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白い午後とビールの日




あれはもう何年前になるのか。

それを知ったのはFAXだった
おまえが自殺したと
心の片隅で「やっぱり」と思った
だが、考えてみれば何の予感があったわけでもなく
誰が自殺したとしても「やっぱり」と思うだろう

「馬鹿野郎」と呟いて煙草をふかした
何本も何本もふかした
それを知ったところで、オーストラリアにいる身では
何もできやしない

「馬鹿野郎」ばかりを繰り返しながら
煙草をふかしながら
じっとフラットの玄関のドアを見ていた

人は死んでから魂となり
親しき人を訪れるとするなら
きっと来てくれるだろうと

おまえの魂が−−−
居るような気もするし
居ないような気もするし
要は全然わからなかった

来てほしかった
来てほしかった
見えなくてもいいいから
もう一度同じ場所にいたかった

コップをもう一つ用意して
テーブルの上に置いて
おまえが好きなビールを注いで
待っていた

「せめて、もう一回くらい、、」と口に出して言ったとき
決壊した。
涙がぼろぼろと落ちはじめ
声を出すと鳴咽になった





時間をかけて身辺を整理して
最後に電子メールを身内に送った
「何の音沙汰もなかったら見にきて欲しい」と
読む人が読めばピンとくる遺書メール

ここからは俺の勝手な想像だが
電子メールを送信し
「送信完了」の表示を確認したあと、
おまえは煙草を一本吸ったと思う
吸いおわり、灰皿でもみ消したあと
「さて」と言うともなく立ち上がり
ゆっくりと歩いていっただろう
首を縊るために






そうだ
それは日曜日の午後
一緒に不動産屋を廻った
俺達仲間のアジトを作ろうと
いい年をした大の男が基地あそびをしようと走り回った

白い午後だった
ふと入った喫茶店でおまえはビールを注文した
喫茶店でまでビールなんか飲まなくてもいいだろうと言ったら
ビールは何処で飲んでも中身が同じだからいいんだよ
原価率考えても一番得なんだぜと
分かったような理屈をいって
おまえは旨そうに、本当にうまそうにビールを飲んだ

白い午後だった
5月だった
やわらかな陽射と爽やかな風
日曜で森閑としている大阪 本町界隈のビジネス街
そこでおまえはうまそうにビールを飲んだ


あの白い午後、白い店にいきたかった
そこに行けば必ずおまえはいると、確信があった
今でもある

だから、いつの日か俺が死んだら
俺もその店に行くだろう
お前は待ってるだろう

何事もなかったように
ちょうどトイレに立って帰ってきた俺を迎えるように
目を細めて煙草を吸い
目を伏せてビールを飲んでいるだろう

もちろん、俺も何事もなかったように
椅子に座るんだ



「ええ天気やね」
「ほんまやね」




ビールを飲むとき
いつもというわけではないけど
思い出す

あの白い午後を



1998年9月9日:田村
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