今週の1枚(01.08.18)
Essay 16 Melbourne / メルボルン(その1)
2週間ぶりのご無沙汰でした。
メルボルンに行っておりました。
オーストラリアに7年もいるのに、メルボルンに行くのは今回が初めてです。やはりナニですね、腰落ち着けて住んでしまうと中々身近にあっても行かないもんです。観光で行くときのほうが精力的に動き回るという。
考えてみれば、大阪に初めて行ったのは19歳のときでした。東京生まれの東京育ちだったのですが、京都はよく行ってたのですが(親戚も居るし、修学旅行もあるし)、大阪になると全く縁が無かったです。東京から見ると、大阪って「行く必要がない」所のように思えちゃうのですよね。京都は、東京に無い歴史とかタタズマイがあるから行く必要があるんだけど、大阪ってミニ東京、セカンド東京のように思えてしまうから、何もわざわざ行かなくたってという気になってしまうという。
実際にはこれは東京サイドから見た一方的な思い込みに過ぎないわけで、大阪には東京にはない非常に貴重なものがあります。あるのだけど、これが非常に分かりにくい。特に東京の視線で見てるとわからない。東京的発想というのは、都会 vs 田舎のモノクロな二元論なところがあるのですが、大阪というのは都会でもあり且つ田舎でもあります。都会というものの進化のありようというのは実は一つではないのだ、田舎性とローカル性を濃厚に残しつつ街というのは都会になりうるのだということを示しているわけで、それを知ることは白黒画面がカラーになるくらいのカルチャー的なショックがあります。ローカル性を薄めたり破壊したりしないと、あるいは破壊した分、それだけ都会になるのだ、みたいな考えをしていた人間にとっては、結構目からウロコだったりします。だから「行く必要が無い」どころか、もっとも行く必要がある街だったりすると思います。
ただ、分かりにくいですよね。単なる観光でそこまで判るものでもないし、そんなの求めて観光なんかしないですしね。住んでみて初めて判るって感じなのでしょう。
シドニーから見たメルボルンも、東京からみた大阪にやや似てる部分があると思います。僕は、エアーズロックもケアンズもタスマニアも行きましたが、どうもメルボルンとかブリスベンとかになると「敢えてわざわざ行かなくても」という気になります。今回だって、純粋に観光したくて行ったというより、カミさんの所用のついでにお供したようなものです。なにかキッカケがないと行かないことに変りはないです。
ただ、まあ、行く以上は、大阪的なものがあるんだろうなとはちょっと思ってました。もうちょい正確にいうと、メルボルンというのは、オーストラリアで最もヨーロピアン色の強い街で、昔の伝統みたいのものが街に残ってると聞きますから、その意味では京都的な部分もあります。また、ファッションとか買物だったらメルボルンの方が洗練されているとも言いますから、神戸的な部分もあるのでしょう。要するに、関西三都、大阪、京都、神戸が合わさったような存在なんだと思います。
というわけで、今週から何回かにわけてメルボルン特集です。久しぶりに写真も沢山掲示します。ただまあ、「特集」というほど何かをしっかり見てきたわけでもないし、ほんのサワリを眺めてきたに過ぎません。実質3日くらいしかいませんでしたし、そのうち二日はペンギンパレードとグレートオーシャンロードというベタな観光をしてきたので、メルボルンのことなんかぜーんぜん分かってないのだと思います。これでわかったとか言ってたらメルボニアンに怒られますよね(^^*)。「こりゃあ住まなきゃわかんないだろうな」ってのも感じましたし。
それを百も承知で、やります。勝手な思い込みで、勝手なこと書きます。お笑い遊ばせ。
残念ながら一つづつ中に入って見学している暇はなく、ひととおりブラッと見てまわっただけです。古い建築物に興味のある人だったら楽しいと思います。ただ、確かにシドニーに比べれば古い建物が多いのですが、それも比較の問題でしょう。「ヨーロピアンの香り漂う街」というのはちょっと言い過ぎで、そんなイタリアとか長崎のハウステンボスみたいに街全体が古い建物に埋め尽くされているというわけではないです。
