今週の1枚(00.06.12)
Leichhardt(その1)
今週から、シドニーのLittle Italyと呼ばれるLeichhardt特集です。
Leichhardtは、「ライカード」と読みます。時々、日本の地図などに「リーシャート」と間違ってルビが振ってあったりしますが、ライカードです。なんでこういう読みにくい名前になったのかは知りませんが、知人の話だともともとは有名な探検家の名前だとか。
いっときは、住民の9割以上がイタリア系だった時期もあるそうですが、当然ながら、最初からそうだったわけではないでしょう。第二次大戦後、イタリア、ギリシャから大量の移民が渡ってきてから、イタリア人が集団で住みはじめ、このエリアがイタリアンカルチャーに染まっていったのでしょう。戦時中は敵国(枢軸国)ですもんね。
余談ですが、枢軸国は、日独伊の三国同盟でしたが、同じファシズム系軍事国家でありながら、イタリアって、ドイツ
や日本ほどそのイメージがないし、そういう影をひきずってる風でもない。なんでなんかな?ラテン系の国民性からかな。あのハマってイッちゃっう狂信的な国家体制に、ドイツや日本が向うというのは何となくわかるのですが、どうしてイタリアも仲間になってたんかな。そういえば、イタリア系のおっちゃんに、日本人だというと、「知ってるか、俺達は戦争のときトモダチだったんだぜ」って言われたこともあります。
「戦後オーストラリア社会におけるイタリア系移民の影響」というと、もう本が一冊書けるくらいの膨大な話になっちゃうと思います。でも、"cultural marriage"と言われるくらい、文化的な混合/融合が行なわれてきたし、またその途上にあるでしょう。彼らが来なかったら、今のオーストラリア文化ってかなり違ってたと思います。紅茶飲んで、ジャガイモとステーキだけ食べてたでしょう。ワインだって、イギリス系の人達だけだったら作らなかっただろうし。それが、今はどこにいっても紅茶よりも、カプチーノとエスプレッソが出回ってますし、イタリア料理屋は至る所にあります。また、料理に関する記述でも、フェッチーネとかモッツアレラなど、特に訳しもせずにイタリア語そのままの用語が多く使われてますし、5年前に比べて見ても増えつつあると思います。
そういえば、いまのシドニー市長の Frank Sartor(この人も長いことやってるな)も、イタリア系だといいます。
写真上は、ショッピングモールで展示されていた、イタリア系移民の文化的遺産と題した小さな写真店から。移民してやってきて、当然差別やらも受けたりしながら、それでも店(デリカデッセンなど)を構えて頑張っていった先人達の記録。
ライカードは、シティの西方5キロくらいにあります。パラマッタロードを西へ、グリーブ、アナンデールと抜けるとライカードです。パラマットロードを西に向って右側エリアがライカードで、左側エリアはピーターシャム。これはポルトガル人エリアと言われます。
パラマッタロード(に限らずシドニーの幹線道路)というのは、僕からすると面白くて、それは交通の大動脈で重要ななんだけど、「大通りなんだけど妙にさびれている」という変な特徴があるように思います。なんとなく華やぎがないのですね。その昔は大通りでにぎわってたのでしょうが、車社会になり、車線を広げて洪水のように車がドドドと流れてしまうと何となく落ち着いて買い物できなくなってくる。反面、通り一本はいった静かなエリアが逆に開発され、商店街の中心地はそっちに移動してきて、大通り沿いは段々さびれてきた、、、のではないかいな。
考えてみれば、パディントンもニュータウンも大通り沿いですが、あれ、もっと道路が拡幅して片道三車線くらいになって車がビュンビュン走るようになったら、今みたいな町の一体感がなくなるような気もします。今は片道二車線で交通渋滞を引き起こしているエリアだけど、それでいいのかもね。逆に、チャッツウッドのパシフィックハイウェイ沿いなんか、車だらけで、あと何にも無いですもんね。
