなと思ったりもします。

こちらの友達と話してて、「仕事はなにしてるの?」と聞かれることは日本同様ありますが、ただその力点の置き方がちょっと違ってて、質問の本質は、「キミは何がしたいの?」ということ、「最高に興味あるのは何?」という部分にシフトしてるようにも思います。分かりやすくいえば、「夢」や「希望」を聞いてるような部分がある。勿論生活のために仕方なくやってる仕事の場合もありますが(そっちの方が大半でしょうが)、会話の流れは「今はこんなことしてるけど、将来的には○○方面で○○をやってみたいんだ」という地点に向っていくように思います。「APLaCっていうのをやってんだよ」と説明したら、「僕が聞いてるのは、表面的な仕事の内容じゃなくて、もっとなディープなこと。その仕事を通じてキミは何を表現したいのか?ということを聞いてるんだよ」と聞かれたことも実際にあります。

ですので、ともすれば現在の仕事のスケッチ(含む愚痴)と特定会社や業界の動向で話の内容が終わってしまいがちな日本での会話に比べて、「オレの夢は○○だあ!」という部分まですぐに会話が進みますから、そこらへんの内容を持ってないと、結構会話がシラけたり、「詰まらん奴」と思われかねない。

もちろん、オーストラリアでも、自分の仕事や会社名(すなわちキャリア)の比重が非常に大きい人もいるので、一概にどうのこうの言えません。言えませんが、大雑把に眺めると「ちょっと違うかな」とは思います。ああ、でも少なくとも「老後の設計」話はしたことは一度もないですね。そんな話が出てくる雰囲気は、僕の知る限りなかったです。今度聞いてみよう。まあ、こちらで「老後」というと、ペンショナー(年金生活者)として、「これからが人生本番」で旅行だの園芸だのをやるというのが、これまでの所社会通念ですから、「老後の計画」とはすなわち「遊びの計画」でしかないからかもしれません。本当はそんなこと言ってられる財政事情でもなく、ひたひたと不安は忍びよってきてるのですが、認識としては不安一色ということはないようですね。日本みたいに25年掛けないと年金貰えないこともないし。ただ、スーパーアニュエーション(積立式年金)のファンドは有利か?みたいな財テク話として出てくることはありますけど。

こういう背景事情があるから、「仕事なんかしてる暇ない」という言葉が、いともあっさりと口をついて出るのかもしれません。経済的にペイしなくても、ともかくやりたいことがあるなら、そしてそれでも取りあえず生活が成立するなら、やりたくない仕事なんかやってる場合ではないということ。仕事をしてれば無条件でエラいというものでもない、と。そうは言っても、work ethicks=勤労の美徳という概念はちゃんとありますし、仕事をしてることに誇りを感じる人も多数いるので、そうそう極端な認識に走るのは危険ではあります。「仕事」は必ずしもネガティブなものではないが、それが唯一の道というほど絶対的なものではない、ケースバイケースというあたりでしょう。


ところで「仕事してる暇なんかない」というほど何に忙しいのか?といいますと、やるべきこと、やりたいことは幾らでもあります。英語一つとっても「これでいい」という限界はないですし、力が伸びるに従って、情報摂取能力はあがるし、それなりの対応もされるし、活動の自由度も広がります。30年先のこと考えたらAPLaCなんかやってないで、あと2〜3年ほど英語に専念してもいいくらいです。「もういいや」と思った瞬間恐いくらい成長が止まるし。

でも、それはそれとしても、オーストラリアの社会ももっと知りたいし、とりあえずこっちで出版されてる英語の本を1000冊くらい乱読しないと見えてこないだろうし、スーパーの棚に並んでる商品全部試してみたいし、知らないところに出掛けてみたいし、やったことない趣味領域(乗馬だのヨットだの)もいずれは挑戦したいし、パソコンだって本格的に遣り始めたのは今年になってからだし、このホームページだって理想の10%も実現してないし、APLaCだってもっと日本とのコネクションを増やしたいから日本にも行かなきゃいけないし、そうかといってメシは作らなならんし、絶えず新作に挑戦したいし、週に3つは知らないレストランを開拓したいし、猫のノミはとらなならんし、庭の草木には水やらなならんし、クリスマスカードの返事もかかならんし、そろそろ車のトランスミッションフルード補充せなならんだろうし、、、、、、結構忙しいです。(田村)


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