街そのものの率直な印象は、路面電車(トラム)が走ってるという点からは広島あたりを、街の近くを川(ヤラリバー)が流れてるという意味では福岡の博多あたりを彷彿とさせました。規模といい、適度なスカスカ感といい、日本の地方都市という感じでありました。まあ、シドニーだって全然地方都市なんだけど。
上の写真は、州議会の議事堂(パーラメント・ハウス)。これは立派でしたね。これに比べればシドニーのパラーメント・ハウスなんて、こじんまりしたもので、大体どこにあるか知らない人も結構いるのではなかろうか。バスを乗り付けて観光客が写真撮ってるなんてこともなさそうだし。お隣の図書館の方がよっぽど立派に見えるという。
写真右は、チャイニーズの御一行さま。シティ歩いていても、ペンギン見にいっても、ホテル泊っても、やたら目についたのがチャイニーズの御一行さまでありました。日本人の観光客は、あんまり見かけなかったし、いたとしてもチャイニーズほど大群でいたわけでもなかったです。
勝手なイメージですが、日本人の観光ツアーって、もう50人が集団になって移動するというよりは、最少催行人員ギリギリくらいの小グループで移動してるような気がします。空港で出迎えるときの横目で「○○ツアー御一行さま」なんてのを見てたりしますけど、30人とか50人とかのグループは殆どなく、10人前後ないし数名というグループが多いです。この現象は何を意味するのか?といっても正確なところはわからんわけですが、思うに一つには観光産業が飽和して、小さな観光会社が無数にあって、パックツアーも無数にあるから、グループ一個あたりの人数は少なってると考えるべきでしょうか。はたまた、そもそも日本ではパックツアーそのものが衰退してきているのでしょうか。
時間も無かったので、シティなんかほんの数時間しかいませんでした。レンタカー借りてきて、必死になって道覚えておっかなびっくり運転してるうちに終わってしまって、トラム一本乗ってません。だからシティについてはそんなに観光的に他人に言えるほど知らないのですが、印象としては、シドニーよりもずっと落ち着いてるし、シティ歩いてもシドニーよりは面白いし、ショッピングもそれなりに楽しめるかな?という気がしました。
シドニーとメルボルンを見てますと、都市の発展形態として、どっかの地点で分岐して別々の道を進んでいってるのだなと思います。
メルボルンは、街としてのトータルなイメージがまだキープされてるように感じます。街歩いていても、メルボルンというアイデンティティというかローカルブランドの匂いがあるけど、シドニーなんかそんなもん殆ど無いでしょう。ハーバーブリッジとかオペラハウスとか、無理矢理なチカラ技アイコンがあるから何となく統一性を保ってるような気がするけど、街のタタズマイそのものは、ただの匿名的なゴタゴタした都会に過ぎないような気がします。
オーストラリアで人口が増えてるのは、シドニーそして東海岸であります。東海岸は、リタイアしたオージーなどがのんびり気候のいいところを求めて移動しているからで、シドニーの場合は移民やビジネスユースで増えていると聞きます。移民でやってきた連中はその大部分がNSW州に留まり、さらにその殆どがシドニーに住み着きます。ビジネス的にも、メルボルン支部を閉鎖してシドニー支部に統合する動きは結構あると聞きます。
シドニーの人口増加は、まさに爆発的といってもいいくらいで、先日も2050年までに人口が倍増するという大胆な予測も出ていたりするほどです。日に日に人が増えてゴチャゴチャしてきているというのは、もう生活実感としても分かります。メルボルンの都市計画は非常にうまくいっていて、街も落ち着いて奇麗だし、高速道路網も良く出来ているといいます。ただ、シドニー当局からしたら、計画を立てるそばから人口が予想以上に増えているので、どうしても後手後手に廻らざるをえず、混雑緩和のためにあの手この手を必死でやっても焼け石に水状態がずーっと続いているそうです。
都会化していくというのは、当の住民にとっては、混雑して殺伐としていくだけの話で、嬉しくもなんともない。東京に生まれて18歳まで僕が東京で見続けた風景というのは、いわゆる東京情緒・江戸情緒みたいなものが破壊されていく過程でした。「破壊」とまでいったら大袈裟かもしれないけど、どんどんよそよそしくなっていくのは実感としてありました。子供の頃の渋谷のイメージなんて、昼下がりの駅前、うららかな春の陽射のなか、ガラーンとしたバスターミナルで、中流家庭の奥様が日傘をさして歩いているという、なにか無声映画の一場面のような静かなものでありました。それが西武がやってきて、○○通りとかいう恥かしい名前をつけ出した頃からおかしくなってきて、どんどんブレードランナーの世界方面にいってしまった。