というわけで、パラマッタロード沿いのライカードですが、まあ、バス乗ってて「イタリア人町だからそれっぽいだろう」とアテにしてると、見過ごすでしょう。よ〜く見て行くとそれっぽいのが分かるのですが、そんな分かりやすくないです。
営業してるんだか、潰れてるんだか、やってたとしても儲かってるかどうか疑問のような店がちらほら並んでます。でも、じっくり見て行くと、面白い店や、「昔はこれがクールだったんかいな?」というような妙なデコレーションが一杯あって楽しいですよ。
パラマッタロードから右折してノートン(Norton)ストリートに入ると、そこがライカードのメインロードです。
とはいっても、よく見てないと「なるほどイタリアだなあ」って感じはしないでしょう。チャイナタウンみたいに分かりやすくないです。僕も、最初にここに行ったときは、夜でしたが、ただの暗い普通の道だった印象があります。
その昔、といってもほんの数年前までは、ライカードもそんなに注目されてなくて、駐車場所にも苦労しなかったし、予約しないでも入れたもんですが、ここのところ、シドニーも、バブリーな好景気とあいまって、いわゆるアーバンライフ/シティライフが流行ってきて、シティにほど近いライカードも、非常にお洒落なスポットとして開発されるようになってきました。これはバルメインなんかもそうですし、あの「無法者の町」みたいだったニュータウンも年々お洒落になってきてます。なんか去勢されていくみたいで詰まんないんですけど。
写真は、とある日曜の昼下がりに撮ったのですが(今回の写真は全部そう)、賑わってます。左の写真は駐車してある車ではなく、渋滞してる車。写真右、すでにこの時間で駐車場はフルになっています。
ライカードの商店街は、私見によりますと、@パラマッタロード沿い、Aノートンストリート前半(マリオンストリートとの交叉点=教会とタウンホールのある交差点まで)、Bノートンストリート後半(交差点以降)、Cマリオンストリートの4エリアに分割されていると思います。で、最近とみに開発されてきたのが、Aのエリアです。
まず、「イタリアン・フォーラム」という大きなショッピングモールが出来てます。これはかなりリキ入ってます。
ごらんのように、中央に大きな広場があって、それを取り囲むようにレストランやブティックが並び、さらにその上がマンションになってます。
まあ、メチャクチャ素晴らしいわけではないですが、それでもオーストラリアのこの種のショッピング・コンプレックス(複合施設)からすれば、さすがイタリア系だけあってセンスはいいと思います。普通、Westfield系の(という大手開発業者)の、大して変わり映えのしない巨大なハコモノを作るのがパターンでしたけど、このように中央に惜しげもなく大きな開放空間をもってきてるので、歩いていても気分はいいです。
当然お洒落な店(というか、内装費をかけてお洒落にしてる店)も多いのですが、高そう。どのくらい高いのかな〜と思って覗いてみたら、店先に貼ってあるべきメニューも貼ってないし、可愛らしいお菓子をみても値段が書いてないし、ちょっとビビリますね(^^*)。
写真右端、一歩裏にでると、相変わらずさびれた路地裏で、なんか妙にほっとしたりして。
さらにノートンストリートを交差点に向いて歩いていくと(写真左/前方に教会の尖塔が見えます)、小奇麗な本屋さんが出現してたり、ノートンプラザという新しいショッピングモールも出現していました。
で、プラザの中は、いわゆるどこにでもあるショッピングモールでありました。この中だけ見てたらどこだか決してわからんですよね。
ここ、ずっと前にこのホームページでも紹介したけど、倉庫のなかに「ここ、本当に入ってもいいの?」という感じで入っていくようなマーケットがありまして、オリーブオイルの灯油缶のような18リットルモンが転がってたりして、かなりディープにイタリアで楽しかったのですが、時の流れで、そーゆー「濃い」店は無くなっていくのでありましょーか。
次回に続きます。
写真・文/田村
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