高齢者ケア特集(16)

共に白髪の生えるまでNo2

2004年8月

86歳のアリスがある病院の内科病棟からホスピスに転院してきた。悪性骨髄腫で抗癌剤療法や放射線療法をしても副作用の苦しみを与えるだけなので、特別な治療はせず安楽だけを目的のホスピス転院だった。

少しの体動でも呼吸苦が激しく、ほぼ床上安静の状態で、あまり食事や水分も取れていなかった。物忘れが激しく、軽いぼけ症状も出ていた。しかし、大変かわいいおばあさんで、どんなケアに対しても 「サンキュー」を忘れず苦しいなかでも笑顔を見せてくれ、ケアをするのをうれしくさせてくれる人だった。


とても親思いの娘さんのスーが、法律的な医療代理権を持っていて、最終的な治療の決定はスーがすることになっていた。ご主人は92歳のエーリックで、身長は185cm位で、大変穏やかそうな人だった。杖をついて今にも転びそうになったり、目も悪く、特に左目がしょぼしょぼしていて、見ていて大丈夫なのだろうか?と心配だった。また、娘さんのスーがアリスとエーリックの両方の医療代理権を持っていると聞いて、エーリックも、ボケ症状があるのだろうと思っていた。

エーリックは午前中にスーの車でホスピスに来て、アリスが寝ているベッドの横のリクライニング・チェアに座り、テレビを見たり、アリスと話したりし、食事介助をしていた。昼食時に様子を見に行くと「大丈夫だよ。」と言って、エーリックは笑顔を返してくれるのだった。 私はアリスの受け持ちナースだったが、午前中は色々なケアで忙しくエーリックとゆっくり話したことはなかった。、

ある時、スーと色々話している時、エーリックのことを聞くと、「父は記憶力も判断力もしっかりしているわ。私より記憶力がいいくらいよ。」と聞き、ちょっと驚き、また外観で判断してはいけないな〜と反省した。そして、ようやくエーリックと話す機会を持てた。金物屋を経営していたそうで、「ママ(アリス)が色々仕切ってくれたんだよ。」と言って笑っていた。

アリスの状態は小康状態で落ち着き、穏やかな日が続いたが、それもつかの間、呼吸苦を 緩和するための放射線療法を受けに行くため、近くの病院に救急車で転送中、心臓麻痺がおき、あっけなく亡くなってしまった。


私はアリスの死を休み明けに知り、とてもショックだった。家族も含めて皆がアリスの命は長くないことは知っていた。でもよりによってこんな形で亡くなるなんて・・・。どんな死も悲しいけれど、もう亡くなるとわかっている人が、予想外の原因で逝ってしまうとは、人生とは何て計り知れないんだろうと思った。そして、何よりも、92歳のエーリックがどんなに悲しんでいるかと思うと胸が痛んだ。その後、エーリックに会う機会はないまま、今となってしまったが、時々思い出してしまう。そして高齢化社会は、90台になって、最愛の配偶者を看取るという現実をつきつけてきたんだな〜と何とも複雑な気持ちになった。


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