シドニーで、またその光景を再現させられているって感じもしますよね。
メルボルンは、経済的にはシドニーに差をつけられ、水を開けられ、相対的にローカル化していってるわけで、これは逆に言えば非常にイイコトだと思います。ローカルとしてのアイデンティティも、街全体のまとまりもも未だキープしていられるからです。
ただそのユナイテッドな感じが、別の意味でいえば、閉鎖的にも思えます。シドニーは閉鎖もヘチマもないまま無秩序になってるわけで、それだけ自由に目茶苦茶だから、世界の動きがダイレクトに反映されるというコスモポリタンな側面があります(だからコスモポリタンなんかロクなもんじゃないといえばそうなのですが)。具体的には、例えばアジア人が街をどれだけ我が物顔で歩いているか、ですよね。メルボルンを歩いていて、「ああ、ここは昔ながらの白人の街だな」とは思いました。シドニーはもう所有者が居ない。京都はいつまでたっても京都人というのが仕切っているのですが、東京はもう東京人の手から離れて、単なる日本の「中央舞台」になっていったのと似てます。
上の写真はシティの一角にあるチャイナタウンですが、シドニーにくれべればこじんまりとしているし、どこかしら遠慮がちだったりします。チャイナ「タウン」というよりも、Little Burke Stの2ブロックだけという「ストリート」という感じ。シドニーでは、シティの南半分全体がチャイナタウン化してるといってもいいかもしれない。昔はヘイマーケットとサセックスストリートの南の方だけだったのが、「○○地産」という中国系不動産業者達が、シティ南部の高層マンションをどんどん売ってますから。
メルボルンでアジア系がドーンと出張ってるのは、実は日本の大丸百貨店かもしれない。これは頑張ってましたね。シドニーの高島屋がただの土産物屋さんなのと好対照です。
下の写真は、名物のトラムのある風景です。トラムはもう、至る所を走ってます。
下の二枚は、悪名高い、メルボルンの「フックターン」という特殊な右折の仕方を示す標識。
シティの交差点(全てではなく、その一部。全体の20%くらいかな)では、右折車両は道路の左寄りを走り、バイクの二段階右折のような方法で、交差点前に入り込んで停まって待つというトリッキーな右折方法です。
メルボルンではトラムと、フックターン、それにシティリンクという高速道路の料金徴収方法が三位一体になって、新米ドライバーを悩ませます。メルボルンを走るときには、これらのローカルルールには非常に気を使わさせられます。その印象が強いから、「あー、もー、メルボルンってなんてイナカなんじゃ」と思ったりしました。
まず、トラム。シドニーの混雑に日々苦しんでる目からみたら、トラムなんか「即刻廃止」モンだと思います。見てたらそんなに客が入ってるわけでもないし、そんなにスピーディーな乗り物でもないし、朝晩のラッシュで道路が大渋滞してるそばをガラガラのトラムが走ってるのを見るにつけ、トラムなんて何のためにあるのか?って気がします。そりゃ観光的にはいい絵になりますけど、実用性がどれだけあるんか?という。
トラムと車で並走するのって結構気を使いますし、トラムが乗降のために停車しているときは、車は後ろで待ってないとならない。上のトラムの写真二段あるうちの下段左端をご覧になったら判ると思いますが、乗降トビラが開くとトビラにくっつけてある「STOP」サインが表示されるという可愛いシステムになってるのですが、気をつかうことおびただしい。
それにトラムがあると、路面中央にどうしても障害物(乗降駅)を固定的に置くことになり、それが、ただでさえ広いとは言えないメルボルンの街を狭くする。また、シドニー的感覚でいえば、シティ内の路駐制限が非常にユルイこともあいまって、路肩は常に駐車車両があるから、実際片道2車線であっても、トラムと駐車車両に遮られ、まともに走れる社線は一つもなかったりします。
また、真ん中にトラムが走ることによって、右折が非常に面倒臭くなる。信号には確かに「T」印のトラム用信号があるのだけど、一体どのタイミングで右折したらいいのかよくわからない。その意味では、一旦左によって、中央のトラムとのバッティングを避けるフックターンもそれなりに合理性はあると思うのですが、だったらそもそもトラムをやめてバスにすればいいじゃんって気がします。バスも鬱陶しいけど、少なくとも同じ車ですから道路ルールが複雑にトリッキーになることはないし、走ってないときも恒久的に残る乗降ステーションなんて無駄な障害物は無くなる。
こういったトラムが堂々と存続しているあたり、シドニーと違って、いかに人口増加圧力が少ないのか、悪夢のような混雑と機能麻痺の恐怖が少ないのかがわかるような気がします。だって、トラムがあっても、なんとか廻ってるんですもんね。シドニーでもトラムが一部復活しましたけど、一般車両と完全に並走してる部分って、ヘイマーケットあたりのほんの数十メートルに過ぎないし、あとは基本的に電車と同じですし。
もう一つ頭が痛いのが、シティリンクという第三セクターで作ったシティ周辺の高速道路。いや、高速道路そのものは非常に良く出来てると思いますし、大動脈がそのままシティに流れこまずシティ周辺を迂回させるやりかたは非常に素晴らしいです。
ただ問題は料金徴収方法。これもカッコいいといえば超カッコいいのですが、高速道路のある地点に幻想的な紫色のライトが照らしている部分があって、これが料金ゲートのようです。ゲートといっても、ゲートなんかなんにもなく、1キロもスピードを緩めることなく車は走り抜けます。というか、そうと知らなければ料金ゲートだなんて誰も思わないでしょう。
そう、全てが電子化されているので、猛スピードで通過する車のタグを電子的にスキャンしてあとで課金するという方式なのですね。それはそれで素晴らしいのですが、でもビジターには悪夢ですわ。キャッシュで払えず、後で100ドルの罰金がくるという。これ、10回知らずに通り抜けたら1000ドル払うわけなんでしょうか。それを避けるためには、自分でも支払い口座を開くか、翌日の昼までに当局に電話して払う算段をしないといけないという。それか、一番簡単なのは、1日パス券を買うことですが、これも郵便局で売っているといっても、そもそもそれすら知らない人だっていうるだろうし、僕のように土日に来たら郵便局もやってないし。生まれて初めて走る街で、しかも高速で移動していて、どこが有料でどこが無料なんか分かりませんわ。
レンタカーの場合は、レンタカーを借りるときに、レンタカー屋に代行で払ってもらうように予めセッティングしてくれますから事無きを得ましたが、それがなかったら、もう恐くて高速使えないです。これは、なんとか改善してほしいです。一車線だけでも現金料金ゲートを作ってくれたらいいのだけどな。
このように、メルボルンにはローカルルールが多すぎる。ビジターが恒常的にいるとか、新しい人が日々大量に入り込んできているという発想が少ないのではないか?
古い建物やタタズマイを大切にし、同時に最先端ハイテクを駆使するメルボルンはカッコいいといえばカッコいいし、一回慣れてしまえば住み心地も良さそうなんですけど、発想がどっかしら「仲間うち」的なんですな。その意味ではメルボルンは都会じゃないです。少なくとも大都会ではない。もちろん、そのことは悪いことではないです。住民にとってみたら、その方がいい。その意味で、シドニーからみると、メルボルンというのは、羨ましくもあり、鬱陶しくもあります(^^*)。
ときに、メルボルンは天候が良くなく、冬は寒いし夏は暑いし、1日に四季があり、全く予測のつかないとかいいますが、僕がいったときは、いずれも殆ど好天に恵まれ、ポカポカと温かったでした。
また、メルボルンの運転の方が全体にフレドリーではないとか聞かされてましたが、最近のシドニーがひどくなってるのでしょうか、シドニーに比べたら呑気な感じがしました。
下の写真は、QVBではなくQVMです。Queen Victoria Market。名前が似てるからシドニーのQVBみたいなところを連想すると、これが違って、要するにシドニーでいえばパディスマーケットでありました。まだ早朝だったので、店も開店準備をしているところでした。
以下、次回に続きます。
写真・文/田村